どっか”変”な気が・・・

6/6付けスポーツ報知より、

恐怖!中国で感染か!絹川が謎のウイルスで北京断念へ

 昨夏の大阪世界陸上に出場した女子長距離のホープ絹川愛(めぐみ、18)=ミズノ、仙台育英高出身=が、謎の「ウイルス性感染症」などによる体調の問題で、北京五輪代表選考会となる陸上日本選手権(26〜29日、川崎)への出場を断念する方向であることが5日、分かった。担当医師によると、中国・昆明での合宿中に感染した可能性が高い。大気汚染に食の不安など、何かと取りざたされる北京五輪。今度は“見えない敵”が日本長距離界を揺るがしそうだ。

 絹川が衝撃の事実を打ち明けた。「同じ思いをする人を作りたくない。陸上をやっている人に私の体験を話し、こんな病気があることを知ってほしい」病名は「ウイルス性感染症」。長距離のホープは、五輪への挑戦を前に、深刻な病魔に襲われていた。

 異変が現れたのは昨年11月。体のあちこちに痛みが出始め、風邪のような症状も頻発。12月には右大腿(だいたい)骨の一部を疲労骨折して全国高校駅伝(京都)を断念。2月になると左側にも痛みが発生、さらに左ひざも激痛に襲われ、走るどころか歩行も困難に。

 社会人デビュー戦と考えていた4月の織田記念(広島)などを次々キャンセル。仙台育英高卒業後も指導を続ける渡辺高夫監督は「練習による痛みとは思えない」と治療方針を変更した。都内の病院で放射線を利用したアイソトープ検査を受けると、骨の異常が判明。さらに特殊な方法による血液検査を行った結果、未知のウイルスに侵されていたことが分かった。

 治療に当たっている松元整形外科クリニックの松元司院長によると、赤血球を破壊し、白血球を変形させる凶悪なウイルスが血液を通じて骨や筋肉に付着。その炎症によって痛みなどを引き起こしていたという。絹川は同クリニックを訪れる前にも血液検査を受けていたが、異常は検出されていなかった。

 気になるのが、その感染場所だ。絹川は昨年3月に中国・昆明で高地合宿を行っているが、松元氏は国内で同様の例がなく、ほかの国へは行っていないことから「昆明の可能性が高い」と指摘した。昆明といえば、北京五輪でマラソン連覇を目指す野口みずきシスメックス)らも合宿を行っている場所。それが事実なら、日本長距離界をも揺るがす問題だ。

 絹川は現在、免疫力を高める特殊療法などで回復に向かっている。だが、ジョギングは30分が限界。五輪代表を決める日本選手権に向け「最後まであきらめたくない」と意欲を示すが、渡辺監督は「出場できる体力になってない。一日も早く正常に走れるようになることが最優先」と、出場を見送る方向だ。

 昨夏に早々と一万メートル五輪参加標準記録A(31分45秒)を突破していた絹川。だが、日本選手権で実現させるはずだった北京五輪切符は絶望的に。期待の18歳をドン底に突き落とした“見えない恐怖”に対し、陸上界も対応を迫られそうだ。

オリンピック候補の絹川選手が病気で北京行きを断念するかもしれないのニュースなんですが、

    中国・昆明での合宿中に感染した可能性が高い
こう書いてあって
    未知のウイルスに侵されていたことが分かった
こう続けば、中国の風土病みたいなウイルスがあっても不思議ありませんから「そうかも知れない」と信じこみそうになります。選手の病状は深刻そうですし、昨年11月から発症して現在まで診断がつかないのなら「未知のウイルス」であると言われたら、「やっぱりそうか」と考えても不思議ありません。ウイルスも凶暴そうで、
    赤血球を破壊し、白血球を変形させる凶悪なウイルスが血液を通じて骨や筋肉に付着
世の中には怖ろしいウイルスもあるものだと思うのですが、引っかかるのは、
    治療に当たっている松元整形外科クリニックの松元司院長
別に整形外科の医師が「未知のウイルス」と診断しても構いませんし、整形外科の医師がウイルス感染症に精通していても悪くはないのですが、医師の感覚として整形外科のそれも開業の医師が軽々しく「未知のウイルス」であると言い切ってしまうのに違和感を感じます。そう感じる人はやはりいるようで、幻影随想の読売新聞のトンデモ記事が見事に爆釣な件でも検証されています。幻想随想様でも紹介されているのですが、medtoolz氏も関心を寄せたらしく、

未知のウィルス感染症報道

陸上長距離・絹川、五輪出場厳しく…謎の感染症完治せず なんて報道があって、朝の医局でちょっと話題になった。

だいたい半年ぐらい続いている、全身を移動する痛みが主症状で、放射線同位元素を使った検査で骨折が見つかって、「特別な血液検査」を行ったところが、赤血球と白血球とが変形していて、「未知の感染症が疑われる」なんて報道。通常の血液検査は、全て正常所見だったらしい。

