怖いよ、怖いよ

 7連勝が途絶えて反動を覚悟していたら、信じられない事にまた7連勝。5月の成績はここまで驚異の、

    17勝4敗
 DeNAとは6ゲーム、昨日勝った巨人とは8ゲーム差です。そりゃ、これだけ勝てばゲーム差が開くのはわかりますが、どうなってるんだ状態です。阪神だってあれこれ目論見違いは出ています。伊藤将の出遅れ、青柳、西純の不調、湯浅・石井の離脱とかです。西勇だって好調とは言い難いのですが、穴になるはずが次々に新戦力が台頭して埋め尽くしています。

 打線だって佐藤輝の4月の不調はエグかった。岡田監督がいつ見切るのだろうかと思ってたぐらいですが、いつのまにか復活しています。さらに新外国人のノイジーは攻撃だけでなく守備でも存在感を現わしています。

 だからこその成績とは言えますが、本当の阪神ファンなら恐怖に震えていると思っています。この辺は2021年の矢野阪神、2010年の真弓阪神、2008年の岡田阪神を思い浮かべる人も多いでしょうが、オールドファンになると1992年、さらにわたしクラスのオールドファンになると1973年まで脳裏に過ります。

 とにかくセリーグを最後に制したのは2005年で、あの時はロッテに4-33でフルボッコにされています。その前が2003年の星野阪神で、その前になると唯一日本シリーズに勝った1985年の吉田阪神になってしまいます。さすがに1964年や1962年になると記憶の欠片もありません。

 2005年からだって18年、2014年に唯一度CSを勝ち抜きシリーズに出場した2014年の和田阪神からでも9年です。つまりって程ではありませんが、

    このまま首位を突っ走るなんてあり得ない
 どこかで泥沼にはまり込み、首位から転落するはずだと。その泥沼がいつ訪れるかかハラハラしながら試合を追いかけています。阪神ファンは阪神を愛する事で誰にも負ける気はありませんが、一方で世界で一番阪神を信用していません。


 それでも今シーズンは異様です。4月にDeNAが首位に立った時には盤石の評価さえありました。あの時点ではWBC組の今永も不在で、バウアーもまだ準備中でした。これが加わってくれば、さらに加速するのではないかとさえ見られていました。ですが結果は御存じの通り。

 連覇中のヤクルトも打線は不調でしたが、投手陣が好調で、ここに打線が復活すれば爆発的に勝ち進む可能性を感じさせました。ところが現実は4月を支えた投手陣が息切れして下位に沈んでいます。

 巨人は完全に新旧交代期に入っている感じがします。そうなった時の巨人の常套手段はFAによる大型補強です。ところがこれがうまく機能していません。それと巨人の監督は他球団より優勝の十字架は重いと見ています。

 原監督は実績も経験も球界随一ではありますが、巨人監督の十字架として目先の勝利を追い過ぎている印象があります。あくまでも個人的な感想ですが、去年で潮時だった気もしています。続投になった理由はあれこれあるのでしょうが、後継者とされる阿部氏に禅譲できない理由でもあったのでしょうか。

 どうもなんですが、今シーズンの大きな影響としてWBCショックと言うか、WBC疲れはあるような気がしています。昨年の三冠王の村上の不調だとか、WBC組の投手の不調です。阪神だって湯浅の故障の原因の一つぐらいに見ています。それでも比較的影響が少なかったのが阪神だったぐらいの見方です。

 ですがまだシーズンは百試合近く残っています。百試合ですよ。セリーグ球団にとって鬼門の交流戦もありますし、夏には恒例の死のロードもあります。このままで絶対に突っ走らないのが阪神です。勝ち星を重ねれば重ねるほど、その後に訪れる泥沼にひたすら恐怖しています。

ツーリング日和14 あとがき

 さすがにこのシリーズも完全に煮詰まりました。プロローグでも触れましたが、ツーリング先が枯渇しています。これも書きながらやっとわかった気もしますが、モトブロガーが行き詰るパターンと同じです。

 モトブロガーも色んなパターンがありますが、良くあるのは自分のお気に入りのツーリングコースの紹介です。そうしたい気持ちはよくわかるのですが、たとえば二週間に一本ずつ動画を挙げたら一年間で二十五か所必要になります。

