混合診療のお話

この話は4/22の後半部分の焼き直しですし、あの時の反響は薄かったのですが、もう一回書き直す意義はあると思いますので反芻します。

まず平成17年度の財源別国民医療費ですが、

財源 推計額 構成割合
公費 国庫 8兆2992億円 25.1%
地方 3兆7618億円 11.4%
保険料 事業主 6兆7082億円 20.2%
被保険者 9兆5811億円 28.9%
その他 4兆7786億円 14.4%
患者負担 4兆7572億円 14.4%
計(国民医療費) 33兆1289億円 100.0%


これを前提に考えたいのですが、混合診療解禁派でも良心的な主張をする方は、この枠組みを堅持したままでの混合診療を望まれています。つまり現在の医療制度はそのままにあり、その上で癌治療などで保険医療から零れ落ちた部分だけ混合診療を認めるのが、患者の利益につながるというものです。実はその主張なら多くの医師は反対ではないのです。その主張のまま混合診療が本当に行われるのなら反対する理由は基本的にありません。もちろん細かい部分に懸念はテンコモリありますがテコでも反対するものではありません。

先ほど「良心的」と書きましたが良心的で無い混合診療派がいます。混合診療解禁で一儲けどころか天文学的な利益を得ようと算盤を弾いている勢力が存在します。この勢力は国内で隠れも無い強権を握り、政府の政策決定にも深くどころか根元まで食い込んでいます。言うまでもなく財界です。財界が主張する混合診療の未来図は、

これが基本です。これの基本となる資料が今朝見つからないのですが、経済諮問会議ぐらいの答申に麗々しく書かれています。この表現では漠然として分かり難いのですが、医療費の負担と言うか財源から見れば財界が考える混合診療が分かりやすくなります。

財界の提案する混合診療では政府も財界もメリットがなければなりません。政府のメリットは国庫負担の削減であり、財界のメリットは事業主負担の消滅です。ついでに財政危機に苦しむ地方の負担がなくなれば言う事はありません。混合診療に当たり自由診療に移行する医療費はこの3つと考えるのが妥当で、

    8兆2992億円(国庫負担) + 6兆7082億円(事業主負担) + 3兆7618億円(地方負担) = 18兆7692億円
これを混合診療自由診療分としたいと考えます。一度には無理でしょうから段階的にでも自由診療にしたいと考えているかと思います。財界にはそれを実現させるだけの政治力と資金力があります。これは現在の医療費の56.6%になります。これだけの額が自由診療になって負担するのはもちろん国民です。直接の自費負担と言うより民間保険として登場すると考えればよいでしょう。

よく官僚のこの手の資金の不正流用が話題になりますが、民間保険になれば不正流用ではなく収益として正当な物になります。官僚の不正流用の額がどれほどかは分かりませんが、常識的に考えて「官僚の不正流用<企業の収益」になると考えられます。だから18兆7692億円分の医療を受けようと思えば、最低でも20兆円以上は必要になると考えるのが妥当です。

さらに自由診療は政府の決めた診療報酬に縛られる必要はありません。現在の日本の診療報酬は激安価格で海外から自費で診療を受けても完全に安上がりと言う料金体系です。自由診療になれば競争が起こって価格が低下するというより、採算が取れるように価格の上昇が起こります。そうなれば自由診療部分は鰻上りに増えていきます。民間保険はある決められたパーセンテージで収益を確保しますから、医療費全体が膨らんだ方がスケールメリットが現れ、より多い収益を確保できます。

財界の混合診療派の試算がどれほどかもわかっています。2007/12/7付けキャリアブレインに2007/12.6の参議院厚生労働委員会での西島英利議員の発言が紹介されています。

西島議員は、日本医師会の常任理事時代、規制改革・民間開放推進会議の前進である総合規制改革会議にヒアリングに呼ばれ、会議後の記者会見で宮内義彦座長(オリックス社長)が「医療産業というのは100兆円になる。どうして医師会の先生方は反対するのか」と発言したことを紹介

100兆円が公費保険を含む医療費全体なのか、自由診療部分の事を指すのか分かりませんが、儲けにならない公費部分をわざわざ含めないとも考えられ、自由診療部分が100兆円になると考えても良いと思います。なんと言っても当事者がそうすると言っているのですから、そうなります。そうなれば国民が負担する医療費の総額は、

    9兆5811億円(公費保険) + 2兆0741億円(公費患者負担) + 100兆円(民間保険) = 116兆6552億円
患者負担分は国庫、地方、事業主負担分を除いた43.6%をかけたもので計算しています。国民の負担として国庫や地方負担分の税金は消え去るわけでなく他の予算に費やされますから、約8倍の負担増となります。そもそも民間保険100兆円とは大きな額で、保険会社の収益を仮に2割としても20兆円になり、これまでの国庫、地方、事業主負担分以上の額を保険会社が懐に納める事になります。

