ツーリング日和2(第6話)ディープなうどん

 高松東港に到着したのですが、

「可愛いバイクですね」
「そやろ」

 コトリさんが赤、ユッキーさんが黄色の一二五CCの原付で、カラーリングされたリア・ボックスがマッチしています。あれ、キックなんだ。キック仕様なんてあったっけ。それはともかくツーリングの必須アイテムのナビがありません。

「ナビは好かん」

 どこに行くかと思っていたら、フェリー・ターミナルからひたすら南下。県道一五七号が屋島大橋のところで県道四十三号に変わります。道は高松市内を抜けてやがて郊外に。

「高松の市内観光はしないのかな」
「祖谷に行くから今日はパスじゃないか」

 下赤坂東の交差点を左に曲がり、今度は県道一六六号線に。やがて国道一九三号線、通称塩江海道に突き当りこれを左折。

「次曲がるみたいだぞ」

 右折して国道三七七号に入り、えっと、こんなとこを曲がるのか。さらに突き当たったら左折して県道三九号に。なんか路地みたいな入り込むようですが、

「笹岡、こんなところにうどん屋があるのか」
「通の店ってやつじゃないのか」

 なんかさびれた倉庫みたいな前にバイクを停めたのですが、看板も暖簾もありません。もっとも駐車場はいっぱいですし、客みたいな人が丼を抱えてうどんを食べているので、どうやらここのようです。コトリさんは、

「ここの注文の仕方だけ教えとくわ」

 注文はたったの二つだけ、

 ・熱いか、冷たいか
 ・大か、小か

 大とは二玉で小とは一玉になるそうです。

「入るで」

 店は・・・なんだこれ、製麺工場じゃないですか。食堂と言うより、製麺工場の一角にうどんを茹でてくれるコーナーがある感じと言えば良いのでしょうか。並んでいると順番が来たのでコトリさんやユッキーさんと同じように、

「大を熱いので」

 そうやって渡されたのが丼に入った茹で上がったうどんだけ。これをどうやって食べるのかと思っていたら、

「こっちでな、ネギと七味をこう入れて」
「生卵を入れると美味しいのよ。最後にお醤油だけど入れ過ぎると辛くなるから気を付けてね」

 店の中にもテーブルはあるのですが満席でしたので、

「外で食べよ」

 うどんに醤油を入れただけで食べるなんて初めてです。おそるおそる食べてみると、美味い、実に美味い。とくに麺が美味しい。

「しっかりコシがあるのに固くない」
「ツルツル入るじゃないか」

 コトリさんによると讃岐うどんの一番シンプルな食べ方だそうです。

「讃岐のうどんと小豆島の醤油が出会って生まれた歴史的傑作や」

 それに安い。小なら百四十円、大でも二百八十円、卵を付けても三十円です。

「もっとディープな店もあってな・・・」

 そこは麺しか茹でてくれないので、丼から箸、醤油や薬味まで持参して食べるそうです。こういうスタイルの店が出来た理由ですが、

「そりゃ、天下のうどん県やからな」

 麺は打ち立てが一番だそうです。美味しい製麺所の評判が立つと、うどん好きがより美味しいうどんを求め、製麺所の出来立てうどんを食べたがったからとしています。

「もちろん香川かって、美味しいかけうどんの店は数えきれんぐらいある。そやけど香川のうどん通は麺の美味しさを極めるのが好きみたいや」

 うどんの美味しさを極めれば麺になるのか、

「言うとくけど、この食べ方が一番と決まってる訳やない。そやけど麺の味を極める食べ方の一つぐらいと知っといても損はないやろ」

 そうか、フェリーでボクたちが考えていたうどん屋を却下した理由がこれか。あの店を紹介したところで、単に美味しいうどん屋を紹介したに過ぎません。だがこの店を紹介すれば、誰だって興味を掻き立てるはずです。

「まあ、そうやけど、どっちのうどんが美味しいかは意見が分かれると思うで。そやけど動画では味も匂いも伝わらん。伝わるのは雰囲気や。どっちの雰囲気の方が意外性があるかやろ」

