渋茶のアカネ:新弟子マドカ

 今の弟子は四年目のサキ先輩とカツオ先輩、三年目のアカネの三人。アカネが入った後の翌年は弟子採ってないのよね。理由を聞いたら、

    「二年連続で弟子取ったからね」

 ギャフン。最初の下積み期の撮影遅延が経営に響いてたって。たしかにあれはひどかったもんね。あんなもの毎年やってたら、オフィスが潰れてもおかしくないもの。もう一つは弟子入り基準のシビアさ。珍しくツバサ先生が書類審査やってたんだけど、審査の早いこと、早いこと。

    「ボツ、ボツ、ボツ、ボツ・・・」

 写真をチラッと見るだけでゴミ箱行き。よくアカネが選ばれたと思うほどのボツの山。溜まっていたのを見る見る片付けて、

    「ああ、サッパリした」

 そんな時に面接試験。思い返せばアカネが入門して以来、面接試験なんて一度も無かった気がする。気になるかって、そりゃ気になるから、応接室に普通のお茶淹れて持って行った。

    「・・・新田まどかさんね」
    「はい」
    「経歴は大学卒業後に赤坂迎賓館スタジオに三年間勤務だね」

 あっ、聞いたことある。東京で一番厳しいスタジオって評判で通称『虎の穴』。アカネは虎の穴って言われてもわかんなかったけど、大昔のアニメに出てきた地獄の訓練所みたい。もっとも、なにを訓練したのかはしらない。写真じゃないだろうな。

    「こっちに移る理由は」
    「自分をより成長させるためです」
    「ふ~ん。まあいい、三十分あげるから、ちょっと撮って来てくれるかな。この近所の風景でイイよ」

 懐かしい。アカネもああやって試験されたんだ。

    「ツバサ先生、どうなんですか」
    「ほら、見てみ」

 渡された写真だけど。上手いのは上手いけど。ここはもうちょっと工夫があってもイイ気がするし、この構図は平凡過ぎるし、これは露出をもうちょっと工夫した方が・・・二年間も修業していた割にはイマイチ感がテンコモリ。

    「もう一つって思ってるだろ」
    「え、ええ、その、二年やられた割には・・・」
    「赤迎にいたんじゃ、こんなものさ」

 どうなるかと思っていたら採用。

    「サキ、アカネ、面倒見てやってくれ」

 ツバサ先生の弟子になった。でもちょっとやりにくい。アカネも二十二歳になるけど、あの人は二十六歳。入門年次はオフィス加納ではアカネの方が早いけど、他のスタジオの勤務歴を考えると、えっと、えっと。

    「新田まどかです。マドカとお呼びください」

 それはそれは礼儀正しい。話してみると写真理論にも詳しい。サキ先輩に、

    「出来そうですね」
    「どうかな」

 この日はオリエンして神戸に来るのは、準備もあって数日後ってお話。

    「ツバサ先生、マドカさんはどこから始めるのですか」
    「あん、アカネと同じだよ」

 マドカさんは朝早くに出勤して来て、オフォスの掃除をしてるのよ。花なんか生けてあって、どこのオフォスかと思ったぐらい。お茶を淹れさせても渋茶なんか出さないし、言葉遣いとか礼儀作法とかビシッって感じ。アカネがさんざん怒鳴られまくった用具の手入れも完璧。でもツバサ先生はボソッと、

    「赤迎上がりだからな」

 この日はスタジオ撮影だったんだけど、ツバサ先生から、

    「サキ、アカネ、いつもの三分の一ぐらいで動くから、そのつもりでね」

 ああ、あのユックリ・ペースでマドカさんの能力をテストする気だ。でもあれぐらいなら出来るはずよね。

    「マドカ、そうじゃない」
    「こら、そこにいたら邪魔」
    「もたもたしない」

 あれ? デジャブが。どうして出来ないんだろう。こんなにユックリやってるのに。あ、そうか。ツバサ先生の撮影スタイルが読めてないだけに違いない。でも何日経っても、

    「マドカ、そうじゃない」
    「こら、そこにいたら邪魔」
    「もたもたしない」
    「泣くな、止まるな、動け」

 ちっとも改善しないのはどうして。なんか三年前のアカネを思い出しちゃった。そんなマドカさんが、ちょっと相談したい事があるって。アカネもサキ先輩やカツオ先輩によく相談させてもらったから張り切って応じたんだ。