「中国で発生した未知のウィルス感染症が国内に入って、もう半年近くも治癒しないままそのままになっている」

感染症やってる人達からすれば大問題で、それが本当ならば、それこそ選手生命がどうこうの話以前に、まずはその人を隔離する騒ぎにならないとおかしい。

ごく普通に考えてそこまで凶暴なウイルスの感染者ならSARS鳥インフルエンザ並みの騒ぎが起こっても不思議ありません。ところが選手はごく普通に治療に通院している様子です。さらにmedtoolz氏は、

「未知」は診断できない

病院で出せる検査と、外注で出せる検査を利用する限りにおいては、「未知」であって、「一人しか発症していない」ウィルス感染症を診断することはできない。

そもそもそれがウィルスによって発生した症状かどうかを判定する方法はないし、仮に血液から「未知のウィルス」らしきものが見つかったところで、今度は「そのウィルスが症状を作り出している」ことを証明するのが、たぶん容易じゃない。

それが「ウィルス」であって「感染症である」ことを疑うときは、同じ症状が集団発生していて、しかもその患者さんから病原体が同定されないとか、少なくとも細菌感染が証明されないことを前提にしないと、まず「ウィルスの検索」が始まらない。

スポーツ選手一人に発症した特殊な症状を前にして、最初からウィルス感染症を疑うという考えかた自体、たぶん伝統的な西洋医学の文脈からはありえない。

今日はラクしてますが、私が書き直すより簡潔で的確なので説明としては十分かと思います。「ちょっと変じゃないか」と医師なら感じざるを得ないところです。さらにmedtoolz氏は

治療に当たっているクリニック

はてな匿名ダイアリーでリンクが張られていた。

整形外科からリウマチ治療に興味を持って、今は何だか赤血球にすごいこだわりを持って治療に当たっておられる人。

伝統的な西洋医療に対しては、だいぶ否定的な立ち位置を取っていて、「炎症と赤血球との関係」だとか、「培養白血球療法でリウマチを治す」とか、やっぱり西洋医学の立ち位置とは、ずいぶん異なった考えかた。

赤血球と白血球とが変形する未知のウィルス」というのも、たぶんこの先生が独自に行っている検査で「赤血球の変形」が証明されて、その変形が見られたから、「ウィルスの感染症である」と断じられている印象。

この先生はちゃんと医師免許を持っている人だけれど、今回の診断だとか、治療だとかは、必ずしも西洋医学の文脈で語られてるわけではないと思うし、新聞は、そのあたりはもっと強調すべきだと思う。

どうも松元整形外科クリニックの松元司院長の事を調べてみる必要がありそうです。幻想随想様もかなり検証していますが、松元整形外科のホームページを見てみます。これは趣味の問題なんですが、診療所のHPとしてはかなり特異なスタイルです。これとは別に普通のHPがあるのかもしれませんが、なかなかのものです。とりあえずHP冒頭には、

私は元々整形外科医でした。関節液中の細胞の研究をしている時にイギリスのバーミンガム大学(The University of Birmingham)より招待され、1991年〜92年にかけて約1年半、組織培養法による研究を重ねてきました。

帰国後血液を研究する目的で、松元試薬を開発し、松元法・M-H法(松元-萩谷)・新松元法を開発して血球の研究をしてきました。これから述べる抗癌剤・RA(リウマチ)・肝・腎・癌の再発・白血球の機能等、私共の研究は松元萩谷法(H-M法)によるものであり、この5年間海外でのみ発表してきたものです(ヨーロッパ10回、アメリカ5回)。これに対する海外の評価はこちらをご覧下さい

    この5年間海外でのみ発表
別に日本で発表しなくとも全く構わないのですが、1回ぐらい日本で発表しても良さそうだと思うのは私だけでしょうか。それはともかく日本で発表していないためか
    松元法・M-H法(松元-萩谷)・新松元法を開発して血球の研究をしてきました
正直なところ聞いた事が無い研究です。独自の研究である事だけはわかりますし、おそらくこの検査が記事にある

さらに特殊な方法による血液検査

だと思われます。何事にもパイオニアは誤解されやすいので実態の情報が無い独自の検査への評価はすぐには控えるとして、研究のポイントが書かれています。

  1. 今まで病気と無関係として無視されていた赤血球に対して、炎症の4徴から絶対に病気と赤血球の間に重要な関係があると考え、松元試薬やM-H法・新松元法を使って上層・中層の赤血球が細菌や病気と闘うという新しい機能を明らかにした、世界で初めての研究です。(自然治癒力とはこの上層・中層の赤血球の持つ力と考えてます。)これは今までの白血球のみを考えていた医学のフィールドを大きく広げたもので、新しい医学分野の発見と考えてます。将来、現在の免疫学や薬理学、生理学が書き改められることになるでしょう。

