安倍総理の100億円の検証

去年の3月頃の予算委員会だったと思いますが、そこからの安倍前総理の答弁から引用します。

 まっ、このためにですね、われわれは何もしていないわけではなくて平成18年度補正予算、平成19年度予算において、医師‘確保’対策としてですねえっ合計で100億円を計上をいたしております。これは18年の当初、いわば約2倍になっています。先ほど申し上げたように医師が集まる拠点病院から医師不足病院へ医師派遣を行う際への助成や、え〜診療、えっ臨床研修における医師不足地域や、小児科・産科等の重点的な支援をはじめとして、また各科に渡る取り組みを進めております。

この時には柳沢前厚労相が「どこに余っている地域があるか具体的述べよ」と追及され、立ち往生した事でも有名ですが、あらゆる追及をねじ伏せたのが「安倍総理の100億円」です。

100億円の内訳ですが、こうなっていたとされます。

  1. 医師派遣についての都道府県の役割と機能の強化(新規)18億円


      都道府県による地域医療の確保に向け、医療対策協議会の計画に基づく派遣に協力する病院やマグネットホスピタルを活用した研修等への助成を行うとともに、国に、公的医療団体等が参画する「地域医療支援中央会議」を設置し、関係団体等により実施されている好事例の収集・調査・紹介など改善方策の検討、都道府県からの要請に応じ、緊急時の医師派遣など地域の実情に応じた支援を行う。また、都道府県が地域医療の確保を図るため、独自に創意工夫を凝らした先駆的なモデル事業を実施するために必要な支援を行う。

  2. 開業医の役割の強化 5.7億円


      小児救急電話相談事業(#8000)の拡充や小児初期救急センターの整備を行い、軽症患者の不安解消を図るとともに、患者の症状に応じた適切な医療提供を推進する。

  3. 地域の拠点となる病院づくりとネットワーク化 68億円


    1. 小児科・産科をはじめ急性期の医療をチームで担う拠点病院づくり(新規) 5.8億円


        多くの病院で小児科医・産科医が少数で勤務している結果、勤務環境が厳しくなっている状況などを踏まえ、限られた医療資源の重点的かつ効率的な配置による地域の医療提供体制の構築を図る中で、小児科・産科医療体制の集約化・重点化を行うため、他科病床への医療機能の変更等に係る整備などを行う場合に、支援を行う。


    2. 小児救急病院lこおける医師等の休日夜間配置の充実 24億円


        小児の二次救急医療を担う小児救急支援事業及び小児救急拠点病院の休日夜間における診療体制の充実を図る。


    3. 臨床研修において医師不足地域や小児科・産婦人科を重点的に支援(新規)22億円


        へき地・離島の診療所における地域保健・医療の研修、小児科・産婦人科医師不足地域の病院における宿日直研修に対する支援の実施等により、地域の医療提供体制の確保を図る.


    4. 出産・育児等に対応した女性医師等の多様な就業の支援 14億円


        病院内保育所について、女性医師等に対する子育てと診療の両立のための支援が推進されるよう基準を緩和する.また、女性医師バンクを設立し、女性のライフステージに応じた就労を支援するとともに、離職医師の再就業を支援するために研修を実施する。


    5. 助産師の活用 1.6億円


        地域において安心・安全な出産ができる体刺を確保する上で、産科医師との適切な役割分担・連携の下、正常産を扱うことのできる助産師や助産所を活用する体制の整備を進めるため、潜在助産師等の産科診療所での就業を促進する。また、産科診療所等で働く看護師が、助産師資格を取得しやすくするため、助産師養成所の開校を促進し助産師の養成を図る。


    6. 患者のアクセスの支援(新規)0.9億円


        複数の離島が点在する地域等において、ヘリコプターを活用し、巡回診療を実施するために必要な支援を行う。


  4. 医療紛争の早期解決 1.4億円


    1. 産科無過失補償制度への支援(新規)0.1億円


        安心して産科医療を受けられる環境整備の一環として、分娩に係る医療事故により障害等が生じた患者に対して救済し、紛争の早期解決を図るとともに、事故原因の分析を通して産科医療の質の向上を図る仕組み(いわゆる無過失補償制度)の創設に伴い、普及啓発のための支援を行う。


