怪鳥騒動記:売れ残りの会

    「シノブちゃん、それって公私混同やで」
    「そうよ、仕事相手を口説き落とすってなによ」

 でも目が笑ってる。

    「ユッキー社長、コトリ先輩。エラそうに仰られますが、柴川教授を口説いた時は公私混同じゃなかったのですか」
    「あっ、それは・・・」
    「あの時は、つい・・・」

 なにが『つい』よ。二人してポーズ取って誘惑したのは知ってるんだから。

    「それはさておきでやな」

 さておきで逃げるな、

    「告白したん」
    「もちろん」
    「チューは」
    「もちろん」
    「やったん」
    「もうすぐの予定」

 さすがにあの夜にベッドはね。やっても良かったけど、そっちぐらいはマモルに誘って欲しいじゃない。

    「逃がしたらアカンで」
    「そうよ、バッチリ釘づけしときなさい」

 釘付けしたって逃げられるときは逃げられるけど、今度はトットとガッチリやるつもり。白い糊でも赤い印でもなんでも来いだ。

    「シノブちゃんも今年で三十一歳になるから、エエ相手やと思うで。相手もそんなシチュエーションやったら真剣やろ」
    「アカネさんが今年だから、シノブちゃんは来年ぐらいかな」

 式となればそれぐらいかかるものね。

    「釘づけする時に乱れ過ぎんようにな」
    「そうね、シノブちゃんは集中しすぎるから、いきなり全開になりそうだし」

 そこは注意しておかないと。

    「これで売れ残りの会もコトリとユッキーだけになってまうな」
    「わたしは入っていないわよ」
    「なに言うてるねん。もう七十九やんか」
    「だから売れ残ってないって。ちゃんと売却済みよ」

 売却済みって影も形もないじゃない。

    「誰やねん相手は?」
    「ジュシュル」

 ジュシュルは十二年前に訪れたエラン宇宙船の船長であり、エランの総統。

    「ジュシュルも八年前に亡くなってもたやないか」
 ジュシュルは地球から人類滅亡兵器対策のためと大量の血液製剤と、浦島夫妻を連れて帰ることに成功したんだけど、母星では副総統のザムグが裏切り、ジュシュルはエランに帰った直後から戦乱に引き込まれちゃったんだ。

 一年の苦しいゲリラ戦を戦い抜いたものの、頽勢の挽回は困難と判断し、地球から預かった浦島夫妻を地球に送り届ける最後の作戦を展開してる。

    「あの時にディスカルの乗った宇宙船を援護するためにアダブが亡くなったのは間違いないよ。これはディスカルも見ていたもの」
    「そんなん言うけど、ジュシュルは二十倍ぐらいのザムグ軍に完全包囲されたんやで」
    「でもジュシュルの死を見た者は地球にいないわ」

 最後の作戦はジュシュルが囮になってザムグ軍の主力を引きつけ、それで手薄になった宇宙船基地をディスカルとアダブが別働隊を率いて襲撃する作戦。

    「コトリ、ジュシュルは首座の女神が認めた漢よ」
    「それは知ってるけど、気合で兵力差は覆せんで」

 ユッキー社長はまるで遥か彼方のエランを見るように、

    「ジュシュルは決してあきらめる男じゃない。どれだけの苦境に立っても、最後まで希望を燃やし続けられる男だわ」
    「どんなに立派な男でも矢に刺されば死ぬし、切り殺されれば死ぬ。どれだけそれを見て来た思てるねん」

 古代エレギオン時代の女神の男たちは高潔で勇敢。それこそ男の中の漢だったのは叙事詩にも謳われてるし、シノブも何度か聞かされたことがある。

    「イッサや、リュースやって魔王の前では無力やってんや。バドだって・・・」
    「コトリ、バドの話はやめましょう。コトリの言う通り、最後の作戦でジュシュルが勝つことはありえない。最後の作戦で生き残った将兵がいるかどうかも疑問だわ」
    「だったら」
    「だからジュシュルは英雄なのよ!」

