浦島夜想曲:三十階仮眠室にて

 香坂さんは常に控えめで、そのうえ若く見えるから、ホンマにエライさんかと思う事もあるけど、今日は見せてもらった。六時とはいえまだまだ仕事は続いており、香坂さんとわたしが乗り込んだエレベーターに、見るからにおエライさんて感じの人と部下らしき人が何人か飛び込んできたのよ。そしたら香坂さんは、

    「悪いですが下りてもらえますか」

 エレベーターだから一緒でイイと思ったし、そのおエライさん風なんてカチンと来たみたいで、すこぶる不機嫌そうな声で、

    「なにを・・」

 そう言いかけて香坂さんの顔を見て固まってしまったのよ。

    「雨川部長。これから三十階に行きますので、御一緒できないのです」

 雨川部長の顔が凄かった。一瞬に真っ青になり、

    「し、し、しつれいしました常務」

 米つきバッタのように頭を下げまくって、全員が転げ出るように、いや実際にエレベーター・ホールで転んでた。転んだまま土下座状態が見えてドアがしまったもの。これがエレギオンHDのナンバー・フォーの威厳とよくわかった。香坂さんは、

    「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。後で注意しておきます」

 それから香坂さんはエレベーターのパネルを何やら操作されて、

    「これより三十階に御案内します」
 そうさっきも三十階って言ってた。これは週刊誌とかで読んだことがあるよ。クレイエール・ビル三十階はエレギオンHDの心臓部だって。それも誰も内部を見たものはなく、出入りできるのは非常に限られた人間だけだって。

 三十二階や三十三階のレストラン街に行くのにもエレベーターは使うけど、三十階のパネルを押しても反応しないし、止まったところを見たことがないもの。わたしなんかが入ってもイイのかな。

    「香坂さん、三十階って」
    「はい社長と副社長の仮眠室兼住居となっております。今夜は社長が是非自宅に御招待したいとの御意向です」

 仮眠室? 住居?? 自宅??? なんなのそれ。エレベーターはどこにも止まることなく三十階に直行。ドアが開くと、いきなり聞こえる。

    『コ~ン』

 あの音は鹿威し? なんなのここは。エレベーター・ドアの前には朱色に塗った木橋があり、橋の向こうには梅見門と両側にならぶ光悦垣。橋ってことは池があるとか。

    「ここは水を張っているように見えるだけでホログラムです。さすがに湿気の問題がありまして」

 門を潜ると瀟洒な庭。ふかふかの苔が絨毯のように広がり、そこに飛び石があり、格子戸を入ると玄関。香坂さんはサッサと入られようとしますが、

    「御挨拶は?」
    「社長は手が離せませんので、挨拶は中でとのことです」

 手が離せないってどういうこと。仕事が長引いて待っていてくれってことかな。玄関までは和風なんだけど、内部は洋風になってるみたい。立派な廊下を歩いて突き当りのドアを開くと広いリビング。いや、広いなんてものじゃなくグランド・ピアノまで置いてある。リビングに隣接してオープンキッチンがあるけど、ありゃキッチンというより厨房じゃん。

    「シオリちゃん、いらっしゃい」

 この声はコトリちゃん、

    「シオリ、ビールでも飲みながら待っててね」

 この声はユッキー。えっ、えっ、もしかしてキッチンのエプロン姿の三人は、

    「今日はシノブちゃんにも手伝ってもらってる」

 エレギオンHDのトップ・スリーが食事の支度をしてるって。そうしたら香坂さんが、

    「ビールは何にされますか?」

 なにって言われても、

    「じゃあ中ジョッキで」
    「ラガーでよろしいですか」

 ふと見るとビールカウンターがあるじゃないの。そうなると聞かれてるのはビールの種類よね。

    「エールありますか?」
    「かしこまりました」

 聞くとピルスナー、エール、ラガーの他にアルト、ヴァイツエン、スタウトがあるらしく、銘柄は定期的に入れ替わるみたい。

    「香坂さん、ここはいったい・・・」
    「はい、社長・副社長用の仮眠室で彗星騒ぎの時に作られたものです。今は引っ越しされてお二人の家にもなっています」

 これが世間で噂のエレギオンHDの心臓部なの。こりゃ、外部どころか内部の人間にもあまり見せたくないのはよくわかる。

    「ここの立ち入りは制限されていると聞いてるけど」
    「はい、社長・副社長の他には専務とわたしだけです」
    「掃除とかは?」
    「社長と副社長がされています」

