奈良時間外手当請求訴訟

無視していたわけではありませんが、情報量が乏しくて書くに書けない状態でしたが、falcon171様から情報を頂きましたので触れてみます。元ネタはメディカルトリビューンに掲載されていると事ですが、会員制で誰にでも読めるわけでないそうなので全文引用します。

Medical Tribune 2007年4月5日 (VOL.40 NO.14) p.45

奈良・勤務医の時間外手当請求訴訟

宿直・日直,宅直は時間外労働かが争点

     勤務医の「立ち去り型サボタージュ」とも「逃散(ちょうさん)」とも呼ばれる崩壊現象が止まらない。そのおもな原因は,一向に改善される兆しのない過酷な労働環境にある。そうしたなか,奈良県の県立病院に勤務する2人の医師が,時間外勤務に対する手当が労働実態に見合っていないとして,県に未払い分の支払いを求める訴えを起こして4か月。提訴に至るまでにどのような経緯があったのか。また,この訴訟の意義などを探った。
2年間の未払い分を請求
     時間外手当支払い請求の訴えを起こしたのは,奈良県奈良病院産婦人科医 2 人。昨年12月初めに奈良地裁に提訴した。2004〜05年の 2年間の当直(宿直・日直)および宅直(いわゆるオンコール)勤務に対する未払い賃金として,県が支給した当直手当との差額分(2人合わせて約9,230万円)の支払いを求めたものである。

     分娩は昼夜の別を問わないため,分娩を扱う産婦人科は24時間体制の勤務が必要となる。同院産婦人科の場合,平日の午後5時15分から翌日の午前8時30分まで 1人の医師が宿直を担当する。土・日・祝日と年末年始は 1人の医師が日直と宿直を兼ねるため,午前8時30分から翌朝の8時30分まで24時間の当直に当たることになる。

     同院は奈良県の中核的医療施設の 1 つとして1次〜3次の救急患者を受け入れており,産婦人科関係の救急患者は年間かなりの数にのぼる。このため,宿直あるいは日直時に入院患者と救急患者の診療が重なった場合には,1人の医師では対応できないことになる。そこで,同院の産婦人科医たちは自主的に宅直制度を始めた。宅直当番の医師は,呼び出しがあればいつでも病院へ駆け付けられるように用意して自宅待機している。

     県は,医師の当直勤務手当として 1回2万円を支給している。宅直については,実際に呼び出しがあって診療を行った場合でも手当の支給はない。

交渉決裂の末の提訴
     同院の産婦人科医たちは5人体制で通常の時間内勤務のほか,宿直と日直,宅直を分担してきた。提訴した2人の医師の場合,2年間の当直および宅直がそれぞれ155日と120日,158日と126日にのぼっている。このため医師たちは,現状の改善を求めて県と交渉を重ね,昨年5月には時間外勤務の未払い賃金支払いなどを求める申入書を県に提出した。こうしたなかで昨年7月に医師1人が増員された。しかし,「当直は時間外労働である」とする医師側の主張は受け入れられなかった。

     提訴した2人の医師の代理人である藤本卓司弁護士は「2万円の当直手当は医師の労働実態を無視したもので,労働基準法に違反している」と指摘する。

     労基法では,例えば守衛や小中学校の用務員など「監視または断続的労働」の従事者については,労働時間や休日に関する労基法の適用外とされている。奈良県は,医師の当直を断続的労働としている。つまり,宿直を例に取れば「寝ている時間がほとんどで,労働時間はあまりない」ことが前提になっている。そのため,時間外割増賃金の支払い義務はなく,手当の支給で十分というわけだ。  実態はどうなのか。同弁護士は「宿直の産婦人科医が仮眠を取れるのはきわめて短時間で,診療に追われることが常態化している。また,休日の日直についても平日の勤務と大差はない。医師の当直は断続的労働ではなく,明らかに時間外労働である。県は規定の割増賃金を支払うべきだ」と主張する。

     宅直に関しても,実際に病院へ駆け付けて医療行為を行う頻度がまれではないこと,また「労働からの解放」が保障されていないため,当然,時間外労働とみなすべきだとしている。同院産婦人科の場合,医師たちが自主的に宅直制度を敷いたことで,宿直・日直勤務が成り立っているともいう。
労働環境改善への思い
     裁判はこれまでに2回開かれ,そのなかで原告側が要求した宿日直時の診療に関する資料(分娩数や救急患者の数など)が県側から提出された。藤本弁護士は「中身を精査して医師たちの労働実態を明らかにし,宿直・日直が時間外労働であることを立証していきたい」としている。

     原告側には,この裁判を通じて「こんな多額な割増賃金が発生する医療現場の労働環境を変えたい」という思いがあるようだ。同弁護士は「“医師聖職論”が医療現場の矛盾を明らかにしないままあいまいなものとし,結果的に現場で働く医師がしわ寄せを被っている。現在の日本の医療は医師の責任感と自己犠牲でなんとか持っているが,果たしていつまで持つのか。勤務医の労働実態を明らかにし,法律をきちんと適用したらたいへんな事態になることをわからせない限り,抜本的対策に向けた動きは起こってこないのではないか」と話している。

印象としてよく書けている記事ですので、素直にここから事実関係をまとめてみます。まず提訴した2人の産婦人科医の当直および宅直日数ですが仮に2人をA、Bとすれば、2年間で、