 そんなに紹介できるツーリングコースを持っている人は多くないわけで、いつかは行き詰まりが来ます。ですからツーリングコースに頼らない変化球が必要になります。変化球もバイクに関連すると言う制約があるわけで、それを投げ続けるためにはひたすら知恵を絞るしかありません。

 かつてブログを書いていましたが(ちなみに今も書いてはいますが)、あれも毎日書いたりすると三か月もすればネタ切れになると言われています。実際のところそうで、継続するのがどれだけ大変だったかです。

 ですから今回は思いっきり変化球です。そうなったのは選んだツーリングコースがどう書いてもイマイチ。わくわくしながらのツーリングにできなかったのです。そこで良く言えばツーリングと歴史ムックのコラボ。悪く言えば私の歴史趣味の爆発です。

 相手役も実は三人ぐらい変えてまして、これまた上手く話が組み立てられずに、またまたユリを引っ張り出して使っています。使いやすいのですもの。次回作が書けるかどうかは今度こそ自信がありませんが、出来たら続けたいものです。

ツーリング日和14(第37話)エピローグ

 コトリ、今回のツーリングだけど、

「不満は受け付けん」

 不満って程じゃないけど、ちょっと偏りがあった気がしてさ、

「鯖寿司美味かったやんか」

 そりゃそうだけど、

「ソースカツ丼も良かったやろ」

 ああいうのも旅の楽しみだけど、

「鹿蕎麦とか鹿カレーはなかなか食べられへんで」

 たしかに。でもさぁ、でもさぁ、

「大原の温泉もなかなか入る機会無いで」

 京都市内の温泉が珍しいし、神戸からなら京都市内に泊るってことがまずないものね。

「寂光院も火事になってから行ってへんやろ」

 焼失したのは惜しんでも惜しみきれないけど、立派に再建されてたのは嬉しかった。でもだよ、たったあれだけの距離に時間かけ過ぎじゃない。

「そない言うけど、駆け抜けてもたらオモロないで」

 おかげで熊川宿はゆっくり見れたし、朽木も行って良かったと思ったよ。

「ユリがタンデムやから無理さしたらアカン」

 それもわかるんだよ。亜美さんに丁寧に解説してあげたのも。

「コースかって敦賀からは初めての道が多かったやろ」

 近畿にまだこんなコースがあったのかと思ったもの。鯖街道も絶景ロードじゃなかったけど、あれはあれで気持ちが良い道だから人気があるのもわかったもの。

「それやったら文句あらへんやろ」

 そうなるのだけど、このお話ってツーリングの楽しさがメインじゃない。あんなに途中停車が多くて、それも長いとリズム感は悪いと思わない。これじゃ、歴史ムックじゃない。

「今回はそういうツーリングにするって宣言してるやろ」

 そりゃ、そうだけど、宣言したから問題無しって態度は良くないよ、

「歴史ムックやけど、あれでもだいぶ端折ってるねん」

 たとえば、

「微妙過ぎるとこやねんけど・・・」

 こりゃ細かいところだ。手筒山城が一日で落ちて、翌日には金ヶ崎城が開城引き渡しになってるのだけど、どうやら同時に疋壇城も開城になったみたい、信長公記には、

『引壇之城是又明退候』

 これは開城したというより、手筒山城に続いて金ヶ崎城も信長の手に渡ったから、孤立無援になる前に逃げちゃったのだろうね。金ヶ崎城の朝倉中務大輔の指示もあったかもしれないけど、

「そうなるとやな、金ヶ崎と疋壇の城兵は無事に退却したことになるやんか」

 そこか! 金ヶ崎開城は四月二十六日だからその日は朝倉の城兵たちは木の芽峠を通り抜けたことになるはず。開城と言っても、その前の交渉があるし、あくまでも仮にだけど、金ヶ崎と疋壇がセットみたいに開城したら朝倉軍が木の芽峠に消えるまで停戦状態になるはず。

 そうなると四月二十六日の信長軍は金ヶ崎に入城して終わりだった可能性もあるのか。こうやって書くとノンビリしてるようだけど、二日で三つの城を落として敦賀を掌握したのだから大戦果だし、それに満足したって悪いとは思えない。信長だってこんなにスムーズに進むのは予定以上だったはず。

