当直は詰んでいるか

昨日のお話の続きです。長崎の当直料課税事件のエントリーに対しいろんな角度から意見が集まり、陰謀説から誤爆説まで乱れ飛びましたが、誤爆説が現在のところ最も有力です。陰謀説は話としては面白いのですし、そうであれば医療にも少しだけ光が差すのですが、長崎が初めてではなく、昨日寄せられた情報でも他に岡山、横浜、徳島と先例があるところから可能性は低そうです。

長崎の事例で摘発の根拠となった国税庁通達ですが、私も国税庁のHPを探し回っていたのですが某勤務医様が発見してくださいました。自分の探索能力の低さを嘆くばかりです。法第28条《給与所得》関係の通達としてあり、関連部分を抜き出すと、

宿直料又は日直料は給与等(法第28条第1項に規定する給与等をいう。以下同じ。)に該当する。ただし、次のいずれかに該当する宿直料又は日直料を除き、その支給の基因となった勤務1回につき支給される金額(宿直又は日直の勤務をすることにより支給される食事の価額を除く。)のうち4,000円(宿直又は日直の勤務をすることにより支給される食事がある場合には、4,000円からその食事の価額を控除した残額)までの部分については、課税しないものとする。

  1. 休日又は夜間の留守番だけを行うために雇用された者及びその場所に居住し、休日又は夜間の留守番をも含めた勤務を行うものとして雇用された者に当該留守番に相当する勤務について支給される宿直料又は日直料
  2. 宿直又は日直の勤務をその者の通常の勤務時間内の勤務として行った者及びこれらの勤務をしたことにより代日休暇が与えられる者に支給される宿直料又は日直料
  3. 宿直又は日直の勤務をする者の通常の給与等の額に比例した金額又は当該給与等の額に比例した金額に近似するように当該給与等の額の階級区分等に応じて定められた金額(以下この項においてこれらの金額を「給与比例額」という。)により支給される宿直料又は日直料(当該宿直料又は日直料が給与比例額とそれ以外の金額との合計額により支給されるものである場合には、給与比例額の部分に限る。)

この中で課税根拠となったのは、

    休日又は夜間の留守番だけを行うために雇用された者
昨日のコメントの中で税理士に問い合わせてくれた方もおられるようで、暇人28様のコメントを引用しておきます。

実は私の友人の税理士に数ヶ月前に聞いたんですが、やはり「課税対象」との即答がありました。当院の顧問税理士も同様の返答でした。ですから、プロの中では常識的な事なんだと思います。

どうも「だけ」の適用はかなり厳密のようです。考えてみれば国税庁が非課税なんて特典を与えてくれる部分ですから、その適用は無茶苦茶厳しくても不思議ありません。またこれは医師だけでなくすべての業種に広く適用されるものですし、医師だから「○○の場合は課税されない」なんて但し書きは見当たりません。課税は厳正ですから、もしあればこれも明記されると考えるのが自然です。

そうなると平成14年3月19日付基発第0319007号「医療機関における 休日及び夜間勤務の適正化について」との整合性が気になります。ここで「勤務の態様」として書かれている部分をもう一度書き出しておきます。

 常態としてほとんど労働する必要がない勤務のみを認めるものであり、病室の定時巡回、少数の要注意患者の検脈、検温等の特殊な措置を要しない軽度の、又は短時間の業務を行うことを目的とするものに限ること。したがって、原則として、通常の労働の継続は認められないが、救急医療等を行うことが稀にあっても、一般的にみて睡眠が充分とりうるものであれば差し支えないこと。

 なお、救急医療等の通常の労働を行った場合、下記3のとおり、法第37条に基づく割増賃金を支払う必要があること。

この中で

  • 病室の定時巡回、少数の要注意患者の検脈、検温等の特殊な措置を要しない軽度の、又は短時間の業務
  • 救急医療等を行うことが稀にある
これらも国税庁通達の「だけ」に抵触する可能性が出てきます。おそらく税理士が「課税される」と指摘したのは、それだけの業務を行なうだけでも非課税特典の適用から外れると税法上解釈するのが当然であるからだと考えます。それ以上なら「もちろん」です。なんと言っても非課税特典ですから条件は厳密であると考えるのが自然です。

