神奈川帝王切開賠償訴訟・二審判決文 前編

一審の解説は神奈川帝王切開賠償訴訟・判決文編にありますから、御存じない方はまずそちらを頑張ってお読みください。今朝確認すると一審判決文のリンクが切れていて申し訳ありませが、これの二審判決が3/27に東京高裁第8民事部で下されました。24ページの判決文で、これもWebにはまだ掲載されていないので原文を公開できませんが、まず判決結果を示します。





横浜地裁 東京高裁

  1. 原告患児に1億3708万7511円
  2. 原告父親に275万円
  3. 原告母親に275万円
  4. 訴訟費用は被告3:原告1

  1. 原告患児に8125万2506円
  2. 原告父親に170万
  3. 原告母親に170万円
  4. 訴訟費用は等分


見比べてもらえれば分かるように賠償額が約4割減額されています。どんな新たな事実認定があったが興味を掻き立てますし、それよりどれだけ熾烈な論戦が展開されたか興味津々なのですがビックリするような情報があります。一審の横浜地裁判決がH.19.2.28に判決が下されているのですが、なんとなんと実質審理無しで結審。ところが当初9月末の判決予定が突然延期、延々半年も待って3/17に予定されるもさらに延期され、最終的に今年の3/27にようやく判決が下されています。

訴訟の実際とか、法廷ルールにさして詳しいわけではありませんが、実質審理無しとは「一審の判決で再吟味する部分がない」と普通は考えられ、そうならば一審通りの判決を踏襲するのが常識的と考えますし、判決が下るのにもそんな時間はかからないだろうと考えます。ところが判決期日が半年も延期された挙句、判決内容まで大幅に変わるとは奇異な感を抱かざるを得ません。当ブログは法律関係者の方もよく訪れて頂いているようなので、そういう事はとくに珍しくないのか、それとも異例の事なのかを教えていただければ幸いです。

一審の焦点は、CTGの判定と緊急帝王切開への準備時間の遅れでした。簡単に経過をまとめておきます。

時刻 CTG 診療経過
20:35早発一過性徐脈
21:00遅発一過性徐脈(疑い)胎児仮死の可能性から緊急帝王切開になる事も想定し、患者を禁飲食とした。
21:40遅発一過性徐脈21:00の疑いと合わせ遅発一過性徐脈と診断。
21:45 緊急帝王切開の指示を出す。
23:01 分娩


まず20:35は問題無しとして一審同様関連性を否定していますが、二審でも21:00は遅発一過性徐脈の可能性が高いと判断されています。ここで裁判所は21:00の遅発一過性徐脈に対する考えを文献を引用して示しています。遅発一過性徐脈は胎児ジストレスの徴候と認定した上で、

「また,1回でも出現したら胎児はその場面では一時的に低酸素症に陥っていたことには違いないが, それ以後には発生をみなかったり。CTGの所見が良好になっていれば胎児はその状態を自分で乗り越えることができたと考えられ, 胎児ジストレスとは診断されない。」

1回目の遅発一過性徐脈で直ちに帝王切開を行わず経過を観察した判断は問題無しと認定したと解釈してよいでしょう。経過を観察しながらも医師に課せられる注意義務として、

このような基線細変動のない遅発一過性徐脈は遅発一過性徐脈の出現初発時期から約30分以後になってからみられることが多いので, この理論を基に臨床での指針を考えると, 私達は遅発一過性徐脈の繰り返しての発生をみたら,30分以内での胎児の娩出を図らないと予後が悪いということになる. 産科臨床の場では胎児ジストレス発生からの急速遂娩による胎児娩出術, ほとんどが帝王切開と思われるが, それは30分以内に実施されることが必要であるという指針が公表されているのもこのためであると考えられる。

この文献記述を重視したと考えられます。重視した上で、

    1回目の遅発一過性徐脈だけで急速遂娩(帝王切開)の判断はまだ早いが、2回目が来たら30分以内に急速遂娩を開始しなければならない。
この基準が裁判の目安として事実が認定されていきます。つまり1回目の遅発一過性徐脈が発生した時点で、2回目が起こったときに30分以内に急速遂娩すなわち帝王切開で娩出までできる準備を行なう義務が産科医にあると認定しています。