 絶対こっちだ。値段だってはるかに安い。

「あのな。この店かって秘密の店やあらへん。うどん好きのブログやユーチューブ見たらゴッソリ出てるで。そやけど、うどん好きの連中と、バイク好きの連中は同じとは限らんやろ」

 ボクも知りませんでした。

「これだけの情報社会になっても、すべての情報を把握している人間なんていないのよ。でもね、バイク好きだって美味しいうどんは好きなのよ」

 それはそうです。ボクだってうどんは好きですが、美味しいうどんの店の情報は詳しくありません。会計もシンプルで丼を返しに行く時に自己申告して払います。こんなシステムではズルするのが出てくるはずが、

「おるかもしれんけど、こんな店にわざわざ美味しいうどんを求めてくる連中には少ないやろ」

 いやいない気がします。ここは真の美味を求めに来るところ。

「そない大層に構えるほどのもんやない。こんな美味うて安いうどんを踏み倒すより、うどん屋として残る方が嬉しいやろ」

 コトリさんによると、香川ではこの店と同じぐらいのレベルの店が数えきれないぐらい競い合ってるとか。

「あんまり東京と較べたら悪いけど、スノブな食通は関西では少ないんよ。美味しければ食べに行くだけ」

 恐縮したのですがうどん代は払ってくれていました。

「かまへん、かまへん、コトリたちへの付き合い料や」
「そうよ、女二人でツーリングしてるより男が入った方が楽しいじゃない」

ツーリング日和2(第5話)ジャンボ・フェリーの出会い

 六時のフェリーですから四時起きしてフラワーロードを浜に向かって走ると、

「ここだな」
「そのようだな」

 着いたのは三宮フェリーターミナル。ここからジャンボ・フェリーに乗って高松に向かいます。乗船手続きを終えて案内されてフェリーの中に。

「綺麗だな」

 三階が土産物売り場とか軽食コーナー、椅子席みたいなものがあり四階が、

「雑魚寝エリアのようだな」
「一時からの便もあるから仮眠室だろう」

 五階にも雑魚寝エリアみたいなものがり、奥はゲームコーナーです。五階の雑魚寝エリアの一角に居場所を確保しました。

「おい、笹岡」

 原田に言われた方向に振り向くと若い女性の二人組。それもトンデモなく美人。思わず見惚れていたら、その一人がこちらの方に来て、

「こっちは空いてるか」

 ボクたちの隣に入って来たのです。

「あんたらもツーリングか」

 見ればわかりますよね。彼女たちも、どう見てもツーリングです。

「コトリや」
「ユッキーよ」

 背が少し高い方がコトリさん、少し小柄な方がユッキーさんです。聞いていると今日は祖谷に行くようです。原田が目配せして来たので、

「ボクたちも行くつもりだったんですよ」

 こんなチャンスを逃してなるものかです。そこからスナック・コーナーで一緒に腹ごしらえ。高松までは五時間近くかかりますから、話も弾み、一緒にツーリングをするところまで持ち込めました。

「ユーチューバーやってるん」

 売れないですけどね。見せて欲しいと言われたので、見てもらったのですが、

「絵は本格的やな」
「でも、これじゃ・・・」

 評価は辛かった。

「気悪したらゴメンな。頑張って作ってるけど、あんまり見たい気がせえへんねん」
「技術は良いと思うけど、小綺麗にまとまってるだけ」

 グサッ、面白みが乏しいの指摘はコメントでもあります。工夫はあれこれしているつもりですが、

「無理やりの悪ふざけよね。笑いを取るのは一つの方法だけど質が低すぎる」
「そうや、人を笑わすのは簡単やない。悲しませるより、よっぽど難しいねん。こんな雑な素人芸で笑いを取れると思うのは甘すぎるで」

 さすが笑いの本場、

「ユーチューブでもなんでも同じや。他人様からゼニをもらおうと思たら、それに相応しい対価を見せなアカンってことや」
「払う価値がないものは見ないよ。そういう自分の趣味だけのユーチューブもあるけど、それで食べられる人はいないってこと。売れるのはプロの芸」

