福島VBAC訴訟 判決文編

平成14年(ワ)第114号損害賠償請求事件とされ全45ページの分量で、エントリーも相当長いので覚悟して読んで欲しいと思います。争点は妊娠が判明した時点の分娩方法の選択まであるのですが、まず分娩当日であるH.7.5.17の前提事実から紹介します。

時刻 経過
0:15 原告産婦がタクシーにて来院し入院
0:25〜1:09 K助産婦は原告妊婦の体重等を測定し(体重67Kg, 子宮底40cm), 分娩監視装置によるモニタリングを施行した。モニタリングの結果,間欠5から6分,発作20から30秒であり, 分娩に有効と考えられる陣痛があった。また児心音(FUR)は130bpm であった。
1:09 W医師が原告産婦にエコー検査と内診を行い, その際分娩監視装置を外した。
1:20 W医師は生理食塩水300mlによる浣腸を指示したが, グリセリン浣腸110ml が実施され,反応便があった。このころ原告産婦は初めて出血した。
1:42〜2:15 K助産婦が原告産婦に分娩監視装置によるモニタリングを施行した。児心音は130bpmであった。
2:20 K助産婦は, 分娩監視装置をはずして原告産婦を歩行で陣痛室へ移動させた。
3:00 K助産婦が陣痛室に戻って来た際に, 原告産婦は下腹部の痛みを訴えたので, K助産婦は原告産婦の内診を施行した。
3:10 K助産婦の内診の結果, すでに子宮口が全開大となっていたことが判明した。原告産婦には性器出血がみられた。
3:20 原告産婦は車椅子で分娩室へ移動
3:23 モニタリングを施行した時点での児心音は140bpmであり、明瞭に聴取された。
3:32 K助産婦が人工破膜を施行したところ, その直後の児心音は140bpm であった
3:35〜3:40 陣痛と同時に児心音が80 から50bpm まで低下した. 同助産婦が原告産婦に酸索を投与し、体位変換をさせたが,児心音は回復しなかった。そのころK助産婦から連絡を受けて現れたW医師は, 原告産婦に対し,2回吸引分娩を試み,いずれも児頭に吸引圧がかかったが, 滑脱して児を取り出すことはできなかった。さらに,3回目の吸引分娩を施行しようと試みたが,児頭が上昇しており, 吸引カップが児頭にかからなかった。なお, この間, 一度もエコー検査による診察は行っていない。
3:40 S医師 が呼ばれ, 原告産婦に対しエコー検査を実施し, 子宮破裂を確認し,帝王切開手術を行うことを決定した
3:40〜4:12 原告産婦はストレッチャーで手術室へと移されたが, 手術室は鍵がかかっており, 原告産婦は, 麻酔科の医師が来るまで, 手術室の前で, ストレッチャーの上で待たされた. 原告産婦の血管確保はそこで行われた。
呼び出されたY医師は帝王切開手術を行ったが。手術所見記録表によれば, 「皮膚の消毒時には既に正常な妊娠子宮の形態を認めず,胎児が直接触れるような印象を受けた。正中切開で腹膜を開くと同時に胎児の体が直視できた。頭部は下方,頸管内に存在していた。胎児をすぐに引き出したが, 特に抵抗もなく娩出できたが,仮死は相当のものと考えられた」とのことであった。

そして, 子宮の裂傷は前回の帝王切開創がそのまま開いている状態であり, 通常の帝王切開で児娩出後に縫合を開始する直前の状態と同様であった。
4:12 出生


ここで争点なんですが全部で9つになります。

  • (争点1) 分娩方法の説明義務違反


      被告病院の医師が本件出産を帝王切開後経膣分娩(VBAC) の試験分娩でする危険性について説明をしたか。


  • (争点2) 分娩方法選択義務違反


      本件出産がVBACであることを前提に, 被告病院は, 原告産婦が入院する平成7年5月17日以前に, 経膣分娩を断念し予定帝王切開を選択すべきであったか。


  • (争点3 ないし7) 分娩監視上の注意義務違反


      被告病院の医師らは分娩時である以下の争点3〜ないし争点7の各時点において切迫子宮破裂(子宮破裂の前駆症状ともいうべき状態) であることを認識し, 帝王切開手術を実施すぺきであったか。