 ユッキー社長の顔が紅潮してる。

    「ジュシュルは最後の賭けを行ったはず。それにさえ勝てればザムグを倒せる」

 どういうこと。部隊が全滅したら倒せるはずないじゃない、

    「ジュシュルだって、そこまで苦労を伴にした将兵を死に追いやるのは心苦しかったと思うわ。でも、あれ以上、戦力が減ると浦島たちを地球に送り返せないと判断したでイイと思う」
    「ユッキー、まさか」
    「そうよ。極限状態にジュシュルは自分を追い込んだのよ」

 コトリ先輩は気づいたみたいだけど、どういうこと。

    「シノブちゃん、地球の神がどうして自力で宿主移動できるようになったかなのよ」

 これはミサキちゃんに聞いたことがある。浦島夫妻が宇宙船の故障で地球に取り残された時に、最初の頃は意識移動装置で命をつないでたって。だけどそれもついに動かなくなり絶望の中に放り込まれたんだって。そりゃ、そうだろう。そして絶望の中で悶え苦しんだ末に自力で宿主移動が出来るようになったらしい。

    「じゃあ、ジュシュルはあえて完全なる死地に向かったとか」
    「それ以前にも試していたはずなんだ。でも出来なかったでイイと思う。ジュシュルはそれぐらいでは足りないと考えたんだと思ってる」

 最後の作戦にそんな意図が込められていたなんて。

    「仮にジュシュルが自力での意識移動が可能になったとして、ザムグに勝てるのでしょうか」
    「ジュシュルはかなり強かったよ。浦島たちさえ上回るぐらい。さらにだよ、エランへの宇宙旅行の二年もさらにプラスされてる。エランから離れたことがないザムグが勝てるわけないよ」

 でもたとえジュシュルがザムグを倒したとしても地球に来れる宇宙船がないはず。

    「もうエランにあれだけの宇宙船を作れる力は残っていないとディスカルは言ったわ。その言葉にウソはないと思うよ。でもね、作らないとエランは滅ぶのよ。ジュシュルなら必ず作り地球に来るわ」

 ここでコトリ先輩が、

    「ジュシュルなら出来るかもしれん。意識移動も宇宙船建造も。あれだけの男はそうはおらんからな」

 これもミサキちゃんに聞いたんだけど、ユッキー社長はジュシュルが地球人をエランに連れて帰ろうとしているのを察知し、これを阻止するために怖い顔と睨みまで使ったそうなのよ。怖いたって半端なものじゃなくて、ミサキちゃんでも震え上がったって言ってた。でもジュシュルはその怖い怖い顔と怖ろしい睨みを昂然と睨み返し、

    『社長は強い。それはわかったが、エランの総統として、どうしても地球人を連れて帰らなければならない。これがエランに残された最後のチャンスなのだ』

 それこそ部屋中がビリビリするような物凄い気迫で言い放ったって。その姿にミサキちゃんも痺れまくたって言ってた。聞いただけのシノブもそうだもの。

    「とりあえずユッキーは売れ残りの会から除名や」
    「ありがとう」
    「百年ぐらい待つ気か」
    「二百年は待ちたいな」
 ユッキー社長が一途なのはコトリ先輩から何度も聞かされたけど、ここまで一途なんだ。たしかにユッキー社長の思い通りに事が進めば、再びジュシュルは地球に、いやこの神戸に戻って来るはず。

 でもかぼそ過ぎる希望なのよね。それでも希望があれば、そしてそれが愛する男であればいつまでも待ち続けるんだ。これこそ首座の女神の恋かもしれない。

怪鳥騒動記:突撃

 今夜も平山先生と。もう三回目。そして今から入るのは、

    『カランカラン』
 行きつけのバー。ちなみに二人でディナーを食べてから、バーに来たコース。最初の二回はお昼ご飯だったけど、三回目で夕食まで漕ぎ着けた。エヘヘヘ、順調、順調、とりあえず、そういう仲になってる。だから鳥以外の話しもいっぱいしてるんだ。