    「アカネ先輩」
    「アカネでイイよ、年下だし」
    「少しお聞きしても宜しいでしょうか」

 ここからかみ合わない会話が始まったの。

    「麻吹先生や星野先生の自宅の当番は誰がされてるのですか」
    「なにそれ、ツバサ先生の家なんか行ったことないよ」
    「じゃあ、先生の家の掃除とか、洗濯とか、お買い物とか、庭の手入れは誰がされるのですか」
    「自分でやってるんじゃない。彼氏が主夫してくれてるって聞いたことないし」

 なんで他人の家の家事までやらなあかんのよ。

    「事務所の掃除はどうされているのですか」
    「年末の大掃除の時にはやるかな。ツバサ先生なんて凄い格好でくるから楽しみにしてたらイイよ」
    「麻吹先生が自らお掃除されるのですか」
    「サトル先生もだよ」
    「普段は?」
    「スタッフの人と業者さんがやってくれてる」

 なにか異なものを聞くって感じで、

    「お茶くみ当番とかは」
    「とくに当番はないよ。手の空いてる人が適当にやってる。ツバサ先生やサトル先生も手が空いてれば淹れてくれるし」
    「先生が自らですか」
    「誰も手が空いてなければ自分で淹れるし」

 他にどうするって言うんだろ?

    「まず写真を見て頂くのはアカネ先輩ですか、サキ先輩ですか」
    「アカネが見たって意味ないよ。見るのはツバサ先生に決まってるじゃない」
    「先生自ら・・・どれぐらい」
    「今はマドカさんも余裕がないだろうけど、休日が出来るようになったら撮ったら見てくれるよ」
    「何枚ぐらいですか」
    「持って行ったら全部だよ。全部見てくれるのはありがたいけど、ツバサ先生はすべての写真にツッコミが入るから、時間がかかるけどタメになるよ」

 そしたらマドカさんは泣き出しちゃったのよね。

    「それ本当なんですか。先生の家の掃除や洗濯、買い物とか、事務所の掃除や、お茶くみ当番はここではないのですか」
    「見たことも聞いたこともないけど」
    「撮った写真も全部ツバサ先生が自ら見て下さるのですね」
    「それが師匠の仕事でしょ」

 なんで泣くのだろう。

    「マドカさんも、赤坂迎賓館スタジオの時にアシスタントやってただろ」
    「はい、アシスタント見習い補佐です」

 なんじゃ、そのゴチャゴチャしたのは。ここも良く聞くと、

    正 ← 副 ← 見習い ← 見習い補佐

 ちなみに見習い補佐になれば、その上の見習いに写真を見てもらえるようになるそうで、師匠が写真を見るのは正アシスタント以上だって。マドカさんは三年目だけど、それまで何してたんだろう。

    「アカネ先輩はいつからアシスタントになれましたか?」
    「入ってすぐに叩き込まれた」
    「一年目でいきなり正アシスタントですか」
    「正かどうかはしらないけど、ここでは見習いも補佐もいないの。だってマドカさんも入れて四人しか弟子がいないでしょ」
    「それは先生の家に詰めておられると思ってました」

 そういう世界にいればそう考えるのか。

    「でもあれだけ失敗して申し訳なく思っています。あれだけ失敗してもアシスタントとして使ってもらえるのにも感謝していますが、もうちょっと勉強させて頂いてからの方が良いと・・・」
    「マドカさん。それは絶対にツバサ先生に言ったらダメよ。アカネも悲鳴を上げて弱音を吐いたら、部屋中がビリビリ震えるぐらいの勢いで、
    『女の根性見せてみろ!』
    それこそ怒鳴り倒されたもの」

 もう唖然って感じのマドカさんは、

    「ここでは失敗は許されるのですか」
    「許されないよ。失敗すれば説教付きでガンガン怒鳴られる」
    「えっ、あんな懇切丁寧な指導は初めてです。それも先生から直接ですよ」

 どうにもわかりにくかったんだけど、三年も勤めていて師匠とは朝夕の挨拶ぐらいしかしたことがないそう。仕事もすべて『見て覚えろ』だったんだって。ここまで来てやっとわかったのは、アカネがツバサ先生とタメ口とまで行かないにしても、ごく普通に話をしているのを見て、余程の地位にいるとマドカさんは思ってるみたい。

