アングマール戦記:セラの戦い

 第二次包囲戦はエレギオン側の準備がアングマール側を上回った結果で良さそう。被害も少なくて済み、メイスも健在。

    「次もあるかなぁ」
    「あると考えて準備する必要があるわ」
 さてやけど動く塔は三十メートル級の塔を作られたのは魂消たけど、デカすぎて動かへんし、見下ろされる対策も城壁に屋根付けたのをどうにか出来るとは思えへん。破城槌も城門ごと埋められて門の裏に石まで詰められたら破れんやろ。坑道作戦も内堀の存在がわかったからやりにくいと思う。

 梯子作戦も無理があって、三十メートル近い、それも幅の広い梯子を調達するのも大変で、実際のところアングマール兵士が連なって登ると、何度も折れて墜落を繰り返しとったわ。自爆ってやつやな。それ以前にそれだけの梯子を登る間に、上からや横からの攻撃にさらされ続けるから、どうしたって被害は大きくなるのよね。

 もっともエレギオン側も万全かと言われればそうでなく、食糧備蓄問題が深刻になってきてるねん。ユッキーは五年分の備蓄を用意したけど、高原都市から移住者が増えた分だけ減るのが当たり前やけど早くなるってところ。海上はアングマール軍が手出しできへんから輸入もやってるけど、それでも足りなくて包囲されれば一年は到底無理で、半年でも危ないと見られてる。つうか、ユッキーの計算ではそうなってるのよ。

 ユッキーと出した結論は、なんとかして第三次包囲戦を阻止したいで一致してん。そうせんと食い物なくなりそうやから。第三次包囲戦を回避するには、やっぱりハマを奪い返すのが第一歩やとしか考えられへんかった。ハマを守ってるのはマハム将軍。ドーベル将軍やないから勝ち目は十分にあると踏んだんよ。

 コトリは必勝を期して第一から第三軍団まで引き連れてハマ奪還に向かおうとしたの。そしたらその動きを察したのかマハム将軍が動いたの。マハム将軍はキボン川を渡りセラの野に進むのがわかった。ドーベル将軍相手の時には決戦を回避したけど、今度は激突ってところ。

 コトリは基本の陣形を取ったの。重装歩兵隊を中心に据えて、左右両翼に騎兵隊を配したの。マハム将軍も同様だったけど、コトリが重装歩兵隊の前面に散兵部隊を繰り出して投槍攻撃をさせようとした時にマハム将軍は動いたの。いきなり左右両翼の騎馬隊を中央に回したのよ。

 散兵部隊は騎兵隊に蹴散らされて大混乱。コトリは慌てて重装歩兵戦列の後ろに収容させようとしたのだけど、マハム将軍は何頭かの馬をわざと傷つけて暴れ馬にして重装歩兵戦列に突っ込ませてきた。そうやって重装歩兵戦列が乱れたところに、マハム将軍の重装歩兵隊が突撃してきたの。

 重装歩兵隊は最初から受け身一方で大苦戦で押しまくられちゃったのよ。なんとか騎兵隊で側面攻撃を仕掛けようとしたんだけど、アングマール騎兵隊と散兵部隊を突破できなかったの。そこからは消耗戦になったけど、ついに押されたままで戦いは終了。数連れて来てなかったら危なかった。最後まで持ちこたえられたのは数の力やった。

 とくに重装歩兵隊同士の対決はやばかった。コトリも持ちこたえられへんと何度も思ったぐらい。第三列も本営の予備隊も総動員して、なんとか耐え抜いたって感じやった。騎馬戦も優勢でこそあったものの、押し切るには程遠く、損害だけが積み重なった感じ。そんな苦戦の真っ最中に、

    「次座の女神様、御報告」
    「どうした」
 どうも伝令の顔色が悪いの。コトリは胸騒ぎがした。
    「メイス上級士官は討死なされました」
 コトリの目の前が真っ暗になった。泣き崩れたかった、ここから逃げ出したかった。でもコトリは三個軍団を預かる指揮官。ここでコトリがそうなっちゃったら、三個軍団の屍の山が積み重なっちゃう。
    「メイスは立派に女神の男の証を立ててくれた。メイスの死を無駄にしてはならない」
 必死で耐えた。死に物狂いで耐えた。心を鬼にして耐えた。耐えて耐えて耐え抜いてエレギオンまでなんとか帰ったの。ユッキーに報告すると、
    「コトリご苦労様、下がって休みなさい」
 家に帰ると涙が枯れ果てるまで泣いたわ。メイス、メイス。コトリの大事な大事なメイス。コトリがあんな無様な戦いをしなければ死ななかったのに、全部コトリの責任よ。どうしてコトリは女神なの、どうして指揮官をやらなければならないの。もうイヤ、絶対イヤ。戦争なんて大っ嫌いだ。

