宇宙をかけた恋:食べ物の話

    『コ~ン』

 今日は女神の集まる日ですが、シオリさんもアカネさんも殺到する仕事のために欠席。オフィス加納も活況のようです。その代りに招いたのは、

    「船長のジュシュルです」
    「技術担当のアタブです」
    「事務担当のディスカルです」

 そうエランの幹部たち。交渉も今は空港ロビーではなく、クレイエール・ビルのECOで行われる段階に進んでいます。今夜は地球食に御招待です。

    「今のエランも統一食ですか?」
    「よくご存じで・・・」
    「地球食は素材をそのまま使うから抵抗があると思うけど、アラも気に入って食べてたから安心して下さい」

 エラン人たちは薄気味悪そうにしていましたが、地球で唯一頼れる人からの接待ですから口にしないのはエランでも儀礼に反するようです。おそるおそる一口食べると、

    「こ、これは・・・」
    「うむ、味が一種類ではない」
    「信じられないほど複雑な味がします」
    「こちらなんて・・・」
 エランの食べ物が大きく変わったのは千年戦争の時からのようです。とにかく千年ですから、戦争前には百億人を越えていたのが、アラが平和を取り戻した時には一億人を切っていたそうです。

 そこまで人口が減ったのは強力すぎる兵器の応酬の被害はもちろんですが、戦争末期に都市だけでなく農村も戦略目標になったためのようです。殆どの農地が汚染され、食糧が生産できなくなり、餓死者が大量に発生したとなっています。

 そこで食糧生産はすべて工場でのオートメーション・システムになり、人口も工場での食糧生産量で制限されたとなっています。ここで興味深かったのは、工場で作られた作物です。

 そういう技術の進歩もあるのだと思ったのですが、品種改良の末に一種類しか栽培していなかったそうです。それこそ葉っぱの先から、根っこまですべて活用可能で、人間に必要な栄養素がすべて含まれているそうです。発育も早く、おおよそ一ヶ月もあれば育つそうです。

 ただその野菜を直接食べるのは無理だそうです。つまりは不味すぎて食べれる代物ではないそうです。どうやって食べていたかですが、一度分子レベルまで分解して再構成していたそうです。

 まさに驚嘆すべき技術ですが、そのためにエランでは外食産業が衰退してしまったそうです。食糧生産も配給もコチコチの国家統制であったのも大きかったそうですが、調理が同じ素材を自動調理機にかけるものですから、コックの腕の揮い様がないといったところです。

 さらに食糧生産量に応じた人口制限を行っていましたが、平和が続くと人口が上回るようにどうしてもなってしまったようです。アラが一時、完全人工生殖にしようとしたのもその一環のようです。

 不足気味の食糧をカバーするために作りだされたのが統一食で良いようです。作物から一番効率よく作れる観点から編み出されたもののようですが、とにかく一種類しか味がありません。

 不評の塊になったのは当然ですが、何世代も続くうちにいつしかエラン人は食事とは楽しみではなく、単に栄養を取るためだけのものとなってしまったようです。そうそうアラが享楽欲に溺れた時に地球食に近いものを食べていましたが、あれは特別に栽培されたもののようです。

 これをエランでは特別食と呼び、これを食べられるものは特権階級と見なされていたそうです。反アラ戦争では特別食を食べている特権階級への反感も大きかったようで、アラが追放された後は特別食を作っていた農園はすべて破棄されたそうです。

    「地球ではどの階級の人まで食べておられるのですか」
    「わかりにくいと思うけど、地球にはそもそも統一食なんてないよ。まだまだ原始的だから」

 エラン人たちはミサキたちが飲んでいるビールにも興味を示しました。

    「それはもしかして」
    「エランでは神話の世界になるそうね。もっともアラや側近たちは飲んでたそうだけど」
    「ええ、発酵食品の一種だそうで、千年戦争の前には実在し、市販されていたとなっています」

 エランの食糧事情は酒の生産も禁止されていたようです。千年戦争後も作られていた時期もあったそうですが、統一食にするほど逼迫した状況ではアルコール飲料にする余裕などはどこにもなかったぐらいです。

    「今も厳しいの」
    「五年戦争の被害も大きかったので」
 五年戦争だけでなく反アラ戦争の被害も大きかったようです。食糧生産工場も戦略目標になり次々と破壊されたそうです。そのために反アラ戦争前に三十億人いたのが二十億人に減少し、五年戦争後には五億人を切るところまで減っているとのことです。もちろん人類滅亡兵器の影響も大きいものがあります。

 こうやって話を聞いていると、エラン文明を支えるエランの資源は尽きかけていると見て良さそうです。高度の文明を維持するには莫大なエネルギーと資源が必要です。惑星の資源は限られており、何万年もその状態を続ければいつかは尽きます。

 追い討ちになったのは戦争。アラも言ってましたが、戦争となると鉱山も戦略目標になり、破壊され汚染されます。千年戦争終了時点でギリギリだったのが、反アラ戦争、五年戦争でトドメに近いぐらいかもしれません。

    「我々は偉大なるアラが目指していたものを、やっと気づいたのです。偉大なるアラは独裁者であり、行われた施策は国民を苦しめているようにしか感じませんでしたが、あれをやらなければ九千年の平和はあり得なかったのです」
    「政治とはそんなものだ。国民が一番苦手なものは将来のために今を耐えること。とくにエランでは将来に夢を持たせようがなかった。ひたすら現状維持で目一杯ぐらいだった」