 となると信長軍が木の芽峠に取り掛かるのは四月二十七日からになるはず。でもそうなると信長公記の、

『木の芽峠打越国中可為御乱入所』

 ここの解釈が微妙になって来るのか。これはそういう状態になったと見るより、そういう予定で木の芽峠に兵を進めたとした方が良さそうだ。というのも朝倉軍だって二十五日の信長の敦賀侵攻に反応して木の芽峠方面に軍勢を送り込み始めてるはずだものね。

 とくに四月二十六日は開城に伴う停戦状態だから一日まるまる使えるし、金ヶ崎や疋壇の城兵も活用できそうじゃない。というか、開城で撤退したからと言って義理堅く一乗谷まで帰る必要もないから、木の芽峠の要所に陣を敷いていたと見る方が良い気がする。

「そうやねん。四月二十七日にどこまで登っとったんやろうと思うて」

 ここで気になるのは信長の浅井への読みがどうだったかが絡んでくるのよね。浅井は絶対に裏切らないとしていたのか、もし裏切るならそろそろと考えていたのかだよ。

「信長は相当気にしてた気はするねん。そやから次々って感じで注進が来たんちゃうやろか」

 そうなると、常に撤退の腹積もりを置きながらの作戦行動をしてた事になり、言葉とは裏腹に木の芽峠の奥深くまで軍勢を進めてなかった可能性も出て来る訳か。

「これに連動するのやが、浅井が離反するタイミングがなんであそこやってんもあるねん。考えてもみいや。信長軍の主力が木の芽峠を越えたタイミングやったら、それこそ血の雨が降りまくるで」

 でもそこなら説明出来そうな気がする。まず信長の敦賀侵攻が浅井にしてもデッドラインでトリガーとなったのだろうけど、たった二日で金ヶ崎城まで落城するのは予想外だったと思うよ。

 浅井の戦略としては手筒山城や金ヶ崎城を攻める信長軍の背後に攻め込むぐらいじゃない。そうこうしているうちに朝倉軍も木の芽峠を越えて来るから、そこで決戦を挑まれたら敦賀の姉川状態だし、信長が逃げたらそれこその追撃状態になるじゃない。そうなったら椿峠も守り切れるかわからないもの。

「するとやな、金ヶ崎の退き口のホンマのイフは手筒山城とか金ヶ崎城がどれだけ頑張るかで変わっとったんかもしれん」

 そうなるかも。一週間ぐらいでも持ちこたえてたら歴史が変っていたかもしれない。状況によっては信長だけでなく、家康も秀吉も一網打尽だった可能性まであるものね。

「それでも生き残ってまうのが英雄やねんけどな」

 それは言えてる。もう少し言えば、そういう可能性があっても勝ってしまうのも英雄とも言える。そんなのたくさん見てるもの。よく悲劇の英雄とか、悲運の名将なんて表現があるけど、悲劇や悲運に見舞われるのは英雄でも名将でもないとないと思ってる。

 とくに英雄というのはラッキーが団体さんで押し寄せるってこと。だからこそ時代を創れるの。あれは歴史の女神が微笑んでいるとしか言いようがない。

「それが歴史や」

 逆にどんなに才知に優れ、人望があろうとも幸運に恵まれないものは歴史の荒波に消えてしまうってこと。

「光秀のことか」

 三成もね。天下を争えるほどの人材であれば、ちゃんと天下を運用できるのよ。個人的には三成の天下を見たかったかな。

「あの辺は秀吉の衰えやろ。秀頼が生まれたんが遅かったんは同情するけど、ボンクラまで言わんでも、そこそこの息子やったら受け継げる形にしてへんのが悪い」

 秀吉の衰えは、次は家康の機運が醸し出されていたと歴史小説家は書くけど、あれだってどこまでかは適当のはず。だってだよ、関が原で西軍に加勢した大名がどれだけいると思ってるのよ。

「コトリもそう思う。家康って言うほど人気があらへんかった気がするねん。もっともやが、家康に取って代われる人材がおったかと言われると思いもつかん。三成じゃ、荷が重すぎるわ」