 そうこうしているうちにテーブルに料理がずらっと並び、

    「シオリの訪問を心から歓迎します」

 それぞれにビールを持って、

    『カンパ~イ』

 手料理ってレベルじゃないね。本格的というか、こりゃ少々のプロでも裸足で逃げ出しそう。

    「シオリちゃん、遠慮せずに食べてね。足らなきゃ、いくらでもあるし」

 コトリちゃんやユッキー、さらに香坂さんがいかに食べて、飲むかはウィーンの時に知っているから遠慮なしでイイよね。

    「お酒もビールだって、ワインだって、日本酒だって売るほどあるからだいじょうぶよ」

 ちょっと見せてもらったんだけど、立派なワインセラーがあって、並んでいるワインの凄いこと。

    「あ、これ。ユッキーと格付けやってるから味見用の試供品やねん」

 聞くとワインだけではなく、ビールも、日本酒も、ウイスキーとかもすべて格付けやっているとのこと。

    「これって、世界一権威のある格付けって評判の・・・」
    「そう言うのもおるそうやな」

 エレギオンの格付けは広い分野に渡ってて、その権威は世界中に轟いてるのよね。特徴は自社製品と他社製品の区別を一切しない事で、自社製品でも容赦なくダメ出しするのよ。エレギオンの格付けでのダメ出しは強烈で、それで潰れたメーカーもあるぐらい。業績ぐらいなら間違いなく傾くわ。

    「今日来てもらったのは、ウィーンの夜の約束を守るためなの。もっと早くにすべきだったんだけど、色々あったし」
    「あの時は一緒に飲もうって話だったはず」
    「そうだったけど、五女神がこんな感じでそろうのは四百年ぶりなのよ」
    「四百年・・・」
    「だからさ、ミサキちゃんが言ったと思うけど旅行にしたいのよ」

 旅行となると気が向かないんだけど、

    「ほんじゃ、またクルーズとか」
    「あれはあれで楽しかったけど、今度はこの五人そろって行きたいのよ。ただ五人となれば、あそこまでのバカンスは無理。さすがに会社をそこまで空けられないわ」

 そうだよな。わたしは引退して隠居状態だけど、四人はバリバリ現役だものね。

    「みんな行きたいところがあると思うけど・・・」

 ここでコトリちゃんが、

    「だいぶもめたんやけど、ユッキーがいうても社長やから、ユッキーの希望の温泉旅行にしてん」
    「シオリ、良かったかしら」

 温泉旅行は嫌いじゃないけど返事はどうしよう、

    「国内旅行よね」
    「そうなのよ。ハワイぐらいも案としてあったんだけど、コトリがとにかく嫌がるの」

 これも聞くとコトリちゃんは重度の時差ボケ体質らしくて、時差の出来る海外出張をとにかく嫌がるみたい。

    「エエやんか国内でも。温泉やったら日本が一番やで。海外の温泉は大味でアカン」

 それはわかる。ありゃ文化の違いとしか言いようがないわ。

    「で、どこ行くつもり」
    「悪いけど近場よ。さすがに有馬温泉じゃないから安心して。行き先はサプライズにしてもイイかしら」

 サプライズ? まだ決めてないだけの気もするけど、

    「四泊五日ぐらいで準備しといてくれる」

 待ってよ、まだ返事はしてないじゃない。

    「それと歩くところも多いから靴もよろしくね」

 観光もあるってことだろうけど、

    「費用は?」

 ここでユッキーはニヤッと笑って。

    「それは安心して。ちゃんと怖い怖いお目付け役に経費の約束取り付けてあるから。おカネはいらないよ。でしょ、ミサキちゃん」
    「でもあれは十五年前の話ですが」
    「なにか状況でも変わった?」
    「いや変わってはいませんが・・・旅行代は経費で落とせますが、お土産代はさすがに」
    「世界の加納志織の接待だよ」
    「わかりましたよ」

 ユッキーはこれで話は決まったみたいな顔してるけど、また行くとも行かないとも言ってないでしょ。

    「じゃ、ミサキちゃん。手配ヨロシク」
    「ちょっと待った。今回はコトリがする」

 ここからが面白かった。

    「却下します」
    「ミサキちゃん、副社長命令やで」
    「却下します」
    「コトリが信用できへんいうの」
    「信用できません。コトリ副社長にこの手の企画をやらせたら、月で餅つきやらされかねません」

 月で餅つきはイヤだなぁ。そもそも月には温泉なんてないじゃないの。そしたらユッキーが、

    「じゃあ、わたしがする」
    「却下します」
    「ミサキちゃん、社長命令よ」
    「却下します」
    「わたしを信用できないの」
    「信用できません。ユッキー社長にこの手の企画をやらせたら、冥界巡りをやらされかねません」
 冥界巡りって地獄巡りってこと。血の池地獄とかありそうだけど、やっぱり普通の温泉がイイよね。それにしても香坂さん立場強いな。社長や副社長の命令でも平気で却下できるんだ。でもそこから誰がプランを作るかで大モメ。

 でも聞いてるだけで楽しかった。なんていうかなぁ、若い時に、いや高校とか大学時代に文化祭とか、体育祭の準備に燃え上がってる感じとすればイイかな。こんな感じで熱く燃えるってなくなってるものね。オフィス加納も始まった頃はこんな感じもあったけど、年とともに、

    『大先生』
 こんな感じになっちゃったもの。そんな仲間意識をもてる者が減っていき、いなくなっちゃったのよね。事務所を閉めたのはカズ君の病気のせいもあったし、年齢的に潮時ってのもあったけど、仲間と一つの事に熱中できる感覚が醒めて行ったのあるのよ。

