神戸市立病院の三六協定

神戸市立の病院としては中央市民病院と西市民病院があります。もう一つ市立病院と思われているものに西神戸医療センターがありますが、これは財団法人神戸地域医療振興財団と言う外郭団体の経営となっており、市立病院ではない事になります。この神戸市立病院に関する古い記事にこんなのがあります。なかなか見つからなくてやっと伊関友伸氏のブログにありました。2007.4.18付の読売新聞記事がネタ元です。

宿直明け医師原則休み 神戸市立病院など 待遇改善「引き留めたい」
読売新聞 平成19年4月18日

 医師の公立病院離れを食い止めようと、神戸市は4月から、市立病院などの医師の勤務体制を見直し、宿直勤務翌日を原則、休日にするなどの制度をスタートさせた。宿直中は救急患者の受け入れなどでほとんど仮眠を取れず、翌日の通常勤務と合わせて32時間連続となる過酷な労働が、医師が病院勤務を敬遠する原因の一つと言われるため。宿直明けの休日の制度化は民間でも珍しく、市は「待遇の改善で何とか医師を引き留めたい」としている。

 医療センター中央市民病院など3つの市関連の病院に勤務する医師ら約360人が対象。宿直勤務は午後5時半〜翌日午前8時45分で、宿直明けは原則休みとする。外来患者の対応などで翌日も勤務を続けた場合は、その分を時間外勤務として手当を支給する。

 また、宿直手当も、これまでは一律2万3900円だったが、実働時間に応じて時間外勤務手当を支給する方法に変更。徹夜勤務の場合、1回当たり最大約1万円の増額になるという。

 同市では、外郭団体が運営する西神戸医療センター(西区)で、小児科医6人のうち1人が退職したことから、それまで毎日実施していた夜間の小児救急を、昨年11月から週5日に縮小した。医療センター西市民病院(長田区)では、3月末までに医師8人が退職したため、24時間対応していた救急患者の受け入れを、1月から午前0時〜同9時に休止している。

 全国の病院が加盟する日本病院会の調査では、勤務医の9割近くが当直の翌日も通常勤務を行っているとされ、日本医療労働組合連合会の池田寛副委員長は「勤務医の過酷な長時間労働は、医療の安全を揺るがしかねない問題。神戸市の制度見直しは先駆的で、ほかの病院も見習ってほしい」としている。

この記事については当時少し話題になり、医師からの積極的な評価はほとんでなく、ごく一部に消極的な評価があったと記憶しています。また伊関氏のブログでも神戸市関係者と思しき人間が乱入して大いに盛り上がったのは記憶に残っているところです。この記事から1年経っていないのですが、当時はそれでもいかに平和だったかが思い知らされます。

ところでこの記事にある神戸市立病院の医師への「優遇」ですが、

  • 宿直明けは原則休みとする
  • 翌日も勤務を続けた場合は、その分を時間外勤務として手当を支給する
  • 宿直手当も、実働時間に応じて時間外勤務手当を支給する方法に変更
金額の事は去年もう論じたので今日はやめにして、問題にしたいのは
    時間外勤務手当の支給
これです。例の宿日直通達は長くなるので引用は控えますが、神戸市の方針は通達にそれなりに合わせたものです。軽い勤務である宿日直業務と日常業務は厳然と分けられ、当直業務中に日常業務を行なった時には本来の仕事として時間外手当が支給され、その労働時間は勤務時間にカウントされます。宿日直業務は軽い労働の代わりに当直料が通常勤務に較べると1/3以下に抑えられ、正規の労働時間にカウントされません。

この原則に従って神戸市は医師優遇のために宿日直時間中の日常業務に対し時間外手当を支給するとしています。断っておきますがこれは「優遇」ではなく本来「当然」のことであり、時間外手当を支給しない方が「違法」なのです。違法を是正しただけなのを「優遇」と主張する能天気さを去年は笑ったものです。それだったら問題は無いじゃないかと言われそうですが、神戸市の時間外支給、いや宿日直時間中に日常業務(時間外勤務)をさせること自体が「違法」になっている可能性が出てきました。

神戸の市立病院が医師を宿日直させる事自体は労働基準局の許可を受けているでしょうから合法と考えます。ところがそれだけでは医師(もちろん他の医療職も含む)を時間外労働させることは出来ません。労働基準法を確認していくと、

32条 

 使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない。

2 使用者は、1週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を超えて、労働させてはならない。

32条の3〜6には日によっての融通による労働時間の増減による調節を認める項目が書かれていますが、それをするには労働者との協定と届出が必要とされています。つまり通常の労働契約では時間外労働を認めていないのです。さらにですが、

第33条

 災害その他避けることのできない事由によつて、臨時の必要がある場合においては、使用者は、行政官庁の許可を受けて、その必要の限度において第32条から前条まで若しくは第40条の労働時間を延長し、又は第35条の休日に労働させることができる。ただし、事態急迫のために行政官庁の許可を受ける暇がない場合においては、事後に遅滞なく届け出なければならない。