        (争点3) 午前2時30分ころ, 切迫子宮破裂と診断して, 帝王切開に移行すべきであったか。
        (争点4) 午前3時ころ, 帝王切開に移行すぺきであったか。
        (争点5) 午前3時10分, 帝王切開に移行すべきであったか。
        (争点6) 午前3時32分, 人工破膜を行わずに帝王切開に移行すぺきであったか。
        (争点7) 人工破膜後、児心音が低下した段階で, 帝王切開に移行すべきであったか。


  • (争点8) 帝王切開移行準備義務違反


      直ちに帝王切開を行える準備(いわゆるダブルセットアップ) につき, 被告病院はそのような準備をしていたか, また, すぺきであったか。


  • (争点9) 被告病院の医師らに過失が認められる場合には, 原告らに生じた損害額

このうち争点1及び争点2については因果関係無しとまずなっておりこれは省略します。後は順次、原告被告の主張と裁判所の判断を並べていきます。


(争点3)

原告側主張

 午前1時41分ころから2時15分にかけて, 分娩監視記録(乙A2) からしても子宮内圧は少なくとも80mmHg 程度を超えていたはずであり過強陣痛の傾向が明確になっている. 原告産婦は, 午前2時30分以降, 下腹部の限局した痛みを訴えている。

 午前2時30分より前の段階で, 助産婦は原告産婦が過強陣痛であることを認識していた。

 このような過強陣痛や強い痛みなどからして, 遅くとも午前2時30分ころには切迫子官破裂と診断し, その時点で帝王切開に移行すべきである。

 産科婦人科用語間題委員会報告(乙B9) を根拠に過強陣痛を定義づけることには問題があり, 過強陣痛が異常に強い陣痛であるとすれば, 胎児仮死を起こしたり, 子宮破裂を来した場合には, その時あるいは破裂直前の陣痛は過強陣痛と定義されるぺきである。確かに, 外測法では, 子宮内圧空絶対値を厳密に測定できないが, 相対的に陣痛の強さを比較することは可能であり, それゆえ, 被告病院助産婦も, 午前1時41分から2時15分にかけての陣痛の増強について「過強っぽいね」と答えたのである。

被告側主張

 午前2時30分ころの時点で, 原告産婦は切迫子宮破裂の状態ではなかった。上記時点で, 原告産婦には, 切迫子宮破裂の症状が認められず, また痛みも訴えていなかった.

 切迫子宮破裂の特有の所見にはエコー検査により確認可能なものはないので, エコー検査を施行しても切迫子宮破裂を診断することまできない。

 原告らは, 同時刻ころ原告産婦は過強陣痛であったと主張するが, 午前2時から2時15分ころの陣痛周期は4,5分、持続時間は60秒くらいであり, 子宮口が4から8cmくらいの時点での陣痛として決して過強陣痛ではなかった(産科婦人科用語間題委員会報告(乙B9) による基準) 。また,午前2時15分ころ, 原告産婦が歩行して陣痛室に移動した直後, 間欠が2分程度と一時短くなったが, 原告産婦が陣痛室にて臥床した後,3分間欠となった。

 よって, 午前2時30分ころの時点で, 切迫子宮破裂と診断して帝王切開に移行すべき義務は認ぬられない。

裁判所の判断

 原告産婦には, 午前2時5分を経過したころから, 子宮収縮時は100mmHg以上の子宮内圧が記録されている。

 過強陣痛については, 一般的にも子宮破裂の危険性があるとされており(甲B11],VBAC においては、なおさら注意を要することは当然であるa

 過強陣痛については, 子宮口開大度4〜6cmで70mmHg以上(子宮内圧),1分30秒以内(陣痛周期),7〜8cmで80mmHg以上,1分以内、9cmから第2期で55mmHg以上,1分以内をいうとされており、また, 外測法ではピークの5分の1点を計り, 子宮口開大度4〜8cmで2分以上,9cmから第2期までで1分30秒以上のものをいう。(6,63 資料30 乙B9)

 原告産婦については, 上記のように強い圧力が記録されており,この測定値は必ずしも子宮内圧を示すものではない(M鑑定書) としても、通常より強い陣痛があった事が認められる。

 この点についてK助産婦は, 陳述書(乙A3) 及び証言において, 過強陣痛ではない、ゼロリセットがずれているので正確な数値ではないと述べるが, 過強陣痛かどうかは別としても, 原告産婦に強い陣痛があったことは知りえたものと認められる。VBACにおいては分娩監視が必要であるとされていたことからすれば, この点において分娩監視を怠っていたといわざるをえない。