 これは誰しもってわけじゃないけど、わたしは熱くならなきゃイイ仕事は出来ないって思ってた。アートはやっつけで出来ないよ。フォトグラファーは職人でなくあくまでも芸術家だよ。そうなのよ、技術を競うのじゃなくて、ハートを競うのがフォトグラファー。そのためには心は熱くなくっちゃ。

 イイなぁ。こんな雰囲気。エレギオンHDの心臓部にはこんな熱気が渦巻いてるんだ。たかが温泉旅行でこれだけ熱中できるんだ。そうよ、この感覚が欲しかったの。カズ君の不思議なところは死ぬまであったことかしれない。

 そりゃ、見た目は歳取ったよ。一緒に歩いていても娘どころか孫に見られたものよ。でもね、心は若かったの。青春時代のまんま。だから一緒にいて楽しかったし、どんなにカズ君が老けても気にもならなかった。

 だってわたしの事務所の職員の結婚式の余興のためにフラッシュモブをやろうって言いだしたのよ。カズ君七十歳になってたのに。もう本気もイイところで当人に知られないように有志を集め、さらに自分のクリニックの職員まで動員してやったの。わたしも動員されちゃったけど楽しかった。

 誕生日やクリスマスのプレゼントだって、いっつも、いっつも、あっと驚くサプライズ。あれだけ毎年やってもだよ。そんなカズ君が亡くなってから、思ったのは自分の人生も終りって感覚。

 あれはカズ君がいなくなっただけじゃなく、一緒に熱中できる相手をすべて失ったからかもしれない。でもここにはある。わたしもここに入れたらどんなに嬉しいか。そんなことを思ってたけど、議論はひたすら白熱。コトリちゃんが頑張ってる。ここでシノブちゃんが、

    「ミサキちゃん、コトリ先輩に任せるべきよ」
    「ダメです。月で餅つきはしたくありません」
    「でも、今回の旅行は加納さんと社長、コトリ先輩の同窓会旅行の一面もあると思う」
    「そ、それは・・・」
    「同窓会旅行の幹事は同窓生がすべきじゃない」

 なるほど同窓会か。これはそうかもしれない。ユッキーは木村由紀恵じゃないし、コトリちゃんは小島知江じゃない。でも、二人とわたしをつなぐ記憶は明文館の同窓生。旅行か、こんな熱い仲間となら行っても良いかもしれない、いや、行って見よう。

    「ちょっとイイかしら。月で餅つきじゃなかったら、コトリちゃんに幹事やってもらいたいんだけど」
    「ほらみいミサキちゃん。シオリちゃんもそう言うてるやん。これでコトリに決定や」
    「では月で餅つきはやらないと約束して下さい」
    「わかった、月で餅つきはせえへんと約束する」

 これも笑っちゃんだけど、香坂さんは真剣に月で餅つきを心配してたみたい。香坂さんがあれだけ心配するのだから、前科はテンコモリかも。香坂さんに、

    「でも月で餅つきはいくらなんでも・・・」
    「加納さんは知らないからです。コトリ副社長は『やる』と言えばいかなる手段を使ってもやってしまわれる方なのです」
    「でも月だよ」
    「必要となればスペースX社でも買収されます」
 スペースX社を買収って・・・エレギオンなら出来るか。月で餅つきも、普通の人が言えば冗談以外の何者でもないけど、エレギオンHD副社長ともなればやりかねないし、あの真面目そうな香坂さんがあれほど心配してるのなら・・・ひょっとして、エレギオン・グループが宇宙開発に進出する話が出ているのかもしれないものね。

 月で餅つきはともかく、ただの温泉旅行のはずなのに、なにかワクワクしてきた。なにかトンデモないことが起りそうな期待感。こんな気持ちは何年振りだろう。ここに来る前は、家を出るのさえ気が重くて仕方なかったけど、今は違う。温泉旅行を心待ちにしている自分がいる。

浦島夜想曲:追憶のシオリ

 香坂さんから連絡があって、旅行の件の打ち合わせをしたいからクレイエール・ビルに来てくれないかって。それにしても、打ち合わせに会社を使わなくても良さそうな。それに呼ばれた時刻も妙で、

    「夕方六時に受付においで下さい。わかるように手配しておきます」
 時刻からすると夕食を一緒しながらと思うけど、それなら店で待ち合わせでもイイじゃない。どうせ三宮だろうから、わざわざ会社にまで来させるのは妙と言えば妙。もちろんクレイエール・ビルのイタリアンなりを利用するのかもしれないけど、それでも店で待ち合わせで良い気がする。

 でも、とにかく行って見ることにした。気は重いけど、香坂さんに『うん』と言っちゃったし、やっぱり『やめとく』とするのはどこか躊躇われる。あの時の香坂さん必死だったものね。あの好意を無にするのはさすがに悪いと思うもの。


 ここも久しぶり。そうそう最後に来たのは四年前で、龍すし支店だったわ。あの時は香坂さんとシノブちゃんがわざわざ、わたしとカズ君の喜寿の祝いをやってくれたんだ。さらにあの時は龍すし本店から水橋先輩とリンドウ先輩もサプライズで呼んでくれてて嬉しかったもの。