 あれも英雄が為すナチュラルコースよね。

「ああ、大坂の陣を戦うまで寿命があったんもな」

 秀吉並みの寿命だったら、大坂の陣の指揮を執るのは秀忠になるけど、秀忠に家康みたいなカリスマ性はないから大坂城は落とせなかったかもしれない。

「というか、秀忠の才能はそっちやあらへんから、なんやかんやと丸め込んで、最後は三万石ぐらいの小大名で生き残らせていたかもな」

 コトリはそういう中途半端なのは嫌いでしょ。

「まあな。散るのも歴史の華やからな」

ツーリング日和14(第36話)浅井問題

「あの時の続きか」

 とりあえず朝倉義景は愚かすぎるよね。

「英雄ではあらへんけど」
「愚かすぎるは言い過ぎよ」

 だって義昭が金ヶ崎に来た時に担いで上洛していたら朝倉幕府になってたかもしれないじゃない。

「あの判断は悪くないと思う」
「常識的にはそうするね」

 朝倉は越前の王者だけど、北隣の加賀に強敵がいて、朝倉家の戦略的関心は加賀に向けられていたそう。加賀って言えば百万石だけど、

「それは前田家やけど、あの頃は天下最強の南無阿弥陀仏軍団が元気いっぱいやってんよ」

 そっか加賀と言えば一向一揆だった。朝倉家は加賀の南無阿弥陀仏軍団に苦戦していたみたいで、

「それを一掃せんと南に力を向ける余力なんかあらへんかってん」

 ここも厳しく言えば一掃できない義景の能力不足って話にもなるけど、一向一揆相手となると信長だって長島と石山本願寺で大苦戦してるし、

「家康かって三河一向一揆でひどい目に遭うてるし、謙信かって苦手にしとったぐらいやからな」

 義景が加賀戦線に専念したこと自体はおかしくないのか。

「これはやってみんとわからんになってまうけど、義昭担いで上洛戦やっても、あの義昭相手やぞ。信長でも振り回されたのに義景の器量やったらなおさらやろ」

 信長も上洛後は三好氏の反撃があったりして苦労したけど、そうなると京都に常駐軍も置かないといけないし、加賀の南無阿弥陀仏軍団も大人しくしてくれる保証もないものね。

「それをなんとか出来る器量は無いと見切ったのも一つの判断や」

 上洛すれば一件落着にならないのか。じゃあ、浅井と朝倉の関係は、

「理想的な唇歯輔車やな」

 朝倉は加賀に注力したい、浅井は南近江に進みたいと見るのか。お互いの背後の安全保障みたいな関係だものね。

「信長がおらんかったら、浅井は南近江の六角を滅ぼして近江統一をしとってもおかしない」

 言われてみればそうだ。朝倉だって加賀の南無阿弥陀仏軍団との関係がなんとかなれば、

「ならんやろ」
「そんな気がする」

 南無阿弥陀仏軍団ってどんだけなんだよ。そんな状況で起こったのが一五六八年の信長の上洛戦。これで状況が一変したんだよね。

「ああそうや。これで浅井がどうなったかを見るべきやな」
「信長の上洛を成功させてしまった時から浅井の運命は決まっていたのかもしれない」

 どういうこと。

「浅井から見てみい」

 北は長年の友好国の朝倉で、東の飛騨に進むのは無理がテンコモリ。西は若狭への道こそあるけど、

「そういうこっちゃ。何より南にドデカイ軍事国家が居座ってもた」

 どこにも伸びる余地がなくなった状態なのか。

「ほんじゃ、信長から見た浅井はどうやってことになる」

 そりゃ、お市の方を嫁がせて、友好国として手を携えて行こうだろ。

「違う、用済みや」

 えっ、

「見たらわかるやんか。信長の生命線は岐阜と京都を結ぶ南近江回廊や。ここへの最大の脅威は北近江の浅井や」
「浅井を滅ぼせば敦賀から一乗谷への道も開いて、北陸道が視野に入るじゃない」

 浅井朝倉が滅亡後に勝家がやった路線だ。

「でも情だろうね」
「まともにやったら時間と手間がかかり過ぎるの判断もあったんかもしれん」

 まともにやった結果も歴史に残っていて三年だものね。でもどうやって、

「信長に聞いてくれ」
「北近江に居座られたままで織徳同盟も難しいものね」

 織徳同盟が成立したのは、家康の担当が東と言うより、東の今川で手いっぱい状態だったからで良いと思う。家康にしても背後の尾張から攻め込まれないメリットが大きいから、あれだけ同盟が機能したはずなんだ。