過強陣痛と言われても定義が良く分からないのですが、裁判所が採用した定義は、

子宮口開大度 子宮内圧 陣痛周期
4〜6cm 70mmHg以上 1分30秒以内
7〜8cm 80mmHg以上 1分以内
9〜第2期 55mmHg以上 1分以内


原告側の主張は子宮内圧が80mmHgを越えていたであり、被告側の主張は陣痛周期が条件を満たしていないの主張のようです。ここで過強陣痛とは、子宮内圧と陣痛周期の2つの条件を満たしてのものなのか、それともどちらかを満たせば認められるかが分かりませんでした。ただ裁判所の判断は子宮内圧の条件を満たせば過強陣痛としたようで、ここに被告の注意責任義務を認定しています。


(争点4)

原告側主張

 原告産婦は, 午前3時ころも下腹部の限局した痛みを訴えていた。

 分娩記録表(乙A2 ・53 枚胃) の午前3時ころの記載には「発作強いです」 という記載とともに、腹緊時「下の奥の方が痛い」との記載があり, 原告産婦が下腹部の強い痛みを訴えていたことを裏付けている。

 K助産婦は, 原告産婦が下腹部の限局した痛みを訴えていたことを認識していたのであるから, その時点で帝王切開に移行すべきであった。

被告側主張

 午前3時ころ、原告産婦は下腹部の限局した痛みを訴えていない。

 牛前3時過ぎころ, 原告産婦はK助産婦に対し, 「発作が強い」と訴えたが, 間欠がやや長くなった時には, 原告産婦はうとうとした状態であり,リラックスしている状態であった。

 原告産婦が「下の奥の方が痛い」と訴えたのは午前3時10分ころである。分娩記録表に午前3時ころとして記載されていることすべてが午前3時に生じたわけでなく, 一定の時間の状態の変化をまとめて記載したものである。午前3時10分, 子宮口全開大であり, そのときに妊婦が下腹部痛を訴えることはしばしば認められるものであり, 子宮口全開大の時点で下腹部痛があったことが子宮破裂の徴候であるとはいえない.

 よって, 午前3時ころの時点で, 被告病院に、原告産婦が切迫子宮破裂であると診断して帝王切開に移行すぺき義務は認められない。

実は争点4と争点5について裁判所はまとめて判断していますので、争点5も続いて紹介します。


(争点5)

原告側主張

 午前3時lO分, 原告産婦が着けていたガードル型の下着が血液でかなり汚染され、それをどうするか尋ねられ, 原告産婦が「捨てて下さい」と答えるほどの出血があった。

 子宮破裂切迫症状には性器出血があげられており(甲B1 の1 ・表'2),また, 子官破裂の徴侯としても, 「外出血は概して少量であり, 内出血によるショックが惹起される」(甲B12 ・354 頁), 「出血は内出血が主であり, 全子宮破裂では腹腔内に大量出血を認める。また, 少量の外出血が持続的に見られることもある」(甲B9 ・1493 頁) などとされており, 出血は出産に伴い当然に生じるものであり, 切迫子宮破裂又は子宮破裂の症状とは考えられないとの被告の主張は明らかに誤りである。

 午前3時10分, 原告産婦のガードル型の下着が血液でかなり汚染されるほど出血していたから, その時点で帝王切開に移行すぺきであった。

被告側主張

 このときの出血パットの出血は, 少量から中等量程度であり, 大量、異常なものではなく, 持続性の出血でもなく, 分娩経遺の一部として何ら異常ではなかった。

 そもそも, 出血は出産に伴い当然に生じるものであり, 切迫子宮破裂又は子宮破裂の症状とは考えられないものである。

 よって, 午前3時10分ころの時点で, 被告病院に, 原告産婦が切迫子宮破裂であると診断して帝王切開に移行すべき義務は認められない。

裁判所の争点4及び5への判断です。

 この間は原告産婦はモニタリングがされていないが, 原告産婦はK助産婦に対して, 発作が強い, 下腹部の奥が痛いと訴え, また, 少量ないし中等量程度の性器出血がみられた時期である。K助産婦は, いずれも正常な出産に伴う痛みや出血であると判断し, 内診をして子官口が全開大であることを確認したが, 特に医師の診察を求めることはしていない。