そうなると厚生労働省通達を遵守しても当直料の課税はされる可能性がでてくるわけです。とくに救急医療を行なった場合の厚生労働省通達は、

宿日直勤務中に通常の労働が突発的に行われる場合

 宿日直勤務中に救急患者への対応等の通常の労働が突発的に行われることがあるものの、夜間に充分な睡眠時間が確保できる場合には、宿日直勤務として対応することが可能ですが、その突発的に行われた労働に対しては、次のような取扱いを行う必要があります。

  1. 労働基準法第37条に定める割増賃金を支払うこと
  2. 法第36条に定める時間外労働・休日労働に関する労使協定の締結・届出が行われていない場合には、法第33条に定める非常災害時の理由による労働時間の延長・休日労働届を所轄労働基準監督署長に届け出ること

として、当直時間中に救急医療が発生すれば、当直料とは別に時間外手当が発生し、これを本来の当直業務と切り離して運用するのは税法上詭弁に近いものとも考えられます。厚生労働省通達はどうやら病院に対する労働基準法での宿日直許可の基準としてこの通達を行なったと考える方が妥当で、この通達を遵守したとしても国税庁通達を回避できる保証は無いと考えます。

ここで気になったのは医師の当直が、税法上は「勤務」、労働法上は「当直」の二枚舌運用が可能かどうかです。これに対してはYUNYUN様がコメントを寄せて頂いています。

基本的に、収入があれば所得税が課税され、源泉徴収義務者に徴収責任があるので、「課税される」ということ自体は何も不思議なことはありません。むしろ、ある場合には非課税とされるという点で、宿直者を優遇する規定であると思います(医師にとっては、優遇されるケースは実際にはあまりないので、名目だけですが)。

だから、当直料に課税されることについて、税務署相手に文句を言っても始まりません。雇用者も源泉徴収することによって自分の腹が痛むわけではないので(事務負担は別)、税務署の指示に従うでしょう。

しかし、雇用者が「通常業務をしていると認めて」宿直手当てから源泉徴収しているのですから、勤務医側としては、通常業務の対価としてこの金額が適正かを問うことが考えられます(最低賃金法違反にならないか等)

つまり税務署が「勤務」と認定したら、病院側が「当直と認定していた時間は「勤務」に変わり課税されます。ここで重要なのは病院側が「勤務」として税金を支払った当直時間は医師にとっても「勤務」に変わる事になります。つまり二枚舌は許され無いと言う事です。もう少し言えば、厚生労働省通達で労働法上の宿日直の許可基準を守っていたとしても、税法上で「勤務」とされれば「勤務」となります。

これに不服であれば異議申し立てを国税庁に申し立てなければならず、最終的には厚生労働省 vs 国税庁財務省)の争いになりますが、この勝負はやるだけ無駄かと考えます。

税務署が当直を勤務と認定した意味合いは巨大です。当直から勤務となれば扱いはガラッと変わります。思いつくままに挙げると、

  1. 当直の16時間は時間外労働になり、時間外労働の割増賃金が自動的に発生する。
  2. 当直を挟んで実質の36時間連続勤務が、正式に36時間連続勤務となり、こういう労働環境を日常的に行う事は許されなくなる。
  3. 夜勤16時間の勤務の代償として平日日勤2日分の休日が必要となる。
  4. 厚生労働省通達の宿日直基準に明らかに違反し、宿日直許可は取り消され交代制勤務にする事が求められる。
勤務医の皆様、給与明細をよくチェックしてください。当直料の1回4000円分が非課税であれば「この時間は勤務もしたので課税されるべきだ」と税務署に申告してください。課税が認められれば、当直料は課税されますが、時間外手当を正々堂々要求できます。また当直料に無造作に課税されていたならば、当直は勤務と病院が認定しているのですから、これもまた時間外手当を正々堂々と要求できます。

完全に詰んでますね。