災害があった時にやむなく労働時間の延長が必要となっても、認めるが後日であっても届出が必要となっています。時間外労働を行なわせるためには労働基準法36条による協定が必要となります。俗に言う三六協定です。

第36条

 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出た場合においては、第32条から第32条の5まで若しくは第40条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この項において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。ただし、坑内労働その他厚生労働省令で定める健康上特に有害な業務の労働時間の延長は、1日について2時間を超えてはならない。

  1. 厚生労働大臣は、労働時間の延長を適正なものとするため、前項の協定で定める労働時間の延長の限度その他の必要な事項について、労働者の福祉、時間外労働の動向その他の事情を考慮して基準を定めることができる。
  2. 第1項の協定をする使用者及び労働組合又は労働者の過半数を代表する者は、当該協定で労働時間の延長を定めるに当たり、当該協定の内容が前項の基準に適合したものとなるようにしなければならない。
  3. 行政官庁は、第2項の基準に関し、第1項の協定をする使用者及び労働組合又は労働者の過半数を代表する者に対し、必要な助言及び指導を行うことができる。

この協定を結んでいない限り雇用者は労働者に時間外労働をさせることは出来ず、させれば時間外手当の支給があろうが無かろうが「違法」です。三六協定は神戸市なら兵庫労働局にあるはずなんですが、これを問い合わせた方がおられます。匿名希望なので情報提供者の名前を消す作業で画質が劣化してしまい、読みにくいのは先におわびしておきますが、兵労発総第24-62号兵労発総第24-63号です。62号が中央市民病院に関するもの、63号が西市民病院に関するものですが回答は、

    開示請求のあった行政文書を保有していないため、不開示とした。
行政文書を保有していないとは平成17年2月17日から平成20年2月16日の3年間に提出された36協定の届けがなかったと言うことです。三六協定は平成11年3月31日付基発第169号「労働基準法関係解釈例規の追加」
    時間外労働協定について定期的に見直しを行う必要があると考えられることから、有効期間は1年間とすることが望ましい。
こういう通達が為されていますから、過去3年間に協定文書が存在しないという事は神戸市立病院に三六協定が存在しない可能性が高くなります。もっとも1年毎に更新しなくとも罰則は無いそうですから4年以上前に三六協定が締結されそれ以降は更新されていない事もありえますが、それ以上はわかりません。個人的には三六協定が無い可能性の程度としては「相当程度の可能性」よりも「高度の蓋然性」に近いと考えられます。


ここで神戸市立病院の医師は地方公務員であり労働基準法に縛られないんじゃないかの疑問は出てくるかと思います。それに関してですが労働基準法33条3では、

公務のために臨時の必要がある場合においては、第1項の規定にかかわらず、官公署の事業(別表第1に掲げる事業を除く。)に従事する国家公務員及び地方公務員については、第32条から前条まで若しくは第40条の労働時間を延長し、又は第35条の休日に労働させることができる。

注目してもらいたいのは

    官公署の事業(別表第1に掲げる事業を除く。)
除外項目が掲げられており、別表第1を引用すれば、

別表第1(第33条、第40条、第41条、第56条、第61条関係)

  1. 物の製造、改造、加工、修理、洗浄、選別、包装、装飾、仕上げ、販売のためにする仕立て、破壊若しくは解体又は材料の変造の事業(電気、ガス又は各種動力の発生、変更若しくは伝導の事業及び水道の事業を含む。)
  2. 鉱業、石切り業その他土石又は鉱物採取の事業
  3. 土木、建築その他工作物の建設、改造、保存、修理、変更、破壊、解体又はその準備の事業
  4. 道路、鉄道、軌道、索道、船舶又は航空機による旅客又は貨物の運送の事業
  5. ドック、船舶、岸壁、波止場、停車場又は倉庫における貨物の取扱いの事業
  6. 土地の耕作若しくは開墾又は植物の栽植、栽培、採取若しくは伐採の事業その他農林の事業
  7. 動物の飼育又は水産動植物の採捕若しくは養殖の事業その他の畜産、養蚕又は水産の事業
  8. 物品の販売、配給、保管若しくは賃貸又は理容の事業
  9. 金融、保険、媒介、周旋、集金、案内又は広告の事業
  10. 映画の製作又は映写、演劇その他興行の事業
  11. 郵便、信書便又は電気通信の事業
  12. 教育、研究又は調査の事業
  13. 病者又は虚弱者の治療、看護その他保健衛生の事業
  14. 旅館、料理店、飲食店、接客業又は娯楽場の事業
  15. 焼却、清掃又はと畜場の事業

読めば分かるのですが、現業部門は官公署の事業でも除外規定を受けており労働基準法の対象になります。現業部門に「病者又は虚弱者の治療、看護その他保健衛生の事業」はしっかり含まれており、時間外労働を課すためには三六協定は不可欠という事になります。ちなみにこれを読む限り事務は労働基準法の枠外かもしれません。

つまり神戸市は医師への「優遇」として宿日直規定の違法性を避けたのですが、避けるために認定した時間外勤務、時間外手当の支給はこれまた歴然たる違法行為を行なっている可能性が出てきます。この辺の労働法規にも詳しいはずの日本医療労働組合連合会の池田寛副委員長のコメントは去年も失笑されましたが、もし三六協定の存在が無いとなればブラックジョークと化します。