 少量ないし中等量の性器出血は, 何らかの異常の徴侯であり, 子宮破裂においてもみられるが, 子宮破裂は内出血が重大なことが多く, 外出血は少ないかみられないこともある'( 甲B55 の10, 同14,74) 。本件出産において, 原告産婦の出血がどのようなものであったかは, 分娩経過表に少量から中等量程度との記載があるほか, K助産婦の証言は明確でないが, 原告産婦は「下着が染まるほど」の出血で, それを処分してもらったと述ぺている。この点は原告産婦の供述等の信用性は高いというぺきであるが, K助産婦は特に異常を感じなかったことからすると, それが通常の出産に伴う以上の出血であったとはいえない。

 しかし, 午前3時10分ころには, 原告産婦は, K助産婦に対し,「下の奥の方が痛い」と訴えているのであり, それまでにも陣痛が強いとも訴え, 分娩監視装置の記録でも100mmHg を超える記録がされていたのであって, それが実際の値と合致するとは限らないとしても, かような記録があり, 出血, 局所的な痛みを原告産婦が訴えている以上, 同人がVBAC であること, しかも胎児の大きさや子宮壁の厚さに鑑みれば, この時点で医師の診察を仰ぐのが相当であった(間欠期は「リラックス上手」との記載もあるが, その際に原告産婦が訴えていた痛みが生じていなかったかについては不明である。)。

 後の分娩監視装置の記録からみても, この時点では胎児に異常はみられず, 原告産婦は子宮破裂に至ってはいなかったが。K助産婦により原告産婦の人工破膜が行われた午前3時32分ころから数分後(午前3時35分ころ) に児心音が低下し, 持続性除脈が現れている。

 持続性除脈の原因は, 後の帝王切開時の所見によれば, 子宮破裂により臍帯が圧迫されたためであるa

 児心音が低下した時点では臍帯圧迫が起こっていたとみられるところ,酸素投与や体位変換によっても改善しなかったことからすれば, このころには既に子宮破裂に至っていたと認めることができる.

 そうすると, 破裂部位の菲薄化はそれ以前から生じていたことになり、切迫子官破裂の状態にあったというべきであるから, 原告産婦が一定の部位の痛みを訴えたころに医師が診察をしていれぼ, 切迫子宮破裂の診断ができた可能性があったと考えられるのであって,被告病院の医師等により慎重に原告産婦の分娩経過を観察すべき注意義務があったことからすれば,原告産婦の訴え等により医師による内診や検査をして確認すべきであったといえる。

 この点について,鑑定結果では, 子宮破裂の機序には触れず,原告産婦が訴えた痛みや出血は正常な出産において頻回にみられるもので, 同人及び胎児に特に異常はみられないから, このころに帝王切開に移行すべきであったとはいえないとし, 児頭が上方に移動し吸引分娩が困難であると判断され, 続く超音波検査にて子宮破裂が強く疑われた時点, 午前3時40分ころに帝王切開に切り替えるべき状態になったする。しかし,前期のとおり, 被告病院の医師らは, より注意深く分娩監視をする義務を負っていたのであって, その義務を果たしていないのに, 異常を示す徴侯がないことを前提とずる鑑定結果は採用することができない。

争点4および5の原告側の主張は、

  1. 下腹部に限局した痛みを訴えていたから子宮破裂の前兆であった
  2. 性器出血があったのは子宮破裂の前兆であった
この二つの主張です。これに対し裁判所の判断は、後の経過から考えて子宮破裂の前兆症状であったとし、この時期に助産婦が医師に適切に報告していれば
    切迫子宮破裂の診断ができた可能性があった
だから注意責任義務を果たしていないと認定しています。


(争点6)

これについては裁判所判断のみ記載します。

 人工破膜は, 通常の分娩においては, 分娩を促達させるために行われるものであって, 特別な手法ではないが, 仮に人工破膜が陣痛(子官収縮)を促進するものではないとしても, 人工破膜により子宮内の圧力の方向に変動が生じるのであり, 菲薄化していた子宮壁がそれによって破裂に至る可能性はあるものと考えられる. 人工破膜が陣痛を促進するものではないとしても, 上記及び人工破膜と児心音低下の時的経過からすれば, 人工破膜が本件出産において子宮破裂の原因ではないものの, いずれ切迫子宮破裂から子宮破裂に至る過程のきっかけとなったということができる。K助産婦が行った人工破膜は, 本件の事情の下では適切とはいえないが, それがいずれ生じたであろう子宮破裂の直接の原因とは認められない以上, 人工破膜をしたこと自体に本件の結果との因果関係があるとはいえない。

