嫌だけど検証

後から言うのは卑怯ですが、8/29に合わせたように小型の奈良事件のような報道が為された事に違和感を感じています。もちろん8/29早朝に偶発的に発生した事件ですから、「計画的」なものではないでしょうが、日付と事件の類似性に嫌な感じを抱いています。嫌な感じとは、単純にはマスコミ側の奈良事件支援キャンペインですし、深読みすれば、ネット医師が飛びつきそうなネタを曝しておいて、集まったところで根こそぎ叩き潰すような二段報道の懸念です。m3事件に象徴されるように、医師のネット世論には警戒心が抱かれ、なんとか封じ込めたいの意図はヒシヒシ感じるからです。

最初から計画的ではなかったのであろうは、毎日の初期報道にあります。これはssd様のところに残っています。

奈良から救急搬送の妊婦が流産 10病院受け入れ断る

 29日午前5時10分ごろ、大阪府高槻市富田丘町の国道171号交差点で、奈良県橿原市の妊娠3カ月の女性(36)を搬送中だった中和広域消防組合(橿原市)の救急車と、大阪府茨木市の宅配業の男性(51)運転の軽ワゴン車が衝突。女性は高槻市消防本部の救急車で約40分後、約4キロ離れた同市内の高槻病院に到着したが、流産が確認された。女性らにけがはなかった。事故と流産の因果関係は不明だという。
 女性は事故の約2時間半前の同日午前2時40分ごろに橿原市内で腹痛と出血を訴えて119番通報したが、受け入れ可能な病院が見つからず、そのまま救急車内で待機。10病院、延べ12番目に問い合わせに応じた高槻病院へ向けて出発するまで約1時間半かかっていた。
通報現場から病院までは直線距離で約40キロ離れていた。
 奈良県では昨年8月、分娩(ぶんべん)中に意識不明になった高崎実香さん=当時(32)=が19病院から転院を断られた末に死亡しており、産科医療のあり方が改めて問われそうだ。
 高槻署や中和広域消防組合などによると、女性は知人男性とともに近所のスーパーで買い物をしている最中に突然、腹痛を訴え出血。同日午前2時44分、知人男性が「過去に流産している。今も妊娠しているが、切迫流産しているかもしれない」と119番した。女性にかかりつけの医師はなく、通報を受けた同組合が県内の空きベッド情報を確認したところ、県立医大病院(橿原市)にベッドがあったものの「手術中で対応できない」と断られたという。 消防組合は大阪府内の病院に受け入れ要請を続けたが、難航。10病院、延べ12番目に問い合わせに答えた高槻病院に搬送することが決まった。その間、救急車はスーパーで待機。出発できたのは午前4時19分だった。
 高槻署によると、救急車は赤色灯をつけて直進、青信号で進入した軽ワゴン車と接触したという。救急隊員3人と軽ワゴン車の運転手にけがはなかった。
 妊婦の救急搬送をめぐっては、近畿2府4県と福井、三重、徳島の知事でつくる近畿ブロック知事会議が、各府県が協力して出産前後の妊婦の搬送や受け入れ体制を確保することで合意している。

(2007/08/29 10:33)

かなりまとまりの悪い記事で、搬送要請先の数とか搬送時間は妙に詳しいのですが、正体不明の知人の男性が出てきたり、読むほうに妊娠3ヶ月の女性がなぜ深夜スーパーで買い物をしているのかの、週刊誌的な興味を掻きたてさせる記事です。この毎日記事は短時間のうちに改変を重ねるのですが、患者女性のプライベート部分はさすがに消えていくことになります。

それと末尾に書き添えてある一文も記事全体の整合性とやや矛盾します。ほぼ中段あたりに、

    産科医療のあり方が改めて問われそうだ。
このニュアンスはその後の各社の報道に基本的に引き継がれています。ココロは単純に「もっと素早く的確な対応が出来ないのか」です。ここについての論評はもう散々行われているみたいですので省略しますが、末尾の、
    妊婦の救急搬送をめぐっては、近畿2府4県と福井、三重、徳島の知事でつくる近畿ブロック知事会議が、各府県が協力して出産前後の妊婦の搬送や受け入れ体制を確保することで合意している。
この一文は行政側が妊婦搬送の対策をどう考えているかです。読めばそれまでで、単一府県内で対応できない時の為に、近畿ブロックと言う広域で対応しようと言う考えです。しかしこの対策をよく読んで考え直すと、妊婦は緊急時に同一府県内で対応できないことがあると宣言しているのと同じ意味です。同一府県内で対応出来るなら、広域連携はそもそも不要です。

そうなると今回の妊婦は奈良で流産騒動が起こっていますが、奈良県内で対応できないことがあるのは行政レベルではっきり認めている事です。もちろん現実ははるかに先行しています。奈良で搬送先が見つからないときには、搬送先は近畿ブロックに広がります。今回は橿原から40km先の高槻に搬送先が見つかりましたが、近畿ブロックで対応した場合、搬送先が最終的に徳島や福井になってもシステム的にはOKになります。広域連携とはそういう事も意味します。