 うぅ、言い返せない。

「ユーチューブなんてローコストでハイリターンを狙う商売でしょ。でもね、そういう商売の方がよりクオリティが求められるのよ」
「そや、ローコストやからロークオリティで満足してくれへんねん。いかにローコストでクオリティの高いもんが作れるかの才能の競い合いみたいなもんや。趣味でやるならかまへんけど、ユーチューバーとして食っていきたいのやったら、やめた方がエエ」

 た、たしかに。ここでコトリさんがニコッと笑って、

「ほいでも可能性はあるで。絵作りが綺麗や。なかなかこの水準のユーチューバーおらへん。編集能力も悪くあらへんからな」
「そこは認めてるよ。でも、それだけじゃ売れないってわかったでしょ。この上に、どれだけの才能をつぎ込んで、どれだけ汗をかけるかよ。そこが足りてないの」

 いわゆるプラス・アルファが足りないのは自覚していますが、それは一体何なのでしょうか。

「そんなもん人によってちゃうわい。勝ち組になってる連中かって、すんなり掴んだわけやない。試行錯誤の末に、自分だけのユーチューブの世界をつかんだんよ」
「だから後からマネしても追いつけないでしょ」

 それはわかる気がします。ボクも人気モト・ブロガーのマネから入りましたが、出来上がりが全然違います。まさしく似て非なるものとはあのことです。

「ユーチューバーかってアーティストや。横文字で言うより芸人と言うた方がシックリすると思うで、お笑い芸人かって劇場の観客を爆笑させるけど、大爆笑を取れるのは限られとる」
「そうよ。そういう芸人は人マネじゃなれないの。自分の芸を確立させてるのよ。東京の人にもわかりやすいように言えば、同じお題の落語でも、落語家によってあれだけ変わるでしょ」

 そこから、

「ホンマはどこ行く気やってん」

 えっと、えっと、

「そりゃ、祖谷に」
「どこに泊まる予定なの」

 そ、それは行って考えて、

「ほんじゃ、どうやって祖谷に行くつもりや」

 正直に今日のプランを話すと、

「うどん屋からあかんな」
「讃岐うどんを紹介するのでしょ。わら家は不味くないけど、あの店を紹介しているようじゃダメだよ。誰も見ないよ」

 するとコトリさんがニコニコしながら、

「こうやって知り合ったんも何かの縁や。ちょっとだけ手伝ったるわ。エエやろユッキー」
「そうね、旅は道連れだし。その代わり・・・」

 コトリさんとユッキーさんに出会ったことは伏せて欲しいと頼まれました。

「バレるとうるさいんよ」
「そうなのよ。その代わりに今日の宿は任せておいてね」

 彼氏でもいるのかな。

「まあ手伝う言うても、コトリもユッキーもユーチューバーやあらへん。一緒におって何か感じるものがあったらラッキーぐらいに思てな」
「そう、やることは一緒にマスツーするだけ。それで感じるものがあったら嬉しいぐらいかな」

 二人がお手洗いで席を外している時に、

「原田、何者だろう」
「悪い人ではなさそうだ。一緒にツーリングして損はないのじゃないか」

 コトリさんたちの提案に従って、今回の取材は無しにしました。

「あんな美人とツーリング出来るだけでもラッキーだよな」
「東京でだって見たことないよ」

 これから何が待ってるのでしょうか。

ツーリング日和2(第4話)神戸

 原田の親戚が協力してくれて見つけてくれたマンションに入りました。

「マンションだぞ」
「それも2Kだぞ」

 原田に言わせると阪神沿線は安いようです。高いのは、

「そりゃ阪急沿線だ」

 住んでいるとわかって来ましたが、神戸は北は六甲山、南は海。浜の方が庶民的で、山に登るほど高級住宅街になるようです。東京なら山手になりますが、とにかく東西に細長くて、南北が狭く、浜手から山手までと言ってもすぐなのです。

