羊頭狗肉

この言葉は故事成句になりますが、故事に当たるものは、春秋時代の斉の名宰相である晏嬰の若き日のエピソードに由来しています。

斉の君主霊公の寵妃戎子は、男勝りの活発な気性でした。服装にもこの嗜好があり、これに倣って首都臨淄に丈夫の飾り(一種の男装)が大流行となりました。女性のファッションの流行の一つの典型みたいなものです。現在より遥かに風紀に厳しい古代ですから、この流行を苦々しく思った霊公は禁止令を出します。

ところが二度にわたる禁令にも関わらず丈夫の飾りの流行は終わらず、むしろより盛んになる事態が起こります。自らの君命が行き渡らない事にプライドを傷つけられた霊公は、近習として出仕してまだ日の浅い晏嬰に「何故だ」の下問を行ないます。下問に対し若き日の晏嬰は少しもひるまずこう答えたと伝えられます。

「君は禁令を下しましたが宮中では丈夫の飾りをお許しになっております。宮中でお許しになっている事を見て、臣民は君の禁令が本気で無いと感じ取っているのです。これはまるで牛頭を店主に掲げ馬肉を売るようなことで御座います。宜しく宮中での丈夫の飾りを禁じれば流行は速やかに止むでしょう。」

霊公は直ちに宮中での丈夫の飾りを禁止にすると、晏嬰の言葉通り丈夫の飾りの流行はなくなりました。この時に晏嬰が使った比喩の牛頭馬肉は大評判となったのです。ところがこの評判を聞いた太子光は何を聞き違えたか「羊頭を掲げて狗肉を売るとはうまい比喩だな」として広めたため、後世への故事成句では牛頭馬肉ではなく羊頭狗肉として伝えられる事になります。太子の言葉を聞いた晏嬰の父晏弱は「誰か太子の食卓に狗肉を出したらしい」と皮肉ったとも伝えられます。

9/11付け時事通信より、

家庭だんらん法」に言い換え指示=「残業代ゼロ法」で舛添厚労相

 舛添要一厚生労働相は11日の閣議後記者会見で、一部事務職を割増賃金の支払い対象から外す「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション制度(WE)」について、「名前を『家庭だんらん法』にしろと言ってある」と言い換えを指示したことを明らかにした。その上で、「残業代が出なければ、早く帰る動機付けになる」と評価、働き方の改革の一環として取り組む考えを示した。

 WEは厚労省が先の通常国会での法制化を目指していたが、「残業代ゼロ制度」と批判を浴び法案提出を見送った。

WEについては何度も当ブログで取り上げていますが、その実態が「残業代ゼロ法案」がもっとも的確な表現であると考えます。マスコミがつけたのか野党議員がつけたのかは分かりませんが、その実態をこれほどうまく言い表したものはないと考えます。前厚生労働大臣はWE成立のためだけに送り込まれたの評価さえありましたが、批判の嵐の中で成立を見送らざるを得ない状態に追い込まれています。

WEの卸し元は言うまでもなく経済諮問会議であり、WEにより巨額の利益を得る事が出来る財界委員と、その御用学者委員が推進の源です。一旦挫折したWEですが彼らはその成立を一向にあきらめていない事がわかります。そりゃ、WE一つで天文学的な利益が転がり込んでくるのですから、御執心なのも当然です。前厚生労働大臣がダメなら次の厚生労働大臣に猛烈なアタックをかけることは言わずと知れることです。

どうやら財界挙げてのアタックに厚生労働大臣は快諾したようです。WE法自体は成立が見送られてから修正が行なわれたとは聞きません。つまり見送られた時のまま何も変わらず存在しています。その法案に対し「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション制度」のレッテルを貼り変え「家族だんらん法」にせよとの指示を公式に行なったとのことです。WEが「残業代ゼロ法案」であるのは周知のことですが、WEの名前を変えることにより成立を図るとの考えです。

WEは例えてみればダンボールを刻んだブタマンのようなものです。まったく食べるに値せず、食べる事により健康を害するのは確実の代物です。だから売れなかったのですが、厚生労働大臣はパッケージを変えて売り直すとのお考えのようです。まさに平成版の羊頭狗肉です。

厚生労働大臣については期待と不安の声があり、就任して日も浅いのでまだ評価を慎もうの声もあります。基本的には私もそうでありたいと考えていますが、今回の家族だんらん法には批評をしておきます。

    マスゾエよ 格好はつけても その本性 金に転んで 犬になりけり
現政権の行方は非常に危ういものがあります。観測としては来春どころか、年内も危ういの声が大きくなっています。短命で終われば厚生労働大臣が残した政治評価は「家族だんらん法」に言いかえだけになる可能性すらあります。そうならない事を願います。