21:00の時点で産科医も遅発一過性徐脈の疑いから帝王切開の可能性を考え、

この徐脈について遅発一過性徐脈の可能性があるかもしれないと考え, 経膣分娩までには時間が必要であることから, 急速遂娩が必要になるときには帝王切開になる可能性があると判断し, 帝王切開に備えて飲食禁止と血管確保によるブドウ糖液の点滴を指示した

こういう準備をしましたが、これでは注意義務を果たしていないとの結論に導かれていきます。

この事件では帝王切開準備の指示を出してから1時間16分で娩出しています。またこの病院自体の緊急帝王切開の平均娩出時間は約1時間20分と裁判でも証言されています。この点について、

控訴人病院では平成9年当時において夜間に緊急帝王切開術を実施することが決まった場合, その人的態勢等から, 開始決定から胎児娩出までに平均して約1時間20分を要しており, このことは控訴人病院医師においても十分認識していたこと

つまり帝切の「Go」のサインを出してから娩出まで1時間20分必要な事は被告産科医は知っているとしています。それなのに「飲食禁止と血管確保によるブドウ糖液の点滴を指示」しか出していないのは明らかな注意義務違反としています。2回目の遅発一過性徐脈が起こったときに直ちに手術に取り掛かれるように、

午後9 時ころに一過性徐脈の発生をみてこれにつき遅発一過性徐脈の可能性があるかもしれないと考えて急速遂娩が必要になるときには帝王切開になる可能性があると判断したのであるから, この時点において,胎児の低酸素状態(低酸素血症) が重症である可能性をも考慮して麻酔科医師や手術室看護師等に連絡をして同人らを招集するなど帝王切開術の準備を具体的に開始すべき注意義務があったものというべきである。

つまり遅発一過性徐脈の2回目が起こる可能性があり、起こった時には「30分以内」に帝王切開をしなければならないはずなのに、漫然と2回目が来るのを待ち、2回目を確認してから1時間20分もかかる帝王切開準備に取りかかるとは明らかな注意義務違反であると判断しています。ここでもし21:00に帝切準備にとりかかっていたら、

実際には開始決定(午後9時45分) から1時間8分が経過した午後10時53分に帝王切開術が開始されているのであるから, これによれば, 午後9時ころから1時間8分が経過した午後10時8分ころには帝王切開術を開始することができたのである(帝王切開術を行うことを決定したときから30分以内に帝王切開術を開始することができたのである。)。

いつもながらの裁判所の後出しシミュレーションですが、はっきり言って疑問があります。もちろんこの事件に限るシミュレーションなので間違いとは言いませんが、「30分以内」はあくまでも2回目の遅発性一過性徐脈を確認してから「30分以内」です。このシミュレーションでは21:40に遅発性一過性徐脈を確認し、22:08に手術開始で「28分」です。もちろん「30分以内」を満たしてはいます。

ところが一方で病院の娩出までの平均時間は1時間20分です。この日は1時間16分で平均より早かったですが、事件当夜はたまたま平均より早く手術準備が進んだため「30分以内」がシミュレーション可能ですが、平均時間の1時間20分であれば手術時間を同じ8分としても手術開始まで1時間12分、21:00から準備にかかっても手術開始は22:12で「32分」となり「30分以内」を越えます。当然平均ですから1時間30分かかる日もあるはずで、そうなれば「42分」になり余裕で越えてしまいます。

そうなると被告の産科医はたまたま事件当夜に平均より早く手術時間準備が整ったために責任を問われた事になります。準備時間なんて微妙ですから、21:00に手術準備を命じた時と、21:45に手術準備を命じた時が同じ時間になると限りません。時間帯は早いからと言って必ずしも準備時間が早くなるとか、その夜はいかなる時間帯であっても同じ時間で準備できるとは誰も保証し得ない事です。どうにも釈然としないシミュレーションに感じてなりません。

それはさておき被告産科医及び病院側が主張する、

  1. 麻酔科医師や手術室看護師等が常駐していない控訴人病院の人的態勢のもとでは, 夜間は通常より長い時間を要するものであること
  2. 控訴人病院における夜間の帝王切開術の決定から娩出までの所要時間が当時においても平均1時間20分であったこと
  3. 一般病院においても帝王切開術の決定から娩出までを1時間以内に行うことには大きな制約があること
そんな事情をすべて考慮しても、

緊急帝王切開術を行うことを決定してから実際に帝王切開術が開始されるまでに約1時間8分を要しまた胎児を娩出させるまでに約1時間16分を要したことについては, それが当時の医療水準を満たしているものとはいい難いというべきであるから, 控訴人病院医師には緊急帝王切開術を行うことを決定した後速やかに帝王切開術を開始すべき注意義務を怠った過失があったものといわざるを得ないものである.