 さすがに百五十万都市ですが、街自体はコンパクトです。三宮周辺が繁華街になるようですが、これだけって感じたものです。

「東京と較べたら、どこの街だってそうだ」

 そうかもです。でも馴染んでくると手頃感は確実にあります。それとバイク乗りには嬉しいのですが、六甲山を越えると途端に田舎になります。手軽に田舎道のツーリングを楽しめるってところです。

「六甲山も楽しいだろう」

 これも驚きでしたが、六甲山は観光地化され、道路も整備されています。ただし道は甘くありません。それこその急坂とヘアピンの連続です。東京なら日光のいろは坂に匹敵すると思いますが、それが市街地からすぐに行けます。それと海が近いのです。東京だって海に面した街ですが、神戸の方が格段に近い気がします。

「食べ物も悪くないだろう」

 これも驚いたのですがパン屋が普通にあります。これではわかりにくいですね。東京では手作りパンであるだけでプレミアが付きますが、神戸では普通にあります。

「甘い物もな」

 洋菓子やもそうです。神戸では手作りケーキが当たり前になっているのです。それより何より、どこで外食しても美味い。

「関西では不味い店は生き残れないらしい」

 当たり前そうな話ですが、東京ではそうじゃありませんでした。しばらくは引っ越しの後片付けと、バイト探しをしていましたが、

「本業をやらないとな」

 やっているのは、やっています。東京から神戸に引っ越しをしたネタで何本か作っていますがが、モト・ブロガーとしてツーリングをやらないと意味がありません。どこに行くかになるが、

「気ままツーリングにしないか」

 これもツーリングのジャンルとしてあります。ツーリングと言うか、旅行のやり方の一つですが、その日に行くところはおおよそ決めて出発しますが、行く先で気が向いたところに行き、泊るところもその場で決めて行くサプライズ型のものとすれば良いでしょう。

「どこに行く気だ」
「うどん県」

 香川か、讃岐うどんは魅力的だな。香川に行くとなると思い浮かぶのは明石大橋ですが。

「それもあるが、ここは神戸だ。フェリーを使おう」

 へぇ、神戸から高松に行くフェリーがあるみたいです。船旅は絵になりますし、聞くと料金も高速利用より安そうです。原田が言うには問題は時刻だそうで、

 第一便・・・一・〇〇 → 五・一五
 第二便・・・六・〇〇 → 一〇・四五

 第一便で行くと高松を起点にしてのロング・ツーリングに良いですが、

「香川でうどんが食べにくい」

 要は店がまだ開いていないと言う事です。そうなると第二便になりますが、

「休日ダイヤになると第二便が八時出航で、高松着が十二時四十五分になってしまう」

 そうなると平日出発になります。それといくら気ままツーリングと言っても、バイトもそうそうは休めません。メインの収入源ですからね。そうなると金曜の朝にフェリーに乗って、日曜に帰って来るぐらいになりそうです。

「帰りもフェリーでも良いし、淡路経由で帰るのもあるだろう」

 そうなると香川から徳島に向かうツーリングがラフ・プランになります。どこのうどん屋にするかぐらいは決めて置いても良いと思うのですが、

「ここはどうだ」

 わら家という店で、四国村という民俗資料館的の一角にあるようです。近くに屋島スカイラインってのもあり走れば楽しそうです。

「目玉はいるからな」

 ツーリング動画も車載カメラからひたすら走行風景を撮るスタイルもあります。あれはツーリング場所によってはそうなってしまうのもありますが、やはりプラス・アルファがある方が評判が良いところがあります。

 言い方は悪いですが名所めぐり的な要素がある方が喜ばれます。ここも名所めぐりに偏り過ぎるのも良くないところがありますが、全く無いとあまりPVが稼げない気がします。

「どこを走っても似たような動画になりやすいからな」

 ツーリング動画を見る目的は、自分が行く時の参考にする人が少なくありません。だから道案内的な要素がある方が良い気もしています。とくにわかりにくいところはそうです。それと何が見れるかの情報も欲しい人も多いと考えています。