ぎりぎりセーフの判定ですが、VBACでの人工破膜は非常に高度な判断が要求される事になります。


(争点7)

原告側主張

 人工破膜後, 児心音が低下した段階で, W医師は吸引分娩を施行し, A助産婦は原告産婦の上に跨がり腹部を思い切り押して児を取り出そうとした(クリステレル胎児圧出法) が, これらは予宮破裂の危険について全く顧慮していない行為である。

 子宮破裂が起こると胎児の体(形) が直接に腹壁上からよくわかり, 胎児が腹腔内に脱出すると腹部の片側に偏在した胎児を腹壁直下に触知できるところ, A助産婦が腹部を押した行為により, かかる状態を原告産婦は認識した。

 切迫子宮破裂を認めた場合, 経腟分娩は禁忌であるから, 人工破膜後, 児心音が低下した段階で, 吸引分娩を施行し, 腹部を思い切り押すことなく,帝王切開に移行すべきであった。

被告側主張

 吸引分娩にっいては, 原告産婦の子宮口が全開大で, 破膜しており, 児頭が十分下降していた状態において, 児心音が低下したことから, 時間を要す
帝王切開の方法によるよりも, 早急に娩出することが可能な吸引分娩の方法によって, 児を早急に娩出させることが最善であると判断して行ったもの
であり, 緊急時の判断及び処置として医学的に間違ったものではない。

 A助産婦が原告産婦の上に跨がって腹部を思い切り押したことはない。1回目の吸引分娩の際, 吸引分娩を補助するため, 原告産婦の横に立ち, 子宮底圧迫を行ったが, この行為は吸引分娩の補助として不適切な行為ではない。

 よって, 人工破膜後, 児心音が低下した段階で, 帝王切開に移行すべき義務は認められない.

裁判所の判断です。

 前記判示の事実によれば, 原告産婦が子宮破裂に陥ったのは, 児心音が低下した午前3時35分ころと認められる(なお, M鑑定書も同旨であるが, 補充鑑定の結果は, 児心音低下の原因は複数あるからこの時点ではまだ子官破裂の確定診断には至らないという。) ところ, 酸素投与や体位変換をしても児心音が改善しなかったのに, W医師は3 回にわたって吸引分娩を試みたが失敗し, 児頭が上昇したことから, 子宮破裂を疑ってS医師を呼んでいる。

 原告産婦はこのころ子宮口全開であり、児頭の位置はsp+1であった。吸引分娩により初産婦が容易に娩出できるのは児頭の位置がsp+3以下のときであり, 胎児仮死の場合はsp+3以下に下がって初回の吸引分娩で娩出できないときは直ちに帝王切開に移行すべきであるとの見解がある(甲B43) が, 妊婦の状態によっては, 児頭がそこまで至らない場合でも有効な場合があり, 本件出産では, 子官口が全開大であるごとや胎児の位置から吸引分娩は行うべきでないとはいえず、胎児仮死が疑われ緊急に娩出することが求められていたこと, 成功ずれぼ帝王切開よりも早くかつ侵襲なく娩出を終えることができる(鑑定結果) のであるから1、上記のように児頭がやや高かったとはいえ, 吸引分娩を試みたことは被告病院医師の過失とはいえない。

 児心音が低下し, 持続性除脈が発生した午前3時35分ころには既に子宮破裂が生じていたのであるから, 助産婦が行ったクリステレル胎児圧出術は, 原告産婦の子宮破裂の原因ではない。

 鑑定結果は, 早期に胎児を娩出する方法として不適切ではないというのであるが, その当時, 吸引分娩により直ちに娩出ができると考え, それを補助する方法として行われたものであるところ, 繰り返し行われたのものではなく, 手法としては不適切なものと断定できない。

 しかし, 同圧出術は胎盤の血流を悪化させるものであるし, 吸引分娩と同圧出術を試みた際に, 児頭の上昇がみられるなど胎児が子宮内から脱出した徴侯がみられたのであるから, 同圧出術を用いたことは事態をより悪化させたものというぺきである