「浅井の場合は信長との同盟やのうて、朝倉との同盟の時に成立する関係や」

 えっ、じゃあ、まさかだけど、敦賀に攻め込んだのは浅井になんらかの踏み絵を踏ませる狙いもあったとか。

「そうでも考えんと理屈に合わへんのよ。あないな曲芸みたいな戦略で敦賀に攻めこんだんが」
「補給線長すぎだよ。戦略的には北近江を制してから敦賀だよ」

 京都も信長の拠点ではあるけど、根拠地はあくまでも岐阜だ。岐阜から南近江に出て、素直に北上する方が攻めるにしてもなにかと都合が良いはずだもの。それよりなによりこの時の浅井の態度。あれって中立なのか。

「そこも理屈に合わんとこやねん。あの時の作戦の要は信長軍が浅井領を通るこっちゃ。具体的には高島郡や。そこまで協力しとるのに中立やんか。つまりはいつどこに転ぶかわからん状態や」

 結果としても離反されて敦賀からの撤退をやむなくされている。

「そんな危なっかしい状態やったらコトリは行かん。リスクの塊でしかあらへん」
「だから、そこに信長の計算違いがあったはずよ」

 なにを信長は期待して、

「あの作戦を本気でやるんなら浅井の協力が絶対の前提条件や。信長は若狭からでもかまへんけど、同時に浅井が刀根越で敦賀に攻め込むんよ」

 そうなっていたら朝倉でもあの時に押し潰されていたかも。まさか、まさか、まさか、信長が期待していた計算って、

「それはあると思うてる。力づくで状況を作り上げて強引にでも引っ張り込むや」
「信長の京都滞在は長いけど、この期間って浅井との秘密交渉をやってたかしれない」
「それに加えて交渉が進展せんから敦賀攻めの賽を振るかどうかも悩んどったかもな」

 それでも浅井は高島郡の通過を許してるけど、

「あれも政治の駆け引きの産物やろ」

 そっかそっか、若狭問題は将軍案件になっている側面もあったんだ。将軍の命令としては若狭の秩序回復で、これへの協力拒否は、これはこれでややこしい問題が生じるぐらいかも。

「浅井もどっか煮え切らんとこがあったと思うねん。将軍の命令を拒否したら信長との敵対まで覚悟せんとならん。浅井でも信長と単独で戦うには荷が重すぎるやんか」

 そうなると朝倉頼みになるけど、朝倉は朝倉で南で事を構えたくないぐらいか。

「そやから交渉上はあくまでも若狭限定みたいな作戦で信長も朝倉に説明しとったはずやねん」

 これも前に解説があったけど、これで結果的に朝倉の準備不足を招いて、手筒山城と金ヶ崎城をあっさり手渡してしまう結果になってるものね。

「こんなもん推測以外の何物でもあらへんけど、浅井のギリギリの妥協として若狭限定なら協力するぐらいやった気がする」
「だから信長が敦賀に攻め込んだのが離反へのトリガーになったと思う」