 翌年の正月にカズ君の癌が再発がわかって、早かったな、半年もたなかったよ。それからは来てないものね。さすがにおひとり様で来るのはチョットだし。そう言えば外食自体が減っちゃった。事務所もカズ君の癌がわかった時点で閉めちゃったからね。

 引退して事務所閉めたのも色々言われたけど、あの時点で見た目はともかく七十四歳よ。プロのフォトグラファーに定年はないけど、別に引退したっておかしくないじゃない。それとあの時ぐらいはカズ君のためだけに時間を使いたかったの。


 カズ君はコトリちゃんじゃなく、わたしを選んでくれた。本当に嬉しかった。半分以上あきらめてたものね。だからイイ奥様になろうと思ったんだ。でもね仕事も好きだったんだよ。わたしが仕事を好きなのはカズ君もよく知ってたから、

    『シオは仕事をしていてこそシオや』
 こう言って、わたしの仕事をいつも最優先してくれた。こんな仕事じゃない、とにかく家を空けることが多くてさ、多い時には一年の半分以上は取材旅行に出ていたこともあるのよ。

 それでも嫌な顔なんか一度たりとも見せたことがなくていつもニコニコして見送って出迎えてくれた。もっともカズ君も勤務医してたから、すれ違いが多かったんだけど、

    『その方が新鮮さが保たれるやんか』

 でもね、さすがにすれ違いが多すぎたと思ったのよ。だから、カズ君には開業するように頼んだのよ。カズ君は、

    『シオの言う通りや』

 こう言ってくれたし、開業準備に熱中してたから、わたしは自分の思いつきに鼻が高くなってるぐらいだった。でもね、開業してからカズ君の勤務医時代の同僚が遊びに来たんだよ。カズ君が御手洗に席を外している時に、

    『山本が開業するなんてビックリしたわ。あんだけ開業だけは絶対せえへんって言うとったのに・・・』

 そうなのよ、カズ君は本当は開業なんかしたくなかったのよ。勤務医を続けたかったのに、わたしが無理やり開業させたようなものだったのよ。でもわたしの前では絶対に口どころか、素振りも見せなかったの。口にするのはいつも、

    『これやったら、もっと早くに開業しておけばシオと過ごせる時間が増えてたのに』

 もうウソばっかり、カズ君はいつもそうだった。一から十までいつもわたし優先。だからカズ君の癌が見つかった時に、カズ君優先の時間を絶対に作るんだと心に決めたの。でもカズ君は、

    『シオが写真をやめるのは世界の損失』
 こう言ってた。だから退路を断つために引退と事務所の閉鎖までやったの。でもね、正直なところ手術が成功してカズ君が元気になった時には早まったかなと思ったぐらいだった。でもあれで正解だった。たった四年後に再発。これも今から思い起こせば再発はもっと早かった気がする。

 カズ君って他人には親切。お人よしと言って良いぐらい親切。親切なのは前から知ってたけど、他人にはホントに頼らないの。そうなの、わたしにすら頼るのは嫌ってた。そんなカズ君が手術して二年後ぐらいから妙にわたしを頼るようになってた。

 あれは再発がわかってたんじゃないかと思う。再発がはっきりしてからは、あのカズ君でさえ苦しみを隠しきれなかったけど、その前から苦しくて誰かを頼りたくなり、頼る相手にわたしを選んでたと思ってる。口では、

    『こう毎日シオが家にいてくれると眩しすぎて目が潰れそうや』

 これね、老眼で小さな字が読みにくい時の冗句なんだけど、わたしの姿を見るとホッとするというか、どこか探し求めてる気がした。そうそう、あれも驚いた。あの頃は現役こそ引退したけど。コンクールの審査員とかはやってて、東京とかにも行くことがあったのだけど、

    『いつ帰る』

 こう聞かれちゃったの。どこがおかしいかって? 普通なら当たり前の会話なんだけど、結婚してからこんな事は絶対に尋ねたことが無い人だったのよ。カズ君はわたしを縛る事は極力避けてたの。こういう仕事だから家を空けることが多かったんだけど、わたしが家を空けることが負い目にならないようにしてた。だから出かける時も、

    「いってらっしゃい」
 これ以上は絶対に言わなかったのよ。それがわかったから、帰宅日時を言うようにしてたし、遅れそうなら連絡を入れるようにしてた。それでもカズ君はね、わたしが言い忘れても、連絡を入れずに遅くなっても何も言ったことがなかったの。

 忘れもしない大チョンボをやったことがあるのよ。あの頃はとにかく忙しかったし、その仕事だって義理をかさにきての無理やりねじ込まれた代物で、嫌でたまらなかったけど取るものもとりあえず出かけたんだ。行き先はモロッコだった。

 そんな気分で取り組んだのが悪かったのか、この仕事はトラブルの連続。その上にだよ、クライアントの意向がコロコロ変わりやがって、取材先でまさに右往左往。予定が大幅に伸びて延々三ヶ月もかかったんだ。わたしがやった仕事の中でも最悪のものの一つだった。