 シンミリした空気になっちゃいましたが、コトリ副社長が、

    「まあ先のことばっかり心配してもしゃ~ないやん。それより神話の世界の発酵食品試してみて」

 エラン人はおそるおそる飲みましたが、

    「船長、なんか気分が良くなった気が」
    「本当だ、なにか気分が高揚するようだ」
    「そやろ、だからアラも苦しい時に飲んだんや。飲んでる間だけは忘れるからな」

 ヤバイんじゃないかと思っていたら、あっと言う間にエラン人たちは酔いつぶれてしまいました。

    「ユッキー、エランは母星かな」
    「う~ん、シオリちゃんには母星になるけど、わたしはエラム人だし、コトリもシュメール人だよ」
    「ユダもエラン人やから神戸に顔を出したんちゃうかな」
    「やっぱり気になるんでしょ」

 ミサキやシノブ専務となるとエレギオン人になるのでしょうか。いや、

    「シオリさんも地球人でイイのでは」
    「そやな、記憶の根源は日本人やもんな」

 なにかを考えていたユッキー社長でしたが、

    「エランの意識分離技術の根絶は難しいけど、アラがいれば封じ込めは可能かもしれない」
    「コトリはやだよ。エランの女王なんてガラやないし」
    「わたしもよ。エレギオンHDの社長ぐらいなら気楽でイイけど、政治のトップは二度と御免だわ。行けば戦争になるのは目に見えてるし」

 なんだかんだと言いながら、お二人がエランの将来を心配しているのは間違いありません。ところで、

    「結局武力行使のオプションは無かったのでしょうか」
    「あったよ。あそこで血液の提供を呑んでなければ、彼らはやったよ。神戸を占領して、血液をかき集めるはずだったはず。それぐらい切羽詰まってると見て良いよ」
    「その時にもしかして」
    「ありえるよ。純血種を連行すれば、採血も繰り返して行えるし、生殖も可能になるじゃない。女もついでにさらって行くつもりであったに違いないわ」

 だからガルムムの説明をあれだけ求めたのか。ガルムムでさえ手出しできなかった事を強調して、武力オプションを封じるつもりだったとか。えっ、まさか、ひょっとして、

    「今度のエラン人は神」
    「船長はね。たぶん、現エラン政府のトップに近いはずよ。トップであってもおかしくないわ」

 そこまでの人物がわざわざ地球に乗り出して来たのなら、あらゆるオプションが可能になるわ。

    「神同士の争いは」
    「もしジュシュルがトップであれば、ジュシュルが今のアラになってるのかもしれない。神の抹殺は会議室でも可能だよ」
 やはり相手は神。油断は禁物のようです。

宇宙をかけた恋:エラン・ブーム

 エラン人との会見が終えたユッキー社長は、その足で各国代表団が待ち受ける国際会議場に向かいます。会見の模様は中継されていますが、とにかく話の内容が不明ですから、ユッキー社長の報告を待つしかないのです。ユッキー社長は、

  • 二十六年前の宇宙船は侵略意図があったが、エラン政府とは無関係の犯罪者であり、迷惑をかけたことについての謝罪があり、これを受け入れた。
  • 現在のエランには深刻な伝染病が蔓延し滅亡の危険性さえある。そのための治療協力要請が、今回の訪問の目的である。
  • エランが望むのは地球人の血液で、この提供を了承した。各国の協力を要請する。
 これぐらいを骨子としてまず報告しています。会議の焦点はまず侵略意図の有無になります。かなり紛糾はしましたが、そもそも無い方に踏んでいたからこそ神戸に世界のVIPが集まっているわけで、エランにその気があれば今ごろは捕虜にされてるか、皆殺しだろうで話はまとまりました。

 伝染病については宇宙船の乗組員からの伝染を懸念する声があがりました。当然出て来るものです。ユッキー社長はどう答えるかと思っていましたが、

    「伝染病であるのは間違いないが、強いて例えるとある種の性病のようなもので、通常の接触で感染する懸念はない。また乗組員たちは感染していないことが確認されている」
 この状況でエラン人と性交渉を行う者がいるとは考えられず、感染者が宇宙旅行を行うとも考えられないので、地球への感染の波及の恐れはないと結論されています。それにしても、人類滅亡兵器を性病に喩えたのは言い得て妙と感心しました。

 血液提供については、量が問題になりました。ただかなりの量であるのは間違いありませんが、地球人口からすると、たいした量でなく、

    「両星の親善のために協力するべきだ」
 こう書くと、あっさり話がおわったように見えますが、会議の途中に何度も休憩中断があり、その間に米中露やEUなどの有力国の説得、根回しに奔走させられています。ですので三つの議題が承認されるまで延々九時間に及んでいます。どうしてもこの会議で決着させたいのユッキー社長の執念の賜物と言って良いかと思います。

 次の問題は、エラン側への協力をどう具体的に行うかになりました。放っておけばまたぞろ米中露の主導権争いで泥沼化しかねません。ユッキー社長はまず対エラン交渉の窓口の一本化を提案し承認されます。そのうえで、

    「エラン交渉にはエラン語が話せるものが必要であり、引き続いて担当する用意がある」
 こう表明されました。ここまで漕ぎ着けるのに五時間ぐらいかかっているのですが、言葉だけでなく三十四年前の対エラン交渉の実績を踏まえても、ユッキー社長が最適任者であると認められました。