この病院は一次〜三次までの産科救急を行っており、産科特有の事情で嫌でも24時間救急であり、この記事だけでは年間出産数は不明ですが、どこかで非常に多忙であるとの情報を読んだ事があります。多忙即ち宅直であっても、頻々と呼び出しがかかる状態であると言う事です。宅直まで呼び出しがかかるのですから、当直は文句なしに多忙であると言ってよいと考えます。この辺の具体的な数字を御存知の方は情報ください。

多忙である当直、宅直への報酬ですが、これも記事に明記されています。

    医師の当直勤務手当として 1回2万円を支給している。宅直については,実際に呼び出しがあって診療を行った場合でも手当の支給はない。
医師の宿日直についての詳細な規定は、当ブログでも何度も引用していますが、平成14年3月19日付基発第0319007号「医療機関における 休日及び夜間勤務の適正化について」 に明記されています。皆様よく御存知かとは思いますが一部引用します。まずどんな勤務であるかですが、

  1. 勤務の態様


      常態としてほとんど労働する必要がない勤務のみを認めるものであり、病室の定時巡回、少数の要注意患者の検脈、検温等の特殊な措置を要しない軽度の、又は短時間の業務を行うことを目的とするものに限ること。したがって、原則として、通常の労働の継続は認められないが、救急医療等を行うことが稀にあっても、一般的にみて睡眠が充分とりうるものであれば差し支えないこと。

      なお、救急医療等の通常の労働を行った場合、下記3のとおり、法第37条に基づく割増賃金を支払う必要があること。


  2. 睡眠時間の確保等


      宿直勤務については、相当の睡眠設備を設置しなければならないこと。また、夜間に充分な睡眠時間が確保されなければならないこと。

簡単に言うと宿日直とは寝当直を原則とし、院内の要注意患者の診察を短時間の原則で行なう程度のものであると明記しています。またこの通達はそんな宿日直で通常業務の労働が行なわれた時にどうするかも具体的に書かれています。

3 宿日直勤務中に救急患者の対応等通常の労働が行われる場合の取扱いについて

  1. 宿日直勤務中に通常の労働が突発的に行われる場合


      宿日直勤務中に救急患者への対応等の通常の労働が突発的に行われることがあるものの、夜間に充分な睡眠時間が確保できる場合には、宿日直勤務として対応することが可能ですが、その突発的に行われた労働に対しては、次のような取扱いを行う必要があります。


    1. 労働基準法第37条に定める割増賃金を支払うこと
    2. 法第36条に定める時間外労働・休日労働に関する労使協定の締結・届出が行われていない場合には、法第33条に定める非常災害時の理由による労働時間の延長・休日労働届を所轄労働基準監督署長に届け出ること


  2. 宿日直勤務中に通常の労働が頻繁に行われる場合


      宿日直勤務中に救急患者の対応等が頻繁に行われ、夜間に充分な睡眠時間が確保できないなど常態として昼間と同様の勤務に従事することとなる場合には、たとえ上記1.のa.及びb.の対応を行っていたとしても、上記2の宿日直勤務の許可基準に定められた事項に適合しない労働実態であることから、宿日直勤務で対応することはできません。

      したがって、現在、宿日直勤務の許可を受けている場合には、その許可が取り消されることになりますので、交代制を導入するなど業務執行体制を見直す必要があります。

この通達をごくごく普通の国語力で読めば、訴訟を起した産婦人科医の当直は、

  • 当直でなく通常業務である
  • 病院側が当直であると強弁すれば実態から宿日直許可は取り消される
またこの通達とは外れますが、宅直から呼び出された勤務はこれは誰が見ても時間外勤務であり、これに対して賃金を支払わないのは違法行為であるとしか解釈のしようがありません。宅直待機中が勤務に当たるかどうかは法律的解釈が分かれるそうで、この記事にあるように「自主的」に行ったとするならば「ボランティア」として賃金は発生しないとの解釈も成立するそうですが、そうであっても呼び出されて勤務した時間まで「ボランティア」として賃金発生を認めないのは公序良俗に照らして相当な解釈であると考えます。

訴訟は継続中ですが、この訴訟で産婦人科医の労働実態が「当直相当とみなされる」となり、宅直から呼び出された勤務が「ボランティア相当とみなされる」となれば、はっきり言っておきます。日本の勤務医は誰も当直などしなくなり、一切の宅直業務から手を引きます。とくに宅直業務が正式にボランティアでの無償行為とされるなら、それでも宅直を行なう奇特な医師がどれだけいるか素直に疑問です。

一方でこの訴訟で「この当直は勤務であり当直扱いするのは明らかに違法である」、「宅直も勤務として拘束されており、待機料も含めて賃金を支払へ」となれば、今度は日本中の勤務医があちこちで同様の要求を病院側に行い、病院側が拒絶するようであれば訴訟が続出します。

この訴訟には日本の医療が内蔵している大きな矛盾点を浮き彫りにする爆発力を持っています。日本の医療のとくに時間外診療に対する大きな無理の実態の露呈です。日本の医療費は国際比較で最下位に近いものであるのに、充足度はトップクラスとなっています。そのカラクリの一つが当直の勤務化です。当直の勤務化により莫大な人件費を不正に節減し、さらに勤務化している当直を「寝ているだけの当直」とすることで、残業時間の集計上のごまかし操作が横行しています。

2人の産婦人科医が不払いとして請求している金額が2年間で約9,230万円。真っ当に考えれば当然支払われるものであり、また当直が実態である勤務とされる事による総労働時間が白日の下に晒されることを強く願います。

2人の産婦人科医の要求が適っても地獄、適わなくても地獄の訴訟の行方を非常に注目していますし、当ブログも当然ことながら2人の産婦人科の訴えを強く支持します。