この辺は一審と同様の事実認定です。ただ二審は若干弱気で日本産婦人科学会の「わが国の産婦人科医療の将来像とそれを達成するためめ具体策の提言」を引用し、

「・・・努力目標としては30分以内に帝王切開が可能な体制を目指していくが, その達成には産婦人科だけでなく麻酔科, 手術室の体制を含む施設全体の対応が必要である。」と述べている。

だからあくまでも「仮に」としながら、

緊急帝王切開術を行うことを決定してから実際に帝王切開術が開始されるまでに約1時間8分を要しまた胎児を娩出させるまでに約1時間16分を要したこと白体には, 控訴人病院医師において緊急帝王切開術を行うことを決定した後速やかに帝王切開術を開始すべき注意義務を怠った過失を認めることができないとしても

こういう事実認定の仮定まで行なっています。おそらくですが、杓子定規に「30分ルール」を規定してしまうと「マズイ」との心証の揺れでしょうか、

午後9時ころの時点で帝王切開術の準備を具体的に開始すべき注意義務を怠った過失があったのであり, もしこの時点で準備が開始されておれば, 午後10時8分ころには帝王切開術を開始することができ(帝王切開術を行うことを決定したときから30分以内に帝王切開術を開始することができた。)

付け足しみたいな形ですが、この事件では21:00の時点で帝切準備「Go」としていれば「30分ルール」を満たしていたはずだから、いずれにしても「アウト」だと補強しています。

ここはあくまでも個人的な解釈ですが一審判決文では、

急速遂娩である帝王切開術が可及的速やかに児を娩出させるために行われるものであることからすれば,帝王切開が決定されてから児の娩出までに要する時間はできるだけ短くしなければならないのは当然であり,被告病院の平均時間が1時間20分であり,一般病院においても1時間以内に行うことに大きな制約があるとしても,それは医療慣行に過ぎずこのような医療慣行に従ったからといって,被告の過失が否定されるということはできない。

これでは当然でてくる「1時間20分が遅いのなら『何分以内』ならOKだ!」に答えが無い事になります。それで証拠を漁ってみたら「30分以内に手術開始」の文献が出てきたのでこれを当てはめ、シミュレーションを組んだら「28分」となり注意義務違反の根拠にしたと考えます。ところが「30分ルール」ですべてを縛ると実情との乖離が余りにも大きくなり、一審のように「医療慣行」で一蹴にするのにためらいが生じたのではないかと感じています。

二審でも事実認定は結果として「30分ルール」を満たせないから注意義務違反は踏襲していますが、含ませるニュアンスとして

    この事件では「30分ルール」を満たせる可能性があったのに怠った
この事を蛇足のように強調していると思っています。

しかしそうなれば「30分ルール」を満たせない分娩施設では、遅発性一過性徐脈(疑いでも)が出現すれば直ちにスタッフを招集し帝王切開準備に驀進する義務が課せられたと考えても良さそうです。ただしです、それで「30分ルール」を満たしたら例え重症仮死であっても問題無しとされるかどうかは分かりません。さらに直ちに手術準備にかかっても「30分ルール」を満たせなかったらどうなるかも不明です。何と言っても裁判所の判断は「30分ルール」さえ満たせば「高度の蓋然性」で重症仮死自体は起こらないとしているのですから、後は訴訟をやって見なければ分からないというところです。


ここまでなら一審と同様で病院側完敗です。ところが判決は冒頭に記した通り、一審から賠償額が約4割削減されています。実質審理を行なっていない二審判決で何が起こったのかになります。皆様「何があったんだ!」と素直に疑問を抱かれると思いますが、

    「♪ちょうど時間となりました〜、またの会う日を楽しみに、それではみなさん、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ、さーよおーなーらー・・・」
くたびれたのでまた明日(たぶん)。。。