ツーリング日和8(第17話)雑談

 部屋に戻ったら結衣が爆睡。コトリらに付き合って飲んだらそうなるわ。

「どうもちゃうな」
「心配しすぎたかな」

 あんにゃろの手先かと疑うとってんけど、ちゃうわ。

「でも何者だろうね」
「堅気の商売とは言い切れんな」

 タダのOLが小豆島のライハのダーツ勝負であそこまでの度胸を据えられへんもんな。問題は聞くほどのことかや。

「言いたくないのなら良いんじゃない」

 人も、いや神かって色んなもん背負うて生きてるからな。コトリやユッキーが初対面の相手にかなり注意を払うのもそうや。舌先三寸で騙そうとしたのは数えきれんぐらいおったからな。

「ガチの詐欺師もテンコモリ」

 痛い目にも遭ってるのは白状しとく。そやけど結衣はその手の類やないぐらいはわかった。それやったっら、結衣が今の顔でコトリと付き合いたいんやったら、それでかまへんねん。

「でも、あの体は・・・」

 エエ体しとった。スタイルもエエんやけど、それよりあの筋肉や。ムキムキやないで、あれは鍛え上げられた鋼のように引き締まったもんや。褒め言葉になってへんかもしれんが女戦士みたいやった。

「武術でもやってるのかな」

 そっち系にコトリにも見える。それも柔道やないな。柔道もやってるかもしれんが、柔道オンリーやったらああはならんやろ。ダーツ勝負の時の余裕も最後は叩きのめせるの自信やったからかもしれん。そやけど武術だけであそこまでは無理があるかもな。

「元自衛隊とか」

 自衛官にはなるには二つのコースがある。

 ・士官コース・・・防衛大学校
 ・兵卒コース・・・自衛官候補生、一般曹候補生

 自衛官候補生と一般曹候補生の違いは、自衛隊を腰掛けにしたいのが自衛官候補生で、自衛隊に本気で就職しようと思うのが一般曹候補生ぐらいかな。他にも違いはあれこれあるけど、長くなるから置いとく。

「今は自衛官じゃ無さそうだから、もしそうだったとしたら自衛官候補生だろうね」

 陸上自衛隊をモデルにしとくが、自衛官候補生になれば三か月の基礎教育を経て二等陸士に任命される。そこから順調に昇進したら九か月後に一等陸士になり、さらに一年後に陸士長になるのも可能やそうや。

「基礎教育も含めて二年が任期なのよね」

 応募資格は十ハ歳以上、三十三歳までになっとるけど、これもおおよそ高卒の十八歳を想定しとるかな。一任期は専門学校の二年間ぐらいの位置づけかもしれん。様々な資格を取れるのが魅力ともされとる。もちろん任期は希望で継続できる。

「二期ぐらいが多いそうね」

 十八歳から入隊して二十二歳ぐらいになるな。日本で一番体を鍛え上げられるところかもしれんな。

「ひょっとしてレンジャーまで取ってるとか」

 それやったら化物やで。レンジャー受験資格を取るまでも大変やし、レンジャーになるための試験かって過酷なんてもんやない。体力も化物級が必要やし、メンタルも怪物級が求められる。つうか女性レンジャーなんかおったかな。

「レンジャーじゃなくても空挺はあるよ」

 どこの国の軍隊でも空挺部隊は最精鋭部隊や。自衛隊でも空挺言うだけで何目も置かれるぐらいや。レンジャーでも空挺レンジャーともなればレンジャーの中でもさらに別格扱いやもんな。

 そやけど結衣の自信がそこから来てるんやったら、あの度胸は説明可能や。あんな学生なんてゴミ虫ぐらいにしか見えんやろうからな。結衣にしたら完全な座興にしか過ぎんやろ。

「まさか外人部隊まで入ってたとか」

 それはないやろ。あそこの最低任期は五年や。それよりなにより女性兵士は募集しとらん。外人部隊にも女性士官がおるが、あれはフランス陸軍からの派遣や。

「女性兵士は体力面以外でもハンデはあるものね」

 体力面だけでも圧倒的や。レンジャーなんか典型で人に要求するにはムチャクチャなレベルやもんな。それとやけど女性やからいうての配慮はゼロや。やっとる仕事が殺し合いやからや。女やからって相手も遠慮してくれへんし、味方かって足手まといになれば生死に直結する。

 女性特有のハンデは女やと言う点や。ごく単純に襲われるってことや。これは敵側からもそうやけど、味方にもありえるのが軍隊や。これは過酷な部隊ほど容赦があらへん。それぐらい荒々しいメンタルにしとかんと戦場の役に立たんからな。