 やっと神戸に帰った時はクタクタだったんだけど、家に帰る前にハッと気づいたんだ。取材旅行に行くことは愚か、途中で連絡一つしてなかったことに。三ヶ月だよ、さすがに拙いと思ったよ。これで怒られないわけないじゃないの。おそるおそる家に帰ると、

    「おかえり」

 これだけだった。いくら優しい旦那でも、

    『長かったな』
 これぐらいは普通は言うものじゃない。それどころか、これだけで夫婦喧嘩になってもおかしくないし、その挙句に離婚騒動が巻き起こっても不思議ないぐらいじゃない。でもニコニコしながらそれだけ。

 東京の審査員の時は一泊二日だったんだけど、言い忘れてたんだ。忘れてたわたしが悪いんだけど、いつ帰るか聞かれてビックリした。あれはそれだけカズ君が苦しんでいた証拠だったと思うのよね。


 いや、あの時だけじゃなかったと思ってる。カズ君は子ども好きなんだ。子どもが出来たらどうするかを何度も何度も話してた。親子であれして、これしてとか、いっぱい話してた。そうやって親子で一緒に過ごす時間を持ちたかったはずなのよ。それをぶち壊したのはわたしの不妊症。

 子どもが出来なくても、夫婦で過ごす時間を、もっともっと持ちたかったはずよ。一度も口にすらしたことないけど、きっと、きっと専業主婦で家に入って欲しかったはずなのよ。だって、だって、朝夕で顔を合わせている時は話づめだったし、休日が一緒になろうものなら、それこそ張り切って遊びに行く計画練ってたもの。

 カズ君のおかげで思う存分仕事が出来たし、フォトグラファーとして大成功したけど、その代わりにカズ君はずっと自分を抑えて我慢してた気がしてる。そうやって我慢を重ねていたのが堪え切れなくなったのが、癌になってからだろうって。

 これはカズ君が亡くなってからずっと思ってる。思ってるだけじゃなく後悔がドンドン強くなってる。カズ君はわたしを選んで本当に正解だったんだろうかって。わたしじゃなければ、もっと幸せな結婚生活を送れたんじゃなかろうかって。

 亡くなる少し前にユッキーの話が出てきたのもそうだったかもしれない。ユッキーの話は結婚当初こそ何回か出たけど、それからはずっとしなかった。あれは出せばわたしが悲しむからと思ったに違いないもの。

 それが出てしまったのはカズ君が弱っていたからだけど、どこかでわたしじゃなく、ユッキーだったらの思いがあったんだろうって。悔しかったかって、バカ言うんじゃないよ。カズ君はね、プロポーズする時にユッキーの影を引きずると断ってるし、それを了承して結婚してるのよ。

 わたしはね、ユッキーの代わりにカズ君を幸せにする義務を負ってたの。でもね、その義務を果たしたかといえば自信がない。幸せにしてもらったのはわたしばっかりで、カズ君には何もしてあげられなかったとしか思えなくなってる。

 どれだけカズ君がわたしに気を使っていたかだけど、二人で旅行に行っても旅先では写真も撮らせてくれないの。

    「シオに撮らせたら、すぐに仕事モードになってまうやんか。それにやな、うっかりシオに撮らせたらオフィスからどれだけの請求書がくるか怖くて、怖くて」
 おかげで、わたしが撮ったカズ君の写真は一枚も残っていないのよ。今となっては悔しくて、悔しくて。この加納志織の夫の遺影が、セルフタイマーのツーショットの切り抜きなのよ。こんなの信じられないよ、何年夫婦やってたのよ。


 今さらながら思うのはカズ君にとってわたしは何だったんだろうって。やっぱり本当に愛していたのはユッキーだったんじゃないかって。いや、コトリちゃんだったかもしれない。

 ユッキーは別格だから置いとくとしても、コトリちゃんの勝負は、ちょっと卑怯だったと思ってる。わたしはあの時に、みいちゃんを陥れて蹴落としたけど、やった行為の後味の悪さに自己嫌悪の塊になってた時期があったんだ。

 あの時に勝負は本当は終ってた。わたしが退場してコトリちゃんと結ばれてオシマイ。それ以外になかったはずなのに、落ち込むわたしを心の底から励まし、立ち直らせてくれた。そう、あの同棲時代のように。

 これは結婚してからも、実は心の奥底にずっと燻ってるの。最後の最後の段階でもわたしとコトリちゃんに差がなかった。いや、正直にいうとコトリちゃんに勝てる要素はなかったとしてもイイぐらい。辛うじて勝負の土俵に残ってたぐらいだった。

 それでもわたしが勝てたのは、コトリちゃんを選べばわたしがどうなってしまうのか、カズ君は心配で仕方なかったからじゃないだろうかって。そう、ラブバトルは愛情を争うもののはずなのに、同情を使って勝っただけじゃないかって。


 ダメねぇ。カズ君が亡くなってから、こんなことばかり考えてる。早く天国に行って、今度こそ素敵な奥様をやるんだって。バッカじゃないのって思うけど、それが正解みたいな結論に納得しちゃってる。カズ君はホントはどう思い、どう感じていたんだろう。カズ君との最後の会話は

