ネット医師の間で深刻に受け止められているのが、ななのつぶやきの「犠牲」です。身近な上司の医師と友人の医師が過労による突然死で失った経験です。この話に医師が強い共感を持つのは、同じように身近な医師を失った経験をもつ者が多く、自分自身がニアミス経験を持つものが殆んどだからです。私もその例に漏れません。言ってしまえば明日は我が身であっても何の不思議も無い環境が広く蔓延しているからです。
なな先生のエントリーが静かな衝撃をもって受け止められた時にニュースが飛び込みました。11/21付神戸新聞から、
筋弛緩剤で医師自殺 神戸中央市民病院
神戸市立医療センター中央市民病院(神戸市中央区)に勤務する三十代の女性医師が、毒薬に指定されている筋弛緩(しかん)剤を使って自殺していたことが二十日、分かった。院内の保管場所から無断で持ち出して使用したとみられる。
市などによると、十八日午後一時十分ごろ、同病院内の手術室で点滴をしたまま倒れている女性医師を職員が発見し、神戸水上署に届け出た。既に死亡しており、麻酔薬を服用し筋弛緩剤を投与した形跡があった。同署は自殺の可能性が高いとみている。
使われた筋弛緩剤は粉末のバイアル一本(十ミリグラム)で大人一-二人分の致死量にあたるという。同病院では施錠された室内に保管されており、担当する医師のみが鍵を所持していた。
関係者によると、女性医師は情緒不安定な状態が続いていたといい、病院側もそのことを把握していたが、勤務の変更などはなく、筋弛緩剤がある部屋の鍵もそのまま所持させていた。
同市保健福祉局経営管理課は「こんなことになるとは思わなかった。だが、薬の管理上に問題はないと考えている」としている。
この記事の組み立て方でそのまま理解すると、
- 30代の女性医師が筋弛緩剤を使って自殺した
- 問題は病院側の薬品管理にあるかもしれない
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女性医師は情緒不安定な状態が続いていたといい
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病院側もそのことを把握していた
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勤務の変更などはなく、筋弛緩剤がある部屋の鍵もそのまま所持させていた
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こんなことになるとは思わなかった。だが、薬の管理上に問題はないと考えている
これを読んで中原先生の自殺問題を思い出しました。中原先生は過酷な勤務状況の中で心身ともに疲弊しつくし悲しい事に自殺の選択をなされました。これに対し、労災認定がなされなかったために民事訴訟を起さざるを得なくなり、遺族は法廷闘争の末に労災認定を勝ち取りました。この訴訟では事実認定として、
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3月の勤務状況は、当直8回、休日出勤6回、24時間以上の連続勤務が7回。休みは2日だけだった。
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小児科の当直では睡眠が深くなる深夜に子どもを診察することが多く、十分な睡眠は困難だと指摘。「社会通念に照らし、心身に対する負荷となる危険性のある業務と評価せざるを得ない」
これを受けて過労による鬱病による自殺を引き起こすような労務管理を行なった病院に対し、損害賠償訴訟を遺族は起しています。私の感覚では、過労による鬱病を察知できず、自殺に追い込むほどの漫然たる労務管理は十分に賠償責任はあると考えます。ところがこの訴訟では、
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「急患はそれほど多くなく、仮眠する時間はあった」として、心理的負荷は強くなかったと判断した
今回の神戸の女性医師の問題でも、病院側は「情緒不安定」である事を把握しながらも、それに対する対策を怠った事について殆んど問題視されていません。問題視されているのは「薬品管理」です。少なくともマスコミ記事はそろってそういう論調で結論付けています。薬品管理さえしっかりしていれば、筋弛緩剤で自殺などされず、飛び降りなり、首を縊るなりの病院側に無問題の方法で女性医師がたんに自殺した事件と読めます。
あとどれだけの墓標が立てられれば医師の労務管理は改善されるのでしょうか。暗澹たる思いで記事を読みました。