原告側の主張は

  1. 子宮破裂が疑われるのにクリステレルを行なった。
  2. 子宮破裂が疑われるのに吸引分娩を行なった
これに対し裁判所判断は吸引分娩の方が早く娩出できる可能性があったので、これを試みた事について過失を認めていません。また吸引分娩の補助としてクリステレルを行った事も不適切でないとしています。それでもこれを行った事は「結果として」事態をより悪化させたとして、どうやら注意責任義務をほのめかすような判断をしています。


(争点8)

原告側主張

 VBACを実施するに当たっては, 子官破裂の危険をも顧慮し, ダブルセットアップすなわち直ちに帝王切開を行える準備をして臨むことが不可欠である。そして, 子宮破裂の徴侯など危険を感じたなら, 直ちに帝王切開に切り替えるべきであり, 異常発生時には15分以内に児を娩出することが障害を残さないためには必要である。

 被告病院が子宮破裂に備えて, ダブルセットアップ体制をとっていなかったため, 子官破裂を認識すぺき時期(午前3時32分ころ) から午前4時10分帝王切開手術開始まで, 少なくとも35分以上かかってしまった。

 S医師がエコー検査を実施し, 子宮破裂を確認して, 帝王切開の準備を告げるまで, 帝王切開の準備はされておらず, 結局帝王切開により児を娩出したのは, 午前4時12分であった。被告病院の診療録によれば, 児の娩出まで, 子宮口全開大から1時間以上, 人工破膜から40分経過して持り, 直ちに帝王切開を行える準備をしていなかったことは明らかである。

 母児の状態をモニターできる器具が整っていても使用しなければ意味はなく, 陣痛発来時には血管が確保されていなければならない. 緊急手術赤できるように器具が消毒されていても手術室の鍵をあけるのに時間がかかっていたのでは意味がなく, 麻酔医及び新生児専門医が待機していても, 執刀したY医師は自宅から呼び出されたのであって, 緊急帝王切開手術を担当する医師が病院内にいなかったのでは論外である。

 被告病院がダブルセットアップ体制をとっていなかったことは明白である。

被告側主張

 米国の産婦人科学会の勧告によれば, 緊急帝王切開決定から30分以内に執刀することが望ましいとされている。

 被告病院では母児の状態をモニターできる機器が整っており, 輸血もいつでも可能であり, 緊急手術ができるように器具は消毒されて用意できており,麻酔医及び新生児専門医も待機して, 緊急時に帝王切開に切り替える準備はされていた。

 子宮破裂が起こったのは午前3時40分ころであり, それを速やかに把握し, 速やかに手術室に搬送している。執刀したのは午前4時10分とその30分後であり, その2分後には児を娩出している。

 前記のとおり, 被告病院において, 原告産婦について子宮破裂であると疑ったのは, W医師が3 回目の吸引分娩を施行しようと試みた時点(午前3時37分ころ) であり, この時点まで原告産婦について子宮破裂が生じたと判断されるような状況はなかった。その直後, S医師は, 確認のためエコー検査を施行して腹壁下に胎児を認めたため, 午前3時40分, 子官破裂であると診断して帝王切開手術を施行することを決定したものである。

 本件の帝王切開決定から実際に娩出するまでに要した時間は平成7年5月17日当時の一般的医療水準にかなったものであった。

裁判所判断です。

 VBACの試験分娩にあたり, 帝王切開を決定してから手術に着手するまでの時間については, 緊急を要する場合が多く, 短時間であれぱあるほど望ましい。1988年のACOGの報告では,30分以内が望ましいとされていたが, その後,18分以上になると障害を残す場合があることが報告(この事例は平成7年当時でも日本における各文献にも多く紹介されており, 産科の医師の間では知られていたものと認められる。) されるなどし, また, 日本においても, 上記の時間を10分ないし15分であるとすべき意見や, 実施している医療機関の報告がされるなどしており, より短時間であるほど望ましいとされていたのであって, 上記30分は医療機関が遵守すぺき基準として扱われていたものではなかった。