    2. 医療事故に係る死因究明制度の検討等 1.3億円


        診療行為に関連した死亡事例についての調査分析を実施し、再発防止策を検討するモデル事業の充実を図るとともに、これまでのモデル事業の実施状況も踏まえ、医療事故の死因究明制度、裁判外紛争処理制度等の構築に向けて具体的検討を行う。
※平成18年度補正予算案において、小児初期救急センターの整備等の助成及び産科無過失補償親度の創設に向け、調査・制度設計等のための支援を行う。(8億円)

内容はともかく100億円ですから、これらの予算がどのような成果を残したのか知りたいところです。その実績について書かれたものが、全国厚生労働関係部局長会議資料【医政局】(平成20年1月16日開催(一日目))なる会議資料の重点事項の10ページにあります。題して「医師確保のための具体的な取組み〜緊急医師確保対策〜について」となっています。

公式資料ですから確認してみましょう。箇条書きに書いてあるのが成果で、括弧内の金額は100億円のうちの該当分です。

1.医師不足地域に対する国レベルの緊急臨時的医師派遣システムの構築(18億円)

  • 国レベルの緊急臨時的医師派遣システムによる医師派遣として、6月26日に6ヶ所への派遣、10月29日に2ヵ所への派遣を決定
  • 国や都道府県の決定した医師派遣に協力する病院等に対する必要な経費の補助
  • 医師不足地域に対する医師派遣のための労働者派遣法施行令等の改正等

医師派遣が計8ヶ所であった事が確認できます。もちろんと思いますが、派遣された医師の人件費を国が負担するとは思われませんから、国が負担したのは事務費用だけでしょう。労働者派遣法施行令等の改正も法案作成費用はいるでしょうが、まさか1億円も必要だったのでしょうか。まあ、「システムの構築」ですから残りの費用はシステムの構築に費やされたと考えられない事もありません。

ちなみに来年度も「医師派遣システムの構築」として21億円が計上されていますから、「システム構築」に巨額の費用を費やした昨年度と違い、実効ある医師派遣システムが稼動してくれる事を願います。まさか今年も「システム構築」にまだ費用が必要とは思えません。それともまだまだ不足しているのでしょうか。

2.病院勤務医の過重労働を解消するための勤務環境の整備等(不明)

  • 交代勤務制等の導入を支援するための補助事業等を創設
  • 医師等の事務を補助する医療補助者の配置推進のためのモデル事業等の創設
  • 分娩数が少なく採算が取れない産科医療機関を支援する補助事業を創設
  • 診療報酬全体の見直しの中で勤務医の負担軽減のための方策についても検討 等

算額は不明としましたが、どうやら医師派遣システムの中に含まれていると考えたら良さそうです。まあ、ここでは交代勤務制の補助事業はとりあえず行なっていたようで、来年度には4.8億円の予算が計上されています。また医師等の事務を補助する医療補助者は医療秘書として来年度の診療報酬に反映されたのですから、成果はあったと判断しなければならないでしょう。しっかし採算が取れない産科医療機関を支援する補助事業は耳にした事がないのですが、誰か知っておられる方がおられれば情報下さい。「創設」と書いてあるぐらいですからやっているはずです。

それより少し笑ったのは

    診療報酬全体の見直しの中で勤務医の負担軽減のための方策についても検討
この方策とやらが規制改革会議や経済諮問会議、中医協にどれだけの影響を及ぼしたか知りたいものですし、そもそもこういう事は厚労省の本業であって、こういう予算内でやるべき事ではないような気もするのですが、いくら費やしたのでしょうか。

3.女性医師等の働きやすい職場環境の整備(14億円)

  • 病院内保育所の更なる充実(24時間保育等の補助額の引き上げなど)
  • 女性医師の復職のための研修を実施する病院を支援する補助事業を新たに創設
  • 就業相談機能を充実することにより、「女性医師バンク」の体制を強化 等

院内保育所に女性医師の子供でも預けれるようになったの話しは聞いたことがあります。また院内保育所が出来て助かったの話も聞いたことがあります。ただ女性医師バンクやらそれに連動するような復職支援事業はどれほど利用されたのでしょうか。評価というか実績は乏しかったように記憶しています。これも来年度は21億円に増額されていますから、さぞや充実するでしょう。

4.研修医の都市への集中の是正のための臨床研修病院の定員の見直し等(22億円)