 この機関はエラン協力機構(ECO)と名付けられ、本部は宇宙船がいる神戸に置かれる事も決定しました。ここでユッキー社長は、

    「とりあえず本部として、クレイエール・ビルを提供し、職員についても、当面は弊社が提供します」

 建物とスタッフは早急に整える必要があり、この提案は歓迎されました。ジョーカー大統領も、

    「小山全権代表の提案を歓迎する。アメリカも最大限の協力を行う」
 これを皮切りに中露、EU、他の諸国も協力を次々に表明。さらに対エラン交渉についてユッキー社長に一任に近い権限を与えることも了解されました。細かい点の折衝は事務官レベルに委ねることになり、十六時間にも及んだ会議はようやく終了しました。

 夕方の五時から始まった会議は夜明けまで続いたことになります。何度も意見が割れ、持ち越しになりそうな状態になりましたが、ユッキー社長は疲れも見せず粘り強く説得した成果と言えます。まあ、かなりどころでない脅しやすかしもありましたが、交渉とはそんなものです。

 会議終了後も各国首脳の表敬訪問が相次ぎ、ユッキー社長もミサキもこれに対応。次々と各国代表団は帰国の途につきます。そんな中でローマ教皇の表敬訪問と、それに引き続きユダとの密談もありました。

    「さすがは首座の女神だな」
    「ユダに褒められても皮肉にしか聞こえん」
    「そう言うな。私だって地球の危機となれば乗り出すために神戸に来ていたのだ」
    「どうだか」
 相変わらずトゲのある会話を交わして帰っていきました。ただし仕事が本格化するのはこれからで、ユッキー社長はECOの具体的な内容をさっさと決定し、それに沿うように事業を進展させます。

 翌々日にはエラン代表と二回目の会見。地球側の協力体制が出来上った事を報告し、エランとの協力体制の細かい点を検討します。とにかく地球側にエラン語が話せる人間が限られているために、

    技術部門担当・・・コトリ副社長
    事務部門担当・・・,ミサキ

 この上にユッキー社長が立つ組織構成になっています。コトリ社長も副代表に名を連ねています。エラン側の担当者は、

    「あなたもこれほど話せるとは・・・」
 ミサキもエラン人との折衝で現代エラン語はほぼ不自由なく話せるようになっています。コトリ副社長も言うまでもありません。


 エランとの一回目の会見以来、目の回るような仕事が続いているのですが、世間は一大エラン・ブームに沸いています。もう歓迎一色ってところで、定番のエラン饅頭とかエラン煎餅もありましたが、今回はちょっと違う方向にもブームが広がっています。

 エラン式美容法、エラン式ダイエット、エラン式エクササイズ、エラン式健康法、エラン式マッサージ・・・たく誰もエランに行った事どころか、エラン人にも会ったことがないはずなのに、まさに百花撩乱状態。これまた結構な人気です。

 それどころかエラン式株式投資法とか、エラン式貯蓄法、エラン式勉強法みたいなものまで現れ、エラン式競馬必勝法まであるのはさすがに苦笑しました。なんでも頭にエランを付ければ人々は飛びつくみたいな感じです。

 ファッションにも影響がありまして、エラン人の服装を真似るの大人気になっています。正直なところ、地球人とは文明と常識が違いますからどうかと思っているのですが、エラン風と名付けただけで飛ぶような売れ行きです。そうそうエラン風ヘアスタイルってのも街を席巻しています。


 各国代表が去った後も、神戸には宇宙船を一目見ようと押し寄せる観光客の大群が押し寄せています。そりゃ、エラン式の総元締めみたいなものですからね。空港使用問題もあったのですが、

    『宇宙船がいる方が経済効果が遥かに高い』
 しばらくは関空と大阪空港への振り分けでしのぐ事になっています。空港島への出入りは厳重に制限されていますが、対岸のポートアイランドには展望塔まで作られて大人気。海から見るツアーもワンサカ出ています。エレギオン・グループの持ち出しも大きいのですが、コトリ副社長は、
    「ミサキちゃん、バッチリ儲けてるから心配ないで」

 やっぱりやってました。暴落した株式市場から証券の買い取り、自粛不況や海外での世情不安で下落していた資産をゴッソリ買い集めており、これがトンデモない資産価値に膨れ上がっています。あれだけ儲かってるなら、エランへの協力費用なんて微々たるものです。

    「うちはエラン・ブームに乗らないのですか」
    「ああいうチャラチャラしたものには乗らん」
    「そうよ、女神の矜持があるもの」

 だ か ら、さっそく買い込んだエラン風ビールとエラン風チップスをつまみながら、エラン風グラスで飲んでたら説得力がないって。

    「あれミサキちゃん、そのブローチは?」
    「ネオ・エラン風だそうです」
    「コトリ、買わなきゃ」
    「ネオが出たとは不意打ちやった」

 ミサキも他人のことを言えません。そりゃ、あれだけ街にエラン風が溢れてたら買いたくなるじゃないですか。エラン風チーズをつまみながら、

    「ユッキー社長、なにかおつまみがありますか」
    「あるわよ、ちょっと待ってて」

 あれ、裂きイカだけど、

    「エラン風裂きイカだって」
    「へぇぇ、なんかエランの味がする」
    「ホントですね」

 ECOの仕事が猛烈に忙しいのですが、三人ともいつの間に買い込んでいることやたら。そういえば、エラン風豆腐が売り切れになったのは惜しかった。代わりにエラン風厚揚げを買って来てるから、

    「エラン風厚揚げのエラン焼き作ります」
    「それやったら、コトリも鶏のエラン揚作るわ」
    「だったらエラン風醤油と特製エラン風ソースを・・・」
 とりあえず三十階もエラン・ブームの真っ最中です。