  2. 死亡した細胞を分解して水溶性の小さな物質に変えて生体から排泄するのが白血球及び超短命の白血球の成分だという事実を発見しました。次に今まで全く無視されていた赤血球と白血球の相互関係を明らかにし、その相互関係が壊れた時に起こる病気が、肝硬変・腎不全である事、更に健康な人の白血球の成分が、この相互関係を正常化するのに重要な役割を果たしていることを見つけたことです。悲惨な移植手術を激減させる研究の開発が将来可能となったのです。

ちょっと驚きの研究成果ですが整理すると

  1. 上層・中層の赤血球が細菌や病気と闘うという新しい機能を明らかにした
  2. 死亡した細胞を分解して水溶性の小さな物質に変えて生体から排泄するのが白血球及び超短命の白血球の成分だという事実を発見
  3. 赤血球と白血球の相互関係を明らかにした
  4. 相互関係が壊れた時に起こる病気が、肝硬変・腎不全である事
  5. 健康な人の白血球の成分が、この相互関係を正常化するのに重要な役割を果たしている
確かに凄い発見で、
    将来、現在の免疫学や薬理学、生理学が書き改められることになるでしょう
本当ならそうなります。そうなりますが私の知る限り現在の医学常識から相当かけ離れた意見であり、「書き改められる」前に十分な検証が必要かと考えられます。ところで研究成果と言うの掲載されています。全部は紹介できないのですが「造血」に関する松元氏の主張を見てみます。松元氏は骨髄で造血される、さらには幹細胞から血液が分化されることについて否定的な見解をお持ちのようです。実験方法については例の特殊検査なのでお暇な方はお読みください。結果の部分を引用します。まず考按として、

造血のメカニズムは既に完全に解明されたと決定してよいのであろうか。

  1. 従来発表されている骨髄造血学説は飢餓状態にした動物を用いた実験であり、正常の栄養状態では見られない事実に基く学説である。
  2. 老人では脂肪骨髄になっているが、特に貧血は存在しない。
  3. スポーツマン貧血の発症機序が説明出来ない。またスポーツを中止すると快復する秩序も不明である。
  4. 私が骨髄細胞を培養して観察しても、Erythoblastから核が抜けてErythrocyteになる現象は唯の1回も認められなかった。
  5. 細胞の中の核が無くなって、赤血球になったとなると
    1. 核が細胞膜の外に出されることになる→核の無くなった細胞は生きられるか→生き残れない。
    2. 細胞の内で溶けて原形質と混合した場合→大きさからいっても構造からもその細胞は赤血球とは考えられない。又、観察されなかった。
    3. 癌・リウマチ・肝硬変・腎不全の患者の上層赤血球を培養すると不思議な事に培養白血球を加えると1〜3時間後にReverted cell(先祖帰り細胞)と名付けた細胞が出来る。他方、唯の上層赤血球にも培養後 2日位するとReverted cellが生ずる。これ等の細胞も発生後3日経過すると正常な白血球の如き状態になる。(Reverted cellに就いては後報にて詳しく報告します。

考按から導き出されるまとめとして、

 従来造血は骨髄組織の細胞から造られるとされてきた。今回我々が使用したCostar社のTranswellはpore size0.4μmという小さな孔を有する透過膜を底に有する、Photo1の如き物である。水溶性の物質は通過するが、細胞は通過不能である。それにも関わらず、赤血球が増加している。

 この事は、細胞は細胞からの原則にのっとり(cell from cell)赤血球赤血球から増加したものと考えるべきである。赤血球はDNAを有しないので赤血球造血が不可能といわれている。然し我々の実験では造血が行なわれている。この事実は赤血球RNA-worldに属する極めて原始的な細胞と考えると理解出来る。

造血は骨髄細胞(幹細胞)で作られるのではなく

絹川選手の病因が「未知のウイルス」である可能性は現時点では否定は出来ませんが、その立証法に問題があるように感じてなりません。立証法と言うか松元医師が立脚している理論体系が現代医学の主流と相当異なっており、まずその理論がどれだけの正当性があるのかを考える必要があると思われます。おそらくになりますが、「未知のウイルス感染」が本当にあったとしても、松元氏の理論体系の上で主張されると無視されてしまう「相当程度の可能性」があるように思えます。

未知のウイルス感染の可能性があるのなら、これを現代医学の手法で探求する手段はあります。絹川選手の症状を記事で読む限り早急にこれを行なうのが、絹川選手はもちろんの事、他の人々にとっても一番有益のように私は感じます。