「だからこそ軍隊は規律が厳しいのよね」

 戦場は日常生活とはまったく違うとこや。そこにあるのは敵を殺して生き残るか、殺されるかや。一瞬の判断の過ちが生死を簡単に分ける。そんなとこをまともな神経で暮らせるかい。

 朝飯を一緒に食べた戦友が戦いが始まれば即座に撃ち殺されるのが日常なんよ。そんな日々が来る日も来る日も続くのが戦場や。そんなとこで正気なんか保てるかい。女を見れば敵であろうと味方であろうと襲う事しか考えへんわ。

「生き残ってもトラウマが残る兵士が多いのよね」

 ああそうや。二度と戦場に立つ前の感覚に戻れへんと思うで。見た目は順応してるように見える奴でも、心の傷が癒されるもんやない。だから戦争なんか大嫌いや。あんなとこ狂気しかあらへんとこや。

「でもまあ、同じ軍隊でも自衛隊は平和で良いよ」

 そやな。実戦経験皆無やもんな。その点は自衛隊の弱味でもあるけど、世界に誇れる勲章や。抑止力のみで存在し続けとるからな。そやから自衛官上がりでも一般人に近い感覚としてエエやろ。

「二度とあんな時代は要らないよ」
「ああ、コリゴリや」

 コトリとユッキーの永遠に残るトラウマや。世の中はな、もっとハッピーに生きるもんやで。

ツーリング日和8(第16話)お客様は神様?

 今夜はコトリらだけやから女将や大将まで加わって盛り上がった。その時に女将が、

「実は・・・」

 ため息しか出んな。宿言うても様々や。ビジネスユースもあれば、釣り宿やスキー宿、小豆島のライハみたいなのもあるし、ひたすら豪華な高級ホテルもある。ごく簡単には狙っとる客層がある。

 言ってしまえば客も宿を選ぶが、宿も客を選ぶ。そりゃ、万人向けを狙う宿もあるが、小さいとこほどニッチを狙うもんや。大人かってどの宿でも満足できるもんやない。目的と嗜好によって選ぶ宿は変わるし、満足度も変わる。

 子どもを旅行に連れて行ってやるのはエエこっちゃ。コトリかって、ユッキーかって、最後の子ども時代を過ごした昭和で連れて行ってもうてるし、あれはあれで楽しい思い出や。

「子ども連れは宿を選んであげなくっちゃ」

 単純なこっちゃ。子ども向きの宿つうか、子どもの成長に合わせた宿が必要や。子どもはすぐに退屈するし、退屈すると騒ぎだす。大人より我慢が利かんのは当たり前や。

「年齢によってはホテルとか旅館の方が退屈よ」

 家なら自分が遊びなれたオモチャなり、絵本なり、ビデオもある。テレビさえそうで、地方に行けば番組さえ変わる。旅行に持って行けるものは限られるからな。

「それこそプールがあるとか、遊園地的な設備がある宿が良い時期だってあるじゃない」

 食事もそうや。いくら子ども向きを頼んでも、家での食事とは違う。作る方だって慣れてへんし、近いうちに何を食べたかも知らんし、好き嫌いだって知らん。子どもの方が好き嫌いは多いし、そもそも大人と子どもでは味覚も嗜好も違う。

 子どもが退屈したり、逆にはしゃぎすぎて騒ぐのはどうしたって出てくる。そやけど、これさえ問題になる。いくら子どもの事とはいえ、これをウルサイとしか感じへん大人は少なくない。宿によっては静かさを求めてる客もおるし、宿もそれを提供しとるのが売りにしとるとこもある。

「そもそも子ども連れでもOKとしてるから、いくら騒いでも良いとするのは間違ってるよ」

 食い物屋にたとえたらわかりやすいと思う。ファミレスである程度子どもが騒ぐのは許容範囲として居合わせた客も認めとる。そやけど無制限に騒いでも良いとは誰も考えとらん。これが個人営業の小さな店や、それなりに高級志向の店やったらなおさらや。

「ああいう店に連れて行ってもらえる子どもは、そういう店で迷惑にならない躾が出来ているがのが暗黙の前提よ」

 どんな宿かってその宿流のルールやTPOがある。明示してない宿が悪いとする意見もあるが、そんなもん見たらわかるやろ。たとえばこの宿や。どう見たってディープな温泉宿や。大人かって万人向きと言えんで。

「子ども連れの旅行を親の趣味で行くのはアウトだよ」

 おそらくこの宿の安さにも釣られたんやと思うが、安いのには安いだけの理由がある。高いところに較べれば、どこかで目を瞑ってもらうとこがあるって事や。とくに躾の出来ていない子ども連れの旅行やったら宿を選ばんといかん。

