割り箸訴訟民事一審判決文

平成12(ワ)21303損害賠償が正式名称になるようで、東京地方裁判所民事第28部で判決結果は

    棄却
簡潔かつ感動的に記されてます。さらに主文は、

主文

1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。

完勝であった事が十分に分かります。

できるだけ詳しく紹介したのはヤマヤマなんですが、驚きの88ページもの判決文ですからニッチもサッチもいきません。そこで争点についての裁判所の判断についてのみピックアップしてみたいと思います。これだけでも相当な分量です。

争点は3つなんですが「被告Aの過失の有無」がやはり最大の山です。被告Aとは被告耳鼻咽喉科医師です。簡単に言えば割り箸が突き刺さったのを見抜けなかったに責任があるかないかです。原告側の主張も膨大な量なので、裁判所の判断もまた膨大な量になっています。これについてのみ解説してみます。

まず「Dに頭蓋内損傷が生じていることを診断すべき義務があったか。」についての判断が展開されます。

 原告らが,被告Aが行うべきであったと主張する診療・治療は,いずれもDに頭蓋内損傷が生じていることを診断すべき義務を基礎とするものと解されることから,まず,被告Aにおいて,割りばしが刺入したことによる頭蓋内損傷及び頭部打撲等による頭蓋内損傷を診断する義務があったかどうかについて検討する。

暇と根気のある方は原告側の主張を読まれたら良いと思いますが、裁判所の判断が書くとおり、原告側の主張点は頭蓋内損傷がある事が分かっていて初めて展開できる診断・治療です。トドのつまりはそもそも診断できたかが最大の争点に成ります。それとここで「D]とは死亡した患児の事です。

まず「意識状態」ですが原告側の主張は、

 原告らは,Dの意識状態について,診察時の身体状態からすると,Dはそもそも覚醒しておらず,起こしても話ができるような状態にはなく,被告AがDの意識状態を判断するための働きかけをきちんと行い慎重に判断していれば,Dの意識状態はより重度の意識障害(「刺激すると覚醒する」以上の意識障害)があるという判断になったはずであると主張する。

要するに意識障害が診察時にあったと主張しています。これに対する判断は長いのですが、

 前示のとおり,Dの意識レベルにつき,被告Aは外来診療録に「意識レベルI−2と思われる」,H看護師は「救急患者データベースNo.1」と題する書面に「I−1.2(1及び2の双方を含むように丸印)」とそれぞれ記載している。

 しかし,被告A及びH看護師は,Dの意識レベルを確認するために,Dに対して意識的に氏名や生年月日を尋ねたり,体を揺さぶったりしていないこと(被告A本人・36頁),これらの記載について,被告Aは,元気がなかった趣旨でI−2と記載した被告A本人・40頁),H看護師は,Dは目は開けてくれないが,開口命令に従っていることから,意識清明に元気に歩き回ったりする状況にはないが,言っていることをきちんと分かっていると判断してI−1から2と記載した(甲A21・5−5頁)と供述していること,JCSによる小児の意識レベルの評価は曖昧になり得るものであり,特に意識レベルが?−2であると厳密に評価することは困難な場合があること(甲A37,40・25頁,乙ロB3・66頁,4・110頁,13・7頁。この点,V医師は,状態から判断した意識レベルがJCSのI−10であったとしても,実は眠いだけで何ともなかったケースが多くあると指摘する。甲A40・17頁)からすると,上記外来診療録及び「救急患者データベースNo.1」と題する書面の記載内容から,直ちにDの意識レベルが,JCSの?−2程度に低下していたということはできない。