 VBACを含め経膣出産において, 帝王切開に移行するのは, 胎児仮死が見られる場合であるが、その原因として陣痛微弱等による分娩遷延, 臍帯巻絡, 臍帯下垂や子宮破裂等による臍帯脱出等が挙げられる。胎児仮死の徴候として, 遅発一過性除脈, 変動一過性除脈があるが, それらは子官収縮に遅れて胎児に除脈が認められる場合であり, 体位の変換,酸素投与により改善がみられる場合がある。しかし, そのような処置をしても改善がみられない場合や, 本件のように持統性除脈が継続する場合においては, 胎児仮死は重度であることが予想され, 緊急に帝王切開が行われるべきである。

 そうすると, 胎児に影響が出ないための帝王切開が行われるまでの時間は, 胎児の状態により緊急性の程度が異なることは当然であり, 一律に基準として定めることができるものではない。前記報告は,VBACを推進する中で, 起こりうる緊急帝王切開が必要となる胎児の状態などを考えて,帝王切開を行うとの判断から30分以内に手術に着手することができれば,概ねそれに対処することができるから, そのような準備のできる医療機関ではVBACを試みてよい(すなわち, それ以上の時間がかかる医療機関ではVBAC を行うぺきでない) とするものであって, VBACの試験分娩をする際の医療水準を示したものとはいえない。

 持続性除脈の場合は, 遅発一過性除脈や変動一過性除脈がみられる場合よりも, 短時間のうちに胎児に重大な影響が生じることが予想されるから、胎児の障害を避けるためにはより迅速に帝王切開により娩出されるぺきであり, 緊急性は高い.

 したがって, 前記の30分の基準は, それが遵守されたからといって,当然に当時の医療水準を満たしていると評価すべきものではない。

長いので一旦切りますが、ここまでの裁判所の判断は「30分ルール」を巡るものです。被告側が主張した30分ルールに対し、30分は緊急帝王切開の一つの報告としてあるが、病態によってこの時間は異なり、VBACでは

    18分ルール
これが平成7年でもあるとの判断を下しています。

 ー方, 原告産婦が子宮破裂に至ったと考えられる時間(児心音が低下した午前3時35分) から手術開始(午前4時10分) までは35分、S医師が子宮破裂の確定診断(午前3時40分過ぎ) をしてからは約130分以内に手術に着手され, 午前4時12分には胎児が娩出されている。

 児心音が低下してから。子宮口が全開大であり, 児頭がsp+1の位置にあったことなどから, 吸引分娩を試み, 子宮破裂が疑われて, S医師が呼ばれ, 子宮破裂の診断後, 手術室への搬送, 執刀したY医師らの呼び出し, 原告産婦の血管の確保等が行われていたことを考えると, 帝王切開の必要性の判断の時期が遅れたとはいえず, その後の手術開始まで要したた時間も必ずしも遅れたとは評価できない(K鑑定書は, 子宮破裂時期について,診療録の医師の記載と分娩記録の助産婦の記載とに齟齬あるが, 子宮破裂が発生した後に記載した助産婦の記録よりも, 医師の記載を信頼すべきであること, S医師が連絡を受けてから診察をするまでの時間はわずかであるところ, その間にW医師が3回の吸引分娩を行っていたことを考えると, 午前3時32分というのは不自然であることから, 午前3時20分に人工破膜を行い,3分後に持続性除脈が始まったとみるべきであるというが採用できない。)。

 しかしながら, 本件では, 胎児に持続性除脈が発生していたのであり,上記の帝王切開への移行に遅れはなかったと評価できても, 客観的には上記の時間では胎児に低酸素血症による重大な障害が発生する可能性を避け得なかったというほかはない。

 したがって, 被告病院において, 手術決定後30以内に手術を開始したと評価することができたとしても, その事実だけでは被告病院の過失を否定することにはならないが, 吸引分娩を試みるべきではなかったとはいえず, 被告病院の診療体制において原告産婦の手術の要否の判断及び手術開始が遅れたということはできないから, この点を被告病院の過失と評価することはできない.