 ツーリングをする人も、ただ走りたい人もいますが、観光をミックスさせたい人も多いのです。休憩とのかねあいもありますし、食事をどうするかも案外重要な情報です。行って見つけるのもツーリングの楽しみですが、

「行ったら無かったもあるからな」

 マップ情報は良く出来ていますが、行ってみたら休みだったり、満員で入れなかったり、

「行っては見たものの入る気がしなかったりもあるからな」

 そういうのも含めてツーリングですが、それなりの事前情報が欲しいのはあります。だからツーリング動画と同じコースを走る人も多いようです。この辺は休日は限られていますし、少しでも有効利用したいだろうからと思います。

「今回は初めて走る人の視点が入ると思うぞ」

 ここも微妙な点ですが、行き慣れたところを番組にすると、かえってスムーズに行き過ぎて面白味が乏しい時もあります。迷い過ぎるのも良くありませんが、少しトラブルがある方が面白がってくれる面が確実にあります。

 原田と計画を詰めていたののですが、今回は最悪うどんを食べて帰るだけでも良いとしました。帰りのフェリーは一九・一五分の高松発があり、それに乗れば、

「原田、神戸着は零時だぞ」
「泊まるより安い」

 とにかくカネがありませんから、取材費はなるべく抑えたいところです。泊まるなら泊まるだけのインパクトとメリットが欲しいのです。

「後は成り行き次第だな」
「美女との出会いがあるかも」
「鏡を見て言え」

ツーリング日和2(第3話)ユーチューバー

 ボクの名前は笹岡勉です。東京のメディア映像専門学校を卒業して、学校で知り合った原田健吾と組んでユーチューバーをしています。そう言えば格好が良いのですが、とにかく甘い世界ではなく実態はフリーターです。

 ジャンルはモト・ブロガー。バイクが好きで、ユーチューバーをするにはこれしかないと考えていました。原田と仲良くなったのもバイク仲間、ツーリング仲間として始まっています。

「今月も厳しいな」
「バイト増やさないと」

 ユーチューバーと自称するのは誰でも出来ますが、食べれるユーチューバーになれる第一関門は、ユーチューブ・パートナー・プログラムの利用資格を得なければなりません。色々と条件がありますが、

 ・チャンネル登録者数が千人以上
 ・公開動画の総再生時間数が直近の十二か月で四千時間以上

 登録者数が千人も厳しいですが、総再生時間時間数はかなり厳しくて、

「一日十一時間だものな」

 番組時間の設定は自由ですが、だいたい十五分前後が目安になります。あまりに長いと見てくれなくなるからです。一本の動画を四人に見てもらえば一時間ですし、五十人に見てもらえば達成可能なのはそうですが、

「そうは簡単じゃないよな」

 登録者百人でも毎日見てもらえれば余裕のはずですが、登録したからと言って見てくれるものではありません。新しい番組をアップしないと見てくれないのです。これは見る方からすれば当たり前で、一度見た番組はそうは繰り返して見てくれないってことです。では新しい番組を上げ続ければ見てくれるかと言えば、

「結局は番組の質だよな」

 面白くなさそうであれば見てくれません。番組に登録する人も様々で、熱心に見てくれてコメントも入れてくれる人もいれば、とりあえず登録だけしている人も少なくないからです。

 登録はクリック一つで出来ますから、人によっては何十もの登録をしていて、目に付いた面白そうなものだけ見る人も少なくありません。さらに新番組の制作と言っても時間が必要になってきます。

 ユーチューバーの規模も様々で、事務所を構えて連日撮影しているところもあれば、ボクのところのように少人数で手作りみたいなところもあります。とにかくユーチューバーだけでは食べられないのでバイトに追われている有様です。

「週に一本で目一杯だものな」
「頑張っても二本か三本」

 一回の取材・撮影で二本撮り、三本撮りすることもあり、それで量産したりもありますが、

「とにかく番組数をあるていどストックしてからになるよな」

 ユーチューバー番組でも怪物的なヒットを飛ばすものもありますが、そういう幸運がなければ豊富なラインナップをまずそろえる事が必要になります。どこかで一本見てもらい、それで興味を持ってもらい、芋づる式に他のストック作品を見てもらい、さらにはチャンネル登録してもらうの流れです。