この混合診療のメリットは、

  1. 国庫負担分8兆2992億円が消えて他の予算に使える
  2. 事業主負担分6兆7082億円が収益として確保できる
  3. 地方負担分3兆7618億円が消えて財政改善の一助になる
  4. 財務省は100兆円の新たな課税対象が誕生し歳入増加につながる
  5. 財界は100兆円市場を手に出来る
まさに良い事尽くめになります。医師だってそこまで医療費が増えれば今よりは潤う事になります。従来の4倍近い規模に医療費が増えれば、財界収奪分が大きいでしょうが、2倍程度の収入増ぐらいは期待できます。オリックスの宮内会長にすれば、こんな美味しい儲け話に「ウン」と言わない医師会が信じられないと思っても不思議ありません。政府も地方も反対する理由はありませんし、財界は諸手を挙げて賛成。医師会だってあれだけの利益をぶら下げれば尻尾を振らないのが不可思議千万と言う所かと思います。

今のところ医師の大多数は現在の皆保険制度堅持の姿勢です。要求しているのは現在の医療費では持ちこたえられないので、現在の体制を維持するための医療費増大を求めています。実際にどれほどであればの試算はここでは難しいのですが、3割増でも有効と思いますし、5割増なら著効、2倍になればお釣りが出ると思います。そこまで増やした時の医療費を被保険者保険料、患者自己負担にすべて転嫁しても、

医療費増加率 国民医療費 保険料+患者負担 負担増加率
現在 33兆1289億円 14兆3383億円 1.0倍
3割増 43兆676億円 24兆2984億円 1.7倍
5割増 49兆6933億円 30兆9241億円 2.2倍
10割増 66兆2578億円 47兆4886億円 3.3倍
混合診療 116兆6552億円 116兆6552億円 8.1倍


現在の皆保険体制での枠組みなら、この試算のように医療費増加分がすべて国民の直接負担になる事はありえず、おおよそ半分から2/3程度になると考えるのが妥当です。その分は公費負担になり、増えた分は消費税が上るか、道路建設が遅れるかなどの影響は出ると考えられますが、金額としての負担は軽いんじゃないかと思います。

とりあえずのところ、医師会を始めとして多くの医師は混合診療解禁に反対で進みはユックリですが、混合診療推進派の力は強大です。現在はひたすら兵糧攻めを医師に行なっています。言うまでもなく「何が何でも医療費削減路線」です。これは正直なところ医師も苦しんでいます。苦しみの余り、「混合診療でエエやんか」の意見が静かに広がっています。今春の診療報酬改定は参議院選挙の大敗もあって削減が中途半端でしたが、さらなる兵糧攻めの計略は着々と進行しています。

ステトスコープ・チェロ・電鍵様から拾った記事ですが、

中医協には改革できない」

財政制度等審議会(財務相の諮問機関)の西室泰三会長は25日、会議後の記者会見で、診療報酬を決める中医協を「利害関係者だけが集まっているから抜本改革ができない」と 批判した。その上で、6月にまとめる2009年度予算編成に向けた建議(意見書)で診療報酬の適正化を強く求める考えを示した。

財政審は、医療費の伸びを抑えるため、開業医に有利となっている診療報酬の見直しを再三求めている。しかし、中医協は2月の診療報酬改定で、日本医師会の反対などを背景に 、開業医の診療所の診療報酬引き下げを見送った。

この日の審議会でも診療報酬が病院よりも診療所に手厚く配分されている実態などが指摘された。西室氏は「病院と開業医の問題は今回の建議でしっかりと触れていく」と述べた 。(読売新聞)

財界の政治的分析では、医師の混合診療解禁の同意を得るには日医の賛同が必要であり、日医の賛同を得るためには開業医の賛同が必要と見ているようです。開業医の賛同を得るには開業医を締め上げて悲鳴をあげさせれば良いわけで、悲鳴をあげさせるには開業医の診療報酬を削減すればOKと言うことです。兵糧攻めの方針としてはまさに完璧です。

見通しとしては時間の問題で医師は転ぶでしょう。背に腹は変えられませんから、ある臨界点に達すれば雪崩を打つと思います。だいたい世論としても混合診療阻止なんて声は蚊の鳴くほどで、歓迎派の声ばかりが財界の意向を汲んでマスコミは流し続けていますから、無理に踏ん張って悪役になり続ける必然性は乏しいといえば乏しい問題です。

そうそう日医首脳は既に転んでいます。ある公式の会で県医の副会長の挨拶があり、そこではっきりと、

    日医は混合診療になるのはやむなしとの判断です
こういう趣旨の発言をされてました、これが去年の話です。後は一般会員が医療費削減路線に耐え切れなくなったタイミングを見計らって一挙になだれ込む算段かと思います。本当にそれで良いかを決めるのはもはや医師ではなく、国民の手にあるのですが、後期高齢者医療制度と同様に本当に痛みを感じるまで無関心です。

どうなることやら。