看護師による内診行為の違法性

触れようか触れまいか相当悩んだのですが、触れないのも不自然ですので触れようと思います。この事件でマスコミが焦点を合わせているのは、産科医、助産師以外の看護婦が産婦の内診行為をした点のようです。この行為の是非を産婦人科医のブログでも取り上げていますし、他の診療科の医者のブログにも取り上げているところが多いようです。個人的にはこの違反について、なんと病院には50人もの捜査員が動員され、同時に24箇所の家宅捜索まで行なわれたのが腑に落ちません。どうにも違反の程度に対して大袈裟すぎるような気がしてなりません。看護婦による内診行為は口実で、狙いは別にあるような気がしてならないのですが、これについては続報を待ちたいところです。

私が気になる点は余りにも情報不足なので、やはり焦点の看護師による内診行為を考えてみたいと思います。今回の看護師が内診をしてはならないの大元の法律は、保健師助産師看護師法の第30条に基づくとされています。

    助産師でない者は、第3条に規定する業をしてはならない。ただし、医師法(昭和23年法律第201号)の規定に基づいて行う場合は、この限りでない。
読んですぐに気になるのは第3条の仕事とは何かですがこれも明記されています。
    この法律において「助産師」とは、厚生労働大臣の免許を受けて、助産又は妊婦、じよく婦若しくは新生児の保健指導を行うことを業とする女子をいう。
どうも読んでも判然としない法律で、これを字義通り解釈すると助産行為だけではなく、妊婦、褥婦、新生児の保健指導も看護師はタッチしてはならない事になります。新生児の定義は生後28日未満の子供を指すので、うちのような小児科でもこの様な子供が受診する時があり、必要に応じて看護師が保健指導をしていますが、これも禁止される行為となります。もっとも診療と保健指導の境界は曖昧でなおかつ重複するものですが、強制捜査にならないように注意しておいた方が良いかもしれません。

今回問題になっているのはこのうち助産行為がどこまでになるかの解釈です。法律では助産行為がどこまでかを明瞭に書いていません。医療側の共通する常識として、実際に子供を取り上げたり、胎盤の処置をするのは間違いない助産行為で、これは看護師のみにさせてはならないだろうと考えています。しかし分娩進行状況を観察する内診は助産行為に当たらないのではないかと考えていました。ところがそれに対し平成14年11月14日、厚生労働省医政局看護課長通知として「助産師の業務について」が出されています。

下記の行為については、保健師助産師看護師法(昭和23年法律第203号)の第3条で規定する助産であり、助産師または医師以外の者が行ってはならないと解するが貴職の意見をお伺いしたい。



  1. 産婦に対して、内診を行うことにより、子宮口の開大、児頭の回旋等を確認すること並びに分娩進行の状況把握及び正常範囲からの逸脱の有無を判断すること
  2. 産婦に対して、会陰保護等の胎児の娩出の介助を行うこと。
  3. 胎児の娩出後に、胎盤等の胎児付属物の娩出を介助すること。


この様な問合せに対し、平成14年11月14日、回答として、
    貴見のとおりと解する

また平成16年9月13日に「厚生労働省医政局看護課長通知」として「産婦に対する看護師業務について」があります。

下記の行為については、保健師助産師看護師法(昭和23年法律第203号)の第5条に規定する診療の補助には該当せず、同法第3条に規定する助産に該当すると解するが貴職の意見をお伺いしたい。 
  


産婦に対して、子宮口の開大、児頭の下降度等の確認及び分娩進行の状況把握を目的として内診を行うこと。但し、その際の正常範囲からの逸脱の有無を判断することは行わない。

回答として平成16年9月13日に、

    貴見のとおりと解する

通達でははっきり看護師による内診行為を禁じていると読み取れます。では堀病院が全面的に悪いかと言えば、それでも微妙です。最近訴訟問題で法律について生齧りした中途半端な知識で考えますが、この通達は法律の解釈を厚生労働省はこう考えたと言うものです。医療行政の監督官庁である厚生労働省がそう考えただけであり、正式の法律して立法府の承認を受けたわけでもなく、法文の解釈を唯一公式に行なえる司法府の判断を受けたわけでもありません。単に厚生労働省がそう解釈すると通達しただけです。

当然の事ながら通達より法律の方が上位に来ます。助産行為の厳密な定義や、看護師業務との明確な線引きは法律には明記されていないのですから、一片の通達がそんなに重いのかが疑問に感じるところです。だから通達を守らなければ良いと言うわけではありませんが、他の全然守るつもりさえ無い通達と較べてどうかと素直に疑問を感じます。

そんな通達があるかって?立派にあります。医者にとっても過酷な業務の一つである宿日直について、平成14年3月19日付け基発第0319007号「医療機関における 休日及び夜間勤務の適正化について」でその適用を明確に通達しています。

  1. 宿日直勤務の趣旨


    宿日直勤務とは、仕事の終了から翌日の仕事の開始までの時間や休日について、原則として通常の労働は行わず、労働者を事業場で待機させ、電話の対応、火災等の予防のための巡視、非常事態発生時の連絡等に当たらせるものです。したがって、所定時間外や休日の勤務であっても、本来の業務の延長と考えられるような業務を処理することは、宿日直勤務と呼んでいても労働基準法(以下「法」という)上の宿日直勤務として取り扱うことはできません。


  2. 宿日直勤務の許可基準として定められている事項の概要


    上記1.のような宿日直勤務の趣旨に沿って、労働基準法上宿日直勤務の許可を行うに当たって、許可基準を定めていますが、医療機関に係る許可基準として定められている事項の概要は次の通りです。
    1. 勤務の態様


      常態としてほとんど労働する必要がない勤務のみを認めるものであり、病室の定時巡回、少数の要注意患者の検脈、検温等の特殊な措置を要しない軽度の、又は短時間の業務を行うことを目的とするものに限ること。したがって、原則として、通常の労働の継続は認められないが、救急医療等を行うことが稀にあっても、一般的にみて睡眠が充分とりうるものであれば差し支えないこと。 なお、救急医療等の通常の労働を行った場合、下記3.のとおり、法第37条に基づく割増賃金を支払う必要があること。


    2. 睡眠時間の確保等


      宿直勤務については、相当の睡眠設備を設置しなければならないこと。また、夜間に充分な睡眠時間が確保されなければならないこと。


    3. 宿日直の回数


      宿直勤務は、週1回、日直勤務は月1回を限度とすること。


    4. 宿日直勤務手当

      • 宿日直勤務手当は、職種毎に、宿日直勤務に就く労働者の賃金の1人1日平均額の3分の1を下らないこと。


      • 宿日直勤務中に通常の労働が頻繁に行われる場合労働実態が労働法に抵触することから、宿日直勤務で対応することはできません。 宿日直勤務の許可を取り消されることになりますので、交代制を導入するなど業務執行体制を見直す必要があります。

4年も前にかなり明快に通達してありますが、これについてはこの通達に従わせようと厚生労働省が努力した形跡は皆無です。またこの通達の基になっている労働基準法でも、この通達事項を遵守しなければならないことは法律を知っている人間なら一目瞭然でしょうし、現在の医師の宿日直業務の実態がいかに違法なものかは、体験レポートを応募すればうちの様な貧弱なブログでも「いくらでも」寄せてくれるかと思います。別に私の体験談でも一杯書けます。

つまり通達の基になっている法令にも明らかに違法状態になっている通達は放置され、元の法律の解釈ではどちらとも解釈が難しいものには警察の強制捜査が入る奇妙さに矛盾を感じずにおれません。国家権力なんてそんなものかと言われればそんなものですけどね。