「理屈はそうだが、理屈通りに行かないのが世の中だ」

 まあそうで、未だにユーチューブ・パートナー・プログラムを取得できていないのが実情です。だからユーチューバーと自称しても、広告収入やアフェリエイト収入が細々とあるだけです。

「ユーチューブ・パートナー・プログラムはハードル高いよ」

 そうなのです。パートナー・プログラムを取得できているところは一割程度と言われています。有名人が始めた番組ならすぐに取得できるでしょうが、無名の一般人では果てしない努力の末にならざるを得ません。

「水商売だよな」
「人気商売ってこんなものだろうけどな」

 ユーチューバーは芸能界と似ているところがあります。人気のある所は雪だるま式に登録者数も視聴時間も伸びますが、そうでないところは見向きもされません。ユーチューブを普通に開けば、利用履歴でお勧めの番組が出て来ますが、そこに出してもらうランクになるのが遠い道になります。

「とにかく競争相手が多い」

 お手軽に始められるのがユーチューバーの特色で、それこそ一人でスマホ一つでやっているところも少なくありません。モト・ブロガーならツーリング記録は王道ですが、

「あれだけいたらな」

 有名ツーリング・コースの番組など掃いて捨てられるぐらいあります。その中からボクたちの番組を選んで見てもらわないとなりません。

「でもトップ・モト・ブロガーの作った番組は一味どころか、二味も三味も違うよな」

 参考にするために見ていますが、ボクたちでも見ただけでツーリングに出かけたくなります。もちろんせめて近いような番組を作ろうとはしていますが、

「並べられると厳しいな」
「それはわかっているが・・・」

 ボクも原田も絵の質は負けてはいないと思ってはいます。バイク動画は揺れるバイクから撮るので、初心者が撮ると揺れまくりのものになります。その辺は専門学校で学びましたし、画面の構成とか、番組の構成の編集も悪くはないはずなのですが。

「それでも違うのは間違いない。結果がすべてなのがユーチューバーだ」

 原田の言う通りで、ユーチューバーとして食べれるレベルには遠いものと思わざるを得ません。

「今日は相談があるのだが・・・」

 専門学校卒業以来、ずっと東京に住んでいますが、東京で暮らしていくのが苦しくなっています。東京は日本の中心ですし、情報文化の中心なのですが、

「ユーチューバーでも東京の情報を発信する連中は東京に住み続ける意味があると思う。だが、モト・ブロガーなら逆ではないかと思う」

 原田が言うには都内でツーリングする意味は低いとしています。

「仕事ならまだしも、ツーリングって遊びだろう。遊びに行くのにわざわざ信号と渋滞に付き合いたいものか」

 都内からツーリングに出かけようと思えば都市部を抜けるだけで一苦労になります。これが行きと帰りの二回あるからウンザリさせられるのは本音です。

「スギさんやカトちゃんを見てみろ」

 スギさんとカトちゃんはトップ・モト・ブロガーを越えてカリスマとさえ呼ばれています。あの二人が住んでいるのは愛媛です。あの二人がカリスマと呼ばれるのは紹介するツーリング・コースが必ず大人気になり、バイク乗りが殺到し、聖地と呼ばれるぐらいになるからです。ボクも原田もバイク好きになったのは、あの二人の番組の影響が確実にあります。

「東京にこだわる必要はないと思う」

 そういうことか。東京は刺激的な街ですが、暮らしていくのは容易じゃありません。東京の刺激が必要な連中はしがみついてでも居るべきでしょうが、モト・ブロガーにとっては必要不可欠なものじゃありません。現実的にも食い詰めそうです。