「お客様は神様じゃないからね」

 そういうこっちゃ。お客様が神様なのはそれが福の神であるときや。福の神が相手なら、より福に与るために宿かって一生懸命になる。そやけど神は神でも疫病神なら、塩まいて追い払わられるわ。

「おカネさえ払えば王様と思ってる人はいるのよね」

 こういう客は宿だけやなく、どんな店でも嫌われる。来客しただけでピリピリするし、帰ればホッとする。裏に回れば要注意リストとして名前が書かれとるわ。こういうタイプの極北が、

「モンスターでもあるしクレーマーでもある」

 そういうこっちゃ。店と客の関係は階級の上下差やない。店はサービスを売ってるだけで、客の下僕やましてや奴隷なんかであらへん。根本は対等や。店はより気分よく客にサービスを提供したいから下手に出てるに過ぎないんよ。

「女将や大将だってロボットじゃない」

 気が合う客やったら話が弾むし、場合によってはちょっとしたサービスかってしてくれる時さえある。逆やったら通り一遍のサービスしかせえへんし、

「下手すれば、二度と来るなの態度も示すよ」

 そういうこっちゃ。あからさまにもう来るなは言わんでも、わざと不快に感じさせる態度かって取る時は取る。そこまでやられても気づかんアホがクレーマーとかモンスターやねんけどな。

「私は先輩のギャルソンに、お客様は王様であると教えられました。しかし、先輩は言いました。王様の中には首を刎ねられた奴も大勢いると」

 それって王様のレストランのセリフやないか。そやけど一つの真理やと思うわ。王様でいたいなら、王様として相応しい態度と振る舞いが必要やってことや。

「難しい話じゃないのにね」

 宿かって客商売やから、よほどの事があらへん限り、少々不快な客でも我慢する。そやけどな、不快な態度を示すのは客として損してるんよね。だってやで、客となったからにはよりサービスを受けたいやんか。

 宿なり店が提供するサービスは決まっとる部分と、気分で追加されるものがある。そうや気分やねん。気分のサービスは別に決まっとる訳やない。別に出さんでもエエからな。出して欲しかったら、エエ客になるこっちゃ。

 これかって別に卑屈にならんでエエねん。宿のTPOを守るこっちゃ。それだけでサービスは変わるんよ。それだけで営業用のスマイルから、ホンマのスマイルに変わるだけでも客としては得したことになるねん。

「客は旅人だよ。一期一会の時間を心楽しく過ごしたいし、そういう時間を宿も提供したいの共通項としてあるんだもの」

 昔から言うもんな。

「郷に入れば郷に従えは鉄則よ」

 When in Rome, do as the Romans doや。だからこそ宿選びは重要や。自分に合ってる宿かどうかで旅の楽しさは変わってまう。そやけど宿は同じやない。同じやないから楽しいんや。

「たったそれだけの話なのに」

 そこからさらに盛り上がってしもうて、なんかメニューになかったものまで出て来てん。

「これは賄ないですけど、美味しいのですよ」
「自分用の酒ですけど、地元の者はこれが一番だとしています」

 楽しい夜になってくれた。

ツーリング日和8(第15話)今夜の宿

 聖地巡礼が終わったから走るで。結衣が、

「これから、どこ行くのですか」

 言うてへんかった。つうか言うてへんのに付いて来るか。基本はひたすら西に向かうねん。今日はユッキーの趣味で温泉や。そのために竹原からまず東広島に向かう。

「そこから広島を抜けていくのですね」

 広島はパスする。市街地走行はすかんし、瀬戸内沿岸はトラウマでパスや。岩国から新門司に抜けた時にエライ目に遭うたからな。そやから広島市の北側を抜けてく感じになる。ちょうど日本海と瀬戸内海の真ん中ぐらいを走って行くんやけど、千葉の人にはイメージしにくいやろな。

「どれぐらいかかります?」

 ナビ上で百七十キロで四時間ぐらいになっとる。今が十一時やから午後の五時ぐらいには到着したいとこや。後は走ってみんとわからん。まず竹原から国道四三二号で東広島に向かう途中で国道二号に入るで。