 メイス、ホントにゴメン。コトリが選んだばっかりに、ホントにゴメン。コトリさえ選ばなければ、死なずに済んだのに。アングマール戦が始まってから、もう二人もコトリの男が死んじゃった。リュースもメイスも女神の男なんかじゃない、コトリの男だったのよ。

 なにが次座の女神よ、なにが知恵の女神よ、コトリはその前に女なのよ。女の幸せが欲しいのよ。ラブラブしたいのよ。ベッドにまだメイスの匂いが残ってる。そうなの、コトリは戦場で指揮を執るのじゃなくて、ベッドで頑張りたいの。心から愛する男と燃え尽きるまで愛し合いたいの。それって贅沢なの、女神には許されないことなの。コトリは子どもを産めないのよ。そのうえに好きな男とラブラブするのも許されないの。

 どうして、どうして、どうしてそうなの。女神なんていらない、コトリを普通の女にして、お願い、お願い、誰かそうして。お願いだからそうして。メイスのベッドでの最後の言葉が甦る。

    「次こそ最高のところにお連れすると約束します」
    「必ずよ。メイスなら絶対連れてってくれると信じてる」
 コトリはこっちがしたいの、極めたいの。戦争なんて真っ平ゴメンだわ。メイスなら、メイスなら必ず一緒に行けたのに。戻ってきてメイス。コトリを愛してるのなら、お願いだから戻ってきて。

 コトリはまだ宿主代わりの不安定期が終わってなかったの。メイスはコトリを不安定になるのを防いでくれていたけど、メイスの死はコトリを不安定の極致に追い込んでしまったの。部屋から出られなくなった。

アングマール戦記:第二次包囲戦(2)

    「ユッキー、あれなんやろ」
    「ううん、前回やらなかったから妙と思ってたけど、今回はやる気ね」
 アングマール軍は穴を掘り始めたの。つまり城壁の下を潜る穴を掘って城内に乱入しようって作戦。城攻めではポピュラーな戦術やけど、とにかく人手がいるのと、坑道が長くなると落盤も起りやすい点がポイントかな。
    「あそこまで計算して掘ってるかしら」
    「さあ?」
 ユッキーは大城壁を作る時に土塁で土台を作ってるけど、その土は城壁の内側から掘り出しているの。それもわざと幅を狭くして深く掘り、そこを石と粘土でがっちり固めて水を入れて内堀にしてるの。見た目は幅が五メートルもないし、普段は蓋をしてるから、そんなに深そうに見えないけど、深さは四十メートルぐらいあるの。もちろんトンネル対策だけどね。

 アングマール陣地の土の山は見る見る大きくなったわ。その間も巨大投石機同士の撃ちあいとか、巨大な塔の設置の戦いが続いていたし、わんさか出てくる埋め立て車の破壊戦も続いてた。包囲戦が始まって三ヶ月もしないうちに、

    『ズシッ』
 来たのよ魔王の心理攻撃が、四女神は城内を走り回ったわ。その頃には幾つかの巨大な塔も完成してたから、
    「コトリ、来るわよ」
 アングマール軍は空堀に橋をかけて渡って来たの。上から石を落としたり、巨大石弓で壊したけど、とにかく数が多いし、他にも攻撃目標が多くて壊しきれなかったの。そして現われたのが巨大梯子。これまた百個ぐらい一斉にかけて登ってきた。
    『せぇーの』
 例の棒で押し出す作戦はそれなりに有効やった。ただあれも登る人数が少ないうちは押し出しやすかったけど、ビッチリ並ばれると重すぎて押し出しきれんかった。もうちょっと機械仕掛けにしとくべきやったかもしれへん。ただ城壁上の屋根は有効やった。これのお蔭で巨大な塔からの矢の攻撃をかなり防げてた。もっとも敵の巨大投石機の石が当たるとぶっ壊れるから、修理に追っかけまわされてた。