    「アカネ先輩はどれぐらいで付いていけるようになりましたか?」
    「とりあえず今のペースに三ヶ月かかったけど」
    「よし、頑張ります」

 これは黙っておいた良いかもしれない気がしたけど。

    「マドカさん。今の撮影ペースは・・・」
    「ツバサ先生のペースは物凄いですね、さすがだと思いました」
    「いや、そう感じるかもしれないけど・・・」
    「これに較べると前のところの動きなんかスローモーションと思いましたもの」

 サキ先輩も似たようなことを言ってたけど、

    「マドカさん。脅すわけじゃないけど、今のはマドカさんのための練習用のペースなんだ」
    「ひぇ、あれで普段より遅いのですか。じゃあ、普段って今より二割かいや三割ぐらいさらに早くなるとか。それは頑張らないと」
    「いや、あの、その、もう少し早い」
    「まさか五割ぐらい早いとか。二倍なんてありえないものですね」
    「いや、えっと、その、今の三倍ぐらい」

 マドカさんは目をシロクロさせていました。どうにもチンプンカンでツバサ先生に聞いたら、

    「弟子の下働きってそんな感じのところが今でも多いんだ。なんか落語家の内弟子修業みたいなものをさせてる感じかな。赤迎はとくにそうだよ」
    「なんか意味があるのですか」
    「ないよ。単に自分がそうさせられたから、そうさせるものだと思い込んでるだけ」

 なんとなくわかるような。自分が辛かったから弟子にも当然させるってやつ。

    「そういうところの『厳しい』は、無駄に辛いだけってこと。マドカの写真が四年目にしたらイマイチとアカネが感じたのは、そんなことやってる時間が長かったからさ」
 なるほど、サキ先輩やカツオ先輩が言っていた、ここでの下働きはすべてカメラのためってのが、やっとわかった気がする。他所の厳しいとオフィスの厳しいは次元がこれだけ違うんだって。

渋茶のアカネ:初仕事

 オフィス加納があるのは商店街の一角。アカネも初めて行った時には、なんかゴチャゴチャしたところにあると思ったもの。ここの商店街も御多分に漏れずシャッター商店街だったみたいで、加納先生は大きな呉服屋さんが潰れた跡地を格安で買い取って建てたそうなんだ。

 でも今はかなり活気がある。落ち込むところまで落ち込んでから、生き残った店が核になって復活したってところかな。この辺はもちろんラッキーもあって、隣接地域が震災の再開発地域になって成功して人口がどっと増え、古い街が一掃され大学まで来たのは大きいと思ってる。商店街を通る人も若い人が多くて活気があるもの。

 だいぶ苦労したみたいだから、営業している店はどこも個性的で活気がある。商店街最大の店舗はスーパー大徳だけど、アカネも良く買い物に行く。ここの魅力は普通のスーパーとかでは規格外で商品にしないものをメインで売ってること。最初は違和感あったけど、とにかく安いから曲がったキュウリとかお化けナスビもお気に入り。

 ドラッグストアの幸福堂も繁盛してる。ここはヘンテコな健康グッズが妙に充実していてるんだけど、意外なことにカツオ先輩が愛好者。定期的に新製品を買い込んで来て、みんなに披露というか能書き垂れるのがオフィスの風物詩になってる。釣られて買うもの多数で、オフィス加納健康クラブなんて作ってる。

 食品関係ならまず佃煮の佃丸。ここの佃煮とか塩昆布はホントに美味しくて、遠いところからもわざわざ買いに来る人も多いみたい。磯自慢好きのサトル先生が佃丸の佃煮に宗旨替えしてしまったぐらい。

 アカネのお気に入りはコロッケの今井。もともと肉屋さんだったらしいけど、今はコロッケ専門店になってる。衣はからっとサクサク、お肉はジューシーで最高って感じ。支店もあちこちに出してるみたいだけど、本店もすぐに行列が出来て大変。本店オリジナル・コロッケが目当てかな。

 ブタマンの蓬莱軒も最近評判の店で、ここもまた潰れかけの中華料理屋さんだったらしいけど、ブタマン特化で奇跡の復活って感じらしいの。前にテレビで紹介されてから一挙にブレークした感じかな。

 甘いものなら田中のアイスキャンディー。あれも変わった店で、店の外装は愛想もクソもないグレーのコンクリ吹き付けの壁。そこに腰高窓ぐらいが空いてて、そこで売ってるんだよ。アカネはアイスキャディーも好きだけど、あそこのソフトクリームも好き。


 オフィス加納は地元商店街の仕事も請けてるんだ。これは加納先生の時代からそうだったみたい。さすがにツバサ先生やサトル先生が撮る事はあまりないけど、今ならサキ先輩やカツオ先輩が主に引き受けてる。