宇宙をかけた恋:会見

 当日の朝には政府からの、さし迎えのクルマが本社ビルの玄関に到着。白バイどころかパトカーまで先導に付いて神戸空港に。そりゃ、もう、ビッシリって感じの警備体制になってます。もちろん大阪湾は自衛隊まで出動して封鎖状態です。

 会見場は前回と同じく二回の出発ロビーに設けられています。控室で待つことしばしで、ついに宇宙船が降下してきます。緊張感をみなぎらした政府職員が現れ、

    「小山代表、お願いします」

 会見場に着き、程なくしてからエレベーターでエラン代表が上がってきます。服装はあの時と似てますから、やはりエランの正装で良さそうです。儀礼的な挨拶を交わし本題に入るのですが、

    「あなたはコヤマメグミか」
    「そう名乗ったのが聞こえなかったのか」
    「娘なのか」
    「前回と同一人物だ」

 エランの代表にちょっとしたどよめきが、

    「あなたの姿は記録に残っているし、それと同じなのはわかるが、地球時間でも三十四年前だぞ」
    「歳より若く見えるのはわたしの勝手だ」

 そりゃ、驚くでしょう。あの時からまったく歳を取っていないのですから、

    「まず聞くが、地球訪問の目的は」
    「友好と親善だ」
    「ではガルムムの説明を聞こう」

 ガルムムとは二十六年前の宇宙船の司令官の名前。あの時はコトリ副社長が、その中の神を瞬殺していますからガルムム本人からの話は聞けていませんが、司令官がガルムムであったのは他の乗組員から聞いています。

    「やはり来ていたのか。我々もガルムムにコンタクトを取ろうとしたが、反応はなかった。なにかしたか」
    「攻撃意図を持っていたと判断し、すべて逮捕した」

 エラン代表団に動揺が、

    「あなた方で対応できたのか」
    「できたからガルムムはいない」
    「まさかガルムムは降伏したのか」
    「だから逮捕したと言った。付け加えておく。あの時の乗組員はガルムムも含めて、すべて病死した。地球の病原菌に対して免疫が無さすぎたようだ。これでこちらの説明は済んだ。ガルムムの説明を聞こう」

 エランの代表は苦渋に満ちた表情で、

    「地球時間で三十四年前の後だが・・・」
    「神々の抗争は何年続いた」
    「そこまでどうして・・・エランでは五年戦争と呼んでいる」
 アラ政府が終焉を迎えた直接の理由は、人類滅亡兵器への対処法でした。アラは地球への移住を提唱しましたが、いかにエランとて全国民を短期間で地球に運ぶだけの大量の宇宙船の建造は無理でした。

 革命政府側も対処法として地球移住を提唱していましたが、一回の輸送でエラン国民すべてを輸送する計画を打ち出したのです。そのために意識分離を行い、これをカプセルに入れて運び、地球人を宿主とするものです。

 エランでは意識分離技術も意識移動技術もアラ政府、いや事実上アラの独占技術でした。これの公開をアラが拒否したのです。結果はアラ政府が倒れ、アラは地球に亡命しています。

 アラの追放に成功した革命政府は意識分離技術と移動技術の復活に全力を注ぎます。これらの技術にはエランには乏しいシリコンが大量に必要であったため、三十四年前の宇宙船団騒ぎが起る事になります。宇宙船団が持ち帰った大量のシリコンにより、意識分離技術のテストが行われたのですが、

    「神話の世界が出現したのだ。まさか、あの千年戦争の悪夢が再び甦ろうとは」
    「当然そうなる」

 ここでエラン代表はなにか思い切ったように、

    「ガルムムも覇者の一人だった。いやあれを覇者とするには・・・」

 ガルムムは覇者を目指したと言うより、とにかく暴れ回ったぐらいで良さそう。その凶暴さに対抗するために、他の神々が同盟を組まざるを得ないほどの強大さを誇ったぐらいで良さそうです。

    「なんとか同盟軍はガルムムを追い詰めたのだが、ガルムムは宇宙基地を襲った。そして地球に新天地を開くと宣言し飛び立って行ったのだ。あの強大にして凶暴なガルムムをどうやって始末したのだ」
    「地球の神と較べれば話にすらならない。それだけの話だ」

 ここでまた少しエラン代表は悩みながら、

    「ガルムムを我々が送った侵略部隊と思わないで欲しい」
    「とりあえず了承として置く」

 ホッとした雰囲気の流れたエラン代表団に、

    「人類滅亡兵器の影響は」
    「深刻だ。だがついに対処法を見つけた」
 戦争は激烈で被害も甚大だったで良さそう。あまりの被害の大きさに反ガルムム同盟はそのまま平和同盟になり五年戦争は終結。ただガルムムは地球に飛び立つときに宇宙基地や関連施設を徹底的に破壊してしまい、地球に移住するにも宇宙船すら作れない状態に追い込まれたとしています。

 そこから、文字通り、国を挙げての研究の末にようやく見つけ出した対処策へのヒントは、地球人の子孫への影響の少なさ。それもより濃い血を引く者ほど影響が少ないことがわかったみたいです。

    「浦島たちの子孫か」
    「それも知っていたのか。我々が救われるチャンスが見つかったのだ」

 ある種の血清療法とかワクチンみたいなもので良さそうですが、

    「さすがに二千年が経っており、地球人の子孫の血も薄くなってしまっている。より強力かつ完全な治療薬を作るには、純血種の血液が必要だ。今回の目的は、地球人の血液の提供を要請するためだ」