 東広島市街を抜けたあたりで今度は県道四十六号で北上や。これは県道五十四号にぶち当たるから、これを南下や。可部で国道一九一号に入って、

「この辺は混んでるね」

 しゃ~あらへん。これ以上の迂回は無理や。広島市内抜けるよりマシと思うて。この道も国道が重複してるけど国道一八六号に変わって、

「市街を抜けたら快適だ♪」

 ここまではエエねん。少々渋滞もあったけど道は間違いにくい。

「周南、錦の方に曲がるで」
「国道四三四号ね」

 国道四三四号やねんけど、これも酷道やねん。この辺は快適やねんけど、

「これって落差あり過ぎじゃない」

 山口の県境で道がゴロッと変わる。これまでの二車線から一気に一車線半、下手すりゃ一車線やねん。結衣が、

「ギャ、路面がこれは・・・」

 KATANAやったらまだマシやろうが、コトリらのバイクやったら吹っ飛びそうやわ。かなり荒れてるで。ヘアピンもキツイわ。この辺が岩国と廿日市を結ぶ松の木峠で標高が七七六メートルあるねん。旧街道を無理やり広げて車道にしたんやろな。

 中国自動車道を潜ったら、こんなとこに集落があるやん。それにしても路面が悪いわ。そやのにそこそこクルマが来るから厄介や。それでもやっと二車線になってくれたみたいや。そろそろあるはずやが、

「トイレ休憩にするで」

 なんやろここ。公衆トイレは整備されとるし、駐車スペースはそこそこある。トイレの両側にある建物は農産物の直売所でもあったんやろか。

「自販機ぐらいあっても良いのにね」

 問題はこの先やねん。国道四三四号は岩国まで行ってまうねん。今日の目的地に行くためには、途中から県道一二〇号に入らなあかんねん。ストリートビューで確認したんやが、道路案内もあらへんねん。

「県道のストリートビューさえないもんね。ナビの罠じゃない」

 可能性は十分ある。つうか、ストリートビューも撮ってへん道をガイドするなよな。とりあえずキャンプ場があるとこまで進むで。

「ここじゃない」

 みたいやな。なんか看板ぐらい挙げとけよな。もうすぐやねんけど、ここやな。結衣が、

「ここを本当に走るのですか?」

 気持ちはわかるが、ここを通られへんかったら、かなり遠回りになってまうんよ。覚悟決めて行くで。こりゃガチの険道やな。そやけど距離はたいしたことないはずや。

「ガードレールまで色が変わってる」

 ホンマや黄色や。錆びてるんかと思たら塗ってあるわ。

「抜けたみたいよ。家がある」

 良かった、助かった。結衣のKATANAもよう頑張った。しばらく走ったら道も二車線じゃ。あとはだいたい一本道のはずや。六日市を抜けて、川沿いに北上して、どっかで右に入るはずやけど、

「松乃湯の看板のところを入るで」
「了解」

 ここやな。駐車場が広いのは嬉しいな。結衣が、

「ここですか?」

 そうや、昨日より宿らしいやろ。そやけどなんて表現したらエエのやろ。

「う~ん、やっぱり田舎の公民館の古いやつ」

 そう見えてまうもんな。あの暖簾があらへんかったら、ただの家、それも昭和の家やな。こんなんも楽しいで。受付で挨拶したら部屋に案内してもうてんけど、新館ってやつやな。小綺麗に整ってるわ。

「ここはなんていうところですか」

 見てへんかったんか。木部谷温泉や。山口の秘湯の一つぐらいに思うたらエエ。

「そうよ、ここの温泉は入る価値ありよ」

 百聞は一見にしかずや。風呂もおもろいシステムやな。ここは正確には温泉やのうて鉱泉やねん。こういうとこは炊いて温めてるもんやが、風呂場で蒸気で温めるみたいや。これがすぐに熱くなるんやが、そこに冷たい鉱泉を流し込んで調節するみたいや。

「ここも炭酸泉だけどお湯の色が良いよ」

 良く言えば金泉、悪く言えば泥水やけど、いかにも温泉って感じは嫌いやない。風呂から上がったら、本館でメシや。

「これはなかなか・・・」

 高級旅館の懐石と違うて、ここの女将の手作りやて。地のもん活かしてるのやろな。結衣が料金を心配しとるけど一泊二食で八千円や。メシ代考えたら民泊とあんまり変らんで。

「全然違うよ。温泉があるんだから」

 山の中の一軒家の秘湯には遠いけど、穴場的な秘湯ぐらいは言うてもエエと思う。とくにあの温泉つうか風呂は秘湯の名に相応しいとして良いやろ。

「食事も合格よ」

 女将の心づくしが伝わってくるもんな。こういう宿は好きや。豪華な食材の豪華料理にも余裕でタメ張れるで。結衣かって、

「ここは良いですね」

 パクついてるやんか。これもツーリングの醍醐味やな。

ツーリング日和8(第14話)聖地巡礼

 向島から尾道は尾道水道を挟んで目の前や。どうやって渡るかやけど、

「一緒に行きましょうよ」

 向島から尾道に渡るには高速の新尾道大橋の他に尾道大橋と渡船があるねん。コトリらやったら渡船が便利やねんけど、結衣のKATANAは乗れんからしょうがあらへんか。尾道大橋を渡るのも一興や。橋を渡って国道二号線に入り山陽本線を右に見ながら走って、