 仕事と言ってもチラシや店の売り出しポスターの商品写真だし、依頼料も地元割引で格安だけど仕事は仕事。アカネも横目で見ながら、早く撮らせて欲しいと思ってたんだよね。ちょうどヨーロッパ撮影旅行から帰った時にツバサ先生から

    「アカネ、柴田屋の仕事あるけどやってみるか」
 こう言われた時には飛び上っちゃった。柴田屋さんは老舗のお茶屋さん。なんでも江戸時代から続くとか続かないとか言われてるぐらいの商店街の主みたいなところ。店は建て替えたみたいで綺麗になってるけど、置いてあるお茶が入ってる箱とか、茶壺は年季が入りまくってる感じ。

 ここの御主人は老舗を受け継いだだけあって謹厳実直そうな方。ここのお茶は有名な茶道教室の御用達にもなっていて、御主人も茶道には堪能みたい。行ったことないけど、お茶室もあるってお話。

 渋茶の一件でリベンジするために、特製渋茶を頼みに行ったのも柴田屋さん。ちょっと敷居が高いと思ったけど、エエイと入ったんだけど、御主人の顔を見ただけでさらに敷居が高くなり、そびえたつ壁みたいに感じたのを覚えてる。

 でもここまで来たんだからと相談するだけしたんだけど、ニコリともせずにこう言われたのよ、

    「それは悪ふざけのために使われるのですか?」

 ヤバイと感じた。御主人はお茶のプロだし茶道だって詳しいから、お茶をオモチャにするような事は断られるに違いないと思ったもの。

    「いえ、いや、あの、その、ちゃんと飲みます」

 御主人は相変わらずニコリともせずに、

    「これは別注になりますから、少々お日にちを頂きたいのですか」
    「別注って高いのですか?」
    「いえ、既製品でないからだけでございます」

 なんか不安だったけど、数日後に出来上がったの連絡があり店に。

    「こちらでございます。お召し上がりになりますか」

 立派な茶筒に入った抹茶。御主人は相変わらずニコリともせずに淹れてくれたんだけど、飲んでみたら脳天突き上げるほど、

    「ぐぇ~、渋い」
    「お気に召して頂けたでしょうか」
    「うぇ、うぇ、は、はい。おいくらでしょうか」

 アカネはツバサ先生の弟子だけど、正式にはオフィス加納の社員。弟子にしたら給料はイイらしいけど、自分用のレンズやその他の用具の購入で財布はいつもヒーヒー状態。別注でわざわざ作ってもらってるし、なにか見るからに高そうな茶筒に入っているのでビビってたら、

    「お代? これは遊びで作ったもの、商品ではございません。茶筒も悪ふざけの小道具に必要でしょう」

 それから定期的にスペシャル極渋茶の補充に行くのだけど、

    「アカネさん、新作でございます」

 持って帰って試飲したら七転八倒するさらなる進化型。あんな謹厳実直な顔をしながら、よくまあこんな商品にもならないような渋茶の新作を次々に作るって感心したぐらい。そしたらね、そしたらね、ちゃっかり商品化して通販で売ってるのにはさすがに驚いた。あんなもの売れるかと思ったけど、

    「世の中には、こういう悪ふざけが好きな人の需要があるようです」

 予想以上に売れてるみたい。見た目とは逆になかなか遊び心のある人なんだ。一つだけ気に入らないのは商品名が、

    『アカネ極渋茶』

 いくらなんでもと思ったけど、

    「茶道には遊び心が重要です。アカネさんはよく心得ておられます」

 この時はタダより高いものはないと思った。それにしても、まさかあの極渋茶をお茶会で出してると思わないけど、案外出してたりして。それでもって、今回のお仕事はネット通販用の写真の差し替え。ツバサ先生は、

    「アカネにはまだ早いと思ったけど、柴田屋さんからの指名依頼だからね」

 撮る、撮る、撮るよ、渋茶のアカネが撮らなくて誰が撮るっていうの。でも念押しが、

    「アカネ、先に言っとくよ。どんな仕事だってオフィス加納の看板を背負ってるからね。それを肝に命じときな」
 大喜びで取りかかったんだけど、どう撮ればイイんだろう。ネット通販用の商品紹介の写真だけど、とにかくアカネの初仕事。普通に撮れば茶筒の写真。でもこれじゃ愛想ないよな。というか差し替え前と同じ。