 信長が期待したのは、

「越前全部とは言わんでも敦賀を信長が抑えたら浅井は孤立無援になるんよ」

 そうだった。この頃の越前へのルートは必ず敦賀経由だった、この状況を回避するために離反となったのだけど、

「信長に全面協力になったら、北の織徳同盟状態に出来るやんか。浅井は朝倉、さらに加賀の南無阿弥陀仏軍団の最前線に立たされるからな」

 浅井の戦力が北に集中すれば北近江の脅威は軽減して南近江回廊の安全性が高まるってことか。

「そうしておいて信長は西に進むぐらいやろ」

 こんなもの高校生の亜美さんに解説するのは無理があり過ぎるよ。でもだよ、それ以前に無理があり過ぎる。

「そやから情しか考えられへん。それぐらい最後の最後で浅井長政は信長に尻尾を振るはずだの確信があったぐらいにしか言えんわ」

 そうなると信長の金ヶ崎での言葉が味わい深く感じてしまう。信長公記には、

『是非の及ばずの由』

 これも本当はどう言ったかなんかはわからないけど、ユリ的には、

『やっぱりアカンかったか』

 こう聞こえる気がする。それだったらもしかして、

「ああ、あると思うで。信長かって、それなりのリスクマネージメントとして浅井の離反を計算に入れとったはずやから、あれだけスムーズに撤退できてんやろ」

 歴史はロマンだね。

ツーリング日和14(第35話)三十階の夜

 コウもシドニーから帰ってきて、

「ユッキーさんから呼ばれてるんだけど・・・」

 ああ、あの話の続きだ。どこかのレストランかと思ったら、

「三十階に来てくれって」

 三十階って、まさかクレイエールビルの三十階じゃないでしょうね。

「そこだよ。ユリは初めてだったね」

 初めてもクソも、あんなところに入るのは皇居の松の間に入るより大変なところじゃない。

「松の間はボクも入った事がないな」

 コウならないか。ユリはあれこれあって、なにかあれば松の間とか竹の間だったものね。さて行くとなればTPOだけど、やっぱりロープ・デ・コルテで完全武装が必要なの?

「見苦しくない程度の普段着で良いよ。あそこは私宅だからね」

 そうは言うけど困ったな。約束の日が来てコウと一緒にクレイエールビルに。ここも中に入るのは初めて。かなり古いビルだそうだけど、何度も大改修がされてるらしくて、古さは感じないかな。受付に行くと、あれは霜鳥常務じゃない。

「ようこそ侯爵殿下。社長も副社長もお待ちです。コウも久しぶりだけど、入り方を覚えてるよね」

 侯爵殿下は頼むからやめてくれ。それはともかく、コウとエレギオンの女神は親しいのよね。これだけ親しいのにコウでさえ三十階の正メンバーじゃないらしい。正メンバーって誰だと思うもの。エレベーターに乗り汲むとコウがなにやら操作してた。そしたらどこにも止まらず三十階に。

 ここがエレギオンHDの心臓部、魔女の館とまで呼ばれるところ。三十階の様子はコウでさえ詳しくは話してくれないぐらい。まさに現代のミステリーゾーンだ。ドキドキしながら扉が開くと、

『コ~ン』

 これって鹿威しなのか。そしてエレベーターのドアの前には朱塗りの木橋がある。

「変わってないな。昔のままだ」

 橋の向こうに見えているのは、

「梅見門と光悦垣だよ。この辺はユッキーさんの趣味だ」

 門を潜るとふかふかの苔に飛び石があって、立派な格子戸の玄関がある。まずは御挨拶だけどドアホンが見当たらない。

「ここは勝手に入って良いんだよ」

 ホントに良いのかな。中は洋風みたいだけど、コウは手慣れた様子で靴を脱いで入り込むじゃない。廊下の突き当りのドアを開くと・・・うわぁ、豪華なシャンデリアにグランドピアノまで置いてある。ここは応接室なの?