「ここの信号で線路潜るで」
「栗原って方ね」

 すぐのはずやけど。

「ストップや」
「あの時計だ」

 ヒロインがタイムスリップした時に逆回転した時計があれや。映画の時に塗り替えたらしい。ここからは次の角を右に入るはずや。これは細いわ。この辺に停めさせてもらお。結衣のKATANAが邪魔やけど目を瞑ってもろとこ。

 歩いて行って突き当りが艮神社や。ここはタイムトラベル中のヒロインが、両親に連れられた幼い自分に会うとこや。

「そこで思い出すのよね」

 そうや。ここでヒロインは神隠しみたいに一時的に消え失せてまうねん。これは過去の自分に会えないの時間旅行の法則を知るシーンや。

「この大楠のとこだよね。それとこれなんだ」

 そうやここが土曜日の実験室を目指してヒロインが走った小道や。ほいでもって艮神社の隣が金山彦神社で、ここはタイムトラベルをするヒロインが降り立ったとこや。艮神社から引き返して、

「次はタイル小路ね」

 やめとく。あそこはヒロインが地震の後の夕暮れに下駄を履いて歩くシーンで有名や。聖地巡礼のファンも押しかけてたんやが、住民にしたら迷惑やんか。それこそ大問題になって今は剥がしてもたそうやねん。

「そうだったんだ。来るのが遅すぎたか。じゃあ次は深町の家」

 あれもやめとこ。あれは森谷南人子って言う日本画家の御屋敷やってん。映画では上原謙と入江たか子の老夫婦が住んでいて、タイムトラベルのカギになるラベンダーが育てられていた温室もあった。

「あの温室はセットだったのよね」

 そやけどタダのセットやない。廃病院にあったのを運び込んで組み直したものや。それとヒロインの通学路のシーンもこの家の庭なんが多いんよ。そやけど取り壊されて空き地しかあらへんねん。

 この先にヒロインと深町が一緒に歩いた竹藪の小道もあるんやけど、今は面影も残ってへんらしい。さらに言うたらヒロインの家も取り壊されてもとる。

「そうなんだ。まだ聖地巡礼の走りの時代だったものね。場所も場所だし、個人の所有物だったから何もしなかったのね」

 観光から見ればもったいない話や。まあ、観光言うても、それで儲かる人と迷惑する人がおる面がある。寺や神社やったらまだしも、民間の家だとかになると暮らしにも支障が出る。観光客が集まるだけやったっらゼニにならんもんな。

「もしかして聖地ってこれだけ?」

 まだある。学校や。このちょっと先やけど、学校には入られへんから反対側の柳水の井戸のとこに行って、

「あの学校だ・・・」

 これはコトリも調べて知ったんやが、あの学校は高校やなくて小学校やってんよ。そやからロケの時には高校生のエキストラを動員して、あの弓道場もセットでわざわざ作ったことになる。撮影期間は春休みやったから出来たんやろうけど、

「どうして素直に高校にしなかったのだろう」

 そんなもん大林宣彦に聞いてくれ。あえて考えれば、時をかける少女の尾道のロケ地はこの一角だけや。撮影の手間を軽くしようとしたぐらいは言えんこと無いけど、

「あのね。時をかける少女の聖地は尾道だけじゃないじゃない」

 そうなんよな。竹原に移動や。尾道の西隣が三原で、竹原はさらに隣や。一時間もかからんぐらいで着いてくれた。ここは歩いた方がエエねん。

「この街並みって通学路の」

 いかにもって感じの古い街並みが続いてるねん。ヒロインの通学シーンはいくつかあるけど、この街並みのシーンは印象的やった。

「そうかもね。これがなかったら、ヒロインの通学路って路地ばっかりになっちゃうもの」

 それでもって、ここやな。

「そのまま堀川じゃない」

 つうかこっちに合わせたんやろ。筒井康隆の原作やったっら吾郎の苗字は浅倉やし家は荒物屋や。ここもロケに使うたはずや。ここから西方寺に行くで。

「これもヒロインが通う通学路じゃない」

 西方寺から戻ってきて、この街並みの突き当りにあるのが、

「地震のシーンで屋根瓦が落ちて来るところ」

 胡堂というらしい。大林監督が使いたくなる気持ちはわかるな。竹原だけでも映画が撮れそうなもんやけど。故郷の尾道にこだわってんやろか。

「それもあるだろうけど、ここからじゃ海が遠いからじゃない。それと路地のシーンは欠かせないよ。竹原にだって路地はあるだろうけど、大林監督は尾道の路地を撮りたかったんじゃないかな」