    『シオは幸せだった?』
    『もちろんよ』
    『ボクはシオの百倍幸せやった。シオが家にいると思うだけで、飛び上るほど幸せだったもの。シオはボクの女神様・・・』

 この言葉の後は昏睡状態なり二度と意識は戻らなかった。七十八歳だったから早すぎたってわけじゃないけど、やっぱり寂しいな。そんなわたしも八十歳になる。いくら見た目が若いといっても、心はババアになってるわ。そんなことを思いながらクレーエール・ビルの玄関ホールに入ると受付に香坂さんがいるじゃないの。

    「お待ちしておりました」
    「常務さんがお出迎えってビックリした」
    「加納さんは世界一の写真家ですし、わたし達にとっては主女神でもあります。これぐらいは当然です」
    「今日はこれからどうするの」
    「御案内させて頂きます」
 香坂さんが先に立って案内してくれるんだけど、エレベーター・ホールに。やっぱりクレイエールのレストランで良さそう。

浦島夜想曲:シオリのマンションにて

 ユッキー社長の命を受けたミサキは加納さんに連絡を取り自宅のマンションに伺いました。このマンションも最初に訪れた時は生死をかけるほど緊張したのも今となっては懐かしい思い出です。

    『ピンポン』
 加納さんを見るたびに思うのですが、ミサキもあそこまで歳を取らずにこのまま過ごすのだろうかと感心しています。シノブ専務も七十歳になられますが、頑として歳を取られませんから、女神の力ってホントに凄いと思っています。

 加納さんの容姿に衰えはまったく見られないのですが、表情がすぐれません。すぐれないというか活気を感じないのです。活気というか生気を感じないとした方が良いかもしれません。

 とりあえず挨拶と三周忌のお悔やみを済ませて本題に。どこから入ろうかと思いましたが、一番気になっていたユッキー社長が間に合わなかった点からにしました。

    「今ごろカズ君、天国でビックリしてるんじゃないかな。やっとユッキーに会えると思って行ったのに、ユッキーは天国にはいないもんね」
    「申し訳ありません」
    「イイのよ。あれはあれで良かったと思ってる。ユッキーが『今さら』って気持ちになったのはわかるもの。あれは木村由紀恵とカズ坊のロマンスであって、小山恵とのロマンスじゃないもの」

 そこから加納さんは紅茶を一口飲んで、

    「もし会ってたらカズ君、きっと混乱してたと思うわ。やっぱり知らずに亡くなった方が良かった気がしてる」
    「・・・」
    「そんな顔しないの。心配しなくてもわたしが天国に行った時に説明しておくから。どうせユッキーにしろ、コトリちゃんにしろ天国には来ないんだから」
    「・・・」
    「天国にユッキーがいなくて良かったかもしれない。あの時のラブ・バトルはコトリちゃんだから勝負になったけど、ユッキー相手じゃ話にならないもの。だから天国でもカズ君はわたしのものよ」

 加納さんの声が心なしか涙声になってる気がします。

    「ミサキちゃん、聞いてもイイ」
    「わかる範囲でしたら」
    「ミサキちゃんはどうなるの」

 話して良いものかどうか悩みましたが、思い切って話しました。ミサキとシノブ専務は、一度は受け継ぐ記憶を封印されたこと。これを去年、今からの記憶を受け継いでいくことになったことを。

    「じゃ、ずっとエレギオンHDの常務をやるとか」
    「一緒に旅行に来ていただければ、もう少し詳しいお話を社長なり副社長からさせて頂きますが、おそらくそうなります」

 加納さんは何か考えておられるようでしたが、

    「わたしに宿ってる主女神は目覚めないの」
    「おそらく社長か副社長でないと無理かと」
    「じゃ、わたしが記憶を受け継ぐようには」
    「それは社長や副社長でも無理かもしれません。主女神は自分で封印されていますから」

 加納さんは再び紅茶をすすりながら、

    「だったらわたしは普通に死ぬだけね。だってさ、なにかの拍子に主女神とやらが目覚めて、記憶の継承が続いちゃったりしたら、天国に行けないじゃない」
    「そ、そうなりますが」
    「行けなきゃ、今の生きがいの天国でカズ君に再会できなくなっちゃうものね。安心したわ」

 山本先生を失った衝撃はここまでなんだ。寂しいのだろうな。夫婦仲は本当に良かったもの。いつまでも恋人気分が抜けない夫婦って本当にあるものだと感心したものです。それに子どももおられないんだ。さらに加納さんは、

    「なんかね、生きてるのが辛くてさ。どうして生き残ってるんだろうってね。すっかり引きこもり状態よ。このわたしがだよ。カズ君が逝っちゃってから完全にババアよ。あははは」
 旅行の件はかなり渋られました。渋られるどころか、あっさり断られました。加納さんは引退されてからも、山本先生が元気なころはコンクールの審査員とかもされていましたが、先生が亡くなられてからはすべて辞退され、今では部屋を出るのも億劫だと仰られます。

 ミサキは、このままでは加納さんがこの部屋で朽ち果ててしまうと強く感じます。とにかく加納さんはエレギオンの主女神です。これを支えるのがミサキも含めた四人の女神の役割のはずです。

