滋賀の事件の本丸

4/23付産経ニュースより、

名ばかり管理職と是正勧告 滋賀県立病院に労基署

 労働基準法に基づく是正勧告を受けた滋賀県立成人病センター=滋賀県守山市 滋賀県守山市の県立成人病センター(河野幸裕病院長)で、管理職の医師が、権限がないのに残業代が支払われない「名ばかり管理職」の状態に置かれているとして、大津労働基準監督署労働基準法に基づく是正勧告をしていたことが23日、分かった。

 大津労基署は内部告発を受け、今月11日、センターに立ち入り調査。同事業庁から事情を聴き、勤務日誌など関係書類を調べた。

 この結果、部長以上の管理職の医師で、勤務終了後5−6時間の残業が常態化。月数回の夜間当直では、夜間診療や急患対応に追われ、当直が明けても深夜まで連続勤務する場合も多かったが残業代は支払われていなかった。

 さらに一般の医師も同様の勤務状態にあったが、一日8時間の法定労働時間を超える残業をさせる場合、労使協定を結んで労基署に届け出なければならないとの労働基準法の規定も守られていなかった。

この件については内部情報を幾つか入手しており、ここに書いて良い部分とそうでない部分の区別が非常に難しく、確認を取るのに時間がかかったので今日になったことをお詫びしておきます。

記事全体の大筋は間違っていません。基本的にベタ記事で妙な感情移入がないので好感が持てるところですが、こんなベタ記事にも新聞社の脳内妄想作文が入っています。

    勤務終了後5−6時間の残業が常態化
記事全体のストーリーとして激務病院からの医師の悲鳴に仕立てたいのでしょうが、事件の舞台となっている滋賀県立成人病センターはそんな激務病院ではありません。病院としての待遇は悲惨レベルではなく、ごく普通であり、医師としては「ヒマ」レベルの病院で、記事にあるほど時間外勤務が「常態化」する実態はどこにもありません。時にそうなる事はもちろんありますが、「常態化」の言葉が指す「ほぼ連日」とは程遠い状態の病院である事をまず指摘しておきたいと思います。

もちろんこの情報は内部情報筋なんですが、傍証として2007.10.30付京都新聞に、

患者2万7000人減る
滋賀県立成人病センター、06年度

 滋賀県立成人病センター(守山市)の2006年度の外来と入院の延べ患者数が、前年度と比べて約2万7000人も減少したことが分かった。患者の入院日数の減少や軽症の患者が診療所に行く傾向が高まっていることが一因とみられる。県病院事業庁は「患者の病院離れは良い傾向だが、収益が減るのは厳しい」と複雑だ。

 06年度の延べ入院患者数は13万8375人で、前年度比1万279人の減。延べ外来患者は22万8352人で、前年度と比べて1万6453人減った。いずれもここ数年は減少傾向が続いているという。

 患者数の減少の理由として、県病院事業庁は、入院については患者1人当たりの平均在院日数が05年度に17・1日だったのが06年度には16・2日に減少したことや、医師や看護師の不足で今年1月に1病棟(52床)を閉鎖したことを挙げている。

 外来については、診療所と病院の役割を分担する「病診連携」が進み、軽症の患者が診療所に行く傾向が強まった、としている。

 患者数の減少に伴い、入院収益は前年度比約2億6700万円減、外来収益は同約2億600万円減少し、病院経営を圧迫している。

 同庁経営管理課は「経営努力を進めるしかない。医師や看護師の発掘はもちろん、診療所と連携して新たな患者の確保にも努めたい」としている。

あくまでも傍証ですが、

    入院患者数は13万8375人で、前年度比1万279人の減。延べ外来患者は22万8352人で、前年度と比べて1万6453人減
さらにこれは単年度だけではなく、
    いずれもここ数年は減少傾向が続いているという
もちろんこれだけで時間外勤務の長時間化が無い証拠とは言えませんが、内部情報の「ヒマ」であるの一つの裏付けぐらいになると思われます。



