美談だが・・・

shy1221さんのところで紹介されていた記事です。元は9/9付け読売新聞で、

兵庫の6病院連携、四つ子の赤ちゃん救う

 兵庫県西宮市の兵庫医科大病院で3月、四つ子の赤ちゃんが誕生した。いずれも仮死状態で、中でも女の子は脳出血で危険な状態に陥ったが、病院側は新生児集中治療室(NICU)を四つ子専用として出産に備え、治療を尽くして危機を救った。

 この間、3か月余り、同病院のNICUに代わって、県内5病院が切迫早産などの妊婦を受け入れる支援体制を敷いたという。

 妊婦の病院搬送拒否が問題化する中、医療機関が連携して守った幼い命。元気に育つわが子を抱きながら、母親は「各地で病院の連携を進め、すべての妊婦が安心できる体制を作ってほしい」と願う。

 西宮市在住の角実千代さん(34)と、夫の定男さん(44)の間に生まれた真幸(なおと)ちゃん、竜幸(りくと)ちゃん、幸空(みらい)ちゃん、祐幸(ゆうと)ちゃん。

 実千代さんは6年前に長女(5)を出産したが、その後子宝に恵まれず、別の病院で不妊治療を受け2006年秋、四つ子を身ごもった。多胎児のため、出産時などに高度医療を施す「地域周産期母子医療センター」でもある兵庫医科大病院を紹介された。

 同病院は万全を期すため当時6床のNICUを四つ子専用として出産に備えることを決定。高度医療が必要な妊婦らから入院や診察などの求めがあった場合の受け入れについて、近隣病院に協力を要請した。

 県立塚口病院(尼崎市)や県立こども病院(神戸市)、神戸大付属病院(同)など5病院が応じたことから、兵庫医科大病院は今年2月から重篤な患者を除いてNICUへの受け入れを休止し、実千代さんの出産に備えた。

 妊娠8か月目の3月20日午前、帝王切開で生まれた四つ子は通常の3分の1ほどの1000グラム前後で仮死状態。ただ一人女の子で、3番目に生まれた幸空ちゃんは鼓動が弱く、脳出血が止まらなかった。保育器のほか、人工呼吸器も使っての看護が続き、1か月ほどで全員、健康状態は良好となって7月末、無事退院した。

 2月から4人がNICUを出た5月上旬の間、同医科大病院に代わって他の病院が受け入れた妊婦は20人余り。その多くを診療した県立塚口病院の浜西正三副院長は「近隣同士、協力し合わなければ回っていかないのが実情」と訴える。兵庫医科大病院の皆川京子NICU医長も「医師不足が深刻なだけに病院間連携が大切と痛感した」と話す。

 「幸福を運ぶ四つ葉のクローバー」にちなんで4人の名に「幸」の文字を使ったという実千代さんは今、奈良県などで妊婦が病院に搬送を断られた問題に心を痛める。「私は幸運だったけど、失われた命もある。社会全体でこの問題と向き合ってほしい」

 大阪府立母子保健総合医療センターの末原則幸副院長(周産期医療)の話「多胎児は死産のリスクも大きく、万全の体制で臨むことが望ましい。今回のケースは現場が主体となって構築した医療機関のネットワークが奏功した好例だ」

サラッと読めば美談なんですが、幾つか引っかかるところがあります。産科的には不妊治療で四つ子が出来てしまった点や、それに対する減胎の是非も一つの焦点になり、shy1221さんのところでも意見が交わされています。これはコメント欄の意見で、人工授精の場合、戻す卵子は3個以内にしようは私も聞いた事がありますが、これがたまたますべて着床し、なおかつ一つが一卵性の双胎になる事も無いとは言えないので、この点は情報不足としておきます。さらに減胎の問題になるとさらに複雑な問題が出てくるので今日はあえて触れないことにします。

長めの記事なので少し引っかかる点をピックアップすると、

  1. 8ヶ月の四つ子が帝王切開で出産された
  2. 四つ子出産に備え2月から5月上旬までNICUを専用とした
  3. 兵庫医大が専念中は他の病院が協力し、妊婦だけで20人あまりであった
ちょっとだけ補足ですが、出産が8ヶ月目となっていますが、3人以上の多胎妊娠の場合、お母さんのお腹の限界もあって満期産まで待つのが物理的に難しい事が多くなります。小児科的には1日も長く子宮内にいて欲しいところですが、8ヶ月辺りが限界になる事が多いと記憶しています。8ヶ月と言えば30週前後なんですが、週数的には手強いと鼻唄の境目ぐらいの時期で、出てみないと予断が許さないと言うところでしょうか。

体重1000gは小さいですが、IUGRの1000gは週数さえあれば呼吸管理が楽な事が多く、また多胎により、妊娠中にストレスも大きいだろう事が、呼吸管理を楽にさせること期待できます。ただ新聞記事の8ヶ月目が前半か後半かで差があり、28週ならチト厳しいかもしれません。記事を読む限り、脳出血を起した子供以外は大きなトラブルは無かったようにも読めますから、30週以上になっていたかもしれません。現場的には30週まで待てたので帝王切開になったととも考えられます。