「千葉とか茨城に引っ越すか」
「あの辺はやめておこう」

 ボクも気が乗りません。群馬とか栃木もです。バイク乗りなら信州、それとも思い切って北海道とか、

「雪に降られるのはバイク乗りにとって致命傷だ」

 たしかに。雪が降らなくても冬のツーリングは辛いところがあります。

「じゃあどこだ」
「ボクたちはしょせんは都会人だ。田舎暮らしは難しいと思う。だから関西だ」
「大阪か」

 原田は少し考えてから、

「大阪も悪くないが神戸はどうだ」

 神戸か。山と海に挟まれたオシャレな街と聞いています。聞くと原田の親戚がいて、それなりに土地勘があるようです。東京暮らしに未練はありますが、このままではどうしようもないのもわかります。迷うところはありましたが、思い切って原田の提案に乗ることにしました。

 調べると家賃は東京に較べると格段に安いのにまず驚きました。一人暮らしですから広さはそれほど必要ではありませんが、東京のアパートは狭すぎましたし、風呂さえなかったのです。そのうえ、あまりにも生活が苦しくて・・・

「だよな。ランクを下げまくって棲み処を確保していたが同じ家賃でかなり違うぞ」

 荷物をまとめて、ボクと原田は神戸までのロング・ツーリーング。そうそうボクのバイクは四〇〇CC、中古をローンでやっと手に入れたものです。もっと大きいのも欲しかったのですが予算不足です。

「それは同じだ」

 大きな荷物は運送屋に任せて、

「原田、神戸が希望の街になって欲しいな」
「いや、そうするのだ」

 東名から名神、さらに阪神高速に入り、

「あれが神戸か」

ツーリング日和2(第2話)バイクは残った

 熱狂の時代はバイクも絶滅の危機に瀕しました。ガソリン仕様車廃絶運動に直面したのもありますが、自動運転の急速な普及と、それに連動するような地域コミュニティ・カーの出現はスクーターのような買い物用も駆除しそうな勢いでした。

「結局、クルマはデカかったでエエかな」

 それだけではないと思いますが、バイクは生き残りました。生き残っただけでなく電動化もされませんでした。

「EB積んだバイクなんか売れるか!」

 作られはしましたが高価すぎて殆ど売れていません。そうですね、官公庁辺りがアピールのために買ったぐらいでしょうか。この辺はEBバッテリーの供給能力にも問題があり、

「安価なEB作れの要請はあったけど、無理なもんは無理や。そもそもバイク用のEB作るほどの余力もあらへんからな。クルマ用だけでもアップアップ状態やし」

 さらに言えばクルマで普及した自動運転技術のバイクへの導入も開発に着手はされましたが完全に頓挫しています。

「そんなもん出来るか。クルマとバイクは根本的にちゃうわい」

 時代に翻弄はされましたが、バイクはガソリン仕様のままで二十二世紀を迎えています。そんなバイクですが、二十一世紀の後半と言うより末ぐらいから若者を中心に注目を集め出したのです。

「若者だけちゃうで、もっと上もや」

 爆発的とは言えませんが、じわじわとファン層が増えています。これは管理され過ぎたクルマに飽き足りないぐらいと分析されています。

「回りまわって百年やろ」

 正確には百年以上ですが、二十世紀のある時期まではクルマは本当の贅沢品でした。カネ持ちのステータスまで行かなくとも若者には手が届かないものでした。しかしバイクはクルマに較べるとずっと安価です。若者でもバイトに精を出せば手が届いたと言えば良いでしょうか。

「暴走族の時代でもあったがな」

 バイクで速度を競い合った時代としても良いかもしれません。

「負の面はあったけど、自由の象徴でもあったで」

 ミサキすら見たことのない名画にイージーライダーがあります。

「ウソつけ。リアルタイムやろ」
「生まれる前です」

 一緒にしないで下さい。イージーライダーはロードサイド・ムービーの傑作とも言われていますが、今見てもわからないとも言われています。当時のアメリカの世代間の分裂とか、

「アメリカってな、今でもそういう面があるけど保守的な人間が多いんよ」

 多いと言うか、多様性の幅が広すぎる気がミサキにはします。同じことを三人に意見を求めたら、まったく方向性の違う回答が三つだったりするのは日常茶飯事だからです。

「イージーライダーのラストは、理不尽に撃ち殺されてまうんやけど、あの理不尽さを当時人間やったらすぐにわかったんよ」

 長髪にし、ジーンズを履き、バイクに乗っているだけで不良どころか社会のゴミみたいにみなされたぐらいと言われています。そういう空気が当時のアメリカに濃くあっただけでなく、それに反発する若者も多かったぐらいでしょうか。

