震撼

奈良事件は幾つか医者が震撼した要素があります。

まずシステム的には周産期高次救急への搬送システムが破綻寸前であること。この事件が特異例か、氷山の一角かが問題になりますが、その後の情報により、奈良が周産期医療で手薄な事は有名でしたが、奈良だけではなく首都圏でもいつ同様の事件が発生しても不思議でない素地がわかりました。関西でも和歌山→加古川、三重→神戸なんて母体搬送例があり、整備が進んでいると言われる大阪をスルーして長距離母体搬送が行われる事を関係者は証言しています。

搬送元の病院の責任問題。これが当初焦点を当てられたので、私も情報を集めて分析しましたが、病院側の対応の拙さがあったにしても、これだけ叩かれる事に恐怖を抱きました。もちろん真相はまだ確定していませんが、ネット時代でなければマスコミの一方的な報道で、搬送元の産科医は誰疑う事の無い極悪医者になっていたでしょう。

上の2つだけでも十分震撼したのですが、一番震撼したのは搬送要請を断った19病院に捜査の手が伸びたということです。これまで搬送を引き受けた病院の医療体制が結果的に不十分で、不幸な転帰を取った時、最高裁判例まで出されて糾弾されています。最高裁まで行かずとも和解で病院側が謝罪したケースや、現在係争中のものは幾つかあります。そう言う事がある事を医者は良く知っています。何と言っても司法の決定ですから、何者も抗らう事は出来ません。そのため搬送要請の受け入れには、自らの能力の限界を十分に見極めてどこも行なおうとしています。べつに変な行いではありません。医者だけでもなくどんな業界であってもそうすると思います。

ところが能力不足と判断して搬送要請を断った病院にも「立件を視野に入れた捜査を行なう」と奈良県警は発表しました。この声明は救急に従事する医者を恐怖のどん底に陥れたと言っても良いかと思います。受け入れて十分な治療結果を残せなかったら犯罪、能力が無いと断った時は、能力が無かった事を証明できなかったら犯罪です。能力は空床数だけではありません。その時の担当医の能力、時間外に召集できるマンパワー、他の入院患者や救急患者の重症度で変わってきます。それを客観的に証明する事を要求されるのです。

この奈良県警の捜査方針ですが、これもまた今回だけの特異例、言い換えれば奈良県警の勇み足に近いものなのか、それとも今後の警察の基本的な捜査方針なのかが問題となります。私も含めてこんな事は奈良事件が最初の事例と考えていました。最初であるが故に今後に類似の事件が起こった時に警察がどう対応するかに関心を寄せていると言ってよいかと思います。今後も類似のケースがあったときに搬送を断った病院に捜査が及ぶのなら、中小の救急病院は看板を続々と降ろしていくのは誰でも予想されるからです。奈良事件だけでも十分その影響は出ているからです。

ところが勤務医様から腰を抜かすような情報が寄せられました。搬送を断った病院が捜査されたのは奈良事件が初めてではないと言う情報です。コメント原文は昨日のコメント欄にありますが、有名な川崎こんにゃくゼリー訴訟に関連した情報です。この時は二度目の要請で救急搬送を受け入れた市立川崎病院を含め6っの病院が搬送を断っています。勤務医様のコメントを抜粋します。

実は川崎市立病院にたどりつくまでの 複数の受け入れ不可能とした多数の病院に警察か たしか行政の調査がはいったと聞いています。友人がいくつかの病院で勤務しているのでそう聞きました。

さらにこれに補足する情報として、

この他の6病院急患拒否という中に私の言っている病院も含まれてはいるんですが、警察や行政の調査があったのに あれだけ地域の病院で噂になっていたのに ものの見事にその部分は消されています。
したがってevidenceとしての 川崎こんにゃくゼリー訴訟の裏話は見事にWeb上消失していました。

川崎事件でも捜査が行なわれていたようです。勤務医様の報告を信じるかどうかは、勤務医様が御指摘のようにWeb上のevidenceが消滅しているため完全な裏付けがありません。私は勤務医様がこんな作り話を作って煽るような人間とはとても思えません。個人的には実話と信じています。これがマスコミ報道にならなかった理由は種々に憶測できますが、川崎の時には表沙汰にならなかった事だけはわかります。

そうなると奈良県警は神奈川県警が川崎事件で行なった先例を踏襲した事になります。警察も先例主義ですから、今後は他地域で類似の事件が起これば搬送を断った病院の捜査が行なわれる可能性が高いということです。この捜査の恐怖に耐えられる医療機関もしくは医師がどれぐらい残るのでしょうか。

昨日このコメントを読んで寒気がしました。今朝も気分が悪い思いが続いています。救急崩壊の日はあまりに近い予感がしています。