 かもな。それとやけど、映画のシーンからすると、やっぱりヒロインの家、深町の家、それに学校がドラマの舞台になる。竹原ロケは短期やったんちゃうかな。早めやけど昼にしょうか。

「ほり川に決まりね」

 堀川醤油の隣にあるから親戚かなんかの店やろな。映画には直接関係あらへんけど、ここで食べるべしやろ。なんか名物あったら嬉しいけど、

「純米吟醸たけはら焼だ!」

 なんじゃそれ。へぇ、生地に酒粕を練り込んでるとは初めて聞いたわ。ソースはお隣の醤油を使うとるのか。これはなかなかやな。もう一枚食べたろ。

「コトリ、ロケ地って残ってる方が良いのかな」

 そりゃ、無いよりあった方がエエやろうけど、映像とロケ地は同じやあらへん。そりゃ、撮られた絵は監督のこだわりがテンコモリ盛り込んであるものな。その辺を脳内補正しながら見て回るのが聖地巡礼やけど。

「小豆島の二十四の瞳が例外的な気がしてきた」

 あそこはセットまで保存しとるからな。そやけど、そんなとこは少ないよな。当たり前やけどセットは撮影が済んだら解体されるからな。残っとっても邪魔なだけやし。あれが残されたのは映画のヒットもあるけど小豆島やからやと思うわ。

 ロケ地は借りものやから時間が経てば変わる。これはしょうがなところがある。古くなれば建て直しやリニューアルは起こるやろうし、持ち主だって変わる。時かけのヒロインや深町の家だって、立派な洋館やったみたいやけど、維持費は半端ないやろうからな。

「映画や写真もそうだと思うけど、その時の時間と空気を写し取ったものなよね。だから同じ場所に行っても同じものを見れる訳じゃない」

 まあそうや。小豆島のセットは綺麗に保存されとったけど、もう活きとらへん。活きとったんは撮影時だけや。

「それでもあれば見たくなるのはわたしも同じだけど、ああやって映像に残された場所は幸せだよね」

 それは言えるな。場所だけやない、写された人々もや。あそこでは永遠に変わらん。

「映画ってそう言う不思議なパワーが生まれるところの気がする」

 かつて映画はテレビに押しまくられた時代がある。テレビかって動画で音声付きやから、タダで手軽に見られるテレビに観客を奪われてもたぐらいでエエと思う。そりゃ、テレビにもエエドラマがいっぱい出来たけど、

「映画は生き残ったものね。試行錯誤はヤマほどあったけど、テレビと映画では表現する世界が違うのよ」

 つうか違う道を切り開いたから生き残ったんやろ。

「でさぁ、時かけは間違いなく名画だよ」

 時代を越えたからな。今でさえアイドル映画と下に見るのは少のうあらへんけど、そんなレッテルをいくら貼られてもそうや。そもそもやで、時かけは単独公開やあらへんねん。

「そうなのよね。探偵物語との二本立てのオマケ」

 当時絶頂やった薬師丸ひろ子の主演作品の刺身のツマみたいなもんや。原田知世かってまだ無名のアイドルやったからな。予算とか撮影期間もその辺の影響は確実にあると見とる。それでも本当の意味で生き残ったんは時かけや。

「とにかく見れて良かった」

 結衣が変な顔しとるな。まあ知らんやろな。知っとるかもしれんが、せいぜいアニメ版ぐらいやろ。時かけをリアルタイムで見た熱気も今となっては伝説みたいなもんで、それを知っとるのはコトリらぐらいのもんや。

ツーリング日和8(第13話)時をかける少女

 後はひたすら走って向島に到着。原付の出入り口は島の南側やから宿のある北側に移動や。島の西側の道を海岸沿いに走って、

「これも前の時の道だね」

 この辺が島の中心街なんやろな。この橋を渡ったら、

「次の信号左に行くで」
「らじゃ」

 あの橋を今度は渡るはずや。

「コトリ、また迷ってない」

 うるさいわ。住宅地の中やからややこしいんや。渡ったら右や。ありゃ、どこや。

「やっぱり迷子になったじゃない。見えてるのは尾道水道だもの」

 いやこの辺はこの辺のはずやねん。ナビでもそうなっとるやん。電話してみよ。海から一つ目の角の家って。ここなんか。出迎えてくれてるわ。そやけどホンマに普通の家やな。バイクの駐車場も普通の家の駐車場やもんな。

