大阪府知事の試金石

入院依頼を行なう時に信用は大事です。提供される情報がどれだけ信用が置けるかは大きな問題です。病院がヒマで余裕のある状態なら依頼があればホイホイと受けますが、逆に無い袖を無理やり振らなければならない時には情報の信用性、信頼性は非常に重視されます。安易に入院を引き受けて途轍もなく手間のかかる患者なら、その患者だけでなく他の入院患者の治療に支障を来たし、大袈裟でなく生死に関わる問題に発展するからです。

産科救急が逼迫しているのはもはや常識です。おそらく日本一のシステムを組んでいる大阪でも余力はほとんどありません。それでもさすがは大阪で、3/6付朝日新聞より抜粋しますが、

大阪府は昨年11月、府立母子保健総合医療センター(和泉市)に委託し、「緊急搬送コーディネーター」を稼働させた。8病院のベテラン医師計15人が交代で調整役を担う。

 夜間や休日、病院や診療所で妊婦の容体が急変した場合、まず府内の43施設で作る「産婦人科診療相互援助システム(OGCS)」を使い、搬送先を探す。それでも見つからなければ、コーディネーターが母体や胎児の状態から適切な施設に個別に打診する。当直料は1晩7万円だ。

 これまでは、同センターの当直医が勤務の合間に電話で搬送先を探していた。1年間の実績は約100件。平均3.3病院に照会し、決定まで50分かかっていた。

 コーディネーター設置後は、ほぼ1回の打診で決まる。重症度判定が適切なことに加え、派遣元の病院が一義的に患者を受け入れるようになったためという。

大阪の取組みの優れたところは搬送先を探すのが、府立母子保健総合医療センターの当直医が勤務の合間から、専属の緊急搬送コーディネーターにしたことです。これにより治療に専念する医師と搬送先探しをする担当者を分離されたことです。

とくに専属の緊急搬送コーディネーターが

    8病院のベテラン医師計15人
ここは特筆すべきシステムです。搬送元の依頼内容を医師が聞いて搬送先に医師が伝える事は信用性、信頼性で大きな価値があります。ベテランが役に立つのかの声もあるかもしれませんが、結果も明らかで記事内容を信じるという前提にはなりますが、
    平均3.3病院に照会し、決定まで50分  → コーディネーター設置後は、ほぼ1回の打診で決まる
これだけの余力がまだ残っていたからとの醒めた見方も出来ますが、残っているうちにこれだけのシステムを組んでしまったのは評価できます。産科に限らず現在の救急事情で「ほぼ1回」は驚異的ですし、産科ならなおさらです。

またこういう取組みは大阪独自の突飛な取り組みと言うわけではなく、「疾病又は事業ごとの医療体制について」(平成19年7月20日医政指発第0720001号)という今春に作成される地域医療計画の作成指針でも、

同センター(総合周産期母子医療センター)は、主として地域周産期医療関連施設からの搬送を受け入れるとともに、周産期医療システムの中核として地域周産期医療関連施設との連携を図る。

これをまさに文字通り実行している事になります。産科事情は極めて逼迫していますから、縮小廃止すべきものではなく、拡大充実する事かと誰でも考えるかと思います。大阪の周産期は西日本の周産期の要であり、大阪がぐらつくと周辺の奈良、和歌山、兵庫、京都、滋賀などの近畿圏が一遍に崩壊します。近畿圏だけではなく西日本全体がパニックになるとしても過言ではありません。

それだけ素晴らしい試みであり成果も上げてきているのですが、雲行きは怪しいようです。これも朝日記事の引用ですが、

府は今後3年間にセンターの医師を増員して、調整役に充てる予定だったが、橋下徹知事の「新規事業抑制」方針に従い、08年度の暫定予算には計上されていない。同センターの末原則幸副院長は「医師がボランティアでするには荷が重い。4月以降はできない」と明かす。

大阪府の財政が危機的なのもまた有名で、財政再建を旗印に現知事が当選し積極的に取り組んでいるのも日々報道されています。マスコミ露出は苦手じゃないようですからね。財政再建のためにあちこちの予算に大鉈を振るっているようですし、その事自体は評価する人も少なくありません。ただ大鉈は産科救急にも振るわれたようです。つまり、

    財政再建のためには、「コーディネーター設置後は、ほぼ1回の打診で決まる → 平均3.3病院に照会し、決定まで50分 」に戻るのはしかたがない
もっとも今の時点で大阪府知事をこき下ろそうとはまだ思っていません。知事は弁護士であり医療に関してはズブの素人です。知事が目を配らなければならない個所は膨大で、産科救急にまで目が及んでいなくても不思議ありません。この知事の良いところと言うか、悪いところかの評価が微妙なんですが、前言を簡単に翻す面があります。「2万パーセント間違いない」ぐらいの約束はごく簡単にひっくり返します。予算の最終決定が出てから評価したいところです。

もっとも今の時点で注文は付けておこうと思います。大阪のシステムの一番良い点は医師がコーディネートしている点で、ここが大阪のシステムの最大の要です。そのために一晩7万円の手当が出されています。7万でも非常に廉価なんですが、これが財政再建のためにもっと人件費の安い他の人材で代替しようとするな愚の骨頂です。

現在のシステムは、

    搬送元医師 → コーディネーター医師 → 搬送先医師
これを経費節約のために
    搬送元医師 → コーディネーター非医師 → 搬送先医師
こうすれば一晩7万円が1/3ぐらいに節約できるでしょうが、システムは機能麻痺を起します。非医師では医療情報を把握しきれず、重症度判定を正確にできないからです。たとえ正確にできたとしても搬送先医師が信用しません。それぐらい能力だけではなく信用性、信頼性に格段の差があるからです。看護師や助産師ではまったく代替にならないのです。

医療関係者から見た大阪府知事の試金石と見ています。予算的には一晩7万ですから、休日が夜昼交替で2倍必要として約3000万ぐらいと考えられます。さてどうなる事でしょうか。