15人のユダ書・産婦人科編

予算委員会柳沢答弁の聖典に用いられた厚生労働省御謹製の「15人のユダ書」(医師の需給に関する検討会報告書)より産婦人科編注釈をお届けします。まずはこの書の成立に関わった15人の名前から、

池田康夫慶應義塾大学医学部長
泉 陽子茨城県保健福祉部医監兼次長
内田健夫社団法人日本医師会常任理事(第13回〜)
江上節子東日本旅客鉄道株式会社顧問
川崎明徳学校法人川崎学園理事長、社団法人日本私立医科大学協会
小山田恵社団法人全国自治体病院協議会長
水田祥代国立大学法人九州大学病院
土屋隆社団法人日本医師会常任理事(第1〜12回)
長谷川敏彦日本医科大学医療管理学教室主任教授
古橋美智子社団法人日本看護協会副会長
本田麻由美読売新聞東京本社編集局社会保障部記者
矢崎義雄 (座長) 独立行政法人国立病院機構理事長
山本修三社団法人日本病院会会長
吉新通康東京北社会保険病院管理者、社団法人地域医療振興協会理事長
吉村博邦北里大学医学部教授、全国医学部長病院長会議顧問

 まずは産婦人科医数の予測数から始まります。

産婦人科については、出生数の減少が続く中、平成16年医師・歯科医師・薬剤師調査では、10,163人と、平成14年調査に比べ、455人減少している。また、この数年は、新たに就職する医師は年間約300名程度と、相対的に低い水準で推移している。「臨床研修に関する調査(中間報告)」においても、進路を決めている者のうち、約5%が産婦人科を志望しており、臨床研修制度開始の前後で、新たに産婦人科を志望する医師の傾向に変化は見られない。分娩に関与する常勤医師数について、日本産科婦人科学会は平成18年6月に、約8,000人であるとの調査結果を発表している。

産婦人科医の減少で問題になっているのは分娩を取り扱う産科医の減少です。婦人科医も減少しているかもしれませんが、現在の焦点は分娩に従事する産科医の減少である事は周知の事ですが、この書では婦人科医も分娩を取り扱わない産科医も含めた産婦人科医全体の減少を「平成14年調査に比べ、455人減少」とまず矮小化しています。さらに「新たに産婦人科を志望する医師の傾向に変化は見られない」として産科医は減少していないの印象を根拠なく濃厚に振りまいています。

日本産婦人科学会の平成18年6月報告も引用されていますが、ここでの約8000名の表現は、

    大学の医員は、実態としては常勤医であるので、常勤医数に含めた。全国の合計は7873名で、約8000名という結果であり、従来考えられていたよりもはるかに少ない人数であることが判明した。
これは予想以上の産科医の減少に「驚いた」の表現でありますが、この書ではどう読んでも「まだ8000人もいるから大丈夫」しか読めない仕組みになっています。さらに7873名の内訳は病院が5362名、有床診療所が2463名ですが、有床診療所の2463名は実数に近いとしても、病院の5362名はあくまでも分娩施設に勤務する産婦人科数の数で、このうち分娩に関与する産科医の数は一説では約半数ともあり、分娩のための実戦力は5000〜6000名ではないかの現場からの指摘もあります。

次に研修医の産婦人科志望動向に触れています。

臨床研修に関する調査(中間報告)」においては、専門として産婦人科を選択することを希望している者のうち、約7割が女性となっており、急速に女性の進出が進んでいる。女性医師全体からみると、小児科についで2番目に志望者の多い専門分野となっている。安定的に産婦人科医療を提供するためには、今後、女性にとって働きやすい環境の整備に特に配慮する必要があると考えられる。

ここでは産婦人科志望する研修医は女性医師が多いので「女性にとって働きやすい環境の整備」が必要としています。これはこれで重要な点ですが、ここでも産科医療の最大の問題点についてノータッチです。産婦人科医になるといっても必ずしも産科医にならないという点です。さらに言えば婦人科医になっても産科医を目指さないものが少なくないと言う事です。産婦人科医になった医師全員が分娩に従事するわけでない現実はきれいに素通りしています。

その次には産科医療の需要についての分析です。

出生数の減少に伴って、出生数当たりの産婦人科医師数は横ばいで推移しているものの、このままの状況が続けば、産婦人科医の減少傾向が続くため、地域によっては、妊婦にとって産科医療の利便性が損なわれることが想定される。また、新たに就職する医師は、特定の病院に集中する傾向が見られており、各施設は産婦人科医として従事することの魅力を向上させる必要がある。