毎日記事は改変が短時間で繰り返されていますが、ほぼ最終記事と見られるものでは、

 29日午前5時10分ごろ、大阪府高槻市富田丘町の国道171号交差点で、妊娠3カ月の奈良県橿原市の女性(36)を搬送中の救急車と軽乗用車が出合い頭に接触した。搬送先の高槻市の病院で、胎児の死亡が確認された。女性は119番から車中で約1時間半も受け入れ先が決まらず、橿原市から約41キロ離れた高槻市の病院へ運ばれる途中だった。昨年8月には、奈良県の妊婦が転送先が見つからずに容体を悪化させて死亡しており、周産期医療の救急体制の不備が浮き彫りになった。
 府警高槻署の調べでは、軽乗用車は大阪府茨木市の自営業の男性(51)が運転、他にけが人はなかった。同署は事故と流産の関連を捜査している。
 女性は同日午前2時44分ごろ、橿原市内のスーパーマーケットで買い物中、「下腹部が痛い」と訴え、同居の男性を介して119番通報した。奈良県の橿原消防署(中和広域消防組合)の救急隊員は同県立医科大に受け入れを要請したが、「手術中のため不可能」と回答された。このため、同消防署は大阪府内の産婦人科などに要請したがいずれも「処置中」などを理由に断られ、10施設目(連絡は延べ12回目)の高槻市の病院に決まったのは同4時19分だった。
 同消防署などによると、女性は搬送中の午前5時ごろ、救急車内で破水し、約10分後に事故に遭った。病院に搬送されたのは同5時46分だった。
 同消防署予防課は「事故による容体の変化は見られなかった。流産との関連は警察の捜査に委ねたい」と話している。
 昨年8月、大淀町大淀病院で、分娩(ぶんべん)中に意識不明になった妊婦が転送を同県と大阪府内の19病院に断られた末、約60キロ離れた国立循環器病センター(大阪府吹田市)に運ばれ、約1週間後に死亡した。国は今年度中に、総合周産期母子医療センターを整備するとしていたが、奈良県など4県で困難な状況に陥っている。
 奈良県では、緊急に高度な治療を要する妊婦を県外の病院に転送する比率が、04年で約37%に上り、全国最悪のレベルだった。母体・胎児の集中治療管理室(MFICU)を備えている病院も、県立医科大学付属病院(橿原市)と県立奈良病院奈良市)の2カ所だけ。
 奈良県は未整備だった「総合周産期母子医療センター」を来年5月に設置し、母体や新生児の救急搬送に対応する予定だった。

相当手直しされたのがわかります。患者女性のプライベートはかなり伏せられ、「同居の男性」というマイルドな表現に変わっています。その代わりと言っては悪いですが、初期にあった「女性にかかりつけの医師はなく」が消し去られています。それと初期報では末尾にあった近畿ブロックの広域連携の話が消え、代わりに奈良の周産期医療の状況が加えられています。

時間をおいて練り直せるのがネットの特性ですが、ここも末尾の文章が妙です。

     奈良県は未整備だった奈良県では、緊急に高度な治療を要する妊婦を県外の病院に転送する比率が、04年で約37%に上り、全国最悪のレベルだった。母体・胎児の集中治療管理室(MFICU)を備えている病院も、県立医科大学付属病院(橿原市)と県立奈良病院奈良市)の2カ所だけ。

     奈良県は未整備だった「総合周産期母子医療センター」を来年5月に設置し、母体や新生児の救急搬送に対応する予定だった。を来年5月に設置し、母体や新生児の救急搬送に対応する予定だった。
3ヶ月の流産騒ぎでMFICUや周産期センターは不要で、ごく普通の産科で対応は必要にして十分です。たしかに去年の奈良事件クラスであればそこまで必要ですが、今回は申し訳ありませんがはるかに軽症なのです。問題は高度医療が未整備な事ではなく、通常医療も手薄を越えた状態であることなんです。指摘点がかなりずれていると感じます。これも言ったら悪いですが、3ヶ月の流産騒ぎまで「総合周産期母子医療センター」にドンドン運び込まれたら瞬く間にパンクします。

総合周産期母子医療センター」といえども万能の巨人ではなく、受け入れ能力には上限があり、ここも満床になれば、マスコミ用語で「受診拒否」をします。「総合周産期母子医療センター」さえできれば産科の問題はすべて解決みたいな論調は控えてもらいたいものです。