 平山博士の名前は守っていうんだよ。卒業は港都大。港都大は鳥類研究も強くて、花鳥センターもその一環みたいなところで良さそう。今回、合同調査隊に加わらなかったのは、カネもなかったけど、日本で送られて来た情報の分析主任みたいな役割を任せられたと見ても良いと見てる。

 それとね、タダの学者バカじゃなくて、学生時代はアメフトやってたんだ。それもQBで、関西の二部だけどベストQBに選ばれたことがあるぐらい。

    「翌年は一部に上がったんだけど、全敗。関学や立命戦なんてエライ目に遭ったよ」
 でもね、でもね、スポーツマンらしく爽やか。背も高くて、顔もかなりのイケメンでシノブ好み。なんかラガーマンだったミツルを思い出しちゃった。ミツルもスタンド・オフだったものね。

 もう間違いない、シノブは平山博士に惚れてる。恋してるし、愛してる。はっきり言うと夢中。早く次の段階に進みたいけど、大事な点は確認しとかないと。まずは独身で未婚。バツイチだってかまわないけど、とにかく奥さんはいない。さすがに不倫愛で泥沼の略奪愛までやりたくない。後は付き合っている彼女がいるかどうか。

    「これでも学生の時は、もててたんだよ」

 だろうな。これで彼女の一人も出来てなかったらウソだもの。

    「どうも卒業してから、誰も振り向いてくれなくなって・・・」
 平山博士が鳥類学の俊英なのはウソでもなんでもないんだけど、そのために卒業後は研究に打ち込んだで良さそう。それぐらいしないと学者として生きていけないし、それだけ打ちこんだから山科教授に目を懸けられてるのだけど、冗談抜きで女どころじゃなかったのは信じよう。

 でも、ここは肝心な点だから念を入れて聞いたんだ。そりゃ、伊集院さんを愛梨にさらわれたのはシノブにもトラウマだもの。彼女じゃなくとも、密かにあこがれ続けてるとか、親し過ぎる女友だちとか。

    「いないよ、いれば夢前さんとこんなところに来ないよ」

 いいや、伊集院さんは来てた。

    「夢前さんも疑い深いな」
    「そういうけど・・・」

 思い切って言っちゃった。伊集院さんとのこと、

    「えっ、伊集院さんって、あの伊集院教授のこと・・・堅物で有名な伊集院教授がウルトラ美人でお金持ち御令嬢の神崎さんをゲットしたのは驚いたけど、夢前さんが競り合っていたなんて」
    「負けちゃったけど」
    「ならボクはラッキーかも。そこで夢前さんが勝ってたら、こうやって一緒にご飯なんて食べられなかったろうし」

 そうとは言えるけど、

    「私が勝ってたら、隣は神崎さんだったかもしれないじゃありませんか」
    「いや、ボクだったら夢前さんの方が百倍イイよ。伊集院教授の趣味は変わってるよ。神崎さんは美人だけど近寄りがたくて。家でもあんな感じなのかなぁ」
 あははは、そうだよね。それは今だって変わらない。冷たいぐらいの近寄りがたい雰囲気があるものね。あの愛梨が実は純情ツンデレの極致で、家では旦那ラブに熱中しまくってるって聞いたら驚くだろうな。

 愛梨が結婚して、もう一年になるけど、あの異常なほどの旦那ラブは衰える様子すらないんだものね。ちょっと前だっていきなり電話がかかってきて、

    『愛梨は取り返しの付かない過ちをしてしまった』
 もう半狂乱の泣き声で、かけてきたのは実家からだった。何をやらかしかたと思ったら、旦那のシャンプーを切らしてんだってさ。だから伊集院さんは愛梨のシャンプー使ったみたいだけど、それを聞かされた愛梨はいきなり家を飛び出して実家に帰っちゃったんだ。