少し寄り道しましたが、産経記事が伝える問題点は、

  1. 権限がないのに残業代が支払われない「名ばかり管理職
  2. 雇用者に時間外労働をさせるための三六協定が無い事
この二つに対して労働基準局が是正勧告が行なわれているのですが、労働基準局への実際の相談内容は、
  1. 病院は三六協定を結んでおらず、当直命令自体が違法
  2. 「当直」ではなく、夜間勤務なのに時間外割増賃金を払ってないので違法
  3. タイムレコーダーICカード等で労務管理をしていないので違法
  4. 名ばかり管理職」で時間外割増賃金を払っていないので違法
この4点について行われています。2.〜3.は言うまでも無く違法です。そのため労働基準監督局も、
  1. 労働基準法36条違反


      時間外勤務を命じるには、労使協定(36協定)を結ぶべし


  2. 労働基準法37条違反


      部長とされる「管理職」にも時間外給与を支払うべし(平成18年4月1日に遡って支払うべし)


  3. 労働時間管理指導


      労働時間管理をすべし
この辺は記事にある通りとしても良いと思います。問題は
    1.病院は三六協定を結んでおらず、当直命令自体が違法
これについては却下された事です。労働基準局が是正勧告した他の3項目は今回の事件の言わば出丸です。勤務医にとって労働環境の改善の本丸は当直業務なのです。その本丸について却下された事はマスコミは触れもしてません。

ここで三六協定無しに当直命令が下せるかどうかを検証してみます。まず埼玉県の労働相談ホームページ にこうあります。

 宿日直勤務とは、使用者の命令によって一定の場所に拘束され、緊急電話の受理、外来者の対応、盗難の予防などの特殊業務に従事するもので、夜間にわたり宿泊を要するものを宿直といい、勤務内容は宿直と同一ですが、その時間帯が主として昼間であるものを日直といいます。

 なお、使用者が宿日直勤務について労働基準監督署長の適法な許可を受けた場合は、週40時間、1日8時間という法定労働時間について定めた労働基準法第32条の規定にかかわらず、労働者を使用することができます(労働基準法施行規則第23条)。

 また、宿日直勤務に該当する労働者について、労働基準法第41条第3号は、「労働時間、休憩及び休日に関する規定は、適用しない。」としています。

 これは、宿日直勤務については、労働の密度や態様が普通の労働と著しく異なり、普通の労働と一律に規制することが適当でないため、労働時間、休日の規制の枠外に置いているものです。

まず労働法施行規則23条ですが、

第二十三条

 使用者は、宿直又は日直の勤務で断続的な業務について、様式第十号によつて、所轄労働基準監督署長の許可を受けた場合は、これに従事する労働者を、法第三十二条の規定にかかわらず、使用することができる

条文は回りくどいから嫌いですが、法32条とは、

32条 

 使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない。

2 使用者は、1週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を超えて、労働させてはならない。

つまり三六協定無しでも許可を受ければ宿日直(当直)業務を行なわせることは可能と解釈できます。さらに当直業務は労働基準法41条3号にあたる業務としていますが、その41条とは、

第41条

 この章、第6章及び第6章の2で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。

  1. 別表第1第6号(林業を除く。)又は第7号に掲げる事業に従事する者
  2. 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
  3. 監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの

41条3号の「行政官庁の許可」が宿日直の許可に該当するで良いでしょう。つまりと言うかなんと言うか、当直業務は正規の労働時間の枠外に置かれる存在という事になります。正規の労働時間の枠外であるから労働基準法32条にも違反せず、正規の労働時間外の労働であるにもかかわらず三六協定は必ずしも不要との解釈は成立します。よってかどうかは分かりませんが、当直命令自体が違法とは言えないの判断を労働基準局は下しています。

それでは問題無しかと言われればそうとは思えません。労働基準法の宿日直規定はさらに通達によって医師による宿日直規定として具体的に示されています。もう何回も何回も引用しているので簡単に示しておきますが、