 う~ん、どうしよう。これも定番だけど、抹茶を白い紙の上に載せて撮ってみた。そのバックに茶筒を置いてみたんだけど、いかにもありきたり。商品紹介だから、ありきたりでもイイようなものだけど、これじゃオフィス加納にカネ積んでまで頼む意味がないものねぇ。

 う~んと、う~んと、こういう場合は商品のアピールポイントを強調するんだ。ただアピールポイントって言っても、見た目じゃないものな。味は写真に写らないよ。そりゃ、これが料理写真だったら工夫の余地はありそうだけど、モノはお茶だし。あれこれ撮ってたら、

    「アカネ、頑張ってるか」

 ツバサ先生が顔を出され、それまで撮ったものをチェック。

    「まあ、こうするな」
    「でも、これじゃダメだと思うのです」
    「ほ、ほう、じゃあ、何を撮りたい」
    「このお茶の魅力です」
    「わかってるじゃないか。また見に来るよ」

 ツバサ先生も心配してる。いや、あれはアカネを試してるんだ。アカネがどれだけ写真をわかっているかって。でも答えはわかんないな。とりあえず飲んでみるか。

    「うぇ、渋い」
 よくこんなものが売れるよな。でも買いたい人がいるわけで、こういう商品を探している人もいるわけだ。そういう人が『おっ』と思わす写真を撮ればイイんだ。そう、この途轍もない渋さを伝える写真こそがこの商品の魅力のはず。

 でも、いくら撮ってもお茶はお茶だもんな。それにしても、柴田屋の御主人は思い切ったパッケージにしてる。だってさ、だってさ、デッカイ文字で、

    『渋』
 こうすれば、どれだけ渋いか一目でわかるものね。一目でわかるか、そうだよ、写真は一目でわかるから写真なんだよ。それにこれは商品広告、お上品な芸術写真じゃないんだ。アピールしたもん勝ちみたいなものじゃない。

 そういえば柴田屋さんの御主人からのアカネへの指名依頼ってなってたじゃない。わざわざ指名したのに意味があるはず。それにツバサ先生は、

    『アカネ、プロの写真には基本はあってもタブーも、ルールもないよ。あるのは売れる写真と売れない写真だ』

 ようし、これで勝負だ。それから三日間、あれこれ工夫を重ねてツバサ先生のところに、

    「先生、見て下さい」
    「どれどれ」

 ツバサ先生はひっくり返って笑ってた。笑い転げた末に、

    「アカネ、狙いは」
    「このお茶の魅力をストレートにかつインパクトをもって伝えることです」
    「たしかに、これ以上のインパクトは難しいかもしれないね」
    「合格ですか」

 ツバサ先生は、

    「合格だけど採用にはしない」
    「ダメなんですか」
    「アイデアは最高だけど、撮り直しだ。足が出るけど、それだけの価値はある」
    「はぁ?」

 アカネが撮ったのは極渋茶を飲んだアカネの渋い顔。ツバサ先生は、

    「モデル代が出るほどの仕事じゃないから、アカネがモデルになったのはわかるけど、さすがに禁じ手だ。オフィス加納のプライドにかけても採用できないよ。でも、これを見ちゃったら、他のどんなアイデアを出されても霞んじゃうものね」

 なんとプロのモデルを呼んでの撮り直し。仕事としては赤字になっちゃったけどツバサ先生は満足してた。ちなみに柴田屋のアカネ極渋茶の売り上げは五倍になったそうで、御主人も喜んでくれて、さらなる改良型のアカネ極渋茶を贈ってくれた。みんなに振舞ったら、

    「ぐ、ぐぇぇぇ、渋い」
 悶絶状態だったけど、初仕事としては成功かな。

次回作の紹介

 紹介文的なものを書けば、

アカネはフォトグラファーとして順調に成長。そんなアカネにシオリは課題を与えます。その課題の壁のあまり高さ、厚さに苦悩するアカネ。さらに課題にまつわる様々な因縁や出会い。アカネは課題を克服できるのか、ひたすら写真に打ちこむアカネの物語です。

 シオリに軸足を移した3作目です。ずっと連作書いてるのですが、何作かに一つの割合でツボにはまる作品が出てきます。平たく言うと書きやすくて、いくらでもアイデアが湧いてくる作品で、これもその一つになります。

 とくに主人公のアカネは書きやすいキャラで、かしこい部分と、素っ頓狂の部分がカオスのようにミックスされてて、シリアスとコメディで使い分けるのに、非常に使い勝手が良くなっています。