 それだけじゃ、ありません。宿主こそ代わっているとはいえ、ユッキー社長やコトリ副社長の古い友だちです。間接的にミサキだってシノブ専務だってお世話になっているのです。ここで、

    『はい、そうですか』

 こう引き下がったら女神の秘書は務まりません。考えるだけの手段を駆使して粘りに粘りました。たとえ次の日までかかっても口説き落とすつもりで頑張りました。ミサキの説得に根負けしたのか、単なる気まぐれかはわかりませんが、

    「そこまで言うなら旅行の件の話だけは聞いてあげる」

 気が付くと日も暮れていましたが、何とかここまで漕ぎ着けることができました。長居したことを謝って会社に戻りユッキー社長に報告です。加納さんの同意が取れたことにホッとした表情をされた後に、

    「シオリはそんな感じだったの」
 それだけ言うとコトリ副社長と顔を見合わせて黙り込んでしまいました。

浦島夜想曲:プロローグ

 共益同盟のナルメルとの対決に備えて、加納さんに主女神が宿っていると告げたのはもう十四年前のウィーンの夜になります。加納さんも大変驚かれていましたし、お二人が加納さんに、あそこまで話すとは思ってもいませんでした。

 あの時に日本での再会を約束していたのですが、加納さんもバリバリの現役でしたし、こちらも長すぎるバカンス中に溜まっていた仕事をこなすのに忙しく、ずっと延び延びになっています。まあ、お互い神戸に住んでいますから、いつでも会えると、高を括っていた部分も多かったと反省しています。

 延び延びになった理由はもう一つあって、この際だから五女神そろっての旅行にしようというのもありました。ユッキー社長は温泉旅行が好きですからね。ディナーぐらいなら予定を合わせるのはまだしもなんですが、旅行、それもエレギオン側の四女神がそろってになると、これまた調整が難航し、ようやく話がまとまったのが十年前。ところが、この時に第二次宇宙船団騒ぎが起りまたもや延期。六年前にやっと話がまとまったと思ったら、飛び込んできたニュースが、

    『山本先生が入院』
 山本先生も七十四歳でしたが精密検査の結果、癌が見つかったのです。幸い手術で摘出できましたが、この時の加納さんには本当にビックリさせられました。いきなり引退を発表されオフィス加納も閉めてしまわれ看病に専念されたのです。

 先生は手術から回復されてしばらくはお元気で、シノブ専務と喜寿のお祝いもさせてもらったりもしましたが、二年前の正月に再発。ここからは早かった。その年の五月に亡くなられました。ミサキもシノブ専務も何度かお見舞いに伺わせてもらっていますが、行くたびに山本先生が痩せ衰える様子を見るのは大変つらいものがありました。


 そんな山本先生が亡くなる少し前に加納さんとこんな会話をされたそうです。

    『シオ、一つ謝っとかなアカンことがある』
    『また何かやらかしたの』
    『シオは綺麗や、そのうえ何故か歳もとらへん。ボクには過ぎた奥さんや。結婚してくれてホントに感謝してる。でもな、ここまできてもやっぱりユッキーのことを忘れ切れへんかった。悪かったと思ってる』
    『なに言ってるのよ。ユッキーはカズ君の最初の奥様じゃない。忘れなくて当然だし、忘れたらわたしが怒るよ』
    『そう言ってくれてホッとした。もうすぐユッキーに会いに行けるわ。シオはゆっくりおいでね』
    『イイエ、すぐ追いかけるわ。そうしないとまたユッキーに取られちゃう。コトリちゃんだっているのよ』
    『天国でもシオを選ぶって』

 そこからユッキーさんの思い出話になったそうですが、

    『でも、もう一回会いたかったな。とにかくユッキーの奴、倒れてからボクの事をシャットアウトしやがったから、最後はなんにも話が出来へんかった』

 これを聞いた加納さんは社長に会いに来られました。木村由紀恵のユッキーとして最後に山本先生に会って欲しいと。この時はミサキも同席していたのですが、あのユッキー社長の顔に動揺がアリアリと浮かんでいるのがミサキにもわかりました。

    「わたしは行けない・・・」
 それだけ言うと部屋から飛びされてしまったのです。その時にミサキにはわかった気がします。ユッキー社長は小山恵になって復活はされましたが、未だに独身ですし、男の噂さえありません。そりゃ、時々コトリ副社長と男遊びをされますが、あれはあくまでも遊びであって本気の恋も結婚もされていないのです。

 未だに山本先生のことを大切に想っておられるのに違いありません。木村由紀恵は亡くなりましたが、山本先生が生きている限り一途を貫いておられるのだと。コトリ副社長から何度もユッキー社長は『一途』だと聞かされていましたが、これ程とは正直驚きました。

 ミサキはコトリ副社長に連絡を急いで取りました。こういう時にどうすれば良いかを知っているのはコトリ副社長しかいないからです。

    「ユッキーのやつ、そんなこと言うたんか」

 どうも二人は長いこと話をされていたようです。何日もしてからユッキー社長はコトリ副社長の言葉に折れたのか、山本先生のお見舞いに行くと言いだされたのでした。ミサキも同行したのですか、マンションに着いてみると、