 梯子作戦は連日続いたの。でも前回に比べると巨大な塔の数も少ないし、城壁の屋根のお蔭で優勢に展開してくれた。巨大投石機は夜もフル回転させた。とにかく数撃たないと命中数が増えないし、別に夜だからって命中率が下がる訳じゃなから、バンバン撃たせたの。そしたらね、

    『ズシッ』
強くなったの。
    「魔王は最初からフル回転やね」
    「どうしてだろう」
 ユッキーは魔王の意図が読み切れなかったみたいだけど、まだ二段、前回は三段まで喰らってるから経験済みってところ。
    「コトリ、二段目だけど前より軽くない。前の時は『ズシン』って感じだったけど」
    「慣れたんちゃうん」
    「そうかもね」
 翌日の梯子攻撃の攻防戦もすさまじかったけど、魔王が二段目の心理攻撃をやった意味がわかったの。内堀の水位が少しだけ下がったの。
    「かわいそうに、溺れたんじゃないかしら」
    「たぶんね」
 坑道の先から水がドバッと流れ込んだら、逃げ道無いからまず助からへんと思うわ。この二週間ほどが第二次包囲戦のヤマ場だったみたい。以後も動く塔や埋め立て車の妨害戦。さらには巨大投石機同士の撃ちあいは続いたけど、エレギオン優位に推移してくれた。それだけやなくて、魔王の心理攻撃も弱まっているとしか感じてしかたなかったの。

 その後も散発的に梯子攻撃があったけど、前の時ほど危機的な状況に陥ることなく春にはアングマール軍は引き上げて行っちゃった。

    「もう終わりなんだ」
    「半年ぐらいで済んで助かったわ。また三年もやられたら食糧なくなっちゃうし」
 アングマール軍が退却した後に休暇を頂きました。もう燃えまくっちゃった。

アングマール戦記:第二次包囲戦(1)

 魔王は秋にシャウスの道を下ってきた。ハマに入ったんだけど、リューオン、ベラテをパスしてキボン川をいきなり渡り、セラの野を横切ってエレギオンに迫って来たんだ。どうも魔王はリューオンやベラテには街を守る程度の戦力はあっても、ハマを襲うほどの力はないと読んだみたい。実際のところそうなんだけどね。そしたらまた出て来やがったんだ、

    「慈悲深きアングマール王より、エレギオン国民に告げる。我の目標はエレギオンにあらず五女神なり、速やかに差し出せ」
 今度はコトリが答えたった。
    「恵み深き主女神の命を受けたる次座の女神が告す。そちの欲望が満たされることはない。速やかに故郷に戻られよ」
    「おお、知恵の女神か。ゲラス以来で懐かしい。そちも体を清めて待っておるが良い。とくに念入りに可愛がってやろう」
 コトリの横にメイスが立ってたんだけど、怒りで顔が真っ赤になってて、手がプルプル震えてた。そういえば、あれから結局休日取れなかったから、あの続き出来てないんだぁ。メイスだってやりたいだろうし、コトリもそうなの。

 さて籠城準備なんだけど、前回の経験を活かして対策はあれこれやっていた。巨大石弓はより強化したし、巨大投石機も倍増の二十台設置した。さらに城壁の上にすべて屋根を巡らしたの。木製で土台を作り、さらに屋根には日干し煉瓦を敷き詰めたの。日干し煉瓦の屋根にしたのは敵の火矢対策。

 強度はそれほどじゃないけど、アングマール軍の投石器では城壁の上まで大きな石を投げ込む力はないだろうって見方。とにかく前回はあの巨大な塔の高さにかなりやられたから、ここはしっかり対策しておく必要があると思ったの。

 梯子対策はせこい手を編み出した。梯子は立てかけるんだけど、これを棒で押し出す対策。敵だって根元をしっかり押さえるだろうけど、そこはテコの原理で、上を押す方が力比べなら有利なの。そうやって城壁から離してしまえば、いくら登って来ても狙い撃ちできるってところ。