これを読んだだけで脱力した医師は数え切れないぐらいいるかと思います。未だに「地域によっては、妊婦にとって産科医療の利便性が損なわれることが想定される」とし、遠い将来の危険性程度の認識の表現です。これがいかに現状と乖離しているかは言うまでもありません。また産科医の就職動向として「新たに就職する医師は、特定の病院に集中する傾向」があるのを問題視し、その改善は「各施設は産婦人科医として従事することの魅力を向上させる必要」と医療施設に丸投げし、国を始めとする行政に責任は無いと書かれています。

話はお得意の集約化の理論付けに進みます。

一方、以前よりわが国の産婦人科医療体制は、施設当たりの産婦人科医数が諸外国に比較して少ないことが問題点として指摘されてきた。医療においては、利便性より安全性がより重視されるべきであり、緊急事態への対応を図るためにも、相当の産科医師の配置が可能となるよう産科医療を提供する医療機関の集約化・重点化を進める必要がある。その際、集約される側の医療機関の役割分担と共に当該地域の医療提供体制のあり方にも十分配慮する必要がある。

前段で「特定の病院に集中する傾向」をかなり批判的に書いていたかと思うのですが、ここでは打って変わって集約化礼賛です。集約化とは素直に考えて「特定の病院に集中する傾向」になるかと思うのですが、厚生労働省が考える集約化はそうではないようです。その点はおそらく地方僻地の産科医不足問題を考慮してのものでしょうが、最後に意味不明のお役所文章が挿入されています。

    その際、集約される側の医療機関の役割分担と共に当該地域の医療提供体制のあり方にも十分配慮する必要がある。
現状での集約はあまりの産科医不足のために集約化されれば、吸収された分娩施設は消滅します。集約される側の産科機能は妊婦検診機能が残れば御の字か考えます。間違っても集約化病院と集約化された病院の双方に分娩機能が残るわけではありません。さらに集約されて産科空白地域となったところは、単純に通院距離が遠くなって通院も不便となり、急変時の対応も遅れます。そうなるのは集約化の必然なんですが、どう配慮するかの具体策はまったく書いてありません。

さらに話は産婦人科医の減少の抑制策になります。

また、産婦人科医師については、比較的早期に病院を離れる傾向があるため、新規の就業者の確保に加え、退職を抑制するための方策を講じる必要がある。

おそらくこの対策として、安倍総理が力説した100億円の医師「確保」事業に謳われる「臨床研修において医師不足地域や小児科・産婦人科を重点的に支緩」22億円が出てきたように考えます。この事業の解説として

    へき地・離島の診療所における地域保健・医療の研修、小児科・産婦人科医師不足地域の病院における宿日直研修に対する支援の実施等により、地域の医療提供体制の確保を図る。
となっており、おそらく内容は、
  1. 僻地や離島で研修すれば補助金がもらえる
  2. 小児科、産科のローテ中に宿日直をすれば補助金がもらえる
  3. 医師不足地域の病院で宿日直すれば補助金がもらえる
これで抑制できるのなら、こんな事業をしなくとも産科医は逃散しません。

続くのはおそらく第3者による審査機関の話だと考えます。

周産期医療では、可能な限り適切な医療を提供しても、一定の患者が不幸な転帰をたどることがあり、このことについて国民・患者に周知が図られる必要がある。また、患者と産婦人科医の良好な関係を維持するため、中立的な機関により医療事故の原因究明を行う制度などが必要であるとの指摘があった。

審査機関の骨子については3/11のエントリーで触れましたので御参照ください。

最後は助産師のお話です。

なお、助産師が病院で外来における妊婦健診や正常分娩の介助を行う体制をつくることにより、産婦人科医の負担の軽減・業務の効率化と共に、妊産婦のケアの向上が期待される。

一言だけ、正常分娩とは正常分娩に結果として終わったものを正常分娩と呼びます。分娩前から正常分娩と異常分娩が明瞭に区別されると考えているものは医師ではありません。正常に経過していても突然異常に変わるののが分娩です。そんな常識以前の話を踏まえて検討とは思えません。

以上、「15人のユダ書」産婦人科編の注釈でした。