 これを伊集院さんが愛梨の実家まで迎えに行って、泣きじゃくる愛梨を連れて帰るのに一騒動。シノブまで結局付きあわされたものね。それだけ旦那ラブするのは悪いこととは言わないけど、あの相手は半端なことじゃ出来ないよ。


 愛梨の事はともかく、シノブは平山博士の言葉を信じる。平山博士は伊集院さんに負けないぐらい、いや伊集院さんよりもっと素敵だよ。二十代で結婚出来なかったのは悔しかったけど、待っただけの甲斐がある男だ。

    「その言葉、信じてイイよね」
    「もちろんさ」

 これで気持ちは確認できたよね。ここで平山博士の告白を待つのもあるけど、今回は待たない。待って失敗したのを忘れるものか。

    「でしたら、どうか付きあって下さい」
    「えっ、このボクと」

 伊集院さんの時は待ちすぎた。待ちすぎて逃がしちゃった後悔は今もあるんだ。だから、一目散に突撃する。

    「夢前さんは専務、それもエレギオンHDの専務。それに較べてボクは花鳥センターの研究員」
    「それがなにか。平山博士は男、私は女。それ以外になにかありますか。私は博士の好みではありませんか」

 これが女神の口説き文句。世の中、どうしても釣り合いを考えちゃうじゃない。でもね、でもね、エレギオンHDの専務になっちゃってるから、釣り合いなんか言いだしたら相手がいなくなっちゃうじゃない。平山博士はしばらく考えてから、

    「なんか夢見てるみたいだけど、ボクでイイのかい」
    「申し込んだのは私です」

 その夜からマモルって呼べるようになったし、

    「じゃあ、ボクはハルカって呼んでイイのかな。なんか照れくさいけど」
    「ハルカはやめて」
    「じゃあ、夢前さん」

 もうシノブは決めてる。

    「シノブって呼んで」
    「どうしてハルカじゃなくて、シノブなんだ」
    「お願い、理由はそのうち話すから。でも私のことをシノブって呼ぶのは特別の意味があるぐらいに思ってくれたら嬉しい」
 そうハルカじゃなくて、シノブと呼んでくれる男になって欲しいんだ。その夜の帰りに熱い口づけももらった。マモルには言ってないけど、夢前遥のファースト・キスだよ。今度は逃がさない、今度こそシノブの運命の男。

 伊集院さんの時にはエレギオンHDの専務だったことを伏せたのも結果として失敗だったと思ってる。今回は始まりが始まりだったから、そこは問題にならなかったのはラッキー。最後の難関を二人で突破しよう。運命の男ならきっと出来るはず。

怪鳥騒動記:平山博士

 シノブは最高情報責任者(CIO)で率いてるのは戦略情報本部。これはクレイエール時代の情報戦略本部を引き継いで発展拡大したもの。ユッキー社長も非常に重視されてて、

    『情報を制する者は世界を制す』

 クレイエール社長に就任してからずっと力を入れてられて、エレギオン・グループが発展するのと比例して充実して、今や世界中にネットワークを張り巡らせた一大組織ってところ。CIA並とか噂されることもあるけど、それはちょっと大げさ。もっともコトリ先輩に言わせると、

    『そう思われるだけでも情報戦は有利に立てるんや』
 戦略情報本部の活動は多岐に渡るのだけど、エレギオンHDの中では調査部と呼ばれてる。調査部も本来は本部の下のセクションの一つだけど、どうしてもここの活動が目立つからね。

 メキシコの怪鳥の情報も通常の情報活動の一環として入るのだけど、ユッキー社長の指示もあったから、重点項目に格上げして調べさせてる。とは言うものの、今のところはメキシコにあるエレギオン・グループの系列会社から上げてもらってるものが主体だけどね。

 やはり怪鳥の画像や映像は合成やCGによるニセモノが多いというか、溢れてるみたいで良さそう。いくつか『決定的』とされたものがニセモノとされて、怪鳥騒動が終りそうになった時期もあったんだけど、それでも新たな目撃情報や被害情報が出て来るんだ。