 そして,F看護師は,Dが受傷直後に意識を回復した後,○○園の保健室に向かう途中や,同室のベッド上で泣き続けていたと供述していること(乙ロB34 ,G救急隊長らは救) 急活動記録票に,搬送中のDの意識レベルが清明であった旨を記載し,G救急隊長はH看護師からの意識レベルに関する問いに対して,ただ「いいですよ。」とのみ回答していること(医師でないとはいえ,救急救命士の資格を持ち,様々な症状の患者の搬送を多数回経験しているG救急隊長が,約30分間にわたってDの状態を観察した上,医学的見地からみて看過し難い程度の意識レベルの低下が認められる場合に,看護師ないし医師に対して,意識レベルについて特段の指摘をすることなく,「いいですよ。」といった回答をすることは容易に考え難い。),Dは,F看護師,G救急隊長,H看護師及び被告Aらの問いかけや開眼命令,開口命令に対して,即座に応じていること,G救急隊長は,処置室で被告Aを待つ間,Dの状態に大きな変化はなかったと供述し(甲A17),原告Cも,Dの状態について,救急車にいたときとH看護師に抱かれていたときとで変わっていないようであった旨を供述していること(原告C本人)に照らせば,Dが声を発することがなく,全体として目を閉じた状態が継続していたことを考慮しても,被告AがDを診察した時点において,Dの意識レベルが低下していたとまでは認めることができない。(なお,Dは,混雑した祭の会場で転倒した後,泣き続けたり,見知らぬ人に囲まれて救急車で病院に搬送されるという,成人であっても疲弊しやすい状況にあったこと,当日,Dは昼寝をしておらず(通常,Dは毎日2時間程度昼寝をしていた。甲A49・7−6頁),被告Aによる診察は午後7時ころであったことにかんがみれば,Dは眠気を催す状態であった可能性も否定できず,前示のDの身体状態がかかる状態と矛盾するとはいえない。)

判決文独特の延々と読点だけで続く文章なので眩暈がしそうになりますが、原告側の指摘点としてカルテ記載に

    意識レベルI−2と思われる
ここに猛烈に絡んできているのが分かります。原告の主張はI-2の意識レベルに合わせて患者の容態を組み合わせていますが、裁判所はJCS評価を行なう時に
    JCSによる小児の意識レベルの評価は曖昧になり得るものであり,特に意識レベルがI−2であると厳密に評価することは困難な場合がある
明快にまずこの点を指摘しています。そこから実際にどうであったかを、可能な限り被告医師及び原告側の主張以外から推測する手法を取っています。指摘した点は、
  1. F看護師は,Dが受傷直後に意識を回復した後,○○園の保健室に向かう途中や,同室のベッド上で泣き続けていたと供述
  2. 搬送中のDの意識レベルが清明であった旨を記載し,G救急隊長はH看護師からの意識レベルに関する問いに対して,ただ「いいですよ。」とのみ回答していること
  3. Dは,F看護師,G救急隊長,H看護師及び被告Aらの問いかけや開眼命令,開口命令に対して,即座に応じていること
  4. 原告Cも,Dの状態について,救急車にいたときとH看護師に抱かれていたときとで変わっていないようであった旨を供述していること
とくにG救急隊長の供述は重視されたようで、

医師でないとはいえ,救急救命士の資格を持ち,様々な症状の患者の搬送を多数回経験しているG救急隊長が,約30分間にわたってDの状態を観察した上,医学的見地からみて看過し難い程度の意識レベルの低下が認められる場合に,看護師ないし医師に対して,意識レベルについて特段の指摘をすることなく,「いいですよ。」といった回答をすることは容易に考え難い

これらの証言から原告の意識障害の主張は認め難いとし、

なお,Dは,混雑した祭の会場で転倒した後,泣き続けたり,見知らぬ人に囲まれて救急車で病院に搬送されるという,成人であっても疲弊しやすい状況にあったこと,当日,Dは昼寝をしておらず(通常,Dは毎日2時間程度昼寝をしていた。甲A49・7−6頁),被告Aによる診察は午後7時ころであったことにかんがみれば,Dは眠気を催す状態であった可能性も否定できず,前示のDの身体状態がかかる状態と矛盾するとはいえない。

