奈良事件第7回裁判

今回も含めて7回の裁判は争点整理に費やされたと考えられます。本来と言うか、多くの民事訴訟の場合、ここまでは原告被告の双方の代理人と裁判官でバタバタとまとめられ、まとめられた争点に対する認証、すなわち双方が根拠とする主張をぶつけあって裁判官の判断を仰ぐという格好になるようです。それと争点整理の段階では必要な主張は裁判時に書面で提出され、実際の法廷の場で話し合われるのはその書面に基づいた争点整理への相違点と言うか、整理点の確認だけのようで傍聴しても迫力が無いと言うか、何が話し合われているかよく分からないところがあります。

第7回は争点整理が終了し、次回から争点に対する第一ラウンド、証人尋問が行われる事の確認でした。ようやく裁判本番が開幕すると考えても良さそうです。もちろん争点整理段階も重要で、ここで本番のバトルフィールドが決定しますし、バトルフィールドの設定の仕方で相手の攻撃や防御法を予測して本番への準備を考えるところとも言えます。それでもって最終的にどういう争点にまとめられたのか確定情報がまだ手許にありません。現在情報収集中ですが、これについては情報待ちの段階です。

確定情報はありませんが、医薬ビジランスセンターなる団体がありそこで発行しているらしい「薬のチェック」という広報誌があるようです。医薬ビジランスセンターがどんな団体かはリンク先のHPを見てもらえればおおよそ想像がつくと思いますが、そういう団体です。そこで原告へのインタビュー記事と裁判傍聴記、裁判への感想みたいなものが書かれています。記事の大部分はそういうスタンスの記事ですから「今さら」の内容なんですが、非常に興味を引く部分があります。

 「脳内出血」を疑って脳外科医のいる病院を最初から探しておればもう少し早く転送できたかもしれない、被告医師も一緒に転送先へ行き帝王切開を担当し、脳外科医と一緒に手術しておれば救命できたかもしれない、という点も争点の一部です。交通事故の多い昨今、脳外科医のいる救急病院は多いからです。

原告とのインタビュー記事は相当な分量なので長時間の取材が行なわれたのはほぼ間違いありません。もちろんこの言葉にどれほどの信用と言うか、実際に裁判で主張されるかはわかりませんが、そういう趣旨の考えを原告が持っている事は確認できると思います。

実際の法廷のやり取りから考え直してみますが、第4回裁判で原告側弁護士は、

 被殻部出血の予後の統計学的なもの、また、被殻部出血による生命中枢に与える進行のメカニズムから考えると、少なくても発症した0時からしばらく経った1時、あるいは3時ぐらいのまでの間はJCSが200と反応している状態であるから、早期に診断して、治療は開頭による血腫除去施術しかない、そして血腫除去手術自体の一般的な生命予後の死亡率は20数%なので、我々が何度も言っているように、0時からほどなくの時間で、搬送して手術していれば、充分助かった!

 被告の方の状態だが、夜間であっても医師が常駐していて、30分ないしは40分で脳のCT検査は可能であった、とお答えを戴いた。脳のCTを撮れば! いくらなんでも! 誰でも! 脳内出血はすぐ!分かる!脳のCTをみれば、脳内出血は白く!写りますから! これは誰が見ても。

 そうすると、脳内出血の場合は、止血が自動的にされるわけではありませんから、止血のための処置をする、そして脳の中枢圧迫を阻止するためには除去手術しかないので、速やかに搬送すべきであった。

 本件で搬送が遅れたのは、被告Mさんが子癇と思いこんだから!つまり、お産の関係の病気であると!ところが実際には脳内出血ですから、脳内出血の除去手術ができない脳外科病院はないぐらい! 別に大阪まで行かなくてもどこだってできるわけですが、本件では子癇であると思いこんで、子癇だという事で搬送依頼をしていたのだから、 

 こういう点で、(被告)Mさんが、午前0時ほどなくの時点で、脳内出血の診断をして、その旨を付記して搬送依頼をすれば充分に助かった!

傍聴者の記録によるとかなりの熱弁であったとされます。もちろんこの主張も争点整理の最終段階でどう変わったかは確認できていませんが、ここから分かる事は、

  1. 3時ぐらいのまでの間はJCSが200と反応している状態であるから、早期に診断して、治療は開頭による血腫除去施術しかない
  2. 30分ないしは40分で脳のCT検査は可能であった
  3. 脳のCTを撮れば! いくらなんでも! 誰でも! 脳内出血はすぐ!分かる!
  4. 午前0時ほどなくの時点で、脳内出血の診断をして、その旨を付記して搬送依頼をすれば充分に助かった!
ここで「0時からほどなく」についてもう少し具体的な発言があり、0:14の意識消失が起こった時からとしています。CT検査への所要時間数も「30〜40分」とし、血腫除去が終了する時間も3:00までとしています。ここから原告の「十分助かった」シミュレーションを構築すれば、
  1. 0:14 CT検査施行決断
  2. 1:00 脳出血診断
  3. 2:00 搬送→手術開始
  4. 3:00 血腫除去
2:00手術開始としたのは、手術開始から血腫除去までは約1時間は必要の情報に基づくもので、この点に関しては脳外科関係者も同意されています。

このシミュレーションは患者が妊婦でなくとも不可能なものとの結論が出ています。さらに言えば患者が院内で治療可能であっても限りなく無理とされています。また当然誰でも考える「子供はどうするんだ」の疑問が出てきます。そのうち子供については、

    被告産科医師が脳外科病院に出張手術する事で可能である
との主張が紹介記事です。

原告側のシミュレーションは前に机上の離れ業と評しましたが、ただの離れ業ではなく、荒唐無稽のマンガやドラマでもちょっと思いつかないほどのレベルである事が分かります。原告が主張する「どっか」の脳外科病院には産科はありません。当然ですが被告産科医が単身で乗り込んでも帝王切開に必要な手術器具はそろっていません。そうなると被告産科医師は必要な手術器具一式を大淀病院からすべて持参しなければなりません。

時刻は深夜です。当然ですが手術室担当の看護師はいません。手術室担当の看護師がいないと手術器具をそろえるのは非常に困難です。「呼び出して」は可能かもしれませんが、脳出血診断から「どっか」の脳外科病院到着まで1時間しかないのです。さらにそんな出張手術が日常的に行なわれているのなら準備も早いですが、前代未聞のケースですから常識的には1時間では不可能と言えます。どう考えても指示から10分や20分で整えられるものでは無いからです。

「さらに」になりますが、「どっか」の脳外科病院に小児科があるかどうかは不明です。今どきの事ですから無いことの方が多いと考えられます。たとえあったとしても、新生児用の設備はゼロです。現実の国循の帝王切開手術では子供はかなりの仮死状態でした。仮死の原因としてsleeping babyの影響が推察されていますが、これは原告シミュレーションにおいても同様に発生すると考えて良いかと思います。しかもそれは予想外の事ではなく、事前に十分予想される事です。

ブラックジャックはマンガの中で手術用具どころか、簡易の手術室まで持ち歩き、難手術を次々に成功させています。しかしこれはあくまでもマンガの中のお話です。またブラックジャックも常にそんな状態ですべての手術を行なったのではなく、あくまでも緊急避難の応急手術として行なわれています。そういうエピソードはブラックジャックの技量を神秘的に印象付ける小道具であり、すべての医師がそんな状態で奇跡の腕を揮えるわけではありません。

今日のお話が原告側の裁判での正式の主張であるかどうかは確認できていませんが、原告が勝てば日本の医療は跡形もなく消滅しそうな悪寒を覚えています。