 エレギオン・グループの社員でも目撃したり、不鮮明な画像や映像を撮ったりしたのも出てる。ここまで来ると、メキシコの怪鳥は実在している可能性が高いと見て良いかもしんない。

    「アメリカが出てきたやん」
 コトリ先輩が嬉しそうに言ってたけど、アメリカだけでなく他の国々も参加した国際合同調査隊が結成されて調査活動が始まったんだ、日本からも山科教授のチームが参加してる。

 これでシノブの仕事がちょっとラクになった。エレギオン調査部と言えども、怪鳥調査チームを送り込むのは大変だからね。今は国際合同調査隊の集めた情報をハックするのに専念してる。

 国際合同調査隊は現地の目撃情報や、新たに集められた画像や、映像の分析を進めるのと同時に現地調査を行ってるんだ。その情報を見る限り、やはり鳥は実在しているで良さそう。後は決定的な画像とか映像が欲しいのと、国際合同調査隊では捕獲も検討されてるみたい。


 シノブは専門家の話を聞きに行ったんだ。行ったのは山科教授の愛弟子と言われている平山博士。とにかく山科門下の俊英として有名みたいで三十五歳。ただね、メキシコの怪鳥騒ぎ以来、マスコミの取材が多くてウンザリしてたみたい。

 まあ、マスコミ取材って聞くだけ聞かれて、時間は取られるわ、ゼニにはならないわ、言った事と違った記事にされるわで、仕事の邪魔にしかならないものね。そのクセ、エラそうで厚かましい。

 そのせいかシノブが訪れた時も胡散臭そうな顔してたのは良く覚えてる。とりあえず挨拶して、名刺を渡したんだけど、

    「エレギオンHDが何の用事ですか?」

 ぶっきら棒に言われたもの。まあマスコミ以上に関係ないと言えば、関係ないところだもの。だから初対面の第一印象は良くなかったんだけど、

    「鳥の話を教えて頂きたくて」
    「鳥ねぇ・・・」

 そこから名刺とシノブの顔を何度も見比べるのよね。

    「なにか顔に付いてますか」
    「いや、その専務さんなんですか」
    「ええ、そうなってますが」

 肩書で態度が変わるタイプの人かと思ってたら、感極まったような表情で、

    「これは世界一美しい専務さんだ」

 これを大真面目に言うんだよ。さらにだよ、

    「こんなに美しい専務さんが存在するのは犯罪的だ。世の中、絶対間違ってる」
    「専務が綺麗だったらおかしいのですか」

 そしたら、ちょっと困った顔して、

    「その通りだ! こんな美人がボクの目の前に現れるのが間違ってる」

 あんまり大真面目だから、シノブもこらえきれずに笑っちゃったら、平山博士も大笑いになって、そこから親しくなった感じ。平山博士も合同調査隊に参加したかったみたいだけど、

    「あははは、カネがなくて」

 学者は貧乏だもんね。

    「若手の俊英ってのも堪忍して下さい。実態はほら」

 大学の研究室にいても食べられないから花鳥センターに勤務してるとか。ここは鳥に重点を置いた動物園ぐらいのもので、平山博士はそこの主任研究員ぐらいの肩書。実態的には飼育員も兼務してられるで良さそう。

    「・・・ボクのところにも山科教授経由で情報が送られるのだけど、メキシコの怪鳥は実在してると見て良さそうだ」
    「あんな大きな鳥がですが」
    「そうなんだけど、現地の情報ではさらに大きいのじゃないかとも見られてる」

 五メートルより、さらに大きいってことなの。

    「そんな大きな鳥が飛べるのですか」
    「現実に飛んでいるのは間違いない」
    「翼竜の生き残りとか」

 ここで平山博士はニッコリ笑って、

    「そういう説は学者の間でもある。中世の龍は翼竜の生き残りであったと考える人もいるし、中世に生き残っていたら、現在のメキシコの出現する可能性もゼロじゃないからね」
    「まさか! 平山博士もそう考えてるとか」