「リビングだよ。ほらキッチンも付いてるだろ」

 オープンキッチンと言うより、あれだけ広ければ厨房じゃない。中に人がいるけど、

「ユリ、いらっしゃい。よう来たな」
「コウも久しぶり、適当にビールでも飲んでて」

 缶ビールでも出て来るのかと思ったけど、ビールサーバーが五本もあるじゃない。ここが三十階なの。

「ここも変わってないな。昔のままだ」

 この部屋のあのピアノでコウはユッキーさんからピアノのレッスンを受けたのよね。

「そうだ。でもあれはレッスンなんて生易しいものじゃなかった」

 コウだってそれまでにピアノのレッスンをして来ていたはずだけど、

「粗すぎて話にならないって言われてさ」

 コウのピアノのテクニックは世界でも指折りとされてるけど、

「ユリならわかると思うけど、ピアノを弾く時には誤魔化しがあるだろう」

 誤魔化すというか、曲の難度が上がるとどんな名人、達人でもミスタッチは避けられないのよね。それをカバーするのもテクニックになるけど、

「ユッキーさんはそれが嫌いでね」

 嫌いと言ってもネコふんじゃったを弾いてるのじゃないでしょ、

「ラ・カンパネラは泣くほどレッスンされたよ」

 あの超が付く難曲をミスタッチ無しで弾けるまで練習させられたって! そんなものは不可能でしょうが。

「ユッキーさんは出来た。出来ると言うより、それが当然みたいに弾いてたよ」

 どんな超絶レベルの話なんだ。だからこそコウのラ・カンパネラの評価があそこまで高いのか。そんな話をしていると、

「コウ、もうちょっと時間がかかるからBGM頼むわ」

 コウが弾き始めてしばらくしてから、

「お待たせ」
「ちょっと手間がかかってもた」

 テーブルにずらりと並ぶ料理のヤマ、ヤマ、ヤマ。

「ここのルールは遠慮せんこっちゃ」
「足りなければいくらでも作るからね」

 道理でツーリング中も良く食べるわけだ。コウがここでレッスンを受けていた時代の話を聞いてみたんだけど、

「とにかく雑で粗っぽくてヘタクソだったのよ」
「才能はあったけどな」

 ミスタッチの話は、

「あんなものミスする方がおかしいでしょう」
「そういうけど、練習させ過ぎて鍵盤が血に染まってもたやないか」
「あれはヘタクソだからマメを潰すのよ」

 どれだけ練習させたんだ。

「十時間ぐらいよ」
「なに言うてるねん。十六時間ぐらいやらせた時もあったやないか」

 こいつら殺す気か。コウも良く逃げ出さなかったものだ。

「そんなものさせるものですか」
「あん時は糸掛けとったんちゃうか」

 糸ってなんだ。それはともかく、逃げようとするコウを押さえつけてでも練習させたみたいだ。コウもピアノから戻ってきて、

「あの橋のところまで逃げたのだけど、そこで身動きが取れなくされて、そのまま一日放置されたりもあったよ。それだけじゃく、ユッキーさんの空恐ろしい睨みをどれだけ浴びせられたか」

 なんかよくわからないけど、スパルタなんてレベルじゃなさそうだ。でもホントにユッキーさんって上手なの。当時は上だったかもしれないけど、今は世界のコウだよ。

「いや今でもユッキーさんの方が上だよ」
「ユッキーのは神の業みたいなもんやからな」

 それだけ弾ければ、

「コトリの歴史趣味と同じ。楽しむだけのものだよ」

 コウが言うには、それこそ何をやらせても達者なんてレベルじゃないみたいで、

「料理だってプロも裸足で逃げ出すぐらいだし、遊びだって達者なんてものじゃない。ダンスを踊らせても、歌をうたわせても、そうそう羽子板とか、カルタだって」

 お正月にカルタ対決、羽子板対決をするのが恒例みたいだけど、

「あれは羽子板じゃないよ。バトミントンの世界選手権みたいだし、カルタなんて札が壁に突き刺さるのだから」

 なんだよこいつら。ところで他の三十階メンバーって、

「シオリちゃんのとこや」

 シオリちゃんって誰なの。

「麻吹つばさや。あそこのアカネさんとか、マドカさんとかや」

 麻吹つばさってあの光の魔術師の麻吹つばさなの。だったらアカネさんて渋茶のアカネの泉茜で、マドカさんって白鳥の貴婦人の新田まどかなの。

「みんなシオリちゃんの弟子や。もっともアカネさんは来るのを嫌がるけどな」
「マルチーズで揶揄いすぎたかなぁ」

 泉茜って犬は苦手なのか。

「最近やったらミサトさんも入ったな」

 ミサトって、実在する妖精の尾崎美里だって。フォトグラファーとしての超一流だけど、大ヒットした幻の写真小町の主演女優じゃない。ユリも見たけど、妖精って言葉がピッタリの美少女だったもの。

 美人と言うだけなら、麻吹つばさも、泉茜も、新田まどかもモデルじゃなくてカメラマンをやっている方が不思議なぐらいに綺麗なんだよ。それを言えばコトリさんだって、ユッキーさんだってそう。ここはなんてとこなのよ。

「ユリもコウの婚約者だから招待しておかなといけないと思って」
「新年会は家族連れでみんな来るから賑やかで楽しいで」

 夢前専務も霜鳥常務も当然メンバーなのか。そりゃ、女から見ても腰を抜かしそうな程の美人だもの。ユリなんかがこんなところに、

「侯爵殿下がなにを仰られます」
「恐悦至極に存じ奉ります」

 それはやめてくれ。ユリの生まれ持った災難なんだから。