 とにかく連作なもので、同じ登場人物が使い回されるのですが、コトリとユッキーを女神にしてしまった関係から、どうにも使いにくくなっています。そんな女神路線が行き詰ったので、シオリをリサイクルして、そこから生み出されたのがアカネといったところでしょうか。

 個人的には華のあるキャラで、シオリとの掛け合いもピッタリで、この作品の後も重宝させて頂いてます。ま、快心作の一つと自負していますから、お楽しみに。

渋茶のアカネ

シオリの冒険:あとがき

 今回の主役はシオリ。とにかく登場人物が同じで、きっちり歳を取らせているもので、作中で寿命が来てしまうのです。シオリには考え無しで主女神を宿らせてしまっていたのですが、この宿主代わりをそろそろやらないと拙いってタイミングです。

 宿主代わりはコトリで一度やったのですが、今回は初めて宿主代わりをする体験を前半のテーマとして置いています。宿主代わり後も四女神と合流させる案もあったのですが、やはり別の方が使いやすそうなので、引き続きフォトグラファーをやらせたのですが、そのお蔭でカメラマンというか写真家の世界を描く羽目になっています。

 これも完全に知らない世界で全部想像です。なんとなく古臭い徒弟制度がある世界だろうぐらいで適当に書いてます。一人だけ知り合いがいるのですが、忙しそうで取材する余裕もありませんでした。

 そうそう表紙は麻吹つばさのイメージです。年齢的には加納志織よりもう少し若くしてあるのでこれぐらいかと。それとスタイルはグラマーを強調していますが、見返りポーズなので誤魔化せてるぐらいです。

シオリの冒険:機内にて

 シベリア鉄道で帰ると頑張るコトリを無理やり飛行機に押し込んでの帰り道。

    「そんなに怒らなくとも」
    「怒るわい」
    「帰り道もお話したかったし」
    「話やったら、日本に帰ったら幾らでもできるわい」
    「そりゃ、そうだけど、せっかくだし」
    「あのなぁ、朝食に痺れ薬仕込んだのはどこの誰やねん」
    「あら、そうだったの。誰でしょうねぇ、イタリアって怖いわね」
    「ユッキーの方がもっと怖いわ」

 やっぱり怒ってるか、

    「こっち向いてよ」
    「やだ、なにされるかわからん」
    「わたしが信用できないの」
    「信用したから、ここにいる羽目になってる」

 こうなったら、

    「あっ、イイ男」
    「なになに」

 コトリの口の中にケーキをドサッ、

    「やりやがったな」

 やっとこっちを向いてくれた。

    「ユダが抱えているイエスだけど、ソロモンかもしれない」
    「最近の人やな」
    「それでね、ソロモンの前はエジプトでラーやってたらしいからラムセス二世もかも」

 コトリが疑わしそうに、

    「だから太陽神ウツってか」
    「あれだけユダが別物として話ながら、妙に詳しいからそうだと見てる」

 今回の騒動で謎だったのはユダが抱えているイエスの反応。これがあったばっかりにフェレンツェのシオリの助けに行ってあげられなかった。まあ、あれだけ強大になってたら結果としては助太刀なんか不要だったけど。

    「でもなんとも言えんで。ウツならアンが復活したら一味になるために蠢動しても理屈は通るけど、ソロモンからイエスまでの千年は長いし」

 そうよね、ユダの話だし、

    「シオリはどうなるんだろ」
    「だんだんに元に戻るやろ。そうなるって書いてあった」
    「そうなんだけど、眠ってるの、起きてるの」
    「起きてるやん。だから麻吹つばさやんか」

 これがコトリと二人で出した今回の事件の結論。シオリに記憶の継承を行った時にやはりイナンナは目覚めたんだろうって。目覚めたけど、イナンナにならずシオリになった。たぶんだけど、ある条件の宿主になったときにそうなる仕掛けがあった気がしてる。

    「アンとの絡みは偶然?」
    「見えてた可能性はゼロとは言えん。ユッキーだって、とんでもなく遠くが見えることがあるやんか。たとえば、ユッキーがエレギオン時代に今を見たみたいに」

 でもこれで目覚めたる主女神時代に戻ったことになるけど、

    「シオリちゃんが暴れたら一蓮托生なるだけの話やろ」
    「一蓮托生と言うより、鎧袖一触かも」
    「なんか不満か」
    「ちっとも」