 平山博士は楽しそうに、

    「ボクは違うと見てる。たしかに翼竜ならサイズとして合うが、翼竜の飛行能力はさして高いとは考えられない。とくにだ、大型の犬を掴んで飛び去るのは不可能として良い」

 さらに付け加えて、現在の画像情報からして明らかに現在の鳥類の特徴を備えており、翼竜と見るのは無理があるとしてる。

    「でも鳥であっても、あれほどのサイズとなると飛ぶのも大変では」
    「そうなんだよ。現在の最大のワタリアホウドリでも翼開長で三メートル強ぐらいだ。大きくなれば飛行に必要な筋肉も重くなり、飛ぶのが難しくなる」

 それなのにメキシコの怪鳥は高度な飛行能力を持っていそうだものね。

    「そんな鳥は古代も含めていないのでは」

 悪戯っぽく笑った平山博士は、

    「ラルゲユウスを主張する学者もいるよ」

 古代鳥の一種で、かつてその存在が学会でも議論になったものだって。ほんの少ししか化石がなく、それが独立した種なのかも問題となり、当時の有ある名な古生物学者が主張した、

    『翼開長は最大で十メートルに達する可能性がある』

 これについても大激論が巻き起こったとか。現在は他の化石が入り混じったニセモノぐらいの評価かな。

    「ところで、さらに大きくなったとは、どれぐらいですか」
    「うん、七メートル以上の情報もあるそうだ」
    「それって、プテラノドン・クラス。翼竜も含めて過去最大級ですね」

 平山博士はニコニコと笑いながら、

    「プテラノドンは有名だけど、過去最大級ならケツァールコアトルスがいる。あれには翼開長十八メートル説があるぐらいで、ミネソタ州にはその説に基づいた展示を行っている博物館もあるよ」
    「そんなに大きいのが・・・」
    「もっとも発見されてるのは十二メートルクラスになり、体長はキリンぐらいになる」

 こんな話を教えてもらったんだけど、これで終わるのはなんだか惜しい気がしたんだよ。そう、これで終わったら絶対に後悔するって強い思い。シノブの中で確実に何かが反応してる。

    「もし御迷惑じゃなかったら、これからも鳥の話を聞かせてもらえれば嬉しいです」
    「えっ、次もあるのですか」

 ダメかと一瞬思ったんだけど、

    「ではボクからの提案ですが、こんなむさくるしいところじゃなくて、他のところでお話するってのはどうですか」

 この時に平山博士の顔を見たらガチガチ。平山博士もシノブに何か感じてくれてるんだ。

    「それは願ってもないことです」

 そこから平山博士はモジモジしながら、

    「これは先に断わっておくけど、エレギオンの専務さんを満足させるような店は無理だよ」
    「かまいませんよ。松屋の牛丼でも喜んで」
    「それはひどいな。いくら貧乏でも、もうちょっと期待してよ」
    「じゃあ、サイゼリア」
    「もうちょっと頑張る」
    「御心配なく交際費でなんとかなります」
    「さすがは専務さんだ」
 そうして定期的に会うようになったんだ。

怪鳥騒動記:焼き鳥

 そのうち消えると思っていたメキシコの怪鳥だけど、興味本位のテレビ局が『世界なんとか発見』みたいな番組で断続的に取り上げるし、そこで、

    『出たっ』

 ホンマにそうかないなと思うような不鮮明な、

    『衝撃の映像』

 これを放映するものだから、なんとなく日本でも盛り上がってる感じ。もちろんコトリ先輩は熱中されています。ユッキー社長に、

    「ホントにいるのですか」
    「さあね。でもコトリは昔から好きだからね」
    「キワモノ好きですね」
    「自分がキワモノだからシンパシーを感じるんじゃない」

 言われてみれば女神もキワモノだものね。

    「でもね。五メートルは大げさだと思うわ。鳥だって飛び上るのは大変なんだよ。現存ではアホウドリが最大クラスだけど、助走しながら飛び立つし、コンドルだって飛び立つのは大変なんだよ」