原告側の主張する意識障害は、子供がくたびれて「眠たかっただけ」ではないかと指摘しています。


次には神経学的所見についての判断です。

 前記認定の事実によれば,Dは,○○園での受傷後,F看護師に抱かれて保健室に運ばれるまでの間,手足を動かしたりしがみつくことはなかったが,抱きかかえるのに協調する程度の力の入り具合がみられたこと,救急車内での嘔吐時に,自ら上半身や顔をやや左に動かしていたこと,被告病院の処置室において,H看護師がDを抱きかかえたところ,DはH看護師が着用していたエプロンのひもをつかんでおり,体全体に力が入っていない状態ではなかったこと,F看護師,G救急隊長,H看護師及び被告Aらの開眼命令や開口命令に従い,目や口を開けていること,瞳孔径や対光反射に異常はみられなかったことが認められる一方,Dに四肢麻痺等の所見があったと認めるに足りる的確な証拠がないこと(H看護師が記入した「救急患者データベースNo.1」と題する書面には,Dにかかる異常があったことを示す記載はなく,Dを抱きかかえたF看護師,G救急隊長及びH看護師は,Dに四肢麻痺が生じていたことをうかがわせる供述をしていない。

 なお,G救急隊長らが作成した救急活動記録票には,歩行不能欄にチェックが付されているが,G救急隊長は,あえて歩行させていないため歩行不能に記載したもので,不明という欄があれば不明に記載をしたと思うと供述していることからすると,当該記載が,Dに歩行ができないほどの異常が生じていたことを示すものであるということはできない。甲A16・1−13頁,17・4−9頁)に照らせば,被告Aの診察時に,Dに神経学的な異常があったとまでは認めることができない。

 この点,原告Cは,被告Aによる診察時には,Dの首がすわらず,力が入らない状態であったと供述しているが(甲A6・4頁,原告C本人・25頁),この状態について,熟睡してしまうと,横に抱っこしても首が垂れてしまうような状態であると表現しており,医療従事者でない原告Cが医学的な見地に基づく神経学的な異常の有無を判断できるとまではいい難いことを考え合わせると,原告Cの当該供述は上記判断を左右しないというべきである。

原告側の主張は読んで推測できるように、グッタリして力が入らず、首も座らないような状態であったことを見逃したです。補強ポイントとして救急隊記録の「歩行不能」をあげています。ここもまた出来るだけ客観的事実を挙げて否定しています。

  1. F看護師に抱かれて保健室に運ばれるまでの間,手足を動かしたりしがみつくことはなかったが,抱きかかえるのに協調する程度の力の入り具合がみられたこと
  2. 救急車内での嘔吐時に,自ら上半身や顔をやや左に動かしていたこと
  3. H看護師がDを抱きかかえたところ,DはH看護師が着用していたエプロンのひもをつかんでおり,体全体に力が入っていない状態ではなかったこと
  4. G救急隊長は,あえて歩行させていないため歩行不能に記載したもので,不明という欄があれば不明に記載をしたと思うと供述
ここもまた患児が「眠たかっただけ」と原告側主張は却下されています。


次の「嘔吐について」は飛ばして「割りばし片の状態」に進みます。

 原告らは,割りばし片は,折れ始めた部分から尖った方の先端までの約2センチメートルが,咽頭後壁から上咽頭腔内に,肉眼的に見ても明らかに突き出ていたと主張する。

 この点,K医師は,Dの解剖時,割りばしの折れた方の先端が上咽頭腔内に約2センチメートル突き出ていたことを確認しており,K鑑定書「第3節創傷などの所見」中「A.咽頭・頭部【1】」における「軟口蓋の上咽頭側における刺出部附近の咽頭腔内から頭蓋腔内にかけて」との記載は,その趣旨を示すものであると供述している。(甲A36・1−7頁,1−13頁,51・1頁)