 城門はまた落とし穴掘っといた。それだけやなく、掘り出した土で城門ごと埋めといた。これで敵は落とし穴を埋めて、門の前の土砂を取り除かない限り破城槌は使えないって対策。まあこれが破られたら、城門の内側を前みたいに石詰めにして塞ぐつもり。

 アングマール軍はざっと見たところ前回より少なそう。高原徴収兵はかなりの損害を出したので、前回ほどには集められなかったのかもしれない。その辺もあってリューオンやベラテも囲まなかったのかもしれない。食糧不足も応えた可能性はある。

 さて何をしてくるかと思ったんだけど、驚かされたのはアングマールも巨大投石機を設置し始めたこと。これを見たエレギオン軍は最初から全開で巨大投石機を撃ちだした。あんなものを撃ちこまれたら大変やから。巨大投石機は命中精度に問題があるというか、そもそも『だいたいこのへん』ぐらいの代物やねんけど、それでも目標が見えてるかどうかの差は大きいねん。

 さらにいえば、エレギオンの追加巨大投石機はさらに大きくしてあったの。その上で土台をもう五メートルかさ上げしといたから、撃ちあいはエレギオン有利に進んだの。アングマール軍も地面からじゃ届きにくいので、土台を作り始めたんだけど、目標が大きくなって当たる数が増えるし、一発当たると土台がかなり傷むのよ。

 巨大投石機の数が増えたのでアングマールの巨大な塔攻撃も有効になってん。あの巨大な塔はとにかく敵前で組み立てるから、巨大投石機だけでなく、巨大石弓、その他の飛び道具の的になるの。もちろん、それを作るだろうと予測して強化してあるから、アングマール軍は巨大な塔を作るだけでかなりの損害を出してるはずよ。

アングマール戦記:ドーベル将軍(2)

 エレギオンに戻ってから、

    「ユッキー、やっぱりドーベル将軍は手強いよ。まともにやったら勝てそうな気がせえへん」
    「あら知恵の女神が弱気ねぇ。でも、今回のコトリの判断は支持するわ。ドーベル将軍と決戦するならエレギオン全軍が動員できる体制でやるべきだもの」
 ここからもうちょっと頑張ってドーベル将軍の情報をかき集めたの。出自は王族なんだけど、セリム一世の先代の孫ってところ。アングマールでは魔王がセリム一世に入り込んでから、セリム一世系の王族以外は冷遇されちゃったんだけど、ドーベル将軍はその手腕と才能であの地位に就いたで良さそう。

 ここでなんだけど、ドーベル将軍はアングマール軍の兵士からも信望厚い名将だけど、超が付くぐらいの独裁国家なのよね。そりゃ、王が魔王だから。武神は覇権を目指すのがサガみたいなもんだけど、同時に嫉妬深いのよ。別に武神じゃなくてもそうなることが多いんだけど、自分の地を脅かしそうな人物はすぐに疑うし、すぐに殺しちゃうところがあるの。

 そういう風な目で見れば、前の包囲戦でたったアングマール直属軍を十個大隊しか与えられず、リューオンとベラテの担当に回されたのは、魔王がドーベル将軍を疑ってるところがあるんじゃないかと思うのよ。

    「ユッキー、やっぱりドーベル将軍とはまともに戦わない方が良いと思うの。今なら災厄の呪いも使えると思うから、女神の戦術で戦うべきだと考えるわ」
    「とりあえず二人でやってみようか」
 災厄呪いの効果は微妙やった。どうも魔王も女神がその手を使うと予想していたからアングマールまで戻らず、マウサルムにいるぐらいかもしれない。マウサルムからハマぐらいまでなら、魔王は災厄の呪いを封じる力がありそうと判断せざるを得なかったの。
    「クソ魔王も読んでたみたいね」
    「そうね。しっかし、あれだけエロなのに、どうしてこんなところまで頭が回るのか不思議で仕方がないわ」
 そこでユッキーと知恵を絞って、次なる手段に出たの。ドーベル将軍は一度は動いたものの、以後は動かなくなったの。あれはたぶんコトリがあっさり決戦を回避しちゃったから、やっても無駄って判断したからじゃないかと見ている。でも、それだけじゃないとも読んでるの。

 あの時の動きはドーベル将軍の独断じゃないかって。だって、魔王の指示ならその後も継続して動くはずじゃない。おそらく魔王の指示は次の攻勢に出るまで、ハマをしっかり確保することに違いないって。つまりは魔王とドーベル将軍の間には、ちょっとした齟齬があるに違いないって観測。

 さてなんだけど、緊張が残っていても自然休戦状態になると人は動き出すの。商人たちはハマまで行って商売するのよね。あれにはいつもながら感心するわ。なかにはマウサルムまで行ったのまでいるんだもの。だから情報が入るってのもあるけど、なんにも協定が無い状態だからもちろんトラブルも起る訳よ。

 だから仮初めでも臨時休戦協定を結ぼうとドーベル将軍に提案したの。どっちも本気で休戦する気なんてないんだけど、商人が動けば物が手に入りやすくなるし、相手の動静の情報も手に入るし、スパイだって送り込みやすくなるってところ。その辺の損得勘定を計算したのか、ドーベル将軍も応じてくれたわ。

 そうしておいて、ドーベル将軍にちょこちょこと御機嫌伺いの使者を出すようにしたの。表向きは、臨時休戦協定を結んでも起るトラブルの相談みたいな感じ。ひたすた下手に出てプレゼントとかも贈ったし、幕僚にも賄賂をたんまりと。えへへへ、やったのはそれだけ。結果から言えばバッチリ効果はあったみたい。

    「単純だけど、やっぱり引っかかったね」
    「あの手の国なら起ると思ってた」
 アングマールってコチコチの軍事国家じゃない。言い換えれば軍人が支配する国になるの。でなんだけど、これは軍人じゃなくてもそうなるんだけど、人って組織内の出世が好きなんだよね。これはエレギオンの王位争いや、大臣争いでも起るぐらい。軍事国家なら軍人の階級争いになるかな。

 階級争いも下の方ならモチベーションになるけど、将軍クラスになると足の引っ張り合いになりやすいの。将軍クラスになると上の席が空かないと出世できないし。だから何かスキャンダルが起れば、必ず焚きつける奴が出てくるの。讒言ってやつ。これもトップがちゃんとした目を持ってればよいのだけど、魔王もその辺の猜疑心が強いに違いないから、これまでの経緯や、妙に厚すぎる人望に疑念を抱くと思ったの。

    「更迭されちゃったね」
    「できたら会戦で決着つけたかったけど、これは全面戦争だからね」
 手強い、手強いドーベル将軍はこれでいなくなってくれた。

アングマール戦記:ドーベル将軍(1)

 エレギオンはユッキーの言う通り、やることはヤマほどあったの。アングマール軍は退却してくれたけど、アングマールは滅んだわけじゃないし、魔王だってピンピンしてるのよ。ごく簡単にはまたエレギオンが包囲されるのは予想されちゃうわけ。次の包囲戦に備える準備を早くしなきゃいけないのよ。

 魔王はエルグ平原からは退却したけど、アングマールまで帰らずにマウサルムにいるみたい。これも伝聞だけど、またエロ処刑やってるみたい。ホンマにあいつの楽しみはアレしかないんかと言いたいわ。

 それとハマにしっかり橋頭保残してる。守っているのはドーベル将軍。ドーベル将軍は包囲戦の時にはリューオンとベラテの担当だったみたいだけど、アングマール直属軍は十個大隊ぐらいしか与えられなかったみたい。後は高原徴収兵で囲んでたぐらい。そうなるとエレギオンにはアングマール直属軍が五個軍団近くが襲いかかっていたことになる。

 ドーベル将軍の情報もかなり集まっているんだけど、アングマールの将軍の中でもちょっと毛色が違うみたい。アングマールの将軍の典型的なのはコトリがベッサスの河原で討ち取ったバルド将軍みたいな感じ。猛将ではあるけど残虐みたいな感じ。レッサウで苦戦したマハム将軍も似た感じで、レッサウでは大虐殺やってるもんね。

 圧政と強奪はアングマール軍の基本戦略だからドーベル将軍も例外じゃないんだけど、どうも本音ではあんまり好きじゃないみたい。バルド将軍やマハム将軍は楽しんでやってる気がするけど、ドーベル将軍は命令に従ってやってるだけの印象があるわ。だから命令分以外は極力やらないみたい。

 それとアングマール軍の捕虜から聞いた話だけど、アングマール軍兵士の信望は絶大みたい。常勝将軍とか、不敗の名将として崇められてるの。たしかに戦は上手い。エレギオン包囲戦前にリューオンの郊外でコトリも戦ったけど、軽くあしらわれちゃって、なんとか大敗を免れるのがやっとだったもの。

    「ユッキー、ハマは奪回しときたいところだよね」
    「出来ればね。でも、コトリで勝てる」
    「やってみなけりゃ、わかんない程度。それぐらいドーベル将軍は手強い」
 とりあえず今のエレギオンの戦力じゃ、ハマを奪回したところで、そこからシャウスに進めるほどの力は無く、次に魔王が来た時に守り切れそうにないから、保留にした。
    「ユッキー、農園の復旧はしないの?」
    「三年も放置していたからね。これを復旧するのも大変なんだけど、もう一つ心配もあるの」
    「なに? とりあえず食糧作らへんかったら飢え死にしてまうやん」
    「そうなんだけど、次にアングマール軍が来襲するとしたら、秋の収穫期の可能性が高いと思ってるの。エレギオンを囲んどいて、収穫物を横取りする作戦」
    「ありそうやな」
    「だから、あえて今は復旧しないでおこうと思うの」
 ユッキーも苦しそうな判断やった。食糧は後二年は持ちそうといっても、補充が無ければいつかは尽きるんよ。
    「でも、これから二年間魔王が動かなかったらエレギオンが飢え死にして終わっちゃうよ」
    「だけど作れば、待ってましたとばかりに来る気がするの」
    「だったら作った方がイイよ。来るなら食糧があるうちに戦った方が望みがあるやんか。このまま終りはあらへんねんから」
 結局のところ、ユッキーが折れて農園の復旧も着手する事になったの。籠城の再準備、農園復旧を進めていた時にドーベル将軍が動いたとの情報が飛び込んできたの。ハマからなら通常はリューオン、ベラテを通ってエレギオンを目指すんやけど、なんとドーベル将軍はキボン川を渡ってエレギオンの北部に侵入したって話なのよ。
    「コトリ、今の状態でエレギオンが包囲されるのは拙いわ。なんとか追い返してきて」
 コトリは第一軍団と第二軍団を率いて出発したの。もっとも包囲戦で両軍団とも消耗していて合わせて通常の一・五個軍団ぐらいの規模やったけど。コトリが動いたらドーベル将軍もハマに退いてくれる期待もあったんやけど、ドーベル将軍はコトリが動くのを読んでいたかのようにセラの野に進んできた。

 セラの野は羊の放牧地でもあり、馬の放牧地として使われているところ。つまりは起伏はあるけどだだっ広いところ。会戦をやるならうってつけのところやってんけど、コトリはどうにも嫌な感じがしてた。これはリューオン郊外で敗れた手痛い記憶もあるんやけど、どうにもドーベル将軍に誘われての会戦になる点が気になった。

 幕僚たちは決戦を主張したわ。偵察ではドーベル将軍が率いているのは一個軍団ぐらいみたいだからエレギオン軍の方が多いし、騎馬隊だって包囲戦ではほぼ無傷で生き残っていたの。ここでドーベル将軍を撃破すればハマ奪還がセットに付いてくるって感じかな。

 でもね、コトリは必死になって考えたの。今の大事な点は何かって。ユッキーはエレギオンが現段階で包囲される危険性を心配しとったけど、ハマにいるアングマール軍は多くて二個軍団程度。だからドーベル将軍がセラの野に進めてきたのが一個軍団程度ってのはわかる。でも、ハマにいるアングマール軍が総出でエレギオンを包囲したって二個軍団じゃないかって。

 そうなるとドーベル将軍の狙いはエレギオン包囲じゃなくて、エレギオン軍の兵力削減を狙った作戦じゃないかと判断したの。それでも圧勝できれば文句ないんだけど、負ければ大変なことになっちゃうのよ。ここは退くべきだって。もしドーベル将軍がエレギオンまで進んできたら、その時は第三軍団も、ハムノン軍団も総動員して決戦したらイイじゃない。

    「全軍、ただちにエレギオンに戻る。敵の追撃を警戒して・・・」
 さっと退却した。それなりに伏兵も置いといたけど、ドーベル将軍は追撃して来なかった。やっぱり狙いはエレギオン軍の兵力削減だったと思ったわ。