 また, 平成7年当時からすれば, 各医療機関において,VBACによる出産を行うに当たり, 一般的に直ちに帝王切開を行えるようにいわゆるダブルセットアップ体制(手術室の準備や麻酔医、執刀医等スタッフの待機など直ちに手術に着手できる体制) をとるぺきであったとはいえないから,この点もそれ自体では直ちに過失ということはできない。

3:35に児心音低下時を子宮破裂時と認定した上で、その時点で吸引分娩を試みた事にまず過失はないとしています。またそこから35分で手術を開始した事も評価はしています。その辺りは、

    被告病院の診療体制において原告産婦の手術の要否の判断及び手術開始が遅れたということはできないから, この点を被告病院の過失と評価することはできない.
そこまで評価したのなら過失は無いと言えば、そうではなく、
    客観的には上記の時間では胎児に低酸素血症による重大な障害が発生する可能性を避け得なかったというほかはない。
非常に怪しげな表現を散りばめて判断は続きます。

 しかしながら, 医療機関として一般的に取るべき体制と, 被告病院において原告産婦の状態に対応してVBACに当たりいかなる注意義務を果たすぺきであったかとは別の問題である。

 前記のとおり, 原告産婦は, 子宮壁の厚さが2mmであり, 胎児も大きめであったこと, 経睦分娩の経験がないことなどからすれば,VBACによるべきではないとはいえないとしても, 子宮破裂等により緊急帝王切開に至る可能性は高かったというぺきであり、被告病院の医師としても, 一般的にVBACが結果的に帝王切開に移行する割合が3ないし4割程度あり, 原告産婦は, その可能性が比較的高いことを検査等により知っていたのであるから, 本来, 原告産婦のVBAC にあたっては, 緊急の事態に対応できるようにずぺきであった(甲B56 の, より慎重に試験分娩を施行すぺき症例が参考になる。ただし出版は2002 年) 。

 また.VBACの試験分娩開始後に, 前記のように原告産婦の陣痛が強いことが認められ, 原告産婦も強いことを訴えていたこと、限局した部位である「下の奥の方」の痛みを訴えていたのであるから, より一層, 子宮破裂を確認する以前から直ちに緊急帝王切開が行えるように準備をしておくぺきであったということができる。

原告産婦はただのVBACではないから、「もっと、もっっと、もっっっと」注意すべき義務があったと認定しています。


争点9の損害賠償額の話は省略して1〜8までの争点のうち過失として認定されたのは、

以上のとおり, 被告病院の医師らには, 争点5及び8において過失が認められるというぺきである。

どうも争点3の「過強陣痛」の

    この点において分娩監視を怠っていたといわざるをえない
また争点4の「下腹部の強い痛み」の、
    原告産婦が一定の部位の痛みを訴えたころに医師が診察をしていれぼ, 切迫子宮破裂の診断ができた可能性があったと考えられるのであって,被告病院の医師等により慎重に原告産婦の分娩経過を観察すべき注意義務があった
これについては過失認定はされなかったようです。法律用語の表現は解釈が本当に難しいものです。

結局のところ

    (争点5) :出血
    (争点8) :ダブルセットアップ
この二つについて注意義務違反を認定しています。これについては、

 原告らの主張する分娩監視上の注意義務と帝王切開移行準備義務ば, 分娩経過の監視及び適時の診察をして子官破裂等緊急事態にならないうちにVBACを止める判断をすべき注意義務と緊急事態になっても迅速に対処できるように備えておくべき注意義務であるが、それは, 分娩時における一般的な注意義務に加え, 原告産婦の具体的な状態によって, 被告病院において負うべき注意義務を前提として構成されているものである。

 前記のとおり, 原告産婦のVBACは子宮破裂等の危険性が高かったのであるから, 被告病院は、一層, 原告産婦の分娩経過を注意深く監視すぺき注意義務を負い, また, 緊急の事態に対応すぺき準備をしておくぺきであったということができ, 被告病院において, 少なくとも前記のいずれかの注意義務が果たされていれば, 本件の事態は避けられた可能性が高かったのであって, 被告病院の過失が認めるというべきである。

皆様、長い長い判決文にお付き合い頂きありがとうございました。ここまでたどり着けた方がどれだけおられるか不安を感じるところですが、元の判決文が公開できないので、できるだけ引用を多くした関係と御理解ください。それと貧弱なOCRを使ったので判決文中に誤変換が残っている点もご容赦願います。

個人的な感想として、「結果」として子宮破裂を起すような「要注意」のVBAC産婦に対する注意が足りないとしている様な気がしてなりません。それとこの訴訟は控訴していますが、このまま確定するようであれば日本のVBACはもちろんですが、産科医の逃散が加速するのだけは確実かと思われます。今日は引用するだけで目一杯でしたので感想はそれぐらいです。