勤務医の過酷な長時間労働は、医療の安全を揺るがしかねない問題。神戸市の制度見直しは先駆的で、ほかの病院も見習ってほしい

公立病院たるものがそんな初歩的な労働法規を守っていないなんて事がありうるかですが、これも伊関氏のブログから引っ張り出した記事ですが、2007.5.15付け沖縄新報および沖縄タイムズより、

県立病院で労基法違反 「三六協定」締結せず
琉球新報 平成19年5月18日

 週40時間の法定労働時間を超える時間外勤務が恒常化している沖縄の県立病院は、労働基準法により、時間外労働の限度などを定める労使協定(三六(さぶろく)協定)の締結と労基署への協定届け出が必要な状態だが、労使間で同協定は結ばれておらず、労基法違反であることが分かった。県病院事業局や各県立病院と、県職労病院労組は昨年4月以降、締結に向け団体交渉を続けているが、過重労働解消の抜本策を見いだせずに苦慮、締結のめどは立っていない。一方、県立病院の過重労働を重く見た沖縄労働局監督課担当者は17日、県病院事業局を訪れ、労基法順守を求めた。
 沖縄労働局が県病院事業局に法順守を要求するのは初めて。

 県内5つの県立総合病院の医師は時間外労働が週20時間を超える人が大半を占めるほか、看護師も多くの時間外労働を強いられる環境に置かれている。ひと月で時間外勤務が100時間を超える医師も多い。このため各県立病院と労組の間で協定締結が必要だが、締結に至っていない。

 各県立総合病院は、当直の月平均回数が各病院とも5―6回で全国平均のおよそ倍に上り、連続32時間労働の当直明け勤務も常態化している。当直でも昼間と同じように働いているため勤務形態上は時間外勤務とみなされ処理されている。これも時間外勤務の時間数を押し上げる大きな要因だ。

 こうした過重労働の実態が本紙で報道されたことを受け、那覇労基署は「全県的な問題」と深刻視して上位組織の沖縄労働局に対処を移行。医師や看護師の過重労働の事態を重く見た同局の監督課担当者2人は17日、県病院事業局を訪れ、実態を聞くとともに過重労働への対策と労基法の順守を要求した。

 県病院事業局は医師を増やすには定数の問題があることを示した上で、医師の確保などに全力を挙げる考えを示した。

 県立病院の労基法違反の状態を含めた問題への今後の対応について沖縄労働局監督課は「ある程度の実態は聞いたが、十分に具体的詳細を把握していないのでコメントは差し控えたい」と話している。
(新垣毅)


労働局、法令順守を要請/県立病院医師の過重労働
沖縄タイムズ 平成19年5月18日

 沖縄労働局監督課は十七日、医師や看護師の過重労働が指摘されている県立病院の勤務実態などについて、県病院事業局から事情を聴いた。同局監督課は「労働基準法などの法令違反がないようお願いした。病院事業局とは連絡を取っていきたい」と当面は事態の推移を見守る考えを示した。
 県病院事業局は「過重労働の解消については、数年前から労使交渉の場などで話し合いを持っている。しかし全国的な医師や看護師不足などが背景で、人員増も難しく抜本的な解決策が見いだせない」と対応に苦慮している状況を説明した。

沖縄の県立病院で三六協定が無い事が表面化し問題になっている事を伝えた記事です。表面化したので労働局は動いたみたいですが、沖縄労働局監督課のコメントは、

    当面は事態の推移を見守る考えを示した
また病院事業局は
    抜本的な解決策が見いだせない」と対応に苦慮している状況を説明した
この後どうなったかの情報は手許にありません。労働局はひたすら推移を見守り、沖縄県はひたすら苦慮だけしているのでしょうか。最後に先日紹介した3/6付時事通信社の記事をもう一度引用しておきます。

近畿大書類送検=残業代未払い、労基法違反−5年前にも是正勧告・大阪労働局

 近畿大学大阪府東大阪市、畑博行学長)が事務職員の残業代計430万円を支払っていなかったとして、大阪労働局は6日、労働基準法違反の疑いで、同大と元人事部長(48)=昨年10月25日付で人事部長代理に降格処分=を大阪地検書類送検した。元人事部長は残業代を支払っていなかったことを認めているという。

 調べでは、元人事部長は昨年1月から6月まで、大学本部で勤務する事務職員34人に、残業時間を月45時間とする労基法に基づく労使協定(三六協定)を超えて残業させ、430万円の残業手当を支払わなかった疑い。

 同大は残業代の支払いを30時間で打ち切っていたとして、2003年7月に東大阪労働基準監督署から是正勧告を受けた。いったん上限を撤廃したが、04年4月から三六協定による45時間を上限に再び打ち切りを始めた。

事務職員なら是正勧告が出され再犯なら責任者が書類送検されるんですけど、医師は楽しい別格扱いのように思えます。ま、今さらですが・・・。