 なるほど、だから一隻でもOKだったのかもしれない。クスリとかワクチンにするのなら一人当たりの量は少なくて済みそうだし。

    「無駄な努力だな」
    「我々をバカにする気か」
    「アラルガル抜きで平和が保てるわけがない、真の人類滅亡兵器は意識分離技術だ。血液を持って帰り、人類滅亡の危機が去れば、今度は第二次千年戦争になる」
    「そこまで見えているのか・・・」

 ここでエラン代表は襟を正して、

    「偉大なるアラはどうされておられるか」
    「アラルガルは死んだ。人としてだけでなく、神としても死んだ」

 エラン代表は動揺を隠しきれず、

    「今回の地球訪問の目的の一つは、偉大なるアラをエランにお迎えすることであった。ところが、どう探しても見つからなかった。まさか不死のアラが亡くなられてしまっていたとは・・・」
    「やっと気づいたのか、愚か者めが。アラルガルは死の瞬間まで母なるエランを思いながら死んでいったわ。アラルガルは九千年の間、エランの崩壊を一人で食い止めていた。それを追い出したのはお前たちだ。悔やんでも遅すぎる」
    「仰る通りだ。五年戦争の被害が拡大する中で、ようやく我々も気づいたのだ。我々には偉大なるアラが必要であったのだと」

 悄然としたエラン代表団でしたが思い直したように、

    「いや、偉大なるアラの後継者は再びエランの地に現れる。そして、あの平和を取り戻してくれる」

 ユッキー社長は

    「無理だ、アラルガルは二度と現れない。エランには神を作る技術はあっても、アラを生み出す技術は無い」
    「それはそうだが・・・」
    「神の殆どは覇権欲と猜疑心の塊になる。地球の神の殆どもそうだった。その中で例外中の例外的な神のみが覇権欲と猜疑心を自制して偉大な指導者になる。アラルガルはまさにその例外。二度と現れるものか」

 ガックリと肩を落とすエラン代表団に、

    「神の事ならお前たちよりはるかに詳しい。地球の神もかつてはそうであった。互いに争い殺し合った末に、わずかに生き残ったのは例外のみ。何らかの形で覇権欲を転化させた神のみだ」
    「それでも偉大なるアラが誕生する可能性は残っていると期待している」
    「その前にエランがもたない。地球の神が争ったのは一万年前から五千年前ぐらいまでだ。当時の地球の軍事技術と、今のエラン軍事技術では破壊力の差が大きすぎる。アラルガルが覇を唱えられたのが奇跡のようなものだ」

 エラン代表団を睨みつけたユッキー社長は、

    「エランが再生するには、意識分離技術を完全に廃棄することだが、アラルガルが九千年かかって出来なかったことが、お前たちに出来るのか。必ず誰かが再発見して、神々の時代に戻ってしまう」

 言葉も出ないエラン代表に、

    「まあよい。血液の協力については了承した。量と質は・・・」
    「それについては、書類にしたが読めるか」
    「読める。ただこれほどの量となると、右から左には無理だ。少々時間がかかる。それとだが、ここに書いてある方法は地球では無理だ・・・」
    「その点の技術協力はさせてもらうが・・・」

 とにかく読み書きできるのがユッキー社長だけですから、ここからは技術的な問題についての話し合いになり、

    「地球の病原菌対策はどうしておる」
    「今回は万全の対策を取った」

 ずっと厳しい顔だったユッキー社長がニッコリと微笑んで、

    「提案がある」
    「なんだ」
    「ここでの話は地球人でわかる者はいない・・・」

 今回の地球訪問目的を、エランで流行している重篤な伝染病対策への協力にしておきたいだった。

    「了解した」
    「知っての通り、地球には統一政府がない。わたしが全権代表となっておるが、実質は単なる通訳程度の権限しかない。だから少々工夫が必要になる。エラン側の協力が欲しい」
    「地球で話が通じるのはあなただけだ。あなたを信用し全面協力する」
    「そこでだ・・・」

 息詰るような話合いでしたが、これで今日の会見は終り。もっともユッキー社長もミサキもこれで仕事が終りではありません。ここから各国の了承を取り付け、合意を実行に移さないといけません。

    「ミサキちゃん、当分忙しいよ」
    「ええ、でもこれぐらいはエレギオンなら日常ですし」
    「だいぶ慣れたね」
    「そりゃ、社長や副社長に鍛えられていますから」
 二人で談笑する姿を見て、なにを話しているかサッパリわからなかった政府関係者の間にも安堵の空気が流れます。さて、これからどうなることか。

宇宙をかけた恋:着陸迫る

 私は霜鳥梢、京都外大仏文の一回生だけど、休学して今はエレギオンHDの常務。そんな年齢と経歴でいきなり常務なんてなれないのだけど、霜鳥梢は香坂岬の続きということでなってます。この辺はコトリ副社長が先例を作ってくれたからラクでした。

 それにしてもナレーター役は久しぶり。パリのナルメル戦以来かな。あれから三十一年だものね。今回の女神の仕事はなんと対エラン戦。もう二度とないと思ってましたけど、またあるとは作者もヤキが回ったのかも。

 それにしても本社ビルから見るポートアイランドの光景が三十四年前とそっくりなのは笑っちゃいます。そりゃ、もうビッシリの人、人、人。食事をとるのも大変で、三十三階や三十二階のレストラン街だけでなく、三十一階の社員食堂にも長蛇の列。