「時代ってな、過ぎ去ってしまうとわからんようになることが多いんよ」

 クルマをあれだけ枠に嵌めようとした時代も今では理解できなくなってますからね。

「人はね、行き過ぎた管理を嫌うのよ」
「クルマじゃ、おもろないし、息苦しいてしょうがないやんか」

 若者を中心に自分で自由に走らせることが出来るバイクが再発見されたぐらいです。この辺はあれだけ熱狂されたガソリン仕様車廃絶運動が、今となっては理解できなくなっているのもあります。


 そういうバイク・ブームに便乗、いや悪乗りされてコトリ社長とユッキー副社長がバイクに凝っておられます。お二人が乗られてるオリジナルは一二五CCの原付二種ですが、科技研の狂気の天才集団による魔改造によりトンデモ・バイクになり果てています。

「まあ、そやった」
「ゆっくり流して走るのが一番苦手ってなんなのよ」

 どれだけの開発資金を投入したかと言えば、お二人のボーナスをすべて注ぎ込んでも足りないとされています。そうですね、あれだけあれば、純金のバイクが何台作れたことか。

「そんなことないよ。純金じゃ重いじゃない」
「そうやで、純金じゃフレームがもつかいな」

 そういう問題じゃない! まあ速いのは速いそうですが、

「それほどやあらへん」
「そうよ、石鎚スカイラインで現役レーサーが乗ってたスーパー・スポーツを振り切った程度よ」

 アホか! どこの世界に、レーサーが操るスーパー・スポーツを振り切る、素人が運転する原付があるものですか。もっとも、

「飛ばしたらとにかく怖いんよ」
「ゆっくり走らせるコツをつかむまでホントに大変だったんだから」

 それだけ走るのに原付なのです。

「イイじゃない。維持費も安いし」
「長く乗るには大事なこっちゃ」

 なにが維持費ですか。オイル交換するだけで、

「しゃ~ないやん、全部特注の一品物やし」
「市販品で売っていないのよ」

 とにかく原付ですから下道ツーリング専門です。

「それがツーリングの本道や」
「高速でイキがるのは子どもよ」

 子どもはお前らやろが! あんないちびったバイクを嬉しそうに乗り回しやがって。

「それより見て」
「ライダースーツを新調したで」

 ありゃ、こりゃ可愛いと言うか、オシャレと言うか、

「どこのメーカーですか?」
「そりゃ、クレイエールよ。自社製品を使わないとね」

 ちょっと待った、ちょっと待った。クレイエールはライダースーツなんて作ってません。となると、やりやがったな。

「これからは、こういう需要も増えそうじゃない」
「試作研究しとかんと乗り遅れるからな」

 まさかブーツもグローブも、

「トータル・コーディネートよ」
「セットでそろえられんと意味ないやろ」

 まあイイか。そういう需要も出てくる可能性がありそうですから。

「ということでテストが必要になったんや」
「実際に着て走らないと本当の評価が出来ないでしょ」

 どうぞ勝手にツーリングにお出かけください。ただし、

「交通費も宿泊費も経費になりません」
「それないで、仕事やん」
「そうよ、社長と副社長が自らテストするのに」

 あのなぁ、お前らどこの社長と副社長をやってると思てるねん。お前らが行くとこ、見るもの一つで世界経済に影響する仕事やってるんやぞ。もしライダー・スーツのテストを社長と副社長が自らやってるなんて知れたら、世界中のアパレル・メーカーが争って参入してくるわ。

「そないに可能性があるんなら、やるべきやろ」
「そうそうよ」

 ウルサイわい。ツーリング代ぐらい自分で払え。なんぼ給料もろてると思てんねん。独身やし、家賃も固定資産税も、光熱費も、水道代も、ガス代もいらん暮らしやってるんやろうが。