    『忌中』

 間に合わなかったのです。挨拶に出た喪服姿の加納さんは、

    「遅かった・・・」

 帰り道でユッキー社長は、

    「コトリにしばらく任せるって伝えといて」

 それだけ言うと姿を消してしまわれました。コトリ副社長は、

    「心配せんでエエ、ユッキーは帰ってくる」
 一ヶ月ほどしてから社長は姿を現し、何事もなかったかのように仕事に戻られ、コトリ副社長も何事もなかったかのように接していました。ただ五女神の旅行の話は完全に棚上げ状態になっています。


 さて今日は三十階仮眠室に四女神が集まる日です。ユッキー社長とコトリ副社長はいつものように張り切って準備されています。この四女神が集まる日には、それこそエレギオンHDのトップ・フォーが顔をそろえますから、業務上の話もするときも少なくありませんが、単なるパーティの日も多くあります。

    「コトリ副社長、なに読んでるのですか?」
    「うん、日本書紀の雄略記」

 副社長は歴女。小島知江時代にクレイエールに正式サークルの歴女の会を作り上げたぐらいです。

    「なにかおもしろい発見でもあったのですか」
    「まだわからんけど、浦島太郎」

 日本書紀と浦島太郎になんの関係が、

    「前にアラに聞いた話が妙に気になってもて」

 アラの話が浦島太郎と日本書紀にどうして関係するのだろう。そうそう、

    「コトリ副社長、前に仰られていたウサギの餅つき計画はその後どうなってますか」

 これはコードネームで、エレギオン・グループの宇宙開発参加計画です。

    「あれか? とにかくゼニかかるからな。月で餅つきやるとなると、杵やら臼やら持ってかなあかんし、ウサギのコスプレ宇宙服も必要やんか。技術的にも月で餅米蒸すには・・・」
    「コトリ副社長!」

 本来はコードネームだったのですが、コトリ副社長はどこをどう考えたら、そういう発想に行きつくのかわかりませんが、コードネーム通りに本気で月で餅をつく実現性の方に熱中されてしまっています。そこにユッキー社長が、

    「ミサキちゃん、話は変わるけどシオリの事だけど・・・」
    「そういえば、山本先生の三回忌ですね」
    「一つの区切りだと思うし、今年は是が非でも行きたいわ」
    「でも山本先生の最後の時のシコリは」
    「あると思うけど、シオリと話が出来る時間はそんなに残っていないのよ」
    「見えるのですか?」

 ユッキー社長は遠くを見ているようでしたが、

    「見えないけど、シオリも今年で八十歳なの。百歳まで生きるかもしれないけど、もういつ何が起っても不思議ないじゃない」
    「留守番は」
    「マリーに任せる。一週間ぐらいなら、なんとかなると思うわ」

 プリンセス・オブ・セブン・シーズで出会ったマリーは、ユッキー社長の手配で、パリのルナのところに勉強に出され、第二次宇宙船騒動の翌年にエレギオンHDに就職しています。あれから九年、ユッキー社長の見込み通りにマリーは成長し、HDの実質的なナンバー・ファイブ、人としてのトップに立っています。

    「ミサキちゃん、お願い、たとえ一泊二日でも構わないから」

次回作の紹介

 このシリーズも長くなり第14作になります。今回は前作の続編の位置づけで、シリーズ全体の流れは、


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 こうなっています。この作品の紹介文としては、

 最愛の夫山本を失ったシオリは生きる気力も失い、生きがいだったカメラも置いてしまい、引き籠り状態になってしまいます。それを心配するユッキーやコトリたち。そこに浦島伝説も絡む女神の事件が発生。シオリは復活できるのか、女神の事件はどうなるのか。

 もう少し付け加えると前作で無理やりと言う感じで登場させたシオリの復活扁的な位置づけと思って頂ければ良いと思います。シオリもシリーズ第1作でこそヒロインでしたが、あそこで結婚させてしまい、さらにシリーズの舞台がコトリの勤務するクレイエールになってからは常にチョイ役扱いでした。

 もう一つの狙いは、処女作の時の歴史ムックを織り交ぜたいもありました。そこでほじくり出したのが、浦島伝説。これはブログでムックもやりましたが、もうちょっと膨らませて取り込んだつもりです。

 このシリーズの難点は、とにかく年齢に追いまくられること。容姿こそ女神設定で変わらない事にしているものの、宿主である人の寿命は来てしまいます。恋愛要素を絡めるにしても、それなりの年齢でイベントが必要になり、そこから結婚とか出産が出てくると、そこの目配りも常に必要です。

 それとシリーズの設定自体が初期の頃は、こんなに続くと思っていませんでしたから、適当な思い付きにしている部分が多いのですが、これだけ続くと辻褄合わせが必要になります。

 あれこれ考えているところはありますが、次回作からしばらく新たな舞台で、新たな登場人物が展開するお話になります。今度こそ、後で困らないようなプロットに・・・出来たらイイな。表紙絵も紹介しておきます。


浦島夜想曲