さすがに四つ子は扱ったことがありませんが、三つ子なら経験した事があります。当時研修していた病院はNICUはあったのですが、分娩施設が無く、そのため産科病院に出張してお迎えに参上のスタイルでした。病棟には産科施設からのリスク分娩の情報が一覧表として貼ってあり、「当たったら嫌だな」と思っていたらきっちりビンゴ。週数も体重ももう少し条件が良かったかと思いますが、向かったメンバーが部長先生と1年目の研修医が二人。さすがに不安で部長先生に「手強かったらどうしましょう」と尋ねたら「元気そうなのを持って帰る」と返答され、余計に不安になったのを覚えています。

三つ子と四つ子では条件が格段に違いますが、そのための準備が万全なのは羨ましい限りです。出産が3/20でNICUがスタンバイに入ったのが2月。四つ子ですからこれぐらいの準備は必要だとは思いますが、スタンバイから出産までの50日間NICUが停止していたのは相当豪儀な印象です。また出産後四つ子がNICUからGCUに移ったのが5月上旬となっていますから、これも約50日ほど四つ子以外の治療を原則として行なわなかったのですから、かなり贅沢な施設利用とも思います。

ちなみに兵庫医大は3月までがNICU6床、GCU9床、4月からはNICU9床、GCU15床に増床されています。これを約100日間四つ子のためだけに動員しているのですから、かなりじゃないかなと思います。もっともNICUはともかくGCUは専用ではなかったかと思いますが、NICUが使えずGCUだけでは機能が大幅にダウンします。

四つ子の治療にどれ程の手間暇を要したかなんですが、

    1か月ほどで全員、健康状態は良好となって
ここから推測される治療内容は、1ヶ月間は呼吸管理を行なったと考えられます。出産が3/20ですから、4/20頃には呼吸器が外れ、保温のためだけのクベース管理に移行したと考えて良いと思います。もう少し深読みすれば、抜管後の酸素投与も不要になった時期とも受け取れます。さらには自力哺乳も可能になっているとも考えられます。

未熟児新生児治療でもっとも手間がかかるのは初期治療です。後になっても別の意味で手間がかかるのですが、殺気立って貼り付きで精魂費やすのは最初の数日〜1週間程度です。1ヶ月でそこまで回復しているのであれば、治療全体はそれほど難度の高いものでなかった可能性が強いと考えます。30週程度でしたら、トラブルがなければさほどの症例ではありません。

にも関わらず5月上旬にGCUに移行するまでNICU入院を受付けなかったのは長すぎる印象です。3/20出生ですから、4月になれば受け入れ可能ではなかったかと考えるのです。さらに4月からはNICUが6床から9床に増床されていますから、半分以上遊んでいる事になります。百歩譲って「元気になった」4/20頃には受け入れるのになんの支障も無いと考えます。なぜ5月まで残りの5床のNICU受け入れを行なわなかったか正直疑問です。30週1000g程度の患児を1週間程度の間に4人受け入れたときに、果たして同じ対応であっただろうかと考えます。

分娩前の50日も長いと思います。とりあえず4床あれば良いのですから、NICUごと専用にせずに、2床は通常運用でも構わないかと思います。もちろん四つ子が控えているので、ある程度の制限は行なうにしてもです。もっとも出産以前は妊娠状態が緊迫していて、いつ生まれてもおかしくない状態であった可能性もあり、その辺の事情は記事からは読み取れません。

NICUは貴重な医療資源ですから、ここまでの体制をなぜ取らなければならなかったかがどうしても不可解です。万全を期したい気持ちはわかりますし、そうである事が理想ですが、昨今の新生児医療の現状からするとやや過剰の印象が拭いきれません。何かそうしなければならない事情があったのでしょうか。

最後に大阪府立母子保健総合医療センターの末原則幸副院長(周産期医療)の話を再掲します。

「多胎児は死産のリスクも大きく、万全の体制で臨むことが望ましい。今回のケースは現場が主体となって構築した医療機関のネットワークが奏功した好例だ」

本当にここを力点として話されたかどうかはわかりません。確かに好例ではありますが、四つ子が生まれるたびにNICUが3ヶ月も専用化される状態を手放しで賛美して良い物なのかに疑問が残ります。本当は話していた可能性が強いのですが、人工授精での多胎児のコントロールの重要性を強調すべきかと思います。そうしないと多胎妊娠中の妊婦が同時に2〜3人出現すれば、兵庫の周産期医療は麻痺します。大阪だってそうではないかと思います。

ごく稀である自然妊娠での多胎児であればファインプレーですし、本当に滅多にないことですから破格の体制で受け入れても仕方ないかもしれませんが、人為的にコントロールできたはずの多胎児であれば、手放しの賛美は問題が残ります。その点を末原則幸副院長がもし話していなかったら医師の非難を浴びるでしょうし、話していたのを意図的に削除していたのならマスコミを非難します。

今回のお話は美談ではありますが、手放しの美談ではなく、問題点を少々含んだ美談ではないかと考えます。