士気と戦力

どうにも「読めば暗くなる」の悪評高い当ブログです。案外気にしていまして、少しでもユーモアを潜り込ませようと努力しているのですが、なかなか思い通りにいきません。今朝も無駄な努力になりそうですが、裏のテーマは「ホノボノを入れる」です。これも理由がありまして最近コメ欄がややトゲトゲしく感じるところがありますから、緊張の緩和の意図を込めてです。さてどうなる事やら・・・

2006.5.9のエントリーで士気と題したものがあります。読み返せば実にホノボノしています。今、こんなものを書いたら総スカン食らいそうですが、当時は十分通用したお話ですし、通用どころか当時の先端水準のお話と言っても大袈裟すぎません。ほんの2年ほど前ですが実に平穏だった事が良く分かります。

当時の意識はaccess、cost、quallityの3条件を成立させた日本型医療の原動力は医師の士気であり、この士気が喪われると日本型医療は破綻するとの考え方です。だから破綻しないように早急に対策を立てなければならないという主張です。笑いをかみ殺している方もおられるかもしれませんが、このテーマについて大真面目に議論してますし、これだけは今も変わらない定番の反論もでています。実に微笑ましいコメ欄です。

ところで日本型医療を支える士気とはどれほどのものだったのでしょうか。少なくとも現在10年目クラス以上の医師なら分かると思います。OECD諸国最低水準の医師数で日本型医療を成立させるための士気は甘いものではありません。数の不足を士気だけで補わせているのですから猛烈なものが要求されます。24時間臨戦状態である事を日常とし、そんな日常を「当たり前」と感じるように感覚麻痺させるのが卒後研修の隠れた主題でした。

今のようにネットで手軽に情報が入手できる時代ではなかったので、研修医として臨床現場に放り込まれた当座は一種のカルチャーショックを受けたものです。言ってみれば鉄人たちの職場であり、周囲を見渡しても鉄人しかいないのです。鉄人の集団に紛れ込んだひよっ子たちは小突きまわされながら無理やり鉄人に仕立て上げられていたのです。それしか医師として生き残る道は無かったというか、手本がそれしかないので他になりようが無かったとも思っています。

鉄人も半端な鉄人ではありません。肉体の疲労を精神で凌駕させ無限の爆発力を維持させるような状態です。これは一種の酩酊状態で、酩酊状態が集団として存在するわけですから集団発狂状態と表現するのが適当とも思います。そこまでの状態を全体で維持して辛うじて日本型医療を支えられたと言えます。医師が一人前になるとは、鉄人と化し、鉄人の精神を一点の疑問も無く受け入れ、これを後進に全身全霊を込めて伝授できる状態になることでした。それを続けないと医療が維持できなかったからです。

今も昔も医師には2人前、3人前の仕事が当たり前のように降り注ぎます。鉄人時代であれば「コンチクショウ」と踏ん張る事だけしか念頭に無く、なんとかこなせばそれが達成感と自信となって次の仕事に邁進していたかと考えています。「医師は労働基準法の枠外の職種である」なんて言い草は特殊でもなんでもなく、ごく当たり前の意識としてあり平然と口にしていました。

ところが鉄人の士気が傾いています。かつては仕事をこなせば達成感と自信になっていたものが、疲労として感じ始めているのです。これは肉体の疲労を凌駕していた精神状態の変化によるものです。つまり酩酊状態から醒め始めていると言うことです。醒め加減は濃淡の分布の差が著しいですが、ほんの2年前まではほぼ鉄人酩酊一色であったものが、ムラムラの色合いになり、全体としても色が薄くなってきています。完全に醒めてシラフのものもかつての例外的存在から確実に存在する状態に変わっています。

こういう士気の変化は医師の戦力に深刻な影響を及ぼします。日本型医療成立のためには鉄人たちの酩酊集団発狂状態が必須の条件です。必須の条件は二つに分けられ、

  1. 医師個人が酩酊状態の鉄人であること
  2. 医師がチームとして集団発狂状態であること
どちらも欠かせないのです。酩酊状態の鉄人が集団発狂状態になることにより、相乗作用で戦力の異常な拡大を可能としたのです。

ところが酩酊が醒めてきて集団発狂状態が維持できなくなるだけでも戦力は落ちます。さらにシラフになった医師はもっと戦力が落ちます。誤解が無いように言っておきますが、シラフの医師の戦力はごく普通に一人前の戦力であり、鉄人状態の医師が2人前近くあると思ってください。かつては鉄人状態で2人前、集団発狂効果で3人前であったのが、酔いが醒めるとただの一人前になるということです。

医師の士気がシラフ状態になるという事は、日本の医師戦力が1/2、1/3に低下するということです。つまり医師数の実戦力と同じになり、かつてそれを数倍に増強していた魔法のカラクリが消えるということです。たった2年でこれは驚くほど進行しています。進行しているだけではなく止める手段はどこにもないのです。

まだまだ酩酊状態は医師全体として残っていますが、見る見る醒めつつあるのは医師なら実感していると思います。集団発狂状態も辛うじて維持されていますが、テンションは確実に低下しており、いつ解けてなくなっても不思議ありません。かつては鉄人である事が当たり前であったのが、鉄人であることで周囲から浮きかける事態も起こりかけています。

これが2年の変化です。次の2年はどうなるか、加速因子はテンコモリですが抑制因子は皆無に近いと考えます。士気が酩酊状態からシラフになり医師戦力が実数通りになる時代はもうすぐのようです。

う〜ん、やっぱりホノボノにはなりませんでした。なかなか難しいものです。