 コトリ副社長は前の時と同じ、いやそれ以上の規模で駐車場に仮設食堂街を作り、そこもまた大盛況。だって、本社への自動車通勤禁止令を出してまでスペースを確保してるのですもの。チャッカリされてます。

 前回と様相が少し違うのは、集まってる各国の代表ランク。前の時は外相クラスでしたが、今回は首脳クラス。アメリカのジョーカー大統領を始めとして、中国の劉主席、ロシアのメンデルスキー大統領、EUのブラゼル代表・・・国会も自然休会状態で、岡川首相以下の政府も神戸に引っ越し状態になっています。

 それだけのメンバーが集まると、緊急国際会議の二の舞が当然のように起ります。あの時は米中露の三首脳が喧嘩別れして途中帰国してしまい、スッタモンダの末、決議されたのは宇宙船が着陸する国が全権代表を選ぶとなってしまっています。この決議は事後ではありますが、米中露の三首脳も了解しています。三人の思惑は、

    『宇宙船が着陸するのはどうせ我が国』

 こう思い込んでたようです。ところが着陸は神戸。三人はかなりどころでない強硬さで岡川首相に談じ込んだようですが、

    『小山社長に既に地球全権代表を委ねており、私ではどうしようもない』

 この一点張りで逃げたようです。それならばとユッキー社長に談じ込んできました。ユッキー社長は米中露三首脳と会談。冒頭からジョーカー大統領は、

    「たかが民間人に地球全権代表をさせるのは認められん」

 この意見に中露の首脳も同意したのですが、

    「緊急国際会議では宇宙船着陸国が地球全権代表を出すと決議されておりますが、誰がとは限定されておりません。これはあなた方も了承されております」
    「そんなものは常識問題だ。そんな先例は・・・」
    「いえ、先例もあります。前回もわたしが全権代表です」

 ユッキー社長は岡川首相から脅迫まがいの交渉の末に、フリー・ハンドに近い権限を委ねられています。

    「そもそも通訳なしでどうやって交渉をされるのですか」
    「それは、小山社長が・・・」
    「わたしは全権代表以外の条件はお受けしません。ジョーカー大統領、わたしは単なる通訳などしないと言っているのです。聞こえましたか?」

 ふと見るとユッキー社長の顔の怖いこと、怖いこと。

    「わたしは言ったことは必ず実行します。ジョーカー大統領ならよくご存知かと」

 ジョーカー大統領の顔も真っ青です。いや、劉主席もメンデルスキー大統領もです。そりゃ、ユッキー社長の怖い顔の睨みなんか経験ないでしょうし、あんなものいくら経験したって慣れるものではありません。

    「それでも・・・」

 そのときにユッキー社長はさらに怖い顔になられ強烈な睨み、同席していた岡川首相の股間は濡れてます。いや四人ともそうです。それだけでなく便臭も・・・

    「これで話は終りです」

 あそこまでやられるとは。

    「社長、ちょっとやり過ぎでは」
    「あの手の連中はあれぐらいしないとダメ」

 これは各国の代表団が国際会議でもそうです。ここでも満場の各国代表からの意見が乱れ飛びましたが、すくっと立ち上がったユッキー社長は、

    「すべてはわたしに委ねて頂きます。異議は認めません」
 それまで騒然としていた会場が水を打った様に静まりかえり、物音一つしない状態になってしまいました。米中露の三首脳も固まってました。まさに威風堂々、あれこそ首座の女神の本領とミサキも見直したぐらいです。

 そうそう、これはミサキの方が驚いたのですが、ローマ教皇の訪問までありました。教皇の訪問自体が驚きですが、もっと驚いたのがその随員。教皇の訪問の後でユッキー社長と密談したのですが、

    「観光旅行か」
    「まあな、そうしても良い協定になっている」
    「関西のホテルはどこも満員だろうから、東京方面にした方が良いぞ」
    「みたいだな」

 この馴れ馴れしい会話になるということは、

    「今度も悪いな」
    「ローマでは無理だろう」
    「そういうことだ。これでも感謝してるのだぞ」
    「素直に受け取っておこう」

 その枢機卿が部屋を出て行った後に、

    「あれは・・・」
    「あいつも義理堅いところがある。もっとも心の底ではなにを考えてるのかわからないけど」

 やはりユダでした。まさか、エレギオンの女神が倒れた時に乗り出すつもりだとか。

    「状況によっては動くかもしれないけど、単純に教皇護衛でしょ」

 教皇も宇宙船着陸までおられるみたいです。というか、世界のVIPが集まったまま状態になったので、ポートアイランドの混雑に拍車がかかっている感じです。ポートアイランドだけではなく、神戸も大混雑で、ポートライナーもすし詰め状態。

    「ミサキちゃんも今回は正式の副代表ね」
    「どうやって空港まで」
    「そりゃ、白バイ先導になるわ」

 前回の時に婦人警官に化けて、前日から空港ビルに潜り込んでいたのと比べるとエライ違いです。そうそうミサキも三十階に住んでます。コトリ副社長も一緒ですが、

    「アカネさんはどうしてメンバーに?」
    「シオリちゃんは、なんとかして女神にしたいみたいやねん」

 アカネさんのフォトグラファーとしての才能は傑出しているそうで、主女神が宿るシオリさんでようやく対抗できるぐらいだとか。あれだけの才能を一代で終わらせるのは惜し過ぎると。