続報記事は大切なんですが、8/30付の読売新聞の記事には驚かされました。天漢日乗様のところにあったのですが、

妊婦死産、かかりつけ産科医なく搬送先決定遅れる

 出血などの症状を訴えた奈良県橿原市の妊娠中の女性(38)を受け入れる病院が見つからず、死産した問題で、女性にかかりつけの産科医がいなかったことがわかった。医師から要請のあった妊婦については受け入れ病院を探す仕組みがあるが、今回は、消防が各病院に直接受け入れを打診せざるを得ず、搬送先の決定に時間がかかったとみられる。奈良県は「かかりつけ医のいない妊婦の搬送は想定外」とし、制度上の不備がなかったかどうか検証する。

 奈良県によると、危険な状態にある妊婦らを対象にした周産期医療ネットワークがあり、県立医大病院などを窓口に受け入れ先を探す。新生児集中治療室などを備えた43病院がパソコン端末で空床状況などを共有する大阪府の「産婦人科診療相互援助システム(OGCS)」に協力を求める仕組みもある。しかし、原則として、かかりつけ医の要請に基づく病院間の転送に限られている。

 女性にはかかりつけ医がいなかったため、救急要請を受けた橿原市の中和広域消防組合は、こうしたシステムとは別に受け入れ先を探した。同県立医大病院に要請したが、多忙などを理由に断られ、大阪府内の各病院へ連絡。10か所目の高槻市内の病院がようやく応じた。この間、女性は救急車内で待機させられた。

 救急車は同市内で事故を起こし、病院到着は119番通報から約3時間後だった。女性は当初、妊娠3か月で事故直前に流産したとされていたが、病院の診断で妊娠7か月とわかったという。

 消防の受け入れ要請を受けたOGCS加盟の大阪市総合医療センターは「OGCSを利用した転搬送であれば受けられると回答した」と説明している。

 この日、記者会見した奈良県健康安全局の米田雅博次長は「かかりつけ医のいない妊婦への対応策を検討していきたい」と述べた。

(2007年8月30日 読売新聞)

毎日新聞は改変を繰り返しながら事件記事を流していましたが、流産女性の年齢が毎日の36歳でなく、38歳であったと報じています。さらにこれは毎日の責任とは言えませんが、流産女性は3ヶ月でなく7ヶ月であったの事です。妊娠月数(週数)は産科において重要な意味を持ちます。3ヶ月と7ヶ月なら対応が天と地ぐらい違うと言っても良いとおもいます。小児科であれば3ヶ月の流産騒動は無関係ですが、7ヶ月ならフルスタンバイで緊急出動します。

あくまでも個人の問題ですから、妊娠して産科受診しようがしまいが自由です。出産の時に自力で出産しようが、助産師の手にかかろうがこれも自由です。ただし産科のfollowを受けていなければそれだけリスクが高くなるのは自己責任です。古い記録ですが、産科が出産にほとんど関与せず、産婆が主力であった明治32年のデータでは新生児死亡率は1000人当たり77.9人です。今回の事件のような周産期死亡率は最も古い昭和54年のデータで1000人当たり21.6人です。

現在の周産期死亡率は1000人当たり5.5人まで減少していますが、これは日本人女性が勝手に強くなったわけではなく、産科医が不断の努力を延々と積み重ねた努力の結晶です。産科医の手にかかっていなければリスクは当然高まります。そのうえ38歳の高齢妊娠ですから、飛躍的に危険度は高まると言っても良いでしょう。

これはDr.Pooh様のところにあった、「脳と心の謎に挑む新進気鋭の脳科学者」茂木健一郎氏によるコメントの一部ですが、

 これだけ文明化した我々の生活だが、生まれてくるときは人は裸である。そこは文明が関与できない。人工子宮なんて当分できなだろう。子供が生まれてくるというのは、もともと人間が持っている動物としての力というか、自然の力を一番問われるところだ。人間の持っている自然の力を見直すという意味で、出産について考えるというのは良いモデルケースだ。

こういう人たちの主張を信じて「自然の力」を誤認したのであれば悲劇です。「自然の力」なんて美しい字面だけ見ると、すべてはそれで救われると思えそうですが、「自然の力」は時に無慈悲で残酷です。自然淘汰に生き残れないものは容赦なく切り捨てる面があります。その自然の無慈悲な面に産科医は戦いを挑み着々と成果を上げてきたのです。

また産科医であっても「なんでも救える」わけではありません。産科医が努力を重ねているのは、今回のような流産(7ヶ月なら死産)騒動が起こらないようにすることなんです。起こってしまえば産科医と言えども手の施しようがない事は多々あります。もちろん産科医が普段から管理しても流産(死産)は防ぎきれるわけではありませんが、「自然の力」に較べて1/4以下に減らすことは出来ています。

最後に奈良県健康安全局の米田雅博次長の言葉です。記者会見なのでこう答えるしかないのはわかりますが、

    「かかりつけ医のいない妊婦への対応策を検討していきたい」
無難と言えば無難なものですが、できればこう答えて頂きたかったと思います。
    「産科医不足による産科医療の危機はもはや県レベルで対応できるものではなく、国民全体に関わるものとして対応策を検討して頂きたい」