「結衣はまだみたいね」

 しまなみ海道で寄り道してるんやろ。これがワンちゃんか。可愛いな。部屋に上がらせてもうたらリビングに呼ばれてコーヒーをご馳走してくれた。気さくそうなオーナー夫婦から晩飯の情報を聞かせてもうた。

「まずお風呂に行こうよ」
「ユッキーが先か?」
「二人なら入れるよ」

 無理あるけど、結衣が来るまでに入っといた方がエエやろ。二人でも狭いが三人は論外やもんな。風呂から上がると結衣も来とった。結衣にも風呂に行ってもうたら時刻も頃合いになってメシや。十五分も歩いたら、

「ここね」

 海鮮居酒屋ってとこやな。まずは生中で乾杯して、おいこれお通しなんか。ヒラメにハマチにチヌかよ。これだけで一品やで。カワハギの薄づくりも美味しいし、

「キモがたまんない」
「えびマヨもえびが美味しいです」

 日本酒にしょうか。あれこれそろえとるな、九頭竜で行こか。地魚白湯肉吸いって、ただの煮魚やないな。

「アサリの唐揚げなんて初めてです」

 あれこれ食べて今日は帰るで。さすがに今日はキツかったからな。

「明日も早いからでしょ」

 そういうこっちゃ。コトリのプランの基本は早立ちで早着きや。その方が少しでも道が空いとるからな。もちろんバイクやから予定通りに行かへん時の余裕のためでもある。結衣が、

「明日も移動ですか?」

 いや明日は観光や。そのために無理して尾道まで来たんや。前の時は尾道観光の余裕なんかゼロやったけど、今回はそのために来たようなもんや。

「時をかける少女だね」

 大林監督の尾道三部作の一つや。転校生やさびしんぼうも良かったけど、コトリもユッキーも時をかける少女が好きなんよ、

「それも原田知世版」

 位置づけはアイドル青春映画になってまうんやろうけど、筒井康隆の原作のエエとこを取り込んどると思う。主演の原田知世はまだまだ大根やったけど、

「脇役陣が締めてたもの」

 音楽も良かったもんな。ユーミンの主題歌が有名やが、挿入曲も映像によう合うとった。撮影期間は学生やった原田知世に合わせて一か月やったとなっとるが、

「拙いところもあるけど、それがあっさり風味になって活きてる気がする」

 もうちょい予算と時間があったら、タイムトラベルのシーンの質が上がったのにと惜しまれるとこや。当時のCG技術やったらあんもんかもしれんけどな。

「ラストシーンが意味深すぎる」

 話の伏線にラブロマンスがあるねん。伏線いうより主線やろな。ヒロインは冒頭のスキー合宿のシーンから深町にどんどん魅かれていくねん。途中まで二人が結ばれるんやないかと思う展開やねんけど。

「あれって騙してたよね」

 深町は未来から来た少年で、トラブルから未来に戻る方法を模索中やねん。とりあえず過去の時代に紛れ込まなあかんから、ヒロインの学校に生徒として入り込むねん。

「あれも今から考えると設定に無理があるね」

 その辺は見た目の年齢が高校生やから大学の薬学部は無理つうか、作者の筒井康隆が高校を舞台にしたかったんやろ。あの頃はジュブナイルが流行しとったからな。

「あれって全部知っててやった事になるのよね」

 深町が利用したのはヒロインの幼馴染の吾郎や。深町は吾郎の記憶を乗っ取ったんや。

「吾郎とヒロインの心の絆の思い出だよ。ひな祭りのシーンが印象的だった」

 あんまりネタばらしも良くあらへんから端折るけど、あれこれあって深町は未来に戻れることになる。その時にはヒロインも深町に夢中になっとるねん。

「すべて知っても愛してるってね」

 コトリはその時の深町のセリフが忘れられん。深町はヒロインと吾郎が結ばれるのを知っとってん。それだけやあらへん。きっとヒロインと吾郎が幸せな結婚生活を送るのを見とったはずや。

「あれはそこまで先に見てから罠にかけたはず」

 そう思う。吾郎はヒロインの運命の相手やったから、吾郎の記憶を乗っ取ればヒロインの好意を得られるはずやって。一応深町は事態の収拾だけはやっとる。深町が過去の世界に入り込んだ技術は集団催眠術や。

「そしてヒロインから深町の記憶を消し去った」

 ここからがラストシーンにつながるんやけど、性懲りもなくまたタイムトラベルをしてきた深町を見てもヒロインは気づかへんねん。そやけど吾郎と結ばれるどころか、幼馴染のままでなんも変わってへん。