    「そんな人をさらに神にしたら」
    「シオリちゃんは、そうなったアカネさんを是非見たいってさ」

 ただユッキー社長もコトリ副社長も当然のように反対。

    「もう一人マドカさんもいますが」
    「あれはそのうち話すけど、ややこしいから少し遠慮してもらってる」
 ミサキのいないうちに、かなりややこしい女神の仕事があったようです。三十階は外とは別世界で静かなものですが、いよいよ明後日にはエランの宇宙船が着陸します。全世界が注目の瞬間になります。

宇宙をかけた恋:地球周回軌道到達

 ついに宇宙船は地球の上をグルグル回り始めた。日本でも非常事態宣言が出されて、自衛隊が街にも配備されるようになってる。

    「ツバサ先生、どうして降りて来ないんでしょう」
    「まずは情報収集だろう」

 なるほどね。宇宙船は二十六年前にも来てるけど、その時の宇宙船は神戸に保管されたままだから、エランが持っている地球の最新情報は三十四年前のものになるものね。まずはその時と違いの確認か。

    「二十六年前の宇宙船がどうなったかの情報も確認してると思う」

 ふむふむ、どんな侵略計画を考えてたかは不明だけど、あれだけの武器を持ってたきてたんだから、あんなにアッサリ捕獲されたとは考えないだろうな。可能性だけなら地球を征服とまでいかなくても、日本ぐらい占領して頑張ってるぐらいを考えたっておかしくないもんな。

    「それと友好使節であれば、地球側が前の時に勝っていたとしても、かなりの損害が出ているだろうから、敵意がどれだけ残っているかの確認も必要だろう」
 そっかそっか、第二次宇宙船騒動の時はコトリさんがあっさり片付けちゃったけど、あれが自衛隊相手なら、リアル・パニック映画の戦闘シーンが神戸で展開してたわけだ。なにしろ神戸空港から六甲山を撃ち抜くような強力な武器を乱射されたら、人もいっぱい死ぬだろうから、地球だって警戒を越えて、手ぐすねひいて待ち受けてると考えてもおかしくないか。

 とはいえ、街の気分はドンドン重くなってる。そりゃ、上から見ろされて気分がイイ訳ないものね。テレビもネットも宇宙船の現在位置の表示合戦になってるよ。アメリカも凄いことになっていて、主要空港には米軍が貼り付きで警備に当たってるみたい。この辺は中国もロシアも同じ。日本は・・・野党が反対でそこまでやってない。まあ、この辺はやるだけ無駄も一理あると思う。

    『コ~ン』

 今日も女神の集まる日。来るのはイヤだけど可愛がってもらってる。今じゃミサキさんとも、シノブさんとも仲良し。この四人の関係だけどエレギオンの四女神の序列以外のものもあるんだよね。だってだよ、三座のミサキさんが常務で、四座のシノブさんが専務だもの。

    「それはね、三座と四座の差は神になった順番だけしかないからよ」

 なるほどで、ふたりがコトリさんを呼ぶ時の差みたい。ミサキさんは、

    「コトリ副社長」

 だけどシノブさんは、

    「コトリ先輩」

 これは小島知江・結崎忍・香坂岬時代の入社時期の差みたいで、シノブさんの方が早かったから、ミサキさんの先輩の関係でイイみたい。なおかつこの関係は、宿主が変わり、宿主の実年齢が変わっても不変みたい。それはともかく、

    「エランから連絡があったわ」

 そんなものどうやってと思ったけど、さすがはエランでスマホでつながるんだって。どうなってるかはわかんないそうだけど、

    「料金請求がどうなってるかも不明なの」

 そりゃ、請求しようがないだろうけど。

    「官邸に連絡したら、認めてくれた」

 これは全権大使として交渉にあたること。何しろ、それ以外は一切受けないとしてたみたいだから、官邸も折れるしかないかも。

    「神戸に降りてくる予定」

 それは堪忍と思ったけど、どうやってと聞いたら、エランに神戸空港以外での交渉に応じないというか、他ならユッキーさんが出席しないと言われて認めたみたい。

    「でもこれで、エランは友好使節の可能性が高まったわ」

 どういうことかと言えば、侵略意図なら神戸なんかに着陸しないだろうって。言われてみればそうで、日本を占領する気なら羽田ぐらいに降りてきて、まずは首都東京の占領を目指すものね。

    「神戸に来るのが決まったから、エレギオンの本社機能は東京に移すわ。シノブちゃん、任せたわよ」
    「お任せ下さい」

 これはアカネにもわかった。神戸空港に宇宙船が降りるとなると、本社のあるポートアイランドが使い物にならなくなるものね。先手を打って本業に支障が出ないようにするつもりだろ。そのためにも女神が必要だったんだ。

    「コトリ、今度の交渉はここで留守番しといて」
    「なんでやねん。前と一緒でコトリも行くで」
    「いや、二人一緒は避けよう。共倒れになったら大変よ」
    「だったらコトリが行く。ユッキーは後ろを固めといて」

 ユッキーさんは宛然と微笑んで、

    「今のわたしとコトリなら、コトリが生き残らなきゃいけないわ。わたしが後方にずっといたのは、主女神を護持する使命があったため。でも、その使命は終わったとして良い」
    「そやからいうて、コトリが後ろにならんでもエエやんか。ことりが前でユッキーが後ろは古代エレギオンからの伝統やんか」

 そしたらユッキーさんの顔が厳しくなって、

    「コトリには使命がある。コトリは三座と四座の女神を守らなければならない。これはコトリの生がある限り続く。ミサキちゃんにはついてきてもらうけど、わたしの命に代えても必ず助ける。後のエレギオンはコトリに託す」
    「ユッキー・・・」
    「娘を守りなさい」
 えっ、娘って。そっか、三座と四座の女神は次座の女神が産み出した分身なんだ。次座の女神は子どもを産めないけど、その代わりに三座と四座の女神を娘と思ってるんだ。だから生き残って守れって。