    特殊の措置を要しない軽度の、又は短時間の業務に限ること。
それ以上の業務に従事したときには、当直業務でなく時間外勤務になります。これも明記されており、

その時間について法第33条又は36条第一項による時間外労働の手続きをとらしめ、法第37条の割増賃金を支払わしめる取扱いをすること。

33条は突発事態の発生に関するもので、

第33条

 災害その他避けることのできない事由によつて、臨時の必要がある場合においては、使用者は、行政官庁の許可を受けて、その必要の限度において第32条から前条まで若しくは第40条の労働時間を延長し、又は第35条の休日に労働させることができる。ただし、事態急迫のために行政官庁の許可を受ける暇がない場合においては、事後に遅滞なく届け出なければならない。

「災害その他避けることのできない事由」に該当するかどうか甚だ疑問ですが、当直業務中に救急患者の受診もしくは入院中の患者の状態が急変するたびに「事後に遅滞なく届け出」して時間外手当を払う手続きが生じるわけです。三六協定があれば該当時間の時間外手当を払うだけですが、無ければ毎回「事後に遅滞なく届け出」が必須になります。

この「災害その他避けることのできない事由」は読んでの如く、予期できない突発自体を想定している事は明らかで、入院患者の急変は病院において予期できないものでは決してありません。予期できるものであるにもかかわらず三六協定を結ばず、さらに時間外手当を払わずに当直業務を命令させる事は命令としてやはり違法ではないかと言うことです。

少し話が複雑になりましたのでまとめると、

  1. 三六協定無しでも解釈上は当直業務が可能である
  2. 三六協定無しでも可能であるが、当直業務中に発生した時間外業務については、


    • 「災害その他避けることのできない事由」であれば33条に基づき「事後に遅滞なく届け出」すればよい
    • 予期可能であれば三六協定が必要
病院は時間外患者の診察や入院患者の急変など、予期できる時間外業務が発生することが予め分かっているにも関らず、三六協定無しで当直業務に従事させることは「不作為の違法行為」に当るのではないかと考えられます。にも関らず労働基準局の回答は、
    41条3項(宿直許可)の取り消しにはならない
こうなっています。もちろんここで当直勤務実態が情報としてあればその面からの論評ができるのですが、それが無いので具体的に検証し難いのですが、平成15年12月26日付基監発第1226002号「医療機関の休日及び夜間勤務等の適正化に係る当面の監督指導の進め方について」では当直業務で許されない時間外勤務の範囲は次のようになっています。

1ヶ月の救急患者診療日数 当直者一人当たりの

時間外診療時間
8〜10日 3時間以上
11〜15日 2時間以上
16日以上 1時間以上


これは滋賀県立成人病センターが医師にとって「ヒマ」な部類に入る病院でもクリアするのは容易でない数字です。容易でないとの実感は勤務医の経験がないと分かり難いのですが、通達の条件は非常に高いハードルになっています。そもそも、この程度の基準がクリアするかどうかのレベルで医師が当直業務に悲鳴を上げているのではないからです。

もっともと言うか、そんなに物分りが良くなる必要も無いのですが、労働基準局が勧告を出したココロは分からないでもありません。三六協定無しで時間外勤務が行なわれている事をまともに聞いて動かないわけにはいきません。労務管理が杜撰であればこれも動かないわけにもいきません。「見なし管理職」は裁判では相当厳格なので聞いたからには放置できません。つまり是正勧告が出された範囲は余りにも当たり前の事で、聞いたからには労働基準局の業務として絶対に動かなければならない事柄だとまず考えます。

またなんですが、動いた事による影響が少ない範囲の事柄だとも考えられます。実際に合意を得る困難さは別にして、時間外勤務が絶対に必要になる職場に三六協定を結ばせても影響はさして大きくありません。「見なし管理職」に時間外手当を支給することは人件費を増やしますが、これは完全に違法労働なので影響があろうとも是正しなければなりません。ところが当直許可を取り消せば、病院が動かなくなります。

おそらくですが、是正勧告で三六協定を結べば同時に当直業務の違法性も解消するので、病院業務への影響を小さく止めるために当直業務の件は却下したのではないかと考えます。労働基準法の運用にはそういう面がしばしば見られます。

ほいじゃ、三六協定を結べば当直問題がすべて解決かと言えばそうとは思えません。当直業務の実態が当直規定に合致しているかどうかです。これについては実態の情報が無いとしましたが、その点についての対応も行われ始めているとの情報もあります。今後の動向に注目したいところです。