神奈川事情

神奈川の産科救急搬送事情をguri様が詳細にレポートしてくれましたので、まず整理しておきたいと思います。神奈川の搬送元医療機関は153ヶ所、これを受け入れる施設は32ヶ所、そのうち基幹病院が8ヶ所となっているそうです。図式にすると、

    153ヶ所(一次救急)→24ヶ所(二次救急)→8ヵ所(三次救急)
従来の搬送先探しは、直接交渉による一次→二次(もしくは三次)もありますが、見つからない場合は三次に依頼し、三次が県内から場合によっては県外まで搬送先を探すシステムであったそうです。ところが年々搬送先探しは難しくなり、長時間にわたる搬送先さがしのために三次の産科医は拘束され、本来の病院業務に支障をきたすようになってきていたのだそうです。

そこで搬送先探しをセンター化して、産科医の負担を軽くしようと考え、従来からあった県救急医療中央情報センターでこれを行なうようにしたのが4月からの試みであったと言う事です。システムとしては基幹病院から患者情報をセンターにFaxし、県内の二次・三次施設31ヶ所に打診し、受け入れの可否を確認するという形態だそうです。従来この打診を産科医が一人で行なっていたので、これを肩代わりしてくれる事は業務軽減となり「大変ありがたい」との事です。

外野から見るとセンターは県内分だけ探して、県外になると基幹病院に差し戻されるので「どうかな」とも思ったのですが、県内31ヶ所の搬送先探しを代行してくれるだけでも本当に助かるそうです。こういう現地事情と受け止め方は現場の人間の意見が無いとわからないところなので大変ありがたかったと思います。

問題は県内に搬送先が見つからないときになります。県外までシステムが広がらない理由として、

    他都県に同様の周産期救急システムがないか、有っても対外的な窓口がなければどうしようもありません。東京都はオンライン化された産科、NICUの情報システムが20ヶ所くらいの病院をつないでおり、空床情報は即座に把握できますが実際受け入れ可能かどうかは産科、NICU双方の院内調整が必要ですから、個別にあたるしかない訳です。
首都圏では神奈川のシステムはかなり整備されていますが、他の都県は東京も含めて一元的な窓口は未整備なようです。神奈川のセンターでは本当に代行レベルまで機能しており、センターが「県内に受け入れ施設なし」の結果を出せばそのまま信用できるほどのものだそうです。ところが県外となると1ヶ所づつ搬送の可否を産科医が行なわざるを得ないとの事です。

これがどれほどの数になるかです。8/31付のAsahi.comに具体的な数字が上っていました。

05年度は依頼があった1655件中、そのまま基幹病院で受け入れたのは26.6%。県外搬送も9.5%ある。

1655件中、県外搬送が9.5%なら157件、約160件となります。この数が増えているか減っているかですが、今年度のセンターの運用実績があります。

    基幹病院から依頼のあった152件のうち、88件で受け入れ先を確保した。
つまり4月から8月の4ヶ月間に64件の県外搬送が発生したことになります。4ヶ月間の集計ですから、単純計算で3倍すれば年間県外搬送数が推測され192件となります。もちろん多分の誤差がありますが200件弱になっているとも考えられます。この原因についてguri様からのレポートがあり、

県内1次、2次分娩施設は減少が続いており、あふれた妊婦さんが3次に流れています。結果、基幹病院のキャパシティをオーバーすることになり、県外に搬送するハメになっていると考えられます。さらに続けると、基幹病院でも県内搬送を受け入れる余裕を作るため、というか単純にいっぱいいっぱいなため、一般産科外来、ローリスク分娩の受診制限が一部で始まっています。

厳しさがヒシヒシと伝わってくるレポートです。

ところで関西で県外搬送で全国に名を売ってしまったのが奈良県です。象徴的な事件が去年、今年とあり、さぞひどいと普通は考えます。一番有名になっている奈良県の県外搬送のひどさの言葉として「県外搬送率が3割にもなる」もあります。具体的な数字が挙がっている資料には、まず9/2付け産経新聞

奈良県の妊婦の救急搬送者のうち、県外搬送率は全体の2〜3割にのぼる。平成18年では25・3%。4人に1人が県外に運ばれた計算になる。

(中略)

一時は県外搬送率が36・0%(14年)に達した奈良県は基幹病院の県立医大付属病院(橿原市)に、重症妊婦の治療ができる「母体・胎児集中治療管理室」(MFICU)を3床新設した。15年に29・5%に改善したが、16年には逆に37・5%と結局、改善に役立たなかった。

県外搬送率の推移は

  • 平成14年(2002年):36.0%
  • 平成15年(2003年):29.5%
  • 平成16年(2004年):37.5%
  • 平成17年(2005年):不明
  • 平成18年(2006年):25.3%
このうちおそらく2004年の集計と考えられる記事が天漢日乗様のところに残されています。

県によりますとおととし1年間に県内の医療機関で妊産婦の容態が悪化して高度な医療が必要になりほかの医療機関に移されたケースは207件ありますが、このうち37%に当たる77件は県内に受け入れ先が見つからず県外に運ばれたということです。

搬送率計算の母数である搬送件数は増減はあるでしょうが、極端に変わらないと考えます。ですから奈良県の搬送件数は200件程度で県外搬送件数は70件前後と考えても、そう的外れで無いと考えます。奈良県の県外搬送は率としては高いかもしれませんが、件数としては神奈川より大幅に下回ると見てよいと言うことです。

また奈良県は県外搬送率改善のために奈良医大に総合周産期センターの整備を進めています。もちろんそれを稼動させるだけの産科医や小児科医が確保できるのかの問題はありますが、なんとか稼動してくれれば元の総搬送件数が200件前後なので、県外搬送率および件数の改善はある程度期待できます。

これに較べると神奈川は相当深刻です。日本の医師の分布は歴史的経緯もあり西高東低です。大雑把に言えば医師の数が多いほど医療機関も整備されています。首都圏でもそれはあてはまり、東京を例外として他の県は関西に比べてもやや劣るところが多いとされます。産科医療全体が危機的なのは言うまでもありませんが、県外搬送を見れば、関西圏の奈良の影響がもともと70件程度でなおかつ当面は改善の可能性があるのに対し、神奈川は200件近く発生し、なおかつ増加傾向を食い止める手段が無きに等しいと考えられます。

奈良県の人口が140万、神奈川の人口が880万。神奈川の県外搬送の増加は確実に首都圏の周産期医療を圧迫します。ヘリを使っての長距離搬送を駆使しようとも、日本全国、余力を持って受け入れる事の出来る都道府県なんて果たしてあるのか正直疑問です。一般的には絶対安全圏と信じられている東京にもそんなに余力があるかどうか。私が知る限りの情報では、既につつ一杯なんですが・・・。