 それとユッキーさんは言わなかったけど、アングマール戦の時の後悔もある気がする。凄惨な前線の指揮を次座の女神に執りつづけさせたことを。たぶんだけど、ユッキーさんが前線に出ると言うのをコトリさんは、

    『首座の女神の最大の使命は主女神を守り抜くこと』

 こう言って退けてたに違いない。

    「そんなに心配しなくても、いざとなれば金縛りをかけて逃げれるよ。ミサキちゃん抱えてジャンプしてもイイんだから」
    「そりゃ、そうだけど」
 ここまで宇宙船対策は余裕というか、遊んでる感じがあったけど、ちゃんと考えてるんだ。この二人が考えてるのは最悪の事態が起った時の回避策。首座の女神の力があれば、エランとて敵わないと思うけど、それでも不測の事態が起らないとは言えない。

 起った時に最悪のケースは、首座と次座の女神を同時に失うこと。アングマール戦では、前線の次座の女神が失われても、後方の首座の女神がいつでも取って代われる体制で戦い抜いてたんだ。

 女神の招集といい、二人の体制といい、今度のエラン戦は相当の覚悟で臨んでるのがよくわかる。もっとも、これだけシビアな話をしながら、コトリさんはワインをラッパ飲みしてるし、ユッキーさんはビールを浴びるように飲んでるけど。

    「ところでユッキー、エランの狙いはなんやと思う」
    「今回は難しいね。放射能廃棄物やシリコンじゃないと思うけど」
    「そこはコトリも同意。女の線も薄いやろ」
    「たぶんね」

 ユッキーさんは少し考えて、

    「地球移住の線は残るよね」
    「うん、アラの話からすると、相当エランは荒れてそうやからな」
    「人類滅亡兵器の影響は」
    「聞いてみんとわからんけど。来たからには生き残ってるんだけは間違いない」

 ここでツバサ先生が、

    「前に教えてもらった技だけど。練習したいんだが」
    「アカネを練習台にするのはやめて下さい」

 そしたらユッキーさんが、

    「アカネさん、あんなものの練習台になったら死んじゃいますよ。シオリ、危険すぎる技だから、ぶっつけ本番にして頂戴。下手すれば、神戸空港ごと吹っ飛びかねないし」

 なんじゃ。それって思ったけど。なにかと思えば一撃のこと。

    「あれは今でも出来るのですか」
    「もちろんよ、最近でも使ったことあるし」

 女神どもの『最近』は注意してないと危ないんだけど、なんと四十年以上前の『最近』だって。

    「いつ降りて来るのですか?」
    「ちょうど一か月先。これから政府との打ち合わせで忙しくなるわ」
 翌日のニュースにアカネはぶっ飛んだ。ユッキーさんが記者会見を開き、エランからの連絡があり、自分が地球全権代表になったこと。エランの宇宙船が降りてくるのは神戸空港であること。さらに降りて来るのは一か月後であることを発表しちゃったんだ。

 翌日から神戸は大変なことになったんだよ。そりゃ、世界中の報道機関が続々と集結し、さらに野次馬の大群が来襲。神戸のホテルは一瞬で三ヶ月先まですべて満室状態になったそうな。ツバサ先生に聞いたんだけど、

    「ユッキーさんは、どうして記者会見で発表しちゃったのですか」
    「うむ。とりあえず地球全権代表を既定事項にしてしまうためだろう。政治家は土壇場で制限を付けたがるからな」

 なるほど、なるほど、

    「もう一つは神戸の景気振興じゃないかな。これだけ集まりゃ、カネも落ちるし」

 そりゃ、神戸だけじゃなくて、東は大阪どころか京都や奈良までホテルは満室になったって話だし、西だって広島まで満室って聞いてる。

    「もう一つあって、三十階から神戸空港に行きたいからだそうだ」
    「はぁ?」

 普通にやれば神戸空港だけでなく、ポートアイランドの住民もすべて避難させるぐらいはやりかねないって。神戸市民にだって避難勧告が出されるはずよね。ところが先にそんだけ人が集まってしまえば、せいぜい神戸空港だけの立ち入り制限になるはずだってさ。

    「ユッキーが言ってたよ、
    『ここを追い出されたら、通うのが大変になっちゃうじゃない』
    だってさ」
 う~ん、女神の考えてることは、ようわからん。ようわからんけど、神戸が大変な騒ぎになったのはわかる。宇宙船見物のためにポートアイランドに野宿するのもテンコモリ出てるみたいなのよ。

 政府は宿舎対策で完全に後手に回ったみたいだけど、かなりどころでない強引さでポートピア・ホテルを確保したみたい。神戸空港には各国の要人が次々に飛来し、国際会議場で会議やったり、個別会談が連日報じられてる。

 こうなってしまえばポートアイランド閉鎖は無理。これは建前が友好使節となってしまったのもあって、臨時法が国会で可決できなかったのもあったみたい。それにしても神戸は盛り上がってもオフォス加納はヒマ。

 ヒマなもので、今週だけでも金ダライに四回引っかかった。だって、ある部屋でやられて、もう無いと油断していたら二個目があって、これでオシマイと思ったら三個目・四個目が仕掛けられてたんだ。うん、仕事がヒマなのは良くないと思った。