 これに対して,W医師(口腔外科医)は,日本人の4,5歳児の頭蓋骨標本を入手し,4,5歳児の平均値により上咽頭腔の模型及びK鑑定書記載の形状による割りばし様の木片を作成して検証を行い,頭蓋底の蝶形骨の翼突鉤との位置関係も矛盾しないことを明らかにした上で,本件において,割りばし片は,口蓋帆張筋や口蓋帆挙筋などの軟部組織内に埋没して上咽頭腔内に突き出ていない(乙ロB15,16。この点,上咽頭腔の大きさや左頸静脈孔・翼突鉤との位置関係に個人差があることは否定できないが,3種類のインドアーリア系人種の頭蓋骨標本について,歯列弓幅,歯列弓長等の違いがそれぞれ2ミリメートル程度にとどまっており,Dの静脈孔や上咽頭腔の大きさ,相互の位置関係が平均的な4,5歳児と大きく異なっていることを認めるに足りる的確な証拠がないことを考慮すると,この指摘が合理性を欠くものとはいえない,X医。) 師(法医学医)は,Dの左軟口蓋の損傷部及び左頸静脈孔の位置関係を写真から概算して検討した結果,割りばし片は上咽頭腔内をほとんど通過していない(乙ロB17,40),U医師は,慶應義塾大学医学部法医学教室に保存されていたDの上咽頭標本をX医師とともに観察した結果を踏まえて,割りばしが咽頭腔に突き出ていたとは考えられない(乙ロB23,24),とそれぞれ指摘している。

 そして,咽頭後壁における割りばし片の穿通痕や,割りばし片が上咽頭腔内に突き出ていたことを直接示す写真がないこと,K医師は,Dの解剖時の切開方法では,筋肉層に割りばし片が埋もれていたとしても,空間に出ている状態に見える可能性がある旨を供述していること(甲A51・34頁)にかんがみると,割りばし片が上咽頭腔内に突き出ていたことを確認したとのK医師の供述には,合理的な疑いを差し挟む余地があるというべきである。そうすると,割りばし片の先端が上咽頭腔に突き出ていたとの原告らの主張を採用することはできない。

 したがって,割りばし片は,軟口蓋から,上咽頭腔は通らずに側壁の筋肉組織内を通って左頸静脈孔に刺入したもので,割りばし片の先端は,上咽頭腔に突き出ておらず,軟口蓋と側壁の筋肉組織の中にあったものと認めるのが相当である。

原告側の主張は非常にシンプルで、

    割りばしの折れた方の先端が上咽頭腔内に約2センチメートル突き出ていたはずだ
鑑定医と思われるK医師がそう主張したようです。裁判所の判断もまたシンプルで、
    割りばし片の先端は,上咽頭腔に突き出ておらず,軟口蓋と側壁の筋肉組織の中にあったものと認めるのが相当である。
見えなかったということです。


意識障害も神経学的所見も無く、さらに割り箸先端も見えなかったとなると、「頭蓋内損傷の予見可能性について」の判断は、

 前示のとおり,解剖学的な現時点での通常の理解に照らせば,軟口蓋から刺入した異物が頭蓋内に到達するためには,頭蓋底を穿破するルートと頸静脈孔を通過するルートの2つがあるとされている。

 この点,軟口蓋から刺入した異物が頭蓋底に刺突するなどして衝撃を与え,これにより頭蓋内に損傷が生じることも考えられなくはない。

 しかし,割りばしは,塗りばしや鉄箸,串などと異なり,一般的に先端が鈍形で,折れやすい材質・形状である一方,頭蓋底の骨が厚く硬いものであること(甲A36・5−13頁,乙ロB19・10頁)からすると,割りばしが強い勢いで頭蓋底に刺突した場合には,割りばしの曲げや破断等によって,その衝撃が吸収される可能性が高い。本件においても,割りばしは頸静脈孔に刺入する前に,硬口蓋に当たり途中でひびが入るなどしたのではないかとの指摘がされているし(乙ロB15・18頁,16・28頁),頸静脈孔からの刺入に伴う頭蓋内損傷以外に,頭蓋底の骨折や,割りばしが頭蓋底に衝撃を与えたことに起因する頭蓋内損傷又はそれに起因することを普通に疑わせる症状が生じていたと認めるに足りる証拠はない。