 大型旅客機みたいなものかな。

    「これが五メートルになれば、飛び立てない気がする」

 飛行機みたいにエンジンのパワーアップってわけにはいかないだろうし。

    「だからせいぜい実在したとしても四メートルぐらいかな。それぐらいなら個体の例外として存在するかもね」

 ユッキー社長は冷静で、コトリ先輩が大好きな謎の巨大生物は頭から否定的です。

    「種の存続のためにはある程度の数の個体数が必要なのよ。たった一羽とかが生き延びるはあり得ないってこと」

 でしょうね。そんな巨大なものが百羽もいたら、今まで見つからない方が不思議過ぎるもの。

    「だから小型の未知の生物の発見はあり得ても、大型はあり得ないってこと。そこそこ大型で可能性があるのは海洋、それも深海ぐらいだよ。地上で発見されるなんて痴人の妄想よ」

 これはシノブも同意。

    「でも調査を命じられたのは?」
    「この騒ぎは長くなってるじゃない。仕掛け人がいて、何かを企んでいると見ただけよ。その意図が悪ふざけならイイけど、もっと根の深いものならエレギオンも対応が必要になるかもしれないじゃない」

 そっちか、

    「もう一つ理由があるけど、そっちはさすがにね」
    「なんですか」
    「無いと思うよ、千年も、二千年も前の話との関連だもの。そんなに長いこと発見されない訳ないし」

 そこにコトリ先輩が、

    「今夜も鳥の特番あるんや」
    「だったら今夜は焼き鳥にする」
    「あれはアカンて。前に庭でやってスプリンクラーの雨降らせてミサキちゃんにどれだけ怒られたことか」
    「じゃあ、グリルで焼く」
    「アカンて、焼き鳥は炭火に限る」

 それでも焼き鳥が食べたいとなって三宮に。ここは最近のお気に入りの店で、

    「とりあえず十本頼むで」

 これだけで名物のツクネが出て来るってお店、

    「ここのツクネは他とは違うね」
    「さすがのコトリも真似できへんわ」
    「メキシコの怪鳥も美味しいのかなぁ」
    「肉食系の動物は鳥に限らず旨ないのが多いからな」

 トラとかライオンとか、あんまり食べる話は聞かないものね。

    「その辺が魚とちゃうとこやろな」
    「この皮も美味しいね」
    「この焼き方はコトリ好みや」
    「わたしもこっちの方が好き。皮も脂を抜き過ぎると良くなって人もいるけど、やっぱりパリッとしてないと」
    「そうや、ベチャっとしている皮は好かん」