  • 都市部の臨床研修病院について、医師不足地域での研修を支援する補助事業を創設
  • 医師不足地域等における研修医確保のため、研修プログラム等をPRする補助事業を創設
  • 都市部への研修医の集中是正のための医師臨床研修病院の定員見直しの実施に着手等

ここに書かれている項目がどれほどの効果があったかに紙面を費やす気にもなりません。この項目の来年度予算は驚きの61億円で、これを1年目の研修医約7000人に分配すれば1人当たり90万円弱になります。相当な額とは思いますが、どれほどの効果があるか注目しておきましょう。

5.医療リスクに対する支援体制の整備(1.4億円)

  • 産科補償制度の速やかな実現
  • 診療行為に係る死因究明制度の構築

制度の内容の是非は置いておくとして、この項目は非常に整備されています。他の項目の予算に較べると非常に効率的と感じてなりません。これも来年度予算は2億円となっています。もっとも昨年度予算で

    平成18年度補正予算案において、小児初期救急センターの整備等の助成及び産科無過失補償親度の創設に向け、調査・制度設計等のための支援を行う。(8億円)
こうありますから、ここの8億円が使われているとも考えられます。

6.医師不足地域や診療科で勤務する医師の養成の推進(不明)

  • 医師不足地域や診療科で勤務する医師の養成のための医学部定員の暫定的増加
    • 緊急臨時的医学部定員増:各都道府県5名(北海道15名)9年間(公立大学は10年間)
    • 養成数が少ない県の医学部定員増:神奈川県・和歌山県を対象に20名ずつ(恒常的措置)
  • 大学医学部における地域枠の拡充を要請(H19年5月時点で19大学165人)
※この他平成18年8月にも医師不足の特に著しい10県を対象に各県10名10年間の定員増を決定

ここは安倍総理の100億円になかった部分です。ここで増える医学部定員を整理してみます。

  • 神奈川県、和歌山県が20名増
  • 北海道が15名増
  • その他のどこかの10県が10名増
  • 他の33都府県が5名
暫定措置とされる公立大学は全部で8大学。このうち神奈川、和歌山は恒常的措置となっていますから残りは6大学。さらに、大阪市立大学京都府立医科大学札幌医科大学名古屋市立大学は同一道府県内に国立大学があるため対象外と考えられ、10年の公立大学特例措置に該当するのは、福島県医大奈良県立医大と考えられます。そうなると現時点の10年間での増加予定数は、9年目までが320名、10年目が50名となり合計2930名になります。

9年目までが全定員に対し0.5%弱の大増員で、10年間でこれまでの1年分の医師免許所得数の40%強にあたります。医学部は6年制ですから、2930名のうち研修医も含めて医師になるのは1500人弱になるかと計算されます。

「あの〜?」と言いたいのですが、医師不足ってその程度なんですか。その程度しか足りていないと考えて、医師不足対策を立てているのですかと聞きたいものです。それでも考えようで、この増加人数なら、私が医師をしている間は「医師は足りない」が続きます。余って困る時代が来るより良いかもしれません。

私の事はさておいても、この医師増加数は何を目標において設定されているのでしょうか。かつては人口10万人当たり150人という目標が設定され、達成されました。その後は医師が余るとして10万人当たり200人程度を目標に抑制されてきました。今度の増加の目標は何なんでしょう。「足りない世論が強い」ので「気持ちだけ増やしてみた」のような気がしてなりません。

実はここで終わりなんです。ここで評価のない項目をもう一度整理すると、

  1. 開業医の役割の強化 5.7億円
  2. 小児科・産科をはじめ急性期の医療をチームで担う拠点病院づくり(新規) 5.8億円
  3. 小児救急病院における医師等の休日夜間配置の充実 24億円
  4. 助産師の活用 1.6億円
  5. 患者のアクセスの支援(新規)0.9億円
これらについてですが、何も触れられておりません。触れられておりませんが、来年度予算でも
  • 助産師の活用 1.6億円
  • 小児救急病院における診療体制の確保 30億円
この辺りが似たような項目で予算がついています。強いて気になるのは救急では枕詞のように書かれているドクターヘリ(患者のアクセスの支援)が消えていますが、予算は別枠になったのでしょうか。

本当に実り多い安倍総理の100億円でしたが、今度は福田総理の161億円に変わるようです。期待できる人は本当に幸せな人間と思います。