 確かに,割りばしが頭蓋底に刺突する角度によっては,割りばしの曲げや破断等によって衝撃が吸収されることなく,頭蓋底に相応の衝撃が加わることも否定できないが,しかし,割りばし様の木片が頭蓋底を刺突し,頭蓋骨そのものを損傷することなく,刺突の際の衝撃が頭蓋骨中を伝播することによって頭蓋内損傷が生じるとの医学的知見が確立していたり,このような症例が報告されていることを認めるに足りる証拠はない。

現実に割り箸が脳に突き刺さっているので「無い」とは否定してませんが、そういう事が起こる可能性についての医学的知見が確立しているわけではなく、前例(症例報告)すらないとまず指摘しています。

 本件においては,頭蓋底の骨折を疑わせる髄液の漏出や,頸動静脈損傷等を疑わせる大量の出血,頸静脈孔内の迷走神経,副神経,舌咽神経の損傷に伴う神経学的な障害が生じていたことを認めるに足りる証拠はない。さらに,軟口蓋を刺したとされる割りばしが持参されていないこと,D本人が割りばしを抜いたと告知されていたことを考慮すると,傷の深さは,子供の力でも割りばしを容易に抜去することができる程度にとどまると考えるのが通常である。

 そして,中枢神経系の疾患により嘔吐が惹起され得ることについては多くの医師ないし文献が指摘するところであるが,Dの嘔吐が客観的に中枢神経系の疾患を原因とするものであったと認めるに足りる証拠がないこと(嘔気を伴わない嘔吐で噴射状のものは中枢神経病変の特徴であり,中枢神経系の疾患による二次的な嘔吐では嘔気が存在することが多いと指摘する文献もあり(乙イB5 ,Y医師も,頭) 蓋内圧が上がったときの嘔吐は噴水のように吐く旨供述している(乙ロB6・37頁)が,一方で,吐き方は胃の内容物の状態によっても変わり得るのではないかと指摘している(乙ロB6・38頁)ことからすると,Dの嘔吐が中枢神経系の疾患によるものであったと断定することはできないというべきである。),

 前示の事実関係の下では,?救急車内の嘔吐は,救急車に乗ったことによる恐怖と車酔いのためのものである可能性がある,?診察時の嘔吐は,舌圧子ないし倦綿子による軟口蓋の刺激の影響によるものと考えられる,?口腔内裂傷による出血を飲み込んだ後の吐気が続いていたとみる余地がある,?アセトン血性嘔吐症の可能性も考えられることに照らせば,軟口蓋から頭蓋内へ異物が侵入する症例についての解剖学的・臨床学的知見,歩行中転倒して割りばしが喉に刺さったという受傷機転,Dの意識レベル,バイタルサイン,神経学的症状を総合考慮すると,被告Aが,Dの嘔吐につき,中枢神経系の疾患の可能性を除外したことが,合理性を欠くものであったということはできない。(乙ロB3・55頁,19・17頁,20・46頁)

 なお,T医師は前記「異物による外傷」と題する論文において,解剖学的には,口腔・咽頭の後方に内頸動脈などの大血管や神経,頭蓋,頸椎などがあり,異物刺入の直達力,方向によってはこれらの器官まで損傷する可能性があり,また実際にそのような報告例もあると指摘し(甲A32),Z医師も同趣旨の供述をしている(甲A42・4頁)。しかし,上記論文には,生命に危険が生じた症例報告は引用されていないこと(甲A33・42頁),T医師は,上記論文の趣旨は,生命に危険が及んだという症例がないからといって,頭蓋内を損傷する危険も考えられるから注意せよとのいうものであると供述していること(甲A33・45頁)に照らせば,上記論文は,当時の臨床医学の実践における医療水準を指摘したものではなく,抽象的な注意喚起を提言したものにとどまるというべきである。