 ここの皮はシノブもお気に入り、

    「ユッキーも塩派やな」
    「タレも嫌いじゃないけど、鶏肉の旨みを味合うなら塩でしょ」
    「そうやそうや、ハート十本追加タレで」

 あれハートは塩じゃないのか。

    「ここのタレも美味しいのよ」
    「ハートはタレやで」
    「ビールも頼むは」
 焼き鳥談義で平和な夜を過ごしました。三人で百本ぐらい食べたかな。

怪鳥騒動記:鳥の話

    「コトリ先輩、なに読んでるのですか」
    「メキシコの怪鳥」

 やっぱり好きだものね。

    「怪鳥と言うぐらいですから、大きいのですか」
    「そりゃ、大きいで」
    「ダチョウより大きいとか」

 そしたらニコニコ笑いながら、

    「ダチョウもデカいけど、十九世紀ごろまで象鳥っていうのがいたそうや。これがなんと高さが三・五メートル、体重五百キロもあったらしい」

 そんな化け物みたいな鳥が十九世紀までいたとは知らなかった。

    「卵が十キロもあったっていうからな」

 そりゃ大きいわ。

    「ほいでもメキシコの怪鳥は飛ぶんや」
    「飛ぶんですか」
    「鳥は飛んでこそ鳥やろ」

 それじゃ、ダチョウの立場がなくなるけど、

    「飛べる鳥で大きいと言えば」
    「アホウドリやろな。大きさを示す指標は色々別れるけど、翼開長で三・六メートルぐらいになるらしい」

 そりゃ、大きい。

    「ワシより大きいのですか」
    「ワシもでかいで。コンドルやったら翼開長は三メートルぐらいになる」

 アホウドリにも匹敵しそう。怪鳥って言うぐらいだからもっと大きいんだろうけど、

    「どれぐらいですか」
    「翼開長が五メートルぐらいあったとなってる」

 そこにユッキー社長が、

    「コンドルでも飛んで来たんじゃない」
    「ちょっと生息地域と外れるからな」

 コンドルと言えば南米のアンデス山脈だものね。

    「いつもの見間違いとか、フェーク・ニュースじゃないですか」
    「そうかもしれんけど、そんな鳥がおったらおもしろいやないか」

 この日はこれぐらいだったのですが、

    「例のメキシコの怪鳥やけど、目撃譚が増えてるで」

 まだ追っかけてたんだ。

    「記事に依るとやな、犬を襲ったそうや」
    「犬ですか」

 ユッキー社長が珍しく興味を示し、

    「犬は連れ去られたの?」
    「そうみたいや」
    「だったらコンドルじゃないわね」

 えっ、どうして。

    「コンドルは大きいけど、獲物をつかんで飛ぶには適してないのよ」

 そうなんだ。

    「ユッキー、それやったらオウギワシの可能性はあるで」
    「ハッピー・イーグルも大きいけど翼開長は二メートルぐらいよ。三メートルでも大きすぎるのに五メートルは桁外れすぎるよ」

 どうもメキシコの怪鳥は現地でも相当話題になってるみたいで、パラパラと続報が入って来てコトリ先輩は熱中されてます。

    「出た!」
    「何が出たのですか」
    「写真や写真」

 それにしても、なんと写りの悪い。

    「これじゃ、何の鳥かわかりませんね、それにサイズだって比較するものがありませんし」
    「そやけど、専門家がコンドルは否定的やと言うとる」

 それはユッキー社長が前に言ってたけど。しばらくは目ぼしい続報もなかったのですが、突然テレビのニュースに。コトリ先輩は釘づけ状態で見てます。ニュースに使われたのは動画で、

    「スマホで撮ったもんらしいけど・・・」

 これも映りが悪いのですが、突然大きな鳥が舞い降りて来て、庭に放されていた大きな犬をつかんで飛び去っていきます。

    「大きいな。たしかに五メートルぐらいありそうや」
    「それにしても派手な鳥ね。全体が緑で腹が赤みたいよ」

 この日はシオリさんも来てたのですが、

    「たしかに大きいと思うが、騒ぎに便乗してのCGじゃないのか」
    「そうよね、こういう騒ぎになると必ず出るものだし」
 そうなのよね。CGの発達は目覚ましくて、実写との区別は専門家でも難しいって言われてるぐらい。そのせいか、シーペンサーが撮影されたり、ヒマラヤの雪男が出現したり、ネス湖にネッシーが出てきたりの騒ぎがあったけど、あれも後でCGとわかったものね。

 とはいうものの、テレビのニュース映像だけでは、さすがのシオリさんも真贋を区別することは無理で、

    「もう少し決定的な映像が欲しいな。その元映像が入手できたら、サキにでも分析させるのだが」

 サキさんはオフィス加納の動画部門のチーフで、最近では映画も撮ってるぐらい。

    「シノブちゃん、悪いけど、もっと凄い映像が出てきたら、手に入れてくれないか」

 あちゃ、シオリさんも嫌いじゃないのか。物と保管状態によるけど、手に入れるのは不可能じゃないけど、

    「シノブちゃん。わたしもちょっと気になるから、シオリが欲しい映像なり、画像が出てきたら動いてくれる」

 ユッキー社長まで。でもあれよね。こういう騒ぎは便乗とか、逆に暴動騒ぎを誘発する時もあるから、その辺は業務に影響することはあるものね。

    「かしこまりました」