「それだけじゃないよ。ヒロインは恋をしなくなった」

 ここもちょっと違う。外からはそう見えるが、心の中の幻の深町しか愛せんようになってもてん。

「それを真実の愛を知ってしまったとまとめちゃうのは無理があり過ぎる」

 コトリもそう思う。SF小説的にはタイムパラドクスにも問題を残しとる。タイムトラベル物で苦労するのはタイムパラドクスにどう説明をつけるかや。深町もヒロインを未来に連れて行かれへん理由にしとるぐらいや。

「幼い頃にタイムトラベルのシーンでも過去と現在の同一人物を存在させないの法則を守ってたもの」

 タイムトラベルによる未来からの干渉の程度もSFのテーマの一つみたいなもんやけど、代表的なのは子孫問題がある。未来人は過去人の子孫やから、そこで子どもが出来なくなったりすれば、未来の子孫が消滅してまうことになる。

 時をかける少女やったら、本来結ばれるべきヒロインと吾郎の子孫が消滅してまうってことや。それだけやない、ヒロインは幻の深町以外に恋をせんとしても、吾郎はヒロイン以外と恋して結ばれるかもしれへんやん。そんなんしたら、新たな未来人が突然出現してまう事になってまう。

「強引に辻褄をつけるのなら・・・」

 子孫問題だけやったらヒロインも吾郎も不妊症にしたら説明だけは付くけど、

「ジュブナイルに出せるテーマじゃないよ」

 つうか、小説の色合いが変わってまうわ。時をかける少女はヒロインと深町の恋があったから話に深みが出てるんやが、ようよう考えたら深町は一時滞在者やから、わざわざ女を入り込むための小道具にする必然性があらへん気がするねん。

「だけどあの恋が無ければ小説は売れなかったし、映画も出来なかった」

 そうなるわ。

「光瀬龍の作品に強烈なタイムパラドクスがあったじゃない」

 話は時間局が舞台や。時間局とはタイムトラベラーが仕掛ける歴史改変を食い止める組織ぐらいと思うたら良い。そこにある強力な歴史改変が仕掛けられて、時間局のメンバーもテンヤワンヤになるんよ。

 文字通り時間との戦いやから、時間局のメンバーも思うわぬトラブルに巻き込まれてまうんよ。それぐらい歴史改変者の策略は巧妙やったでエエと思う。

「レイプされるのよね」

 その描写もコッテリされてた。そやけど、そこまで読んだ時点やったら、なんでここに強烈なシーンが挟まっとるか理解できへんとこがあったんよ。あくまでもSFでエロ小説やないからな。

「かなり生々しい描写で、しっかり何度も注ぎ込まれるシーンまで描かれていたもの」

 そやけど、これがすべてのカギやねん。歴史改変者は、過去の歴史に大々的に介入しとるけど、それはすべて目くらましやってん。目的はただ一つで、時間局員のメンバーが捕まり、その時代のある人物にレイプされ、妊娠して子どもを産むことやってん。

「時間局は大問題を抱えていたのよね」

 時間局は過去と現在の歴史を守るのが仕事やねんけど、未来のある時点に人類文明が破滅してしまうのがあったんよ。

「それを回避するに、この時の子どもの子孫が欠かせない事が判明するのよね」

 その人物の活躍のない未来は、単純には人類文明の滅亡の道やってことや。時間局は歴史を守るのが使命やが、人類文明滅亡の歴史まで守れないぐらいの判断になるんよ。破滅の回避のためには歴史改変を受け入れざるを得なくなってもたんや。

「レイプされた本人はその事実を教えられなかったのよね」

 時間局員は大怪我とかをしても未来の治療で治してまうねん。そやからレイプされてもホンマやったら跡形もなく処理するはずやねん。その女時間局員は恋人もおったから、お腹の中の子は、恋人の子どもやと信じ込んでるねん。

 そやけど人類文明の滅亡を防ぐためには生かさなアカンやんか。下手に事実を教えて流産とかされたら困るの判断を時間局は下すんや。その事実を知っとるのんは、そのチームの中で女性リーダーの笙子だけやねん。

 リーダーかって女やんか。不本意な妊娠の子どもを産ませること、さらに生まれた後に恋人の子でないことが判明した時のショックとか、あれこれ思いを馳せてまう感じや。それでも組織の一員として命令に従うこと、なにより人類文明の滅亡を防ぐ重大性にどうしようもないぐらいに思うてまうぐらいや。

「そんな上司の笙子が印象的なラストだったよね」