ここは主に嘔吐論争です。原告はもちろん嘔吐を頭蓋内損傷のサインとして見落としたと主張していますが、

  1. 救急車内の嘔吐は,救急車に乗ったことによる恐怖と車酔いのためのものである可能性がある
  2. 診察時の嘔吐は,舌圧子ないし倦綿子による軟口蓋の刺激の影響によるものと考えられる
  3. 口腔内裂傷による出血を飲み込んだ後の吐気が続いていたとみる余地がある
  4. アセトン血性嘔吐症の可能性も考えられること
他に意識障害も、神経学的異常所見も、割り箸も見えないのだからこう考えても何の責任も無いと判断しています。その点ははっきりと、

 そうすると,Dが嘔吐し頻( ) 回に嘔気を催していたことを考慮しても,口腔外傷に関する医療水準や解剖学的・臨床学的知見,Dの意識レベル,バイタルサイン,神経学的症状等の身体状態,受傷機転,受傷部位の状態,頭蓋内に残存していた割りばし片が確認困難な状態であったことにかんがみれば,被告Aにおいて,割りばしの刺入を原因とする頭蓋内損傷を予見することが可能であったということはできない。

クリアな判断です。

 また,G救急隊長及びH看護師は,Dの触診や視診の結果,頭部にこぶやぶつけたような痕跡は見当たらなかったと供述していること,転倒の際に割りばしが口腔内に刺さるという態様からすると,転倒時に頭部を強打したとは考え難いこと,そのほかにDが転倒の際に頭部を強打したと認めるに足りる証拠がなく,前示の被告Aが診察したときまでのDの心身の状態にかんがみると,被告A自らが頭部の視診及び触診を行ったと認めるに足りる的確な証拠がないことを考慮しても,被告Aにおいて,頭部打撲を原因とする頭蓋内損傷を予見することが可能であったとはいえない。

 なお,入院診療録のI医師作成部分には,診察内容について,「昨日来院したときには意識レベルはI−2と比較的子供が頭部を打撲したときに起こりえる位の意識レベルであった。」と記載されていることが認められるが(甲A2,45),I医師が被告Aから聞き取りを行った際の具体的なやりとりが明らかでなく,「頭部を打撲したとき」とは意識レベルを説明するための例示に用いられた可能性も否定できないのであるから,当該記述を根拠として,直ちに,被告AにおいてDの診察時に頭部打撲を予見していたと認めることはできないというべきである。

ここは原告側の主張として割り箸が刺さっている事を予見出来なくとも、頭部打撲からの頭蓋内損傷を疑ってCTやMRIを施行せよとの主張に対する部分かと考えます。ここも

    そもそも喉に割り箸が突き刺さるような状態で頭部打撲は考えられない
常識的な判断です。結論としての判断は、

 以上の事実関係及び診療当時の臨床医学の実践における医療水準に照らせば,Dの頭蓋内損傷を予見することが可能であったとは認められないから,被告Aにおいて,Dに頭蓋内損傷が生じていることを診断すべき義務があったとはいえない。

被告勝訴のなので気持ちは良いのですが、どうも引っかかるところがあります。決定打ではありませんが、被告勝訴の原因の一つに報告されたものの中では世界初の事例と言うのがあります。今までありえなかったものを経験則から見抜けないのは仕方が無いと言う理屈です。主張としてはもっともなんですが、この裁判を通じて誰もが知っている症例となってしまいました。

そうなると第二の割り箸事件が起こったときにはどうなるのでしょうか。意識障害も、神経学的所見の異常も無いが、前例があるのでチェックしなかったのは注意義務違反とならないでしょうか。訴訟はやってみなければ分かりませんが、第二の時でもほとんどの医師はこの条件なら見逃す可能性が高いと思います。今回に較べて前例がある分だけ訴訟は幾分不利になります。そうなると完勝はできないかもしれません。

どうも考え方、ものの見